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桜レクイエム Ⅰ

 住職の申し出があり、致し方なく弟の三十三回忌は、彼岸明けの金曜日になった。

 ケアワーカーの私は、平日の方が休みがとりやすいことも多いが月末近い金曜日は何かと用がある。祥月命日の五日と二十五日の二回行かねばならなくなったが、お盆前には墓仕舞いをしなければならないので、それまでに回向の回数が増えたことは喜ぶべきことだと気持ちを切り替えてその日を迎えた。

菩提寺に続く細い道は両脇に桜の木が、それぞれが思いの丈伸ばしても枝振りがぶつからぬように絶妙な間隔を置いて立ち上がっていた。
そして満開の花弁を惜しげもなく風にまかせて舞い散らしている。

 本堂に入ると、社務所の窓から 雛僧が礼儀正しく「ようこそおまいりに」と和やかに挨拶を投げかけてお墓のある方角へと手を差し出した。 
私も和やかに微笑みを返し、「ありがとうございます。」と応えた。

敷地の西南に進み、桶と柄杓や墓掃除の道具を一式お借りして、墓へ向かう。
この菩提寺には父母姉弟を祀っている。祥月命日の日は慌ただしく通り一遍のお参りだったので墓地は少し荒れていた。
1時間近くかけて、丁寧に墓石を磨き、雑草を取り除き綺麗にして、花と線香を手向けて祈った。本堂で三十三回忌の回向を済ませて。その後社務所に寄って住職と墓仕舞いや永代供養について費用や段取りなどを先のことながら、話し込んでしまい、気がついたらもう日はとうに暮れていた。

 私は、お暇を願い菩提寺を後にした。敷地から小道を降りて行くと、望月で青白い光に照らされている桜の木の下に、おあつらえ向きの大きな木株がありそこに座った。一時間近くの墓掃除と三十三回忌の回向・住職との話で疲れていたのでほっとした。
望月を見上げているうちに、眠りに誘われて、僕はそこに凭りかかり、微睡み夢を視た。

 夢の世界は、雪のように絶え間なく天空から桜の花びらが舞落ちて、その風花のような花びらで、仄かな明かりが絶えることのない不思議な空間だった。

落ち葉を掃き清めるような音が一定のリズムを保ちながらその空間の先から聞こえてきた。そこに向かって静かに歩を進めた・・・弟がいた。弟は剃髪して作務衣を着込み、そこに積もった桜の花びらをかき集めていた。手を止めて、弟は僕を認めると、駆け寄って・・・
『やぁ、兄さん、来てくれたんだ』
『ああ、君と会いたくて、話がしたくて来たんだよ』
 咄嗟にそんな言葉がでた。
『嬉しいよ、ありがとう』
『桜の花びらを集めるのがお役目なの?』
『いや、そうじゃないけれど・・・・・此処では何もしても良いんだけ     れど、いや良い訳でもな いけれど・・・気持ちが一番安らぐからこれ 
   に決めたんだ』
『掃除っていうか、そんなことをした試しがないのに、でもとても様に
 なっているよ』
『ありがとう、兄さん。いいこと教えてあげるよ』

弟は、箒を横に置くと、僕の片腕を掴んで、かき集めた桜のはなびらがうずたかく積んである処まで、僕を連れて行くと、突然に僕を突き飛ばした。

不意を突かれた僕は、その凝集された桜のはなびらの上を仰向けに倒れ込む形となり、身体はまるまる桜の花びらに包まれた。淡く柔らかいその匂いは、深い切なさを感じさせた。
弟もその傍に静かに仰向けに横たわった。そして、僕に言った。
『桜の大座布団、素敵だろう?』
僕は、微笑み、天空から降りしきる桜の花びらを視つめながら、会話は続いた。
                                   Ⅱに続く

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