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『メディック!』【第15章】(最終章) 俺×仲間 目的が同じ道

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第15章 俺×仲間 目的が同じ道

 由良に「週末絶対に帰ってこい」といわれ、勇登は実家にいた。すると、玄関のチャイムが鳴った。当然勇登がでる。

「こんばんは」
 ドアを開けたらにこやかな五郎が立っていて、勇登の口から心臓が飛び出しかけた。

 五郎から大量のビールを受け取ると、勇登は彼をリビングに案内した。

「俺はお前の母さんに25年前に出会ったんだ」
「息子の前で、意味深ないいかた、やめてもらえませんか」
「はは、すまん。基地のクラブ活動が一緒だっただけさ」

 五郎は仏壇の前に座った。

『俺が死んだとしても、それは誰の責任でもない。この仕事を選んだ俺の責任だ』

 それは、事故の後、五郎が由良のもとを訪ねたときにきいた言葉だった。「生前彼がよくいってたの。誰にも責任取らせてくれないみたい」と当時の由良はおだやかな表情でいった。

 これまで、その言葉に何度も救われた。
 五郎は「ありがとう」と呟いた。
 そして、しばらくの間、若くして亡くなった仲間に、彼の息子の成長を伝えた。

 勇登は五郎をテーブルに案内した。
 そこへ由良ができたての鍋を運んできた。

「今日は豪華海鮮鍋!」
「すげえ!」

 鍋からはみ出したタラバ蟹のあしを見た勇登と五郎は同時にいった。

 鍋をつつきながら、五郎は勇登の知らない父の話をたくさんしてくれた。志島家では父が死んでから、ちゃんと父の話をしたことがなかった。

 父の同期が父の昔話をして、それをきいた母が笑う。
 自分はその雰囲気が嬉しくて笑う。
 それは勇登にとって、とても心地のよい時間となった。

 勇登が仏壇の父の写真を見ると、父はいつもと変わらぬ笑顔でそこにいた。

 ――父さんも、にぎやかな食卓を見て笑ってる。

 なんだかそう思えて、勇登は更に嬉しくなった。

 勇登は閉店後の喫茶PJに行った。
 この時間にきたのには理由があった。

「もうすぐ卒業だね」
 ナオは小さく息をついた。

「ああ」
「いいな、いろんなところいけて。私はずっとここだけだから……」

「一緒に来るか?」

 ナオは顔をあげた。

「まだどこになるか決まってないけど、俺と一緒に来るか?」

 勇登はいつになく真剣にいった。
 ナオが口を開くと、見計らったように勇登の携帯がなった。
 勇登は無視してナオを真っすぐ見ていた。

「早くでないと!」
 ナオが焦っていった。

「今はこっちが大切、これなら聞こえない」
 勇登は両手でナオの耳を塞いだ。

 真っすぐにナオを見据え返事を待つ。
 恥ずかしさのあまりナオは目をつむると、大きく二回うなずいた。
 勇登は笑顔になって、ナオの顔を引き寄せると、そっと唇を重ねた。

 勇登は居室のドアを開けるなり叫んだ。
「おい、ジョン!お前何なんだよ、いつもいつも大事なところで電話してきやがって」

「いや、俺も噂の喫茶店行ってみたいな、って」
 ジョンは小声でいった。

「はあ?何いってんだ!もう怒った。ジョン、俺と勝負しろ!」

 吉海がなにか面白いことになりそうだと、真っ先にベッドを動かした。それを見た剣山と宗次も、喜んでベッドを部屋の隅にやった。

 宗次が勝負の方法を決めた。
 相撲で3回戦。2回勝った者が勝者。

 1回目は怒りのパワーであっさりと勇登が勝った。しかし、ジョンも負けてはいなかった2回目はジョンが粘って勝った。3回戦を始めようとしたとき、居室のドアが勢いよく開いた。

「お前らぁ!全員まとめて追放されたいのか!」
 そういって、当直である武造が乗り込んできた。

 すぐ下が当直室ということを忘れていた。
 勇登たちは一瞬でその場に整列した。
 宗次が横目で勇登を見てきた。その目は「まじやばい」と訴えていた。

 武造からお決まりの言葉が発っせられた。
「その場に伏せぃ!」

 消灯後、誰一人動く者はいなかった。勇登たちはかつてないほどに腕立て伏せをさせられた。ベッドに入った後、ナオにメールをしたかったが、指が震えてできなかった。

 暗闇の中で、行司をした宗次がいった。
「今日のところは引き分け、だな」

 卒業を控えた勇登たちは、8枚目の写真撮影に臨んだ。剣山の希望で隊舎の廊下に掲げられた標語の前で行われた。毎日その前を通るので必ず見ていたが、まじまじと見ることはなかった。

