『私立能都(note)学園』        ~教育実習生・間竜太郎の場合~その2

 秘密結社イービルキャットとは、なんだ?
 なんなんだ?
 そんな組織、聞いたことないぞ……。
 目出しコンビニ袋のバラクラバをかぶってふんぞり返っている女子生徒を見つめて数秒――。ぼくは頭の中で、過去数年間に渡って自分を悩ませ続けた記憶を検索した。だが、イービルキャットなる組織にはとんと覚えがない。
 新興の組織なのだろうか? そんなことが起こりうるのか? だとしたら、同居人たちに連絡しないとまずいことに……。
 と、考えを巡らせかけたところで、ハッと息をのむ。
 いやいやいやいやいやいやいや!
 関係ないっ!
 ぼくはもう、そーいうのとは関係ないのだ。
 だってだって、ぼくはもうただの大学生なわけで、児童書作家を目指して「ものがたり大学」で充実したキャンパスライフを過ごしているわけで(いや、過ごせてないけど、でも!)、しかも、昨日からは真面目な教育実習生として、実習とはいえ能都学園の教師なわけで……。
 あうっ。
 そうか。ぼくは今、能都学園の先生なのか……。
 この子らは、その能都学園の生徒なんだよな……。
 ああ……。
 つまり、ぼくはこの子らを指導する立場に……あるのか?
 いや、待て。
 それは本職の先生の仕事だ。
 そうだろ? そうだよな? そうであるべきだ。たぶん……。
 実習中の身で生徒の生活指導までしていいのか? 勝手な指導をしたら、かえって怒られるだろ。ちがうか? あるいは、実習中だから「ちゃんと注意した後で、指導担当の先生にその旨を報告する」のが正しいのか?
 ああもう、どうしたらいいのかわからない。
 ていうか、正直、関わりたくない。
 もう二度と関わりたくないのだ、秘密結社には……。
 などと考えている間に、混み合った車内からは、不機嫌そうな咳払いや、「なんだあいつら」とか「どこの高校だ?」といった声が上がり始めていた。
 強引に、空いている優先席に詰め寄ろうとした若いサラリーマンが、ミーアキャット頭の小柄な男子生徒に押し返され、「ふざけるなよ、このガキ!」と怒鳴り声をあげる。
「先輩、そいつ座らせちゃだめよ!」
 女子生徒の言葉に、ミーアキャット頭がうなずく。
「あんた、若い。座るな」
 言葉少なに彼がそう言うと、カッとなったサラリーマンが腕を上げる。
 させるかっ! とばかりに、女子生徒がミーアキャットの前に立った。
 相手の男も、さすがに女の子を殴るのは躊躇する。

「間先生、あの人たち止めないんですか?」
 いきなり耳元でささやかれて、ぼくは飛び上がらんばかりに驚いた。
 前の駅で乗ってきていたのか、すぐ隣に能都学園の制服を着た亜麻色の髪の女子生徒が立っていた。怒ったような顔でこっちを見上げている。
 待てよ、この子は見覚えがあるぞ。
 この髪は染めているんじゃなくてハーフだからで――そう、昨日、担当クラスで会った。なんてったっけ、ええと……。
 そうだ、皆口さんだ。皆口・ブレンダ・あかり――学級委員長の子だ。授業開始の号令をかけてたっけ。
「ええっと、そ、そうだね。ぼくもそうしようと思ってたところなんだ」
 とは言ったものの、今止めるとややこしいことになりそうな気が……。
 だが、皆口さんは「当然ですよね」という顔でうなずいた。
「だったら、早くお願いします」
「うん。でも、少し気になってることがあってさ」
「もう! 先生がやらないなら、私が止めます――」
「あっ、ちょ、ちょっと待って、皆口さん!」
 優先席へ向かおうとする彼女の手をとったそのとき、ちょうど電車が次の駅に着いてドアが開いた。
「……やっぱりだ」
「なにがですかっ!?」
 不機嫌そうに抗議しつつ、ぼくの目線を追って皆口さんがドアを見る。
「あっ――」
 まさか!? と驚く彼女に、ぼくはうなずいてみせた。
「……たぶん、だけどね」
 そう、乗ってきたのは通勤客だけではなかった。
 高齢のお年寄りが数人と、白い杖を手にした女学生に、妊婦さん……。
 昨日は混んだ車内に対応するので精一杯だったぼくも、あの子たちを見ているうちに思い出したのだ。
 能都学園の最寄り駅には、大きな病院や盲学校があるってことを……。
 ここは、朝の通勤時でも乗客が健常者ばかりではない路線なのだ。

