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次の部屋 修行編 Ⅳ


 忍び足で近づいて様子を覗うと、私の笈(おい)と笈摺りを中央に置いて、子供達とその大将と見受けられる年長の若者を入れて六人が車座になって思案していた。
私はわざと足音を立てて、石段を登り、本堂と覚しき板の間にきっちりと正座して、少し大きな高い声で「いや、ありがとう、盗まれないようにみんなで見張っていてくれたんだ。感謝するよ。ありがとう!」
子供達は意表を突かれて、顔が曇り、引きつり、目をキョロキョロさせたりと落ち着きのない態度に終始したが、若者は動じなかった。 

私は彼だけに真向かって話しかけることにした。

「視ての通り、中身は茶葉と焚き火を熾す道具だけしか入っていない。
 だが、これはお 金を産む道具だ」
「旅人さん、わからないなぁ、お茶がお金を産むということが・・・」
「そうだろうなぁ・・・よし、今からお茶を点てるから、それを飲んで
 みてくれ・・・そうすれば意味がわかる筈だ」
「わかった。手伝おう、何をすればいい?」
「うん、さすがだ。頭(かしら)は飲み込みが早い。それでは、焚き火
 を熾す枯れ葉と木の枝を集めてくれ。」
 頭は素早く三人を指名して、其の任を命じた。そして私に言った
「火を熾そうか?」「うん、これが道具だ」と火を熾す道具を渡した。
 そうして、出来るだけ綺麗な椀を探させた。ほどなく、三人が枯れ葉
 と枯れ枝を持って帰って来た。
 何だか知らないけれど、新しい試みに生き生きとしている。

翁式護摩壇焚き火を庭の中央で準備して、その一つ一つの動作を意味ありげに、お茶を点て始めた。子供達が喜ぶ茶葉とは?と考えながら、巾着から茶葉を取り出してお茶を点てて、子供達にお茶を振る舞った。 

その瞬間、私は視ているその世界がデジャビュで、世界は超スローな映像で動き出した。私は吾に還った。この瞬間まで、この物語を生き抜くことだけしか頭になかった。
次から次へと移る部屋の世界をある意味楽しみながら、流れていくことに一つの快感が脳髄に走った。だが、それが目的で・・・いや、山を降りるときに<あてどのない旅だが旅が生きる術のすべてだとしたら、生ききるしかない>と決意した筈・・・しかし・・・しかし・・・嗚呼どうすればいい・・・どうすれば・・・
「お坊さん、大丈夫?何だかこゝろ此処にあらずで夢遊の世界にいたみ
 たいだけど・・・ほんとうに大丈夫」私は、この現実にまた引き戻さ
 れた。「ああ、ごめんごめん少し考え事をしていた。どうすれば一番
 君たちが一番動きやすいか・・・て・・・」
「ふ~ん、それで言い考えが浮かんだの?」
「とっても言い考えが浮かんだよ。だがそれを説明する前に、やらなけ
 ればならないことがある」

「で、どうだいこのこのお茶の味と、飲んだあとの気持ちは・・・」
 子供達一人一人の眼を視つめ言葉を待った。
「美味しいお茶だよ。それに飲んだら身体が軽くなった。
 気持ちもいい」
「また飲みたくなる」
「香りも味も初めてだけど・・・美味しいよ」
「そうか、それは良かった。頭はどうだい?」
「うん、出来たら売りに歩きたい・・・」
「売り歩きか・・・う~ん・・・翁の教えとは違ってしまうが・・・
 いいだろう・・・ すべて教えてあげよう。但し、他の人には教えな
 いこと。」
 ほっとした雰囲気が漂う中
「今、お茶屋で売っているお茶は幾らで売っている」「四文だったと思います」と頭が言った。「わかった、少し時間をくれないか。今一度翁の元に戻って知恵をお借りする。必ず戻ってくる。三日ほどで帰るから、その間は、今日点てたお茶を繰り返し作って味わい、待っていてくれ」 頭は、感謝の思いを伝えるように「分かりました。お待ちします」と深く手を着いた。私はお堂を出て山に向かった。                            Ⅴに続く

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