インドカレーを食べ放題

第11回「第2回下田インド化計画~インドカレーを手で食べるのだ!」

 NPO法人伊豆in賀茂6(シックス)では、下田市の空き家バンク事業や交流・移住促進事業のほか、いろいろな社会事業を模索していた。

 人を集めるには、都会にしても田舎にしても、魅力が必要で、人が集まるようになれば、エネルギーが集約され、それが外に向かって拡散することで、より大きなエネルギーの循環が起こるようになる。

 地方の交流、移住を促進するためには、どうしてもこうした装置が必要だ。

 ところが地方部では、就職情報は少なく、住宅情報も表に出ないものが多い。だから空き家バンクなのだが、極めつけは、文化的なものとの出会いが、都会に行かなければ手に入らないことである。

 でも本当に、文化的な出会いは、都会に行かなければできないのだろうか。地方で文化イベントを行って、都会の人に地方に来てもらうことはできないのだろうか。

 質が高く、面白いイベントであれば、それがどこで開催されようが、人は集まるはずなのだ。

 そこで昨年、「第1回下田インド化計画」を開催した。言い出しっぺは、カメラマンのT子さんである。彼女は東京で仕事をこなしつつ下田と往復し、夫が下田に張り付いて、家族四人で暮らしている。

「ねえ、大五さん、本格的なインドカレーが下田でも食べたいよ。誰かやってくれる人を知らない?」

「そうだな。友人のマサラワーラーという二人組が、南インド料理を腹いっぱい食べさせるイベントを各地で開いているよ。彼らを下田に呼んでみようか」

 するとこの時、100人もの参加者を集めた。もちろん首都圏からの参加者もいた。下田らしい広い空間のある、BBQガーデンを借り切って、このイベントは大盛況に終わったのである。

 以来、T子さんは、顔を合わせるたびに、「またよろうよ」と言い寄ってくるのであった。

 そこで今度は、下田在住のシェフに頼むことにした。彼女は「SURYA」の店主鈴木恵子さんである。夏だけ、僕の地元入田浜で南インド家庭カレー料理を提供する店をオープンしている。言ってみれば、「幻のカレー屋さん」だ。

 彼女は、時々インドに行っては、スパイスなどを仕入れると同時に、インドのママたちから体にやさしいインドカレー料理を教わっている。僕も彼女のカレーを初めて食べた時には、衝撃を受けた。とにかくやさしい味なのだ。思いやりにあふれているといっていい。

 僕はインドをのべ一年以上は旅をした。そんな中で、各地で時折ママの手作りカレーのご相伴にあずかった。そして男どもは、口々にこう言うのだ。

「うちのママ(妻)のカレーは最高だろう?」

 日本でも本格的なインドカレー屋さんはかなり増えたが、恵子さんのような家庭のカレー料理は、まだあまり知られていない。

「でもね、カレーを食べさせるだけじゃ、芸がないでしょ。インド文化も紹介できるようなイベントにしてみない?」

 恵子さんにカレーイベントの開催を頼みに行くと、こんな返事が返ってきた。

「でね、大五さん、松岡宏大さんを呼べないかしら。松岡さんにタラブックスの話をしてもらって、私のカレーも食べる。どう?」

 松岡君は、僕の後輩のようなライター兼カメラマンである。日本に、インドの手作り出版社タラブックスを紹介し、板橋美術館で日本初のタラブックス展が開催された折、美智子皇后(当時)をご案内したことで知られる。

 タラブックスは、『夜の木』がボローニャ・ブックフェアで「ラガツィ―賞」を受賞し、一躍世界的に有名になった。なにしろ、一枚一枚、人が手で刷って製本しているのである。作業工程そのものが、現代の奇跡であり、仕上がりは工芸品のように美しい。

 さっそく松岡君に連絡をすると、うんもスンもなくオーケーである。ついでにNPOの店で「インド展」を開いて、日本の有名美術館を巡回したタラブックス作品の一部を展示し、物販もする。

 NPO法人がスタートした9月初旬には、SNSを中心に募集も始まっていた。今回は、おどれくらいの人たちが集まってくれるだろうか?

 それから一ヶ月半、みんなにせっせとSNSで勧誘してもらったおかげもあって、当日は80人以上の参加者が集まった。海を見ながら、緑の木々を見ながら、子供や犬が駆け回るなかで、松岡君のトークショー(司会は僕)が行われ、カレー大会である。

 大勢でカレーを食べる。しかも手で食べるのだ。どうやって手で食べたらいいのか。この実演は僕の役目だ。

 右手だけでカレーをご飯と混ぜ合わせ、親指の爪の上に置くようにのせ、口の中に放り入れるように食べるのだ。不浄の手、左手は絶対に使ってはいけない。

 みんな悪戦苦闘しながらも、ガシガシ手で食べる。

 色鮮やかな恵子さんのカレーが、手で混ざり合って、みんなの口に運ばれる。

 ほんわりとやさしい時間が流れた。しかも何だか気持ちいい! 東京から来た人たちは、来年もやるなら、絶対に友人も連れ立ってくるという。

 下田でなくっちゃできないイベント、下田でこそのイベントに、この下田インド化計画は成長していくのだろうか。

 今年も10月に、若干内容を変えて、「第3回下田インド化計画」を企画している。

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