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せめて魔法使いになりたかった

好きだった女から電話があった。

仕事の愚痴、無理やり前向きに語る目標、周りの結婚ラッシュ、置いてけぼり感、仕事や趣味に邁進する嬉しさ、最近の推しの良さ……ぐちゃぐちゃに絡まる感情を一個ずつ聞いていく。

女子高生の頃からそうだった。
マックの萎びたポテトを摘みながら、あいつの愚痴を聞いて、斬って捨てたり、慰めたりして、前を向けるようにする。私はそういう係だった。

不細工な私は、お姫様にも王子様にもなれないから、せめて魔法使いになりたかった。
魔法なんか使えないから、俯かないでいられるように、前を向いて歩けるように祈った。

あいつと私は長い付き合いで、中高一貫女子校の図書委員会で出会った。第一印象はなんだこいつ。ぼんやりした女が多いここではアクが強いな。
花嫁修行のような学園だった。箱入りでぼんやりした子が多く、生徒の助け合いに依存し、優しい子が損をしていた。
いずれは自分で食っていけるように、自分の責任は自分で取れ!と育てられた私たちは、浮いていた。
中高6年間、同じクラスになることも、部活が重なることもなかった。でも、私たちは馬が合った。
少年誌を読み、二次創作を読み、放課後はこっそりカフェに立ち寄ってお茶をした。

その頃も今も、私たちの関係性は何にも変わらない。
ただ、私は結婚して、将来の子供のために引っ越しをした。
あいつは、東京営業所のたくさんいる同期の中で一位を取って、別の部署に栄転した。

涙声で「みんな私を置いていく」と言われた。ゼミの同期が結婚ラッシュらしかった。

「なんも変わってないよ。女子高生の頃から。私たちの話題、今も二次元の話と愚痴じゃん」
「結婚してたり、独身だったり、子持ちだったり。違う悩みと違う立場で、同じ女って一人もいないけど、こうやって三時間もくっちゃべれるのが私たちじゃん。これからも変わらずに行こうよ」
「あたしが一人になったとき、お前も一人だったら、一緒に隣の部屋に住もうよ。あ、同じ部屋は無理だから」

そんな話をした。

(今書いてて恥ずかしい。なに格好つけてんだ私は。どうせ聞いた話ややりたいことのパッチワークで、ぜんぶ自分の言葉ではないくせに)

女の子の頃から育んだ連帯は、大人になっても細く長く続く。

ばーちゃんになっても、私はあ○すたをやり、あいつはア○ナナをやって、お互いに言ってることはわかるけど別に好きではないジャンルの話を苦笑いして聞きたい。

話は変わり、今の推しの話をして、あいつはすっかり元気になっていた。

明日また頑張んなきゃねー、とおやすみ、を言い合って電話を切った。


いらない関係はどんどん切っちゃうんだ、と言うあいつが、辛い時に電話をくれた、というだけで私は嬉しかった。
愚痴を聞いて、と言われることに、喜びを覚える自分がグロテスクだった。ぬいぐるみペ○スなんて言葉があるが、私はそれと同じだ。あの子に好かれたいグロテスクな下心を隠したまま、ぬいぐるみとして話を聞くのだ。

それでも、あの子が前を向けたようで、とりあえず良かった。

王子様にもお姫様にもなれないから、
せめて魔法使いになりたかった。

それもできなくて、相槌を打つぬいぐるみとして祈る。あの子が明日も健やかでありますように。

好きだ、というグロテスクな気持ちは、14歳の頃から醸されて、生臭くてたまらないけれど。捨てられないものだから、また蓋をして置いておくことにした。


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