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「ゲームは1日1時間」という規制が奪ってしまう、本当に大切なもの

※全文無料で読めます

著:Jini(@J1N1_R


幼いころ、「ゲームは1日1時間までよ!」と自分の家族に言いつけられたことはないでしょうか。

私の実家もそうです。そこまで厳しい家庭ではなかったのですが、なぜか妙にゲームに対しては厳しく、決められた時間に遊んでいるのにゲームを遊んでる姿を見られる度にネチネチと嫌味を言われたことを覚えています。もっとも、外出時など親の目を盗んでフツーにゲームを遊んでたので、大して機能していなかったのですが。

ところで、香川県がまさにそんな「家のオカン」みたいな県条例を通そうとしています。

そもそも、「ゲームやインターネットの依存症」はどれほどの問題があるのか?根拠は何か?ゲーム以外のエンタメは問題ではないのか?などなど、ゲーム依存やそれに関する規制に対しては、規制の旗手となったWHOを含めてほっっっっっとんど具体的・建設的・論理的なエビデンスの欠いた状態なのがチビるポイントですが、それは一度、オカンが見てるテレビドラマの横にでも置いておいて。

仮に、仮にですが、ゲームが子供たちの教育上きわめて有害であり、『Fortnite』などを遊ぼうものならたちまちテロリストの一員と化して路上の民間人を虐殺することが、家庭環境や経済事情などのその他原因と一切関係なく起きると、百歩、いや2億歩ぐらい譲ってそうだとしましょう。

果たしてウチのオカンや香川県がやってる「ゲームは1日1時間」って本当に意味があるものでしょうか?


どうせ子供は禁止されても遊ぶよね

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さて、この香川県のあまりに斬新かつ先見性にあふれた「オカン条例」ですが、実は先行例があります。それは中国共産党です。

2019年に採用されたこのガイドラインでは、実名登録による年齢確認制度を採用。氏名と照合して年齢確認を行い、18歳未満の子供であれば平日は90分、休日は3時間まで制限され、更に22時から翌日の8時までのログイン自体が行われなくなる、というもの。

データベースを活用した泣く子も黙る徹底した規制で、中国のゲームキッズたちの未来は暗いように思えます。


ところが、現地の子供にとっては案外そうでもないようです。そもそも中国のデータベースの管理はかなりザル。元々、中国には巨大な検閲システム、通称「グレイトファイアウォール」が存在しており、この建設に800億円ほどの費用を共産党は投じました。しかし実際には、VPNを利用した「抜け穴」がいくらでもあり、多くの中国人がVPNを介して検閲の目を逃れています。

もちろん、VPN越しに監視したり、VPNそれ自体を規制しているものの、現実問題としてこれほどの通信時代で13億の国民を抱える国で包括的検閲を行うこと、それ自体がかなり無謀と言えるでしょう。

このゲーム規制に関しても、同様にかなり怪しい部分が多いです。まず中国では個人情報を偽造したり、売買することでアカウントを購入すること自体が珍しくありません。

日本人の2億件以上の個人情報が17000円で買いたたかれていたニュースが以前話題になりましたが、中国で誰かになりすますこと自体何も難しいことではないのです。事実、中国に留学していたことがある友人もこの規制はさしたる問題ではない、いくらでも偽造できるだろうと苦笑いしていました。


こうした「抜け穴」は規制がない日本でも当然あります。我が家ではまさに私が親の目を盗んでゲームを遊んでましたし、それもコンシューマ機の話です。今やスマホでゲームを遊ぶのが主流である以上、「友達とLINEしてるだけ」なんていくらでも嘘をついて親の前でゲームができます。

いくらゲームを禁止されても、いや禁止されるからこそ遊びたくなるのが子供というもの。まして今時、親の目を盗んでゲームすることそれ自体は、何も難しくないのです。

香川県の条例は具体的な罰則など盛り込まれていませんが、厳密には「盛り込めない」の方が近いでしょう。一体どうして子供が友達と勉強について相談しあってるか、友達とAKをもって殺しあっているのか見分けられるのでしょうか。


