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読書録/母が重くてたまらない 墓守娘の嘆き

「母が重くてたまらない 墓守娘の嘆き」 信田さよ子著 春秋社

 最近「毒親」などという言葉をよくネットで見かける。それってどんな親?とあれこれ見るうちに、この本に突き当たって興味をそそられたのであって、決して私の母が「重くてたまらない」という動機で読んだわけではなかった…が。

 なるほど、そういうことだったのか。

と思い当たることがいろいろあった。

 著者はカウンセラーで、実際に多くの母娘が抱える精神的なトラブルの事例と向き合いながら、その経験をもとに、娘たちの心を病ませている一つの大きな根本を導き出した。それが、タイトルになっている「母が重くてたまらない」ということなのだ。

 母親は「あなたのためを思って」「あなたのために我慢したのよ」「ほんとうに、あなたは不器用なんだから」「あなたみたいな世間知らずに、苦労させるにはし のびないじゃない」と、娘を心の底から思う言葉で娘をいつくしむ。実は、その母親の言葉と態度こそが、当の娘を縛り、母親から離れて旅立ちたい、という人 間としてごく当たり前の親離れという一つの人生の岐路に立つとき、とほうもない罪悪感を抱くように仕向けて、母から離れることが出来ないようにコントロー ルしているのだ。娘にとって、母は「支配者」なのである。

 私が、「なるほど」と思ったのは、実はその支配者たる母ではなく、母親のもつもう一つの側面であった。「母親を徹底的に分析する」という項目で、6つの項目を上げて母のタイプを分析しているが、その一つに上げられているのが「嫉妬する母ー芽を摘まれる娘」であった。

 お母さんは

・クラスで一番の美人だったのよ

・たくさんの男の子が寄ってきたのよ

・成績もクラスで一番だった

・走るのも速かったし、体も柔らかくてこんなことも出来るのよ

云々…

 この項目を読んで、幼い頃母が私に無邪気に語った自分の娘時代の自画像を思い出す。その話を聞いて、母ってすごいんだあなあと思うと同時に、その言葉のうしろに無意識に自分の頭に響く言外の言葉を聞いていた。

「それにくらべて、あなたはダメな子」

「私みたいには、とてもなれそうにないわねー」

 お母さんって、なんか知らんけど若い頃のことを自慢げに語るよなー、と思っていた、その背後に隠されていた母親の心理を、覗き見てしまった気分になった。

 もし、私が心の底からそんな母を尊敬する「良い子」であったなら、今の私はなかっただろう。いつごろか記憶にはないけれど、私は「絶対に、母親の思うような 娘にはならない、私は母とは違う人間だから」と強い思いをどこかにいつも持っていた気がする。だから、ある時期にはとても反抗的で、母は手を焼いたことだろう。しかし、母とは違う人間であり、母にはなくて自分にはある何かについて気付かせてくれたのも、また母であったと思う。

 本書では、な ぜ、母親がそれほどまでに娘という存在に執着しなければならなくなるのか、そのところにもメスを入れている。一言で言えばそれは「父親不在」であり、妻と 夫の、結婚した男女にだけゆるされる親密なコミュニケーション、聖書でいうところの「一体となる」ほどの関係のどうしようもないまでの欠如である。娘というのは、その母の妻としての満たされなさを埋めるための存在になっている、といっても良いだろう。

 母はよく父と旅行に出掛ける。ところが、母と同世代の友人たちは、それを聞くと一様に驚くという。夫と旅行なんてツマラナイ、考えられない、旅行はいつも娘と行くの。

 かわいそうに、ここにもたくさんの「母が重くてたまらない」娘がいる、と私は思うのだった。娘の立場で本音を言えば、母と旅行なんて楽しくはない。お金を出してくれ、おまけに「私は行かない」ということで母親が不機嫌になり嫌味を言われることのリスクから我が身を守るため、自己防御として行くだけなのだ。そ して本来、この攻撃を受けるべき人物ー「父」なるものが、家族の中にいないも同然に姿を消していることに、深い恨みを抱くのである。

 娘の立場にある人はもちろん、母、そして父の立場にある人にも読んでもらいたい一冊。

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