 大きな木製の板には筆で

『救え』

 と書かれていた。

 ここにきてからずっと、この目的を達成するために、訓練してきた。そして、その目的は今後も変わることはない。

 勇登はこの言葉をもう一度、深く胸に刻んだ。

 救難教育隊の格納庫では、救難員課程の卒業式が執り行われた。
 今後は学生全員が全国の救難隊に散り散りに配属される。その後ORの資格を取り、晴れて現場に進出できる救難員となる。

 式では、全員の胸に航空士徽章が授与された。航空救難団司令が一人一人の学生の胸にいぶし銀色の徽章をつけてくれた。
 勇登の番が来た。

「おめでとう」
「ありがとうございます!」 

 救難員になった瞬間だった。この日のために、1年もの間過酷な訓練に耐えたのだ。


 式が終わると五郎から最後の言葉があった。

「俺は全国の100名足らずの救難員を兄弟だと思ってる。兄弟が死んだら俺は泣く。だから、生きろ!以上」

 いつも以上に張りのある声を出した五郎の瞳の奥は、少し潤んでいるように見えた。


「志島!」
 解散指示の後、五郎が勇登を呼んだ。

 五郎は勇登の制服の胸ぐらの辺りを掴むと、胸で輝いている航空士徽章を外しはじめた。

「へっ?」
 ――は、はく奪!?
 勇登は呆然とした。
 実は自分だけ駄目で、五郎は卒業を認めてくれていないのか。

 五郎は動揺する勇登の顔の前に握り拳を出した。
 勇登は一瞬殴られるのかと思ったが、五郎はその拳をゆっくりと開いて見せた。
 そこには新品とはいえない少し色がくすんだ航空士徽章があった。

 五郎は黙って裏側のピンを丁寧に外すと、それを勇登の胸につけながらいった。
「あいつのいってたことが本当になって、お前に会うことがあったら、渡そうと思っていた」

「え?」
 勇登は五郎を見た。

 彼は優しい瞳をして言葉を続けた。
「お前の父さんの徽章だ」

 ――!!

「俺はおっちょこちょいでな、徽章のピンを外すとき勢い余って針が折れてしまったんだ。つけれなくて困ったいたら、あいつが貸してくれたんだ。俺の予備を使えって。ちゃんと予備を用意してあるところがあいつらしいよ」
 五郎はくすっと笑った。

「これからは、志島、お前が使え」

 勇登の瞳から自然と涙が溢れ出た。
 これまでどんなに過酷なしごきでも、一度も泣かなかったのに。
 最後の最後にやられた。

 父に憧れてメデックを目指した。一度は夢を封印したこともあったけど、皆の支えがあって再び目指すことができた。

 そして、今、父の徽章を胸につけている。
 この現実が、ただただ嬉しい――。

 最後にお世話になったUH-60Jの前で、記念写真を撮った。一枚学生だけで真面目に撮ったかと思うと、おもむろに教官たちも脱ぎはじめた。

「本当は、雪山の撮影のときから脱ぎたかったんだよね」
 正則がそういって脱ぐと、その鍛え上げられた肉体に勇登たちは「おお!」と歓声を上げた。 
 正則は得意顔になって一周回ってみせた。

 亜希央が、この日のために吉海が用意した一眼レフの高性能カメラを構えた。
 男どもは全神経を筋肉に集中させ、カメラのシャッターが落ちる瞬間を待った。

「……ここ、押すでいいんだっけ?」
 全員がガクッとなった。

「お前は、ほんとに整備員か!」
 正則のツッコミで全員が爆笑した。

「あ!」
 その瞬間、カメラのシャッターがおりた。

 亜希央のナイスな天然ボケで、最後の肉体成長記録写真には全員の笑顔が納められた。


 撮影が終わると、武造が勇登とジョンを見ていった。
「お前ら、こないだの相撲の勝負はついたのか?」
 二人は首を横に振った。

「そうか、じゃあ喜べ。俺がお前らのために最高の舞台を用意してやった」
 武造は楽しそうにいった。


 武造はプールサイドに、勇登とジョンを立たせた。面白そうだと教官の面々も集まった。
 ルールは簡単。相撲をして先にプールに落ちた方が負け。

 緊張の面持ちで二人は見合った。
 接戦の末、二人は同時にプールに落ちた。
 それを見た剣山、宗次、吉海は「救助」と叫び、飛び込んだ。
 そして、全員でここぞとばかりに陸の教官に水をかけた。

