見出し画像

森と雨 14

「やっぱりあの兄貴のためなのか」
「言わなくても分かってるなら、いい加減理解して」
「しない。そんなことはしない」
 じゃあどうするの、と言おうとしたとき、
「やっぱりお前はもっと俺のことを知れ!」
 突然体を持ち上げられて、案外力があるのね、と呑気に思っていたらすぐベッドまで運ばれて寝かされた、レアンが私の上に覆いかぶさってくる。同じことをされるのは二度目なので感動も何もない。
「何を知るの? 全部話したし、レアンの言いたいことはみんな聞いているわよ。これ以上何を知ればいいの?」
 レアンは答えずに私の唇に自分の口を押し付けてきた。そして舌で言葉を抑えられて、私は初めて体全体がこの人のことを拒んだ。
 こんな風にレアンと肉体交渉するのは初めてだな、なんて冷静だったのは一瞬で、私は必至で顔を背けてレアンの体から逃げよとした。これがファーストキス。酷いもんだわ、と思いながら。でもレアンは私の両手をしっかり掴んで、離してくれない。なんて力。逃げられない、私は
「だから何かしたら警察行くっていったでしょう」
 と言い返すので必死だった。レアンがこれからしようとしていることがいやで仕方が無かった。感覚よりも感情よりも、いっそ本能よりももっと深いものがレアンの体をいやがっていた。恐怖、だった。レアンは暴力は振るわないだろう。でも私の力じゃレアンから逃げられない。
「いいよ、一緒にいくよ。警察。でもその前に俺の事を知ってくれ」
「いや! 本当にいや。何よこないだまでどこの女でもよかったくせに。急にしみったれて、どうかしてるわよ!」
「そうだよ。どうかしちゃったんだよ。雨がそばにいてくれないからな。でも俺だっていやだよ。お前があの兄貴の側にいるのは。俺の事をちゃんと理解しろ。そうしたら、お前だって変わる」
「そんなの勝手な言い分だわ」
 レアンは片手で私の両手を掴んで枕に押さえつけている。そしてもう片方の手がスカートの中に入ってきた。
「だから止めてって…」
「止めないよ」
「犯罪者!」
「ああそうだよ」
 ああこんなことが昔もあった。なんて冷静にはもうなれなくて、私はとにかくいろんな悪口を言ってレアンを萎えさせようとしたんだけど、効果はなかった。
 ああこんな風にしてレアンの言いなりになるなんて。哀しくはなかった。ただ怖かった。どんなことをされるのか分かっていて、分からなくて、嫌悪感でいっぱいだった。普段だったら抱き着かれてもなにも感じないレアンの体が、得体のしれない生き物、いいえ、生き物でさえない、何かの塊、もうレアンでもない、ただ、理解できない何かに替わってしまったようで、足を撫でられたり首筋にキスをされたりするたびに全身からどっと汗が出てきて、
「…やめて、本当に、お願いだから」
 途中まで言った時、急に体がレアンから離れた。私はレアンが体を起こしたんだと思った。でも違った。私の体が落ちたのだ。現実から。私の意識が離れたのだ、肉体から。私は、落ちていく、心も、意識と呼べるものも。だから現実のことが分からなくなる。
「雨?」
 レアンに呼ばれた。でも私には返事する体がない。あったら言いたかった。さよなら。もう二度と会いに来ないでね、と。私も二度と会わないわ。でも言えなかった。私の言葉と私の口はどんどん距離を作っていったから。
「雨!」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?