誰のための規制なのか

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この規制に対して、山田太郎参議院議員は「誰のための規制なのか」と疑問を呈していますが、至極まっとうな突っ込みだと思います。

本来、規制というものは何らかの目的と効果があるべきです。法や条例といった公権力がむやみに市民の権利を奪うことはあってはなりません、しかし規制がなければ秩序が乱れる、だから規制という「コスト」に対して、必ずそれを上回る「リターン」があって初めて規制は成立します。

もちろん、これは子供であっても同様。それどころか選挙権さえない子供たちだからこそ、彼らの行動を規制するなら相応の目的が必要です。

あの公権力そのものである中国共産党でさえ、検閲や規制は「国防上、機密情報を漏出しないため」みたいな大義名分といえ目的がついてるのです。仮に本当の目的が、都合の悪い自分たちの情報を国民に知られないためだとしても。


ところが一連の「オカン条例」にはその目的すら欠如しています。なぜゲームは1日1時間しか遊んではいけないの?と尋ねると、大人たちは大抵しどろもどろになりながら「ゲームに依存するといけないから」と論拠もなく言い訳したり、あるいは逆ギレして子供の意志を摘もうとします。

結局のところ、彼らでさえゲームが何故子供の教育に悪いのか、そもそもゲーム以外に教育に悪そうなものはないのか(SNSやYouTubeなど)といった努力はせず、純粋な先入観と流行だけで子供たちの意志を奪ってしまうのです。

まさに、山田太郎議員の「誰のための規制なのか」ということになります。中国の検閲ですら、「機密漏洩を防ぐ」という目的があり、「国民に余計な知識を入れたくない」という本音がある。ゲーム規制はそうした本音すらありません。ただ何となく、ゲームとは何かすら知らない年齢層がその偏見のもと、一方的に阻害してるだけです。


私は自分の母親に直接訴えたことがあります。「なぜ、ゲームは1日1時間なのか」と。やはり回答は不明瞭でした。そこで私は「試験で結果を出せば問題ないのか」と問い詰め、そして実際にクラスをぶっちぎる点数を取ってからは、ほとんど文句も言われなくなりました。つまり、親の本音は「ゲームをしないでほしい」より「ゲームよりも勉強をしてほしい」だったのです。


つまり

あなたがとても大切で、勉強も大切だから、あなたが大人になる上でどうしても勉強をしてほしい。ゲームはその後にしてね。


と、素直に伝えればよかっただけなのです。

そこで「ゲームは1日1時間」と根拠もなく言うものだから、子供はムキになってでもゲームをしようとするし、少なくともゲームをやめたのだから勉強でもするか、とはなりません。むしろ親への信頼を失うだけ。


「ゲーム依存」は確かに問題であり、研究の対象になるべきです(そのあとで、規制の是非を議論するべき。今は規制が先なので論外だが)。

しかし、ゲームを規制してその時間をYouTubeやSNSに費やせば、それで教育としては正解でしょうか?あるいは、勉強や運動が将来必要なものだと子供に伝えるうえで、ゲームは関係あるのでしょうか?

結局、親も県も「子供たちにどう訴えれば勉強をしてくれるのか」というコミュニケーションの努力を放棄し、逃げ続けた先にたどり着いたのが「ゲームは1日1時間」なのではないでしょうか。

結局、いたずらにゲーム規制をしたところで、子供たちは隠れてゲームを遊ぶようになりますし、それどころか、自分たちの娯楽を奪ったうえ、その理由を満足に説明できない大人たちの言葉に説得力を見出せず、一層ゲームを遊んだり、勉強から遠ざかるようになるでしょう。

