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空の果て、世界の真ん中 2-10

空の果て、世界の真ん中
第2話、約束は遥か遠く10


固唾を飲んでいた聴衆が一斉に息を吐く。
緊迫のクライマックスは
ジーノの意図通りに伝わったようだ。

ラニがロープ一本で飛び降りた噂は
それなりに広まっていたが、
理由は噂によってまちまちだった。

カロンが決闘をした話は
わりと知られていたが、
相手と勝敗は判然としなかった。

そして幽霊船と分身する忍者の噂。
こちらもバラバラに流布されていた。

これら4つのピースを組み合わせ、
ひとつにまとめ上げたのが
今回の物語だ。

次々とジーノに向けて
称賛の声が浴びせられる。

嬉しそうに微笑みながらも
ジーノは言う。

まだ終わっていませんよ。
残りを語りましょう。


グラフトが上昇すると
アメノトリフネはまだ離脱せずに
そこにあった。

拡声器で増幅された声が発せられる。

『あーあー、聞こえてるでござるか?

 勝負は拙者の勝ち、とはいえ、
 主上より賜ったこの船が
 傷付いたのも事実!

 今日のところは
 見逃してやるのでござる。

 だが、次回会う時は、
 必ずや、その船を返していただく!』

ラニが安堵の表情を浮かべる。

「よくわからないですけど……
 見逃してくれるみたいですよ?」

「ふむ……見逃す、ね。
 船の損傷具合では
 我々の勝利のはずだけれども」

まだ苛ついている様子のローラ。

「……へえ?」

目の座った笑顔を浮かべたカロンが
手早く砲塔に弾丸を込める。

「ちょちょちょ!
 よしましょうよぉ!

 せっかく穏便に
 終わりそうなんですから!?」

呆れた顔でため息をつくルージュ。

「いくつ心臓があっても足りん」

すがりつくラニを振りほどこうと
手をばたつかせながらカロンが叫ぶ。

「いいか? 舐められたら殺す。
 やられたら殺す。
 何が何でもぶっ殺す。

 それが人間のルールだ!」

ラニはカロンの暴挙を
止めようと必死だ。

「わー!?
 それ人間じゃなくて
 カロンさんのルールでしょう!?

 みなさんも一緒に
 止めてくださいよー!」

「まぁ、やり返したい気持ちは
 わかるけれどね、
 私も少々虫の居所が悪い」

不機嫌な顔のローラは
止めるでもなくそっぽを向いている。

それを見てルージュは
カロンをたしなめるように言った。

「……今はな、機嫌の取り方が
 よく分かんねークソガキがいるんだ」

操舵室の少女のことを言っている。

「……ま、仕方ねえか」

どこまで本気だったのか、
カロンは砲座から離れた。

ラニはようやく
ほっと一息つくことができた。

そんな矢先に、突然
アメノトリフネのプロペラが
猛烈に回転数を上げていく。

そして、異音を響かせ
飛び去っていった。

明らかにグラフトより速い。

「あれは……!?
 なぜ戦闘中に
 あの速度を出さなかった!?」

機関室の青い結晶が
通常のフライトクリスタル
でないことは確実だろう。

だが、博識なローラでも、
あちこちを見て回ったカロンでも、
その正体を推測することすらできない。

各々が考え込み、短い沈黙が訪れる。

その空気を破ったのはラニだった。

「ところで……。
 ローラさん、誰と話してたんですか?

 操舵してる時、
 誰かと話してましたよね」

一瞬だけ迷ったローラは
ニコリと笑って答えた。

「うん……幽霊かな」

ラニは思わずフフッと笑い返す。

「も~、すぐそうやって
 からかうんですから~。
 いくらなんでも騙されませんよ!」

カロンがニヤニヤと
笑いながら口を挟む。

「……いや、案外本当かもしれねえぜ?

