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ポケモン スカーレット・バイオレット批評 ポケモン・JRPG・オープンワールドを革命する2022年最大のダークホース

今年のベストゲームは何か、それを考えると中々に悩ましい。今年は『エルデンリング』こそ大本命だと思っていたが、その後も素晴らしい作品が多数発表され、結果的に混戦となりそうだ。だが、今年最大のダークホースは何か、これは明確な答えがあり『ポケットモンスター スカーレット・バイオレット』である。少なくとも筆者が今年「最も期待を上回る作品」だと感じたのはこの『ポケモンSV』だった。

率直に言って、「ポケモン」はゲーマーが「おもしろい」と絶賛するようなゲームではなかった。1996年に『ポケットモンスター 赤・緑』がリリースされた頃はともかく、現代における「ポケモン」最新作の立ち位置はあくまでアニメ・グッズ・カードゲームなどのIP戦略を拡げる「橋頭保」であって、それ以上の独創性あるビデオゲーム作品であることを、IPを管理する株式会社ポケモンも、プラットフォーマーである任天堂も、まして世界中のポケモンファンさえ期待していなかった。

要は「余計なことをするなよ」と考えられてきたのが「ポケモン」で、そのプレッシャーを最も感じていたのは「ポケモン」を開発し続けてきたディベロッパー・ゲームフリークだろう。だからこそ「ポケモン」は常に80点以上の上質なJRPGであったが、それ以上の「新たなポケモン」を目指さなかった。それは今年1月にリリースされた『Pokémon LEGENDS アルセウス』が「新しい挑戦」を謳いながら、ゲームデザイン的にも、ストーリー的にも消極的な設計だったことが証明している。

だが『ポケモンSV』は、その限りなく「余計なことをしない」前提を大きく覆し、「ポケモン」はおろか「オープンワールドを採用するビデオゲームすべて」に対して、決定的な答えを突き付けて見せた。これがすこぶる痛快だったので、いかに『ポケモンSV』が「ポケモンである」ことの呪縛から逃れ、「ゲームである」ことのプライドを貫徹してみせたのか、今回は論じたい。

©2022 Pokémon.©1995-2022 Nintendo/Creatures Inc. /GAME FREAK inc.
ポケットモンスター・ポケモン・Pokémonは任天堂・クリーチャーズ・ゲームフリークの登録商標です。


おそらく2022年でもっとも美しいのではないか、と思う「ドーナツ状のオープンワールド」

さっそく、『ポケモンSV』のオープンワールドがどのように優れているのか考えてみよう。

結論から言えば、『ポケモンSV』のオープンワールドの優れた点とは、従来のオープンワールド……「円状」と「線状」のものをそれぞれ「良いとこ取り」をした「ドーナツ状のオープンワールド」を構築することで、オープンワールドに期待される「自由な冒険」と「迷わない導線」の両立を実現したことにある。では「ドーナツ状のオープンワールド」とは何か、そこから説明しよう。


まず、一見して『ポケモンSV』のパルデア地方は「円形に拡がる巨大な島」だ。これなら、よくあるオープンワールドゲームに出てくる形状だが、実はこの島の中心には「パルデアの大穴」と呼ばれる通行不可のエリアが存在している。

元来、ポケモンシリーズの舞台といえば、関東平野をモチーフとした「カントー地方」など現実の地形をモデルにすることで有名で、今作のパルデア地方もスペイン・ポルトガルが存在するイベリア半島がモデルになっている。しかし、当たり前だが現実のイベリア半島に半径数百キロの「大穴」など存在ない。つまりこの「大穴」は、ポケモンシリーズには珍しい地形レベルのフィクションだ。

一見すると円形のありふれた島。ただし中央の「大穴」は通れないため実質「ドーナツ」。

では何故、『ポケモンSV』はイベリア半島に大穴を開けてしまったのだろうか?ここで少し、見方を変えてみよう。パルデア地方もイベリア半島も、概ね円形の土地だ。その円の真ん中に、大穴が開いたことで、島は実質「ドーナツ」のような形になっている。実はこの「ドーナツ」こそ本作の面白さの鍵だ。


