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『メディック!』【第9章】 俺×恋 変化

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第9章 俺×恋 変化

 母、由良が転属してきて、勇登は週末余裕があるときだけ家に帰るようにしていた。訓練を重ねるごとに、救難員という仕事が非常に危険なもので、中途半端な気持ちでは到底やりきれないものであると感じていた。数カ月後卒業できて救難員になれたとしたら、再び別の基地で勤務することとなる。できるときに親孝行しようという気になっていた。

 土曜の昼過ぎ、勇登は宗次と喫茶PJに行った。
 宗次はこの間の山岳訓練で、勇登と亜希央に何かあったんじゃないかと疑っていた。勇登がしつこく質問してくる宗次をいなしていると、入り口のドアベルが静かに鳴って客が入ってきた。
 その客を見た宗次は、焦った顔で勇登のほうに向き直った。
 勇登は軽く手をあげて亜希央にこっちだと合図した。

「前に、プールのお礼がしたい、っていってたから誘っておいた」
 勇登はしれっと宗次にいった。

 勇登も断られるつもりで誘ったのだが、亜希央はあっさり誘いを受けた。
 亜希央は宗次の横に、ちょこんと座った。宗次の体格がいいぶん、四人掛けのテーブル席では少し手狭だが、小柄な亜希央はぴったりとはまった。

「今日は宗次のおごりだから、何頼む?」

 勇登がそういうと、メニューに顔をうずめていた亜希央がいった。

「あたしは……」

 勇登と宗次は目を見開くと、同時に亜希央を見た。

「な、なによ……」
 亜希央は顔を真っ赤にしていった。

「いやぁ、なんでも……」
 勇登と宗次は顔を見合わせた後、表情を隠すように下を向いた。

「…………っ」

 次の瞬間「お前ら、なに笑ってんだよ!」と亜希央はいつもの『オレ』になって立ち上がった。

「なんか、かわいいなって思っただけだよ」
 宗次が真顔でそういうと、亜希央は更に赤くなって、ストンと座った。
 いうときゃいう宗次の姿に勇登は「おおー」と感心たような声を漏らした。
 三人がわいわい楽しそうに話しているのを、ナオはカウンター越しに見守っていた。


 勇登は「どうせ同じ場所に帰るんだから」となかば強引に、宗次に亜希央を送らせた。そして、いつものカウンター席に移動した。

「仲いいんだね」
 そういうナオに勇登は「そうかな」と答えた。

「なんかみんな見てると、いいなって思う反面、少し焦る。私ずっと地元でここしか知らないでしょ。一度外を見てきたほうがいいのかなって」
「へえ、ナオでもそんなこと考えたりするんだな」

「そりゃそうよ。そうやって他人と比較して焦っちゃうの。私だけかな」
「みんなそうだよ、俺も平気そうな顔して、いつも焦ってる。余裕ぶっこいてなんて全然できない。焦って間違って怒られて、それでも立てたら、それでいいと思って今はやってる」

「勇登、成長したね」
 ナオは少し寂しそうに笑った。

「俺最近、ナオに似てきてる気がするんだよな」
「どこがよ?」
 ナオは自分の身体と勇登の身体を見比べると、頬を膨らませた。

 勇登は苦笑した。
「いや、見た目じゃなくて。なんだろ、考え方とか。俺が成長したのってナオのお陰だと思う」
 そのとき、店に新たな客が入ってきた。

「褒めたってサービスはしませんから」
 ナオは勇登にそういうと、仕事に戻っていった。


 勇登はそのまま居座り夕飯をすませた。
 いつもより量の多いナポリタンで満腹になった勇登は、カウンターでまったりしたり、漫画を読んだりして過ごした。いつからか、ここが気軽に帰れる家のような感覚になっていた。

 ――いつも同じ場所にあって、安心する場所。

 今日は残っていたい理由があった。閉店時間になり、ナオが店じまいをはじめた。
「そういえば、怪我しかけたんだって?」
 ナオは表情を曇らせながらいった。勇登は「鍛えてるから問題ない」と答えた。

 テキパキと作業するナオを見ていた勇登は、何となく口を開いた。
「ナオ、俺とつきあ……」

 そのとき、勇登の携帯が鳴った。

 ――呼集かもしれない。

 勇登が携帯の画面を見ると、ジョンからだった。
 拍子抜けしつつも、ほぼあり得ない人物からだったので、逆に不安になって電話に出た。
「なんかあった?」
「いや、BXって何時までだっけ?」

「はあ?知らねーよ。吉海にきけよ」
「いや、今部屋に誰もいなくて……」

「じゃあ、前まで行ってみればいいだろ。近いんだから」
「そうだよな。じゃあな」

 勇登は変な奴と思いながら電話を切った。
 ジョンの電話でナオとの会話は途中になってしまった。しかし、ナオは何もきかなかった。勇登もそのことには触れないまま、基地に帰った。

 閑散とした店内で、ナオは皿を洗う手を止めた。

 ――俺とつきあ……なに!?

 つ、つきあたり?
 つきあげ?とか――。
 いやいや、それだと通じる日本語になってない。
 つきあかりを見ないか?
 それも、あり得ない。まさか、つきあう、とか――?

 ナオは大きく首を横に振った。
 百万が一そうだったとしても、勇登とはカウンター越しに向かい会うのが普通になってるから、そんなの変な感じだ。

 ――でも、万が一、付き合うことになったら、店の外で会ったりするのかな。

 いやいや、期待しちゃダメだ。

 ナオはにやけ顔の自分に気づくと、濡れた手で頬をつねった。

  第10章へつづく――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、組織、名称とは一切関係ありません。

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