 なんたってオレも
 グラフトに戻ったとき、

 さっきまで確かにいたはずの誰かは
 いなかったんだからな?」

ラニはまさかという表情になり
ゴクリと唾を飲み込む。

「………ま、またまた~」

笑顔が引きつっている。

そんなラニに、いや、
その場の全員にローラは
軽いノリでこう言った。

「まぁ、向こうに会う気があるのなら
 操舵室へ行けばいるんじゃないかな?
 行くかい?」

「そりゃ…行きますけど……」

「お。いくいく~!
 面白そうじゃん!」

半信半疑のラニとノリノリのカロン。
そして考え込むルージュ。

「しかし、どうやってワカらせるか。
 幽霊なら塩持って
 脅すのがいいのか?」


ローラが操舵室の扉を開くと、
少女は変わらずそこにいた。

足は床に着いていない。
硬直するラニ。はしゃぐカロン。
渋い顔のルージュ。

「う、浮いてる……」

「うわ~、マジでいた。浮いてる!」

「……やはり……ガキじゃねぇか」

少女はムスッとした顔で口を開く。

『腹が減ったのです……。
 飯を、飯を寄越すのです……』

自己紹介などする気は無いらしい。

「ふ、普通にご飯食べるんですね……」

ラニの困惑ももっともだ。

ひとまずコミュニケーションの糸口を、
そう考えたローラが問いかける。

「……何を食べるんだい?」

返ってきたのは聞いたこともない単語。

『満漢全席……』

「まんがんぜんせき……?
 どこの言葉だろう」

キョトンとするローラに
少女は弱々しく続ける。

『もう……なんでもいいから
 食わせるのです……。

 お前らにわかるんですか……?
 お腹と背中がくっついて、
 爆発する気持ちが……』

ラニがぼそりと呟く。

「爆発されると困るんですけど……」

ルージュは幽霊が
物を食べられるのか興味津々らしい。

「しかし、
 通り抜けるんじゃないのか……?」

ひとまずコミュニケーションの
取っ掛かりとして食べ物は有効だ。

トレジャーハンターのカロンは
特製の干し肉を
ポーチから取り出した。

「ま、腹減ってしんどいのは
 きついしな。
 今すぐ出せるならこんなもんか?」

『持ってるなら早く寄越せです!
 気が利かねえです!』

カロンの取り出した干し肉が
ふわっと宙に浮き、
少女の口へと、ツーっと飛んでいく。

むぐむぐと咀嚼し、飲み込んだ。
そして、不味いと叫ぶ。

「残飯よりはマシだろー?」

『お前、残飯なんて出してみろ、
 その場で空に放り出してやるです』

「カロンさんのご飯は美味しいから、
 やっぱり食べるもの、
 僕たちと違うんでしょうかね」

カロンとラニが謎の少女を相手に
そんなやりとりをしている間、
ローラとルージュは小声で会話していた。

「……魔法じゃないね」

「……でも、じゃぁなんだこれは……」

干し肉を浮遊させた力のことだ。
テレキネシスなら、世界の法則を
捻じ曲げた感覚があるはずだ。

困惑をよそに少女は
偉そうな口調で要求を出す。

『まあ、一応腹は膨れたのです、
 全然たりねーですが。

 じゃあ、あとは機関にも
 とっとと飯を入れてくるのです。

 ハリーハリーハリー!』

ぞんざいな態度だが、
気配りのラニは速やかに動いた。

「は、はぁ……
 じゃ、じゃあ行ってきますね」

腑に落ちない面持ちながら、
機関室へと向かう。

異様に燃費が良かったはずの
パッチワークスの釜が
空になりかけている。

急いで燃素をくべて
操舵室へと戻った。

ルージュは手帳を開いて
何かを書き込んでいる。

とんでもねークソガキという