ここで冒険を振り返ってみよう。まず、主人公はテーブルシティの学校に入学する。そこで講習を受けた後、「課外授業」と称してテーブルシティの外に出たのを覚えているだろう。

ではテーブルシティはどこにあるのか。それはパルデア地方の南部だ。つまり冒険は「ドーナツ」のちょうど底部からスタートすることになる。そしてテーブルシティはパルデア南部の要所で、ここからパルデアの西と東にそれぞれアクセスできる。つまり「ドーナツ」を「西廻りルート」「東廻りルート」のどちらで進むのか、ゲームを初めて30分も経たないうちにプレイヤーは「二者択一」で意思決定をさせている。

主要4都市だけ表示した簡易マップ。中央に空洞があり、スタート地点が南部に位置するため、必然的にテーブルシティから西・東ルートの2ルートいずれかを選択する。
テーブルシティ東西にある城門。西から出ると草原が、東から出ると砂岩があり、どちらを選ぶかで全く違う冒険になるだろう。

では「ドーナツ状のオープンワールド」で「二者択一」することに一体どんなメリットがあるのか、これは一般的なオープンワールドの構造を考えるとわかりやすい。

仮に、パルデア地方が「穴」のない、「円状のオープンワールド」であった場合、プレイヤーは西・東のみならず、中央、中央やや西、いっそ円周と、無数にルートを考えることができるだろう。それは一見して「自由度」が高く、魅力的に思える。だがこの「無数のルート」は何も選択肢として提示していないに等しい。ただ空間という可能性は用意しているだけで、プレイヤーは選択に迷い、そもそも選択の必然性を感じられなくなってしまう。

事実、心理学者バリー・シュワルツが指摘するように、提示する選択肢が多すぎる場合、人々はむしろ選ぶことに麻痺してしまい、選んだ結果にも満足度が下がるという研究が存在する。ビデオゲームにおいても「選択肢」は万能ではなく、むしろ少ない方が「楽しい」と感じられることもある。

例えば、『The Elder Scroll V: Skyrim』は典型的な「円状のオープンワールド」だが、「ルート」の点では「どこに行ってもいいし、行かなくてもいい」程度のものしかない。そこに興味深い選択肢はなく、代わりに膨大なコンテンツ量によってプレイヤーの興味を数メートルごとに惹き続け、かろうじて導線を維持している。(それはそれで『ポケモンSV』以上にすごいのだけど)

『Skyrim』の簡易マップ。マップは円状で、物語はその中心から始まり、外円へ自由に冒険できる。

逆に、『Horizon Forbidden West』や『Ghost of Tsushima』のように平たく引き伸ばしたような「線状に展開されるオープンワールド」も多い。こちらは迷わせず、かつ「円状」よりも展開をコントロールできるメリットはあるが、選択肢が実質「1本」しかないため、選択する意思決定は薄い。

『Horizon Forbidden West』のマップ。よく見るとマップは横の「線状」になっており、北ないし南へ「揺れつつ」も、基本は東から西へ一方的に移動する。

これに対し、改めて『ポケモンSV』のパルデア地方での導線を考えると、「ドーナツ状のオープンワールド」の南部からスタートすることで、プレイヤーは最初に「二者択一」の選択肢を選べる。よって「円状のオープンワールド」のように迷うことはない。「無限」でも「1」でもない「2」は、とても「ちょうどいい」選択肢の数だ。

それだけではない。そもそも選択とは、何かプレイヤーの中に論理や仮説があるほど興味深いものだ。ジャンケンでグーを出す選択は面白くないし、無人の荒野にある分岐に迷うことはない。この点『ポケモンSV』の興味深い点は、ゲームをスタートした時点で大まかなジムリーダーの位置や各都市の情報を教えてしまうことで、「西・東」どちらを選ぶかの判断材料を与えている点だ。二者択一であると同時に、そこに一連の情報を与えて「誰と戦うか→自分はどんなポケモンを捕まえるか」とプレイヤーなりのロジックを立てさせることで、この分岐は最も興味深いものとなる。もちろん、失敗したり飽きたら反対ルートから進んでもいい。


