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フォークナー「乾燥の九月」と噂の出処

 ウィリアム・フォークナーは『響きと怒り』(1929年)、『サンクチュアリ』(1931年)、『八月の光』(1932年)、『アブサロム、アブサロム!』(1936年)などの長篇小説家として有名なのだが、短篇小説も書いているものの、新潮文庫の『フォークナー短編集』(龍口直太郎訳 1955.12.15 1970.1.10改版)と中公文庫の『エミリーに薔薇を』(高橋正雄訳 2022.4.25)でしか気軽には読めない状態で、例えば、『これら十三編(These 13)』(1931年)という短編集がそのまま訳されていないなど、作品が多い割には短篇小説に関しては取っ散らかっている。
 ここでは新潮文庫に収録されている「乾燥の九月(Dry September)」(1931年)に関して『英文フォークナー エミリーへのバラ(A Rose for Emily and Other Stories)』(英宝社 大橋健三郎訳注 1984.12.10)も参考にしながら記しておきたい。

 「乾燥の九月」はいわゆる「床屋談義」で始まる。ミニー・クーパー嬢がウィル・メイズという黒人男性に凌辱されたという噂が広まっており、その真相が議論になっている。議論している内に怒り心頭に達したマクレンドンという男が真っ先に拳銃を持って出て行く。
 ミニー・クーパーは40歳前の女性で裕福な家庭で育ち、なに不自由なく過ごしていたのだが、同い年の友人たちが次々と結婚していく中、彼女は独身のままで、友人たちの子供たちには自分のことを「おばちゃん(aunty)」ではなく「おばさま(cousin)」と呼ぶように頼むくらいに気にしている。
 マクレンドンと他の三人の男たちが車に乗り込むところを理髪師が追いついて静止するのだが、彼らはウィル・メイズと話し合いに行くということでメイズが働いている製氷工場へ向かう。メイズは自分は何もしていないと言うのだが、マクレンドンはメイズを殴り倒すと車に押し込む。車は走り出すが理髪師だけは途中で車から飛び降りる。
 土曜日の夕方に訪ねて来た友人たちとミニー・クーパーは映画を観に行ったのだが、上映中に次々とカップルが入館してくる中でミニー・クーパーは笑いを堪えきれず、友人たちに連れ出されてタクシーに乗せられて帰宅する。
 マクレンドンは彼の真新しい家に真夜中に帰ってくると、妻が寝ずに夫の帰宅を待っていた。自分の言うことを聞かずに起きて待っていた妻を椅子の上に投げ飛ばすとマクレンドンはシャツを引き裂くように脱ぎながら投げ捨て尻のポケットからピストルを取り出してテーブルの上に置くのである。

 以上が五章で構成されている短篇の粗筋で、奇数がウィル・メイズに関して、偶数がミニー・クーパーに関して綴られている。ミニー・クーパー嬢とウィル・メイズの間に何があったかはっきりとは書かれていないのであるが、その噂によってウィルがマクレンドンに射殺されたような印象は受ける。
 これがタイトルの「渇き」で暗示されていると思うのだが、ここでは裕福なミニー・クーパーが結婚できないまま四十歳を迎えることの焦りから、生娘のままでいるよりも、逆に「凌辱された」という「サッド・ストーリー」を纏うことで世間体が保たれると判断したとしてもおかしくないと思うのである。