falling〜黄昏時
◆この作品は、ゲーム小説 TapNovelにあげた胸キュン作品『falling〜黄昏時」を文字起こししたものです◆
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サトウ純子 作 falling〜黄昏時
──なんなんだ。この感じ。
晴翔は一人、公園のベンチに腰掛けていた。
夕暮れ時。
風と共に青空が吸い込まれていき、オレンジ色と交わる。この時しか見れない、自然が創り出すグラデーション。
それを見たくて、ここに来たはずだった。
──胸が、胸が苦しい。
いったい俺はどうしたんだ。
辛い事があったわけではない。
たくさん、たくさん笑ったし、バカもいっぱいやった。むしろ、絶好調すぎる一日だった。
それなのに。
景色が見えない。なぜか心が晴れない。
どこかにぽっかりと穴が空いてしまっているような、脱力感。そして、息苦しさ。
今日は校舎の点検がある関係で、全部の部活が休みになった。
「せっかくだから、皆んなでカラオケに行こう!」
机を椅子で囲んで腕相撲をしながら、そんな話しで盛り上がっていた。ノリで側にいた女子たちに声をかけたら、喜んで話に乗ってくれた。
その中には、学年一可愛いと噂されている美香の姿もあった。
「今日は塾も習い事もない日なの。 私も行こうかな」
──マジか!?️ ラッキー!!️
晴翔はノリノリだった。
──なんてツイてる日なんだ。こんなチャンス、滅多にないぞ!
晴翔は、すぐ帰れるようにカバンに弁当箱と体操着を放り込んだ。
ところが、帰ろうとして廊下を歩いている時。
特進クラスのつむぎが、ため息をつきながら教室から出て行くところに出くわした。
なんだか酷く落ち込んでいるようで、気軽に話しかけれる状態ではなかった。
──いったい、何があったのだろう。
一年前、晴翔は掃除当番をサボり続けていた罰として、文化祭の実行委員をやるハメになった。
いつも責任逃れをしていて遊んでいる側だった晴翔は、何をしたらいいのか。どうすればいいのか。本当に全くわからなかった。
そんな晴翔に、根気強く一から教えてくれたのが、実行委員長をしていたつむぎだった。
「やればできるじゃないですか! 一ノ瀬くんって、もっと適当な人だと思っていました。見直しました!」
「てきとーな人って、なんだか酷い言われようだなー」
これが切っ掛けで、皆んなの輪に入ることができ、最高に楽しい文化祭となった。
つまり、つむぎは晴翔にとっては頭が上がらない恩人なのだ。
その恩人が、落ち込んでいる姿を見てしまった。
──気になる。
楽しいはずのカラオケも身が入らない。
美香が隣にやってきて、あれこれ話しかけてきたが、晴翔の心は晴れなかった。
「わりぃ!俺、用事思い出した。 忘れてたー!」
晴翔は店を飛び出した。
──何やってんだ。俺は。
そして今。ここにいる。
一人になりたかった。
一人で綺麗な景色を見たかった。
なのに。その景色さえも目に入って来ない。
──心が、心が痛い。
「一ノ瀬・・・くん?」
・・・つむぎだ!
周りの景色が明るく色付き、眩しいほどに輝く。同時に、晴翔の手や足に今まで感じられなかった力が急に蘇ってきた。
「どうしたのですか?こんなところで」
「い・・・委員長!?️」
晴翔は跳ね上がるように立ち上がった。その拍子に、いつの間にか足元にいた数匹の鳩が飛び立つ。
「具合でも悪いのですか? 頭を抱えている姿が見えたので・・・」
「俺のことより、委員長こそ! なんかあったのか? さっき凹んでいたの見かけたから・・・」
「ああ、あれは・・・これです」
つむぎは戸惑いながら、カバンの中から一枚の紙を取り出した。英語の答案用紙だった。
「よ、45点!?️ 委員長、英語得意じゃなかった!?️」
「この点数は本当にショックだったんです。 こんな点数をとるの、初めてで・・・ もう、恥ずかしすぎて、外を歩けません」
つむぎは肩を落とすと、答案用紙をたたみながらため息をひとつついた。
「・・・俺なんか25点だぜ?」
「え!?️やだ、その、えっと・・・」
「あはははっ。 委員長、相変わらずくそ真面目だなぁ」
「え、あの、だって、そういうつもりで言ったわけじゃ・・・」
一瞬、静寂が訪れ。
二人の間を心地よい風が通り過ぎる。
「なんだか、私、悩んでいるのがバカバカしくなりました」
「その調子! やっぱ委員長は笑っている方がいいよ」
「一ノ瀬くんはもっと勉強した方がいいですよ」
「やられた!45点に言われた!」
「もぉー!蒸し返さないでくださいよ! せっかく忘れかけてたのに・・・」
黄昏時。
太陽が空を巻き込みながら風を呼ぶ。
「あっ!桜。 桜の花びら!」
「ホントだ! すげーっ!」
『なんだよ。こんな事に振り回されて、バカみたいだな。俺』
晴翔はつむぎの横顔を見ながら、自分の放課後を笑った。
なのに。
──なんだよ。なんでだよ。
勝手に涙が出てきやがった。
二人の横顔が夕日に照らされ、オレンジ色に染まる。
──このまま時間が止まればいいのに。そう思うのはなんでだ?
桜の花びらが紙吹雪のように舞い、髪に絡みつき、そして、滑り落ちていく。
──まぁ、委員長が笑っているなら、それでいっか!
晴翔は、その、クルクル回りながら落ちていく花びらを見ながら、どうしようもなく苦しくなった胸を、右手でグッと押さえ込んだ。
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