「俺の本当の怖さを思い知らせてやる」
 五郎が飛び込んだのをきっかけに、他の教官も飛び込んで、全員で大暴れした。

 久しぶりに羽目を外した五郎は、自分の蒔いた種が発芽し、ちゃんと根をはっているのを確信した。

 勇登たち同期は喫茶PJを貸し切って、ささやかな卒業パーティーを開いた。
 それは、勇登とナオのお祝いも兼ねていた。ナオは勝手に、由良、美夏、亜希央を呼んでいた。いつの間にか四人が仲良くなっていて、勇登は驚きよりも恐怖を感じた。
 ジョンは美夏のことが気に入ったようで積極的に話しかけていた。

 酒が入った由良は、次々と勇登の秘密を暴露しはじめた。
「志島勇登君は、こう見えて自転車に乗れません!」
 由良は右手をあげて、勝手に宣言した。

 ずっと隠してきた秘密をばらされた勇登は慌てふためいた。
 勇登が子どものころ走っていたのを知っていた美夏は「そうだったんだ」と妙に感心し、同期と亜希央は、マジか、と少し冷めた目で勇登を見た。

「男は走れっていって買ってくれなかったからだろ!」
 勇登は思い切り釈明した。

「でも、そのお陰で体力ついたでしょ!こうやって卒業できたのは、きっと私の教育があったからね」
 由良も負けずにいい返した。

 ナオはクスクス笑っていった。
「車買う貯金なんてないだろうから、これから特訓しなきゃね」


 卒業できて嬉しいはずの宗次は、店の隅でひとりちびちびと飲んでいた。
 勇登が近づくと、宗次は暗い声でいった。
「保留された」

「へ?なにを?」

「さっき、告白したんだけど、今は難しいっていわれた」

「なんだよそれ、どういう意味だよ」

「俺はしばらく貝になる。知りたきゃ本人にきいてくれ」

 そんなこときける訳ないだろ、といいたかったが、勇登は心を痛めている宗次をそっとしておくことにした。
 しかし、真相はすぐにわかることとなった。

 救難教育隊、最後の朝。

 亜希央が話があるというので、勇登は整備隊の格納庫に行った。
 亜希央は勇登の姿に気づくと、ヘリを降りて小走りで来るといった。

「あたし、もうメディックは受験しない」

 勇登は驚いて亜希央の顔を見た。

「安心して。一度自分に正直になって、よく考えて決めたことだから。でも、ヘリに乗って助けに行くことを諦めたわけじゃない。あたしヘリの整備、実はかなり好きって気づいたんだ。だから、ヘリのフライトエンジニアを目指す。これからは、もっと勉強しなきゃ」

 そういって亜希央は笑った。

「お前はやっぱり最高だよ。次は任務でだな!」

 勇登は敬意を込めて、亜希央に握手を求めた。
 亜希央はその手をしっかりと握り返した。


 いよいよ旅立ちのときとなり、同期の仲間が集結した。
 宗次は本当に強くなったのか、ポジティブになったのか「そういえば、俺、振られてないよな」といって急に元気になっていた。

 学生長の剣山が同期全員に封筒を配った。
 疑問に思いながら中をみると「救難員課程特製カレンダー」なる代物がでてきた。それは吉海が撮りためていた肉体成長記録写真を、剣山がカレンダーにしたものだった。

 一枚一枚めくっていくと、この一年の出来事が一気に押し寄せてきて、涙が溢れそうになった。
 1月から8月は同期だけで撮ったもの。9月は卒業式の後に撮った写真、10月はなぜか五郎の半裸が写っていて「間もなく50の肉体を見よ」というご丁寧な解説までついていた。11月は教官全員と亜希央、12月はプールでの相撲対決で、勇登とジョンがプールに落ちる瞬間の写真であった。

 そして、最後のページに一言「日々自分を更新せよ」と五郎の字で書いてあった。

 勇登は一生の仲間となった同期との思い出を胸に、次なる部隊へ向かった。
 散り散りになったとしても、再び出会わないはずがない。

 だって俺たちの目的は、同じなのだから――。


(おわり)      

 最後までお読みいただきありがとうございました! 和泉りょう香

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※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、組織、名称とは一切関係ありません。

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