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読書録/舟を編む

「舟を編む」
 三浦しをん著 光文社

 2012年の本屋大賞 第一位 という宣伝書きには惹かれなかったが、辞書編集に人生を賭ける編集者の話というストーリーに興味を引かれて手に取ってみた。

 辞書の編集についてはしっかりした取材をもとに書かれているのだろう。未知の世界だっただけに興味深く読むことができたが、主人公の馬締をはじめ西岡、岸辺 といった編集部の人物像があまりに紋切り型、彼らの紡ぎ出すドラマもマンガみたいな軽いノリ、そして小説の文章も至って軽く、良く言えば「すぐに読める」 のだが、読み終わってみれば何も残らない軽薄な小説で、辞書編集という題材の重さとは裏腹の何とも軽々しい印象だけが残った。

 元々が、 CLASSY.という20代の女性向けファッション雑誌に掲載されていた連載小説だから、無理ないのかも知れないが、彼女いない歴=年齢の野暮ったい真面 目青年馬締が、板前修業中の美人女性香具矢に一目惚れ、15枚のラブレターを書くのは良いとして、返事を伝えに来た彼女とその夜のうちに寝てしまい、いつの間にやらめでたく結婚とか、あまりにもお手軽でおめでたすぎるドラマである。辞書の「恋愛」の項目を引いて思いめぐらせていた葛藤を、文字通りもっと体験すべきではなかったのか。

 しかも、その馬締が思いの丈を古風な漢文まがいの文章で綴ったという香具矢あての便箋15枚の恋文とやらの文 章、ほんの一文が出てくるだけで済まされる、というのは作者と編者の怠慢ではなかろうか。雑誌連載中は仕方ないとして、単行本化するときには改訂を検討す べき重要事項だと思うし、何よりも、西岡によって次世代に語り継がれることになる重要文書なのだ(実はちっともそんな扱いではなかったが)、これは、馬締 という辞書編纂の才能あふれる若者のもつ語彙の豊かさ、ひいては辞書の中にある言葉の海の豊かさの一端を表現するためにも、本作には必須の文章と思ったの だが、作者も編者もそうは思わないまま本作をかくも温い話にまとめあげてしまったのは、誠に残念なことである。

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