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森と雨 18

「わからないわ」
 正直に答えた。
「不幸を目の当たりにしたからだよ。僕がどんな死に方をしたのか、まだ幼かった君にはインパクト絶大だったみたいだ」
 急にその人の顔が白けた。笑顔が消えて、みるみる不機嫌な顔になっていく。この顔を知っている。私は、その変貌で息がとまりそうになった。
「おにいちゃん?」
「そうかもしれない。本当は違うかもしれない。でも今お前は僕のことが分かった。僕が誰だか、本当に理解した。その上でもう一度訊こう。これが最後だ。お前は、僕のように、不幸に生きて不幸に死にたいか?」
「いいえ」
 緊張で心臓の膨張と収縮がいつもの倍の速度で行われていく。胸が痛くなるほどに。でも私は迷わず答えられた。
「私は、不幸にはならない」
「それでいいんだな? ここにはもう戻れなくなるぞ。ここにいた方が、後々良かったと思うこともあるかもしれない」
「でも、ここにいたら、会えないもの」
「誰にだ」
「私はずっと待っていたもの」
「誰をだ」
 誰を? 決まっている。私がずっと待っていたのは、たった一人だけ。いつだって、ずっと待っていた。ああ、ちがう。ずっと待たせていた。
「それは」
 と言いかけたら、兄は左手で私の口を塞いで、首を横に振った。そして笑った。これこそが、私が見た、最初で最後の兄の笑顔。
「いいよ。分かったよ」
 そうして私の頭を撫でてくれた。
「お前はもう大丈夫だ」
 そういって、髪に絡まった小枝を取ってくれた。

 むいちゃんの顔が見えた。目が合った。彼女がびっくりしたのが分かる。
「むいちゃん?」
 と言おうとして、随分喉が苦しいな、と思ったらむいちゃんが泣きそうな顔をして、
「雨先輩!」
 と叫んだ。それからすぐに引き戸が開く音がして、
「ゲンゴ!」
 とむいちゃんが呼ぶと、入ってきたそいつは、急に動きが早くなって、
「雨! 雨、分かるか? 気がついたのか!」
「何? 何言っているのゲンゴ」
 ゲンゴとむいちゃんが同時に、あー、と声を出しながらベッドの柵に手をかけて同時にしゃがみこむので、コントを見ているみたいだった。でも、おかげで私は、自分がなんだか見知らぬ部屋のベッドに寝ている事を知った。
「あれ? そう言えば、なんだったっけ? ふたりと会う約束してたんだっけ? それで? 私はどうして寝ているの」
 ゲンゴが、ああ、あ全く。と言った。
「まだよく分かってないみたいだな。むい、とりあえずナースコール鳴らして」
「まって、私はどこに居るの」 
 起き上がろうとしたら、ゲンゴに肩を掴まれて、もう一回寝かしつけられた。
「お前はとにかくもうちょっと休んでろ」
「雨先輩、急におきたらだめですよ。ここ病院です。雨先輩、倒れちゃったんですよ」
「倒れた? 私は倒れたの? どこで」
「レアンのことは分かるか」
 とゲンゴに言われた。レアン。そうレアン。
「レアンは?」
 と訊いたとき起こったことが全部頭の中を駆け巡ったので、私はめまいがして、軽く吐き気もして、
「う」
 と言ったら、むいちゃんがもっと心配そうな顔で
「雨先輩、だいじょうぶですか」
 半泣きになっていた。
「ごめん、迷惑かけちゃったのね。レアンから聞いたの?」
 ゲンゴが頷く。

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