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森と雨 了

 どこに行きたい。とレアンが訊いた。
「森の中」
 と私は答えた。今度の休みにどこに行きたいとレアンが訊くので、私は、
「どこか、遠い森の中」
 と答えたのだった。
「なんでそんなところに?」
 レアンは怪訝そうに訊いた。結局あのあと私とレアンとゲンゴと、むいちゃんまで警察官にこっぴどく説教されて、でも、一応被害者とされた私が被害届を出すつもりがないと言うことを断言したので、更に理不尽な説教を受けた後で、やっと解放されたのだった。
 そして、当然の事なんだけど、レアンと私は後日ゲンゴにもこっぴどく文句を言われた。当たり前だ。甘んじて二人で聞いた。半ば本気、半ば冗談だったけど、かなりくどくどしく文句を言った後でゲンゴは、
「この上は、俺たちが将来生活に困るようなことがあったら真っ先にお前らをあてにしに行くからな」
 と言った。私たちの就活の時期はとっくに始まっている。
「おう。任せとけ。お前と後藤ちゃんくらいならこのおれがいくらでも養ってやるぜ」
 とレアンは自信満々で行ったんだけど、んなわけがあるかこのバカ野郎が、というゲンゴにエアでぼこぼこにされたのだった。仲がよろしくてありがたいことです、と私はそれを見て思っていた。笑ってんじゃねえぞ雨。と私までゲンゴに怒られた。ぐうのねも出ないので私とレアンは並んで正座して、ははー、とゲンゴに土下座したのだった。
 今度の休みどこに行きたい、とレアンは聞いた。私はベッドの中にいて、隣にレアンがいた。私はさっきシャワーを浴びたばかりで髪の毛がまだ濡れていたんだけど、雨の匂いだ、と言ってレアンはむしろ喜んでいた。狭いベッドの中に寝そべって、私たちは話をしていた。
「森の奥へ奥へ進んでね、何か、大きな木が生えているところを探してね」
「そんな奥地まで進んで行ったら、迷って戻ってこれなくなるぞ」
「じゃあいっそ富士の樹海に行きましょう。そこで大きな木の根基を探してね。そこであんたと二人で地面に寝そべって、それでずうっとそのままでいるのよ」
「なんだそりゃ。そのうち死ぬぞ」
 レアンは、むしろ面白そうに言うのだった。
「そうよ。私とあなたで二人して、地面に寝そべって、そのまま土に帰ってしまうのよ」
 私は誘った。
「そりゃいいな」
 レアンは笑った。あの出来事以来レアンは毎日私の家に来る。むいちゃんとゲンゴは、二人そろって二度と近寄らなくなった。
「つまり、死ぬまで一緒にいてくれるんだろ」
 レアンは嬉しそうに私の首元に顔をぴたと付けて、おそらく髪の匂いを嗅いだ。
「そうよ。分かりきったことは訊かなくてもいいのよ。相変わらずバカね」
「おれは、もう知っているんだけど、雨だってたいていバカだよ」
 レアンは嬉しそうだった。レアンの暖かい肩に私の肌が触れて、私は今幸福なのだと全身の細胞が笑っていた。
「誰かと一緒に居たいと思ったから、うつってしまったのよ」
 と私が言うと、
「じゃあ、俺今幸せだから、それもいつかうつるよ」
 レアンがベッドの中で私の肩を抱き寄せながら言った。幸せね。今以上に幸せになったら、私の人生には一体どんな事が起こるのだろうか。
 こわいような、面倒な様な。とにかく森で。いつか一緒に森で。何年先になってもそれが何十年になっても。必ず。私はレアンといるだろうと確信していた。

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