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転生管理局

「ええっと……」
 書類に目を通した転生管理局員が、眼鏡越しにジロッとぼくを見つめた。
「ふむふむ……『この世界では自分の能力が活かせない。人としてトップに立てる異世界への転生を希望する』と。転生の希望理由は、これだけですか?」
「そうですけど。なにか文句でも?」
 ぼくがふてくされたように言うと、相手は肩をすくめた。
「いえ、べつに。ただねえ、多いんですよ。困っているんです。そういう漠然とした理由で転生を希望される若い人が、あまりに多すぎてね……」
 だからなんだっていうんだ? 転生するのに、他にどんな理由がある?
 現在の記憶や能力そのままで異世界に転生できるシステムはここ十年で確立され、誰もが国の管理するゲートから転生できるようになった。
 昔のように当てずっぽうで危険な世界へいくわけではない。転生先の条件は選べるし、希望の世界でチャンスをものにした人は大勢いるのだ。
 有名なのは、軍事知識などを活かして剣と魔法の世界で采配を振るい、支配者にまで上り詰めた人物だろう。また、経済が未発達な世界で、ぼろ儲けした人なんかはいっぱいいる。
 ぼくにはそんな才能はないけど、それでも申請すれば希望通りの異世界に転生できる。中には、一夫多妻が当たり前で、自分がモテモテになれる異世界に転生し、美女に囲まれて過ごしてる――なんてやつもいるらしい。
 だから、冴えないぼくにだってチャンスはあるはずだ。
 転生できる権利があるなら、使わない手はない。
「自分が一番になれる異世界に転生する――それがぼくの希望だ。ここは、そうした『現実世界で活躍できずにいる人々』にチャンスを与えるとこでしょ」
「まあね、建前上はそうなってますけどねえ……」
 なにか言いたそうに、局員はじろじろとぼくをながめまわした。
 どうせ、「冴えないやつ」とか思ってるんだろう。実にむかつく。小役人のくせに。いいから、さっさと後ろにあるゲートを操作しろよ……。
 そんな思いが顔に出てしまったのか、局員が苦笑して言った。
「転生は簡単だし、異世界は今でも次々に発見されてますからね。検索すれば、あなたに都合のいい――ああ、いや、あなたがトップになれる世界も、きっと見つかるでしょうな。個人情報と条件を入力すればコンピュータが探してくれますから。しかしねえ、どうなんでしょうねえ。初めからそんな考えってのはねえ……。あなたはまだ若いんだし、もう少し現実世界でがんばってみたほうがいいんじゃないですかね……」
「大きなお世話だ。ここは人生相談の窓口じゃない。転生管理局だろ」
「ええ。まあ、そうですけどね……」
「だったら、さっさと転生してくれよ」
「わかりました。では、手続きですので最終確認を……。転生はやり直しできません。二度とここには戻れませんが、その点はご承知ですね?」
「当然だろ」
 ぼくには別れを惜しむ友人も恋人もいない。家族でさえ、ぼくが消えてもなんとも思わないだろう。
 無論、ぼく自身この世界にはなんの未練もない。異世界でトップになれるなら、今のパッとしない人生を惜しむ理由なんかどこにある?
 ぼくの顔を見て軽くため息をつくと、局員はうなずいた。
「わかりました。では承諾書にサインを」
 言われるまでもない。ぼくは手早くサインを済ませた。
 その間に、ゲート――銀色の金属で縁取られた四角い入口――が、かすかにハチの羽音のような音を立て、枠の中が虹色に輝きはじめる。
 ぼくのために選ばれた、ぼくだけの世界へ、転生の扉が開かれたのだ。
「さあ、どうぞ」
 ゲートへとうながされ、ぼくは躊躇うことなく虹色の光の中へと踏みこんでいった……。

 若者が消えたのを確認すると、局員はゲートのスイッチを切った。
「やれやれ……」
 ため息をついて首を傾げる。
「自分が一番になれる世界ねえ……。努力する気もなしで転生したって、一旗上げるのは無理だろうに。まあ、それがわかるやつはあんな理由で転生を申請しないか……」

 ぼくは転生した。
 自分がトップになれる世界に――。
 そのはずだった。
 それなのに……。
 今は一人、鬱蒼としたジャングルをさまよっている。
 開けた草原には恐ろしい肉食獣がいて、この森から出られそうにない。
 人に会うこともなく、あれから何日が過ぎたのかもわからないのだ。
「ギャッギャッ!」
 頭上で、いらつく鳴き声がした。森にすむ猿の声だ。
 人に近い風貌の猿が群れをなし、枝にぶら下がってぼくを見下ろしていた。
 考えたくはないが……。
 たぶんこいつらはこの世界で最も進化した存在なのだ。
 この、四本足の猿どもが……。
 つまり「直立歩行し高度な知性を持った人類」は、ぼくだけってこと……?
 トップにはちがいないけど……。そんなのって……。

「ギャギャギャッ!」
 転生者をあざ笑うかのように、猿たちの鳴き声が森にこだました。

#第1回noteSSF

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