本作をプレイして改めて気付いたのは、オープンワールドを冒険している感覚で重要なのは、プレイヤーが自分の意志で「こちらに進もう」と「選択した事実」である。最初に『Fallout』や『Skyrim』をプレイした時、バカみたいに広いマップを見て「ここからどこへ進もうか」とワクワクした冒頭を、誰もが記憶しているはずだ。逆に、その「ワクワク」をプレイヤーに感じさせるために広大で、円状のオープンワールドが必要で、だからこそプレイヤーを迷わせてしまうことも多々あった。

繰り返すように、『ポケモンSV』の「冒険」におけるルートの選択は、たった2つだ。「西回り」か「東回り」か、ただそれだけ。だが、その西回りか東回りといった選択は、出会うキャラクター、発見するロケーション、そして共に戦うポケモンなどの点で全く異なる結果を生み出し、その点において、常に「可能性」を想像させる。つまり西回りで進んだプレイヤーは、西を冒険している間に「東回り」で進んだ自分がどうなったのかと想像する。

つまり「こちらを進もう」と「選択した事実=西を回る自己」を経験し、同時に「ありえたかもしれない可能性=東を回る自己」を想像させるだけで、冒険は限りなく「自由」なのであり、それこそがオープンワールドにおける冒険の本質なのだ。

当然それは『ゼルダBotW』や『The Elder Scrollシリーズ』のような巨額の予算を投じて作る「円状のオープンワールド」でも体験できる。例えば、『Skyrim』でホワイトランからリフテンへ向かい、盗賊ギルドの手ほどきを受けたプレイヤーは、仮にウィンターホールドで魔術の修行を収めた場合どうなったか夢想することはあるだろう。だがそれと同時に、「もしマルカルスに向かえば」「ソリチュードに向かえば」と無数に可能性を夢想することは恐らくない。繰り返すように、多すぎる選択肢は思考を麻痺させるからだ。


こう考えるとパルデア地方の「ドーナツ状のオープンワールド」は、今までのオープンワールド構造の良いところだけを集めた、一挙両得のアイディアに思えるかもしれない。

だが当然、この構造にも大きな問題がある。そもそも「ドーナツ状のオープンワールド」と言ったものの、実はこれをプレイヤーのタイムラインから分解すると「1本の線のマップ」を、『ポケモンSV』は”円”にして繋ぎ、左右どちらからでも進めるようにしたにすぎない。

仮にこのルートで廻った場合……
実際の行動範囲はこんな感じ。実質的に『Horizon』など「線上のオープンワールド」と変わらない。

すると、西・東どちらから進むにせよ、ルートの中間地点、パルデア地方でいう北部・フリッジタウンに到着するまでは問題なく楽しめるのだが、ここから問題が発生する。フリッジタウンを折り返して進む場合、その先に用意された課題、つまりジムリーダーやぬしポケモンのレベルが低く、極めて容易に突破できてしまうことだ。

もちろん、後半が消化試合になってしまうのはオープンワールド作品にはよくあることだが、それでも順当にクリアしていった場合、フリッジシティ以降まるまる半分が消化試合になっては、さすがに徒労感が募る。

この問題を解決するのに最も手っ取り早いのは、プレイヤーの進行に応じてレベルをスケールするシステムを組み込むことだ。事実、『The Elder Scroll』シリーズなどこちらのレベルに応じて敵が強化される例は珍しくなく、このシステムを導入するべきとのも多かった。

しかし、このシステムにも大きな問題があり、率直に言えばレベルスケール制度を入れるとこのゲームは破綻していた。その理由を書くと長くなるので文末にまとめているので確認してほしい。

よって議論は振り出しに戻ってしまったが、「ドーナツ状のオープンワールド」の欠点として「後半以降の消化試合」を、「レベルスケール」以外で解決することはできるのか。実はここで『ポケモンSV』を評価するべき、第二の理由があった。


JRPG的なゲームデザインとオープンワールドがいかに相性が良かったのか

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