「さあ、お前たち! おとなしくこっちに座ってもらおうか!」
 コンビニ袋の女子生徒が声を張り上げると、両脇にいた凸凹コンビの男子生徒が、彼らを優先席に案内する。にこにこ顔で席につく人々。
 それを見て、サラリーマンはばつが悪そうに振り上げた拳を下ろした。
 ふんぞりかえって高笑いするコンビニ袋の女子生徒。
「これでよし! この優先席は、秘密結社イービルキャットによって正しく利用された! 作戦終了だよ!」
「了解」
「ふぃ~。やれやれ……」
 優先席が埋まるなり、三人は素早く車両のドアを開けて隣の車両へと姿を消した。

 おっ、なかなかの引き際だな……。
 などと感心していると、皆口さんが言った。
「先生は、あの人たちが席を譲るつもりだって、わかってたんですね?」
「まあね。でも本当なら、誰が座ってもいいんだからああいうのは良くないよ。優先席を必要とする人が来たときに、きちんと席を譲ればいいんだから」
「でも、そんな律儀な人は滅多にいない――っていうか、そうやって席を譲るような人は、初めから遠慮して座らないです」
「うん」
 その通り。だからイービルキャットは強硬手段に出たんだろう。
 てことは……。彼らは、なにもの?
 これじゃまるで、ぼくらみたいな……。
「あの子ったら、あれで正体がばれないと思ってるんだから困りますよね」
「……へっ? 皆口さん、あの三人が誰だか知ってるの?」
「真ん中の子だけです。あれ、うちのクラスの野々村環さんですよ。先生、わからなかったんですか? ほら、髪をピンクに染めてる……」
 言われてようやく、クラスにそんな子がいたのを思い出す。なにしろこっちは、まだ昨日挨拶しただけなもんだから……。
「……ところで、先生?」
 と、皆口さんが言った。
「なんだい?」
「いい加減、手を離してください。誤解されます」
「わっ、ごめんごめん!」
 ぼくは慌てて手を離して、うつむいた。
 そこからしばらく、気まずいムードで電車にゆられる二人。
「ところで……他の二人は誰かわからない?」
「はい。学年がちがうんじゃないかと。あ、もしかしたら、新聞部の子に聞いたらわかるかも。イービルキャットのこと調査してたような……」
「なるほど。新聞部ね」
 進んで関わりたはくないが、イービルキャットが本当に本物の秘密結社だったりしたら(しかも、首領だか幹部だかが担任のクラスの生徒ならなおさら!)、調べてみないと……。
 電車にゆられながら、ぼくはそんなことを考えていた。
 今すぐに隣の車両まで追いかけて、彼らに直接問いただしてもよかったけど、車内は混んでいたし、そんなことをするとますます面倒くさいことになりそうな予感がしたのでやめておいたのだ。
 実際、それで正解だったのだが……。

(たぶん、つづく)


能都学園のゲストキャラである間竜太郎のお話はここまでです。
※この先の有料部分は「秘密結社でいこう!」シリーズ的なオマケとなります。良心に恵まれない少女たちが、ちょっと出てきます。同シリーズをご存じの方には、けっこう楽しめるかも、です。
※でも、ちょっと恥ずかしいから、どーしても見たい人だけ見ればいいかな~と思ったので、少し料金的なハードルを上げさせてもらいました。
※今回も、このテキストの購入者が五人を越えたら「意外と需要がある?」とみなし、有料部分だけもう少し延長して書くかも――とは言っておきます(前回は残念ながらそこまでの需要がなかったですが……)。もしそうならない場合は、このパターンでちょっとずつ書くだけにとどめます。


 秘密結社でいこう! ~番外編~

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