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好きなものの話その8【ポラロイドカメラ】

今はスマホカメラが普及して、何の気なしに写真を撮っている人の姿がそこここにあるのが普通になりました。だけど、私が学生だった20年近く前は、プロかそれに近いスキルを持っている人でもない限り、何気ない風景や一瞬の動きを、カメラで追おうとすることはありませんでした。

それがポラロイドカメラだったらなおのこと。大学生のころ道端で街路樹をポラで撮影していたとき知り合いが通りかかって、何か、変なものを見る目で「…バイトですか」と聞かれたときには私もどう答えていいものやら。「日課です」と言ったのですが、恐らく何も伝わらなかったと思います。それにしても街路樹をポラロイドで撮るバイトってなんだろうと、いまさらながら疑問ですね。

写真が好きなわけではなくて、ポラロイドカメラが好きです。

これは完全に形が好きなのであって、“形から入る”という私の悪い癖の最たるもの、かもしれません。

今ではもうフィルムを買うこともできませんが(復刻版があるらしのですが、まだ手に入れていません)

あの箱型フォルムのポラロイド600を、今でも時々取り出してきて手に乗せて、見た目に比べてずいぶん軽い感触を楽しんでいます。

アナログ趣味があるわけじゃなくて、PCでも新しいものが出るとちょっと気になったりしますが

(そういえば90年代ごろはよく新製品のパソコンのCMを流していましたが、最近とんと見かけません。それよりもスマホが隆盛をきわめているからでしょうか)

ことポラに関して、私は他のどんな種類のカメラよりも好きです。撮った写真をすぐに確認できるという点ではデジカメのほうが断然優れているのですが、優劣が必ずしも好悪を決めるのではないのですよね。私はポラで撮影してから瞬時に吐き出されてくる四角い写真の存在がなんともいえず好きですね。

料理とか、タイピングとか、自分が好きなものに関しては必ず理由を言ってきたはずなのですが、ポラについては

「どうしてすきなの?」

と聞かれると、

「それは、どうしてでしょう?」

自分でも明確には答えられません。持った感じ。機体が手にくれる触れ心地。これが好き。と、いうことだったら断言できるのかもしれません。

情けないなあ。自分が好意を感じているものに対してだけでも、誰かにわかりやすく説明する力がほしい。好きなものについて振り返りながら、私は文章を書くと言うことについても振り返っている気がしますね。今夜。

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