文字が見えた。

カロンは黙って
じっくりと観察している。

ローラは少し機嫌の良くなった
少女に何かを言われて
適当に合わせていた雰囲気だ。

空腹が癒えた様子の少女を見て
ラニは少しだけ苛ついた。

普通の食事ではなく燃素が
必要だというのに
わがままを言ったに違いないと。

ため息をつく。

ルージュも手帳に
機嫌が直る原理は人と同じと
書き込んでいるようだ。

どうやらラニのいない間に
話の進展は無かったらしい。

「あの……」

直接尋ねてみることにした。

「根本的なとこから
 質問していいでしょうか……?」

『くたばれ』

即答。

「は!?」

『喋んじゃねえです、クソムシ。
 お前が口を開くと虫唾が走るんです』

「な……!?」

何だこいつ――
さすがのラニもこの物言いには
カチンと来た。

「ラニ。
 燃素、抜いてこい。

 ちょうどいい。
 大掃除をしようじゃないか」

ルージュも頭にきたようだ。

『お、やんのか、デカ女!
 ちょうどいい機会だ、
 白黒付けてやるのです!』

少女は拳を構えると、
小刻みにパンチを繰り出し
挑発をする。

当ててみろよと同じく
ルージュは挑発を返す。

一触即発の空気にラニは深呼吸。
自身の怒りを抑えて仲裁に入る。

「ま、まぁまぁ……。
 け、喧嘩はよくないですよ……
 ははは……」

ローラは
気になっていたことを口にする。

「ふむ……。
 デカ女とクソガキにクソムシ……。
 ラニ君に対して当たりが強いな」

カロンがラニに疑惑の視線を向けた。

「お前なんかやったのか?」

「やってませんけど!?」

ルージュと睨み合っていた少女が
構えを解いて呆れたように言う。

『というか。
 私には本気で理解出来ないのです。

 お前たちはゴキブリをペットにして
 愛でる習慣でもあるんですか?

 見てるだけで気持ち悪いから
 やめて欲しいのです』

今度はゴキブリ扱いである。
温厚なラニもついにキレた。

「なんなんだよさっきから!
 言いたい放題言って!

 幽霊だかなんだか知らないけど、
 年だって僕と
 そう変わらなそうじゃないか!

 初対面なのに失礼じゃない!?」

顔を真っ赤にしてまくしたてるが
少女はどこ吹く風だ。

『五月蝿えクソムシなのです。
 歳……は、知らんですが、
 失礼もクソもねえのです。

 お前の存在は、
 本気で気持ち悪いのです』

わなわなと震えるラニ。
少女は呆れた様子でローラに言う。

『舎弟、お前も趣味の悪いこと
 してないで、こいつをとっとと
 降ろした方が良いですよ。

 絶対に、碌な事にならんです』

ラニの激昂など、
そう見られるものではない。

「降りないよ!
 そっちが降りろよ!
 僕だってグラフトの一員なんだ!」

小馬鹿にしきった顔で
少女は挑発を続ける。

『は~ん?
 降ろせるもんなら
 降ろしてみるのです、クソムシ!』

ついにラニは怒りに任せて
少女に飛び掛かった。

しかし、ラニの手は何も掴まず、
それどころか少女の体をすり抜けた。
盛大に真正面から床に倒れ込む。

「ぐはっ!?」

素早く振り向き、完全に頭に
血の上った顔でラニは叫んだ。

「透明なんて卑怯だぞ!
 それと浮いてないで下りてこい!」

『ッハ、どんくせえクソムシなのです』

二度、手を打つ音が室内に響き渡る。
ラニがはっと我に返る。

手を叩いたのはルージュ。

「とにかくだ」

カツカツと靴音を立てラニに寄ると、
ひょいと腕を掴んで引き上げ、
椅子に腰掛け、膝の上に乗せる。

「名は、あるんだろ?