大人たちは勝手に自己満足するだけで、一方的に子供たちの信頼を失っていくのです。

子供との対話から逃げるな

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思うに、今の「大人世代」もまた犠牲者です。

ゲームをやめさせようとする私の母親は、同じように自分も幼少期の頃には母親から「テレビは1日1時間まで」と厳しく言いつけられていました。それに対して、私のように反論することすら許されず、自分がみたいテレビ番組を泣く泣く途中で見られなくなったといいます。私の家庭だけでなく、当時の教育は今よりもはるかに厳格なものでしょう。(もちろん、今では無茶苦茶仲良し)

ですが、「厳格」などといえば聞こえはいいもの。結局のところ、子供が何を考え、何を求めているのかということに一切耳を傾けず、自分が正しいと信じるものを一方的に押し付けていただけです。まして当時なら暴力も当たり前。そんなものが正しい教育だと私は思いません。



私はゲームに何度も救われました。友達と仲違いした後に遊んだ『スーパーマリオRPG』では、人と分かり合う尊さを知りました。『モンスターハンター』を通じて、これまで話したこともないクラスメイトと親友になれました。大人になったって、昨年遊んだ『Red Dead Redemption 2』では罪を重ねた男が、自分の過ちと対峙する勇気を知りました。ゲームがなければ今の私は絶対に存在していません。

私だけではないでしょう。むしろゲーム市場が年々拡大する現在、スマートフォンを通じて子供とおじいちゃんが一緒にゲームを遊べる時代です。子供たちにとってはスマホのゲームで友達と趣味を共有し、コミュニケーションツールにもなっています。ゲームを通じて一生を共にする親友を得ることも珍しくないのです。

特に日本では、子供たちは多感な時期にも関らず常に何かを詰め込まれます。「勉強をしろ」「習い事にも行け」「クラスでもいじめられないようにしろ」いつも誰かの命令で突き動かされています。

そんな彼らが、初めて自分の関心で、興味で、趣向で、「これをやってみたい」と触れるメディアがゲームや漫画なのです。それがどれほど尊く、大切なものか知ったうえでなお、説明もなく自分たちの偏見だけでそれを取り上げることができるのでしょうか。

少子高齢化の時代、今の子供はとても息苦しい環境で過ごしています。好奇心を満たす自然は出入り禁止で、新しく思いついた遊びは危険だからやめろと言われ、公園の遊具は軒並み撤去され、親は家に帰ってこずろくに遊んでくれない。そんな退屈な時代だからこそ、子供の好奇心はなるべく満たすべきではないでしょうか。

正直に言えば、私はゲーマーだからこの規制に憤ってるわけではないのです。子供たちが純粋な好奇心で伸ばしたその手を、大人が何も考えずはたくことが、何より暴力的に思えるのです。

そんな子供たちの言葉に、大人は本気で耳を傾けたことがあるのでしょうか。実際に子供が遊ぶゲームに触れたことはあるでしょうか。子供のゲームを取り上げるよりも先に、日本の未来を担う子供たちが愛するゲームを大人が触れ、理解するべきではないでしょうか。

そして、ゲームの価値を理解したうえで、それがどうしても遊んでほしくないなら、その理由をちゃんと子供一人ひとりに説明するべきです。また勉強をしないのなら、勉強をする必要性を論理的に訴え、自分でも勉強を教えてあげるべきなのです。

我々のような大人が考えるよりも何倍も子供は賢い。それはかつて子供であった我々こそ知っているはずです。子供たちの価値観を尊重し、子供たちが触れるメディアを尊重し、何よりも子供たちと対話を尊重するべきです。仮に口を利いてくれなくても、そこで暴力に訴えても子供は絶対理解しません。


子供から逃げて、ゲームは1日1時間と言い張る。それはただの卑怯者です。

ハイラルの勇者や、シンに挑む召喚士、アメリカを繋ぐポーターの方が、よほどかっこいい「大人」でしょう。

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今日は『Lisa the painful』で中年の苦痛を追体験しない?
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ビデオゲームの批評と伝導をしてます。 TBSラジオ「アフター6ジャンクション」レギュラー、著書『好きなものを「推す」だけ。』(KADOKAWA)https://www.amazon.co.jp/dp/4046047577 連絡:gamer.nichinichi@gmail.com