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読書録/私家版・ユダヤ文化論​

「私家版・ユダヤ文化論」
内田樹 著/文春文庫

 著者の内田樹という人は、ブログが大人気のフランス文学研究者にして思想家だそうですが、私は、そういうことは知らずに、「ユダヤ文化論」というタイトルにひかれてこの本を購入しました。
 帯に書いてある「ユダヤ人はどうしてこれほど知性的なのか?」とか「反ユダヤ主義の生理と病理とは?」というキャッチコピーに惹かれたからです。

 私はクリスチャンで、洗礼を受ける前の学びのときに、キリスト教と反ユダヤ主義、ホロコーストとの関係についても少し学びました。私たちは、あれはナチスの犯罪だと思っているけれど、ユダヤ人は、クリスチャンの犯罪だと思っているんだよ…と。

 そういうこともあって、キリスト教の負の歴史を知るという自戒の意味で読もうと思ったのですが、…フランス文学の専門家に、それを期待してはいけませんでしたね。

「文化論」というからには、ユダヤの生んだ宗教、文化、生活習慣、学術、芸術などなどを通して、ユダヤ人に特有の価値観をさぐっていく本かな?と思ったのです が、そうではなくて、「反ユダヤ主義」という思想を通して、「なぜユダヤ人は迫害されるのか」を思索していくという本でした。

 反ユダヤ主義がどのようにファシズムに結びついていったかなど、内容的には面白かったのですが、さいごの方で、反ユダヤ主義が生まれた理由として、フロイトの「原父殺害」とかを持ち出してきたのは、あまりにも精神論に走りすぎているのではないかなと思いました。

 文中では、インドと中国においてはユダヤ人は何の迫害も受けることなく生活できたという指摘があって、著者はこれを簡単にスルーしていますが、結構重要な視 点ではないでしょうか。なぜなら現代に至る反ユダヤ主義の発祥の地であり温床となっているのは、ヨーロッパだからです。その点で、やはりキリスト教と教会 史というところを避けて通っているこの著者の論点は「私家版」の域を出ないものだなと感じました。たとえて言えば、ドーナツを注文したら、ドーナツの穴だ けが出てきた!という感じです。

 付け加えると、現代最も猛威をふるっているイスラム世界の反ユダヤ主義について、まったく触れていないのもどうかと思いましたが、著者はフランス文学の専門家なのだから、仕方がないですね。

 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の素養のない日本人にとっては、わかりやすいユダヤ人論なのかもしれませんが、これでユダヤ人のことがわかったような気になるのもどうかなと思いました。

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