 無いのか?
 無いなら、勝手に命名するが。

 ラニが」

ラニは小型犬が威嚇するように
少女を睨みつける。

少女は盛大に舌打ち。

『クソムシに名付けられるなんて
 たまったもんじゃないのです』

「……ハラペコワガママ幽霊」

ぼそりと、怨念の込もった声で
ラニが呟くと、訂正するように
少女は言った。

『ノア様と、そう呼ぶのです』

そして、指をクイッと動かす。

するとそれに呼応するように
ラニの体が宙に浮かび、
天井にぶつけられて落ちた。

咄嗟のことにルージュは
キャッチしようとするが、

ラニが痛みに体を
よじったために取り落とす。

呻きながら床を転がった。

「なんだよ聞こえてるじゃないかよ、
 つぅ~……」

険しい顔でローラが呟く。

「実力行使が可能……と」

獰猛な怒りの表情を浮かべて
ルージュは立ち上がった。

「そうか、わかった、
 ハラペコワガママクソ幽霊」

カロンは冷静にノアの動きを見ている。
秋津刀が幽霊に効くのか、
真剣に考えているのだろう。

ルージュが続ける。

「こいつらは全員あたしが選んだ仲間だ。
 先に船に乗っちまったんでな、
 ノア……おっと、

 ハラペコワガママクソ幽霊ちゃんは、
 後輩、いや、下僕ってことだよ」

ノアの顔が怒りに染まっていく。

『おい、舎弟、
 こいつら、今すぐ全員、
 ここで空に投げ捨てるんです!

 お前も手伝うのです!』

何故か味方認定されているローラは
ここらで仲裁しなければと考えた。

「まぁまぁ、そう怒らなくても
 いいじゃないか。

 キミにしてみれば
 些細なことだろう?」

この手の仲裁はプライドの高い
お貴族様同士のいざこざと比べれば
少しは楽かもしれない。

「二回の戦闘を見て思ったのだけどね、
 キミひとりよりも、人手はあった方が
 いいんじゃないかな?

 キミはどこかへ行こうとしていた、
 そうだろう?」

『む……。

 それは、まあ、そうだと、言えなくも
 無いかもしれないですが……』

ノアの表情が困惑に変わる。

すかさずカロンが合いの手を入れた。

「あいつみたいに
 分身でもできるなら
 話は違うだろうけど、

 さすがに疲れるんじゃねえ?」

『ぐぬぬ……動く事は出来るんですが
 滅茶苦茶動きにくいし、
 疲れるのも事実……。

 って、これ全部お前らが
 変な修理するからなのです!

 ということは、お前らには、
 私の手足となって働く
 責任があるのです!』

カロンに指を突き付けるノア。

ひとまず、降りろという要求は
取り下げさせることに成功した。

次は怒っている味方だ。
ローラはラニに
申し訳なさそうな視線を送る。

「船長、おそらくね、ノア君を
 この船からどうこうすることは
 難しいと思うよ。

 落としどころを考えた方が
 良さそうだ」

ここまでくれば疑いようもない。

船の幽霊かどうかはともかく、
ノアがグラフトと一体だということは
直視しなければならない現実だ。

ルージュはため息をついて頷いた。

「あたしがお前の先輩の
 インペリアルフローレスを
 譲り受けた時。

 ハラペコワガママクソ幽霊ちゃん。
 お前の存在は見たことも
 感じたこともない。

 奇妙な存在を感じるようになったのは
 この船がグラフトになってからだ。

 と、なると?

 このままじゃノア……おっと。
 ハラペコワガママクソ幽霊ちゃんは、
 船員でもなんでもない、

 居候でしかないってことだな?」

黙って聞いていたノアは
再び怒りの表情を浮かべる。

『次その名前で呼んだら、
 速攻で追い出してやるのです』

そして負けじと言い返した。

『それで?
 私は私なのです。

 勝手に、私の中に
 居候してるのは
 お前たちの方なのです!』

そう宣言するノアから視線を外さずに
ルージュはローラに尋ねる。

「こいつには、行きたい場所がある、
 そう言ったな、ローラ」

「シティから真っすぐ
 飛んでいたからね。
 目的地があるのは間違いない」

ノアへと向き直り、
少し優しげに問いかける。

「どこへ向かっていたんだい?
 ノア君」

怒りの表情から再び困惑へ。

む、と口をつぐんでから
ポツリと漏らした。

『わからないのです……』

ローラは手の動きで他の3人を制し、
問いかけ直す。

「わからない……か。
 しかし、方角が闇雲だった
 ということはないのではないかな」

少しの間。

『わからない……。
 わからないんですよ!』

突然の感情の発露。

『自分が誰かも、
 なんでここに居るのかも、
 何処へ向かおうとしてるのかも!』

先程までとは打って変わって悲痛な声。

『でも……。
 ただ、なんとなく、こっちの方に、
 ある気がするんです。

 あいつらと、約束した、場所が……』

「……んじゃ、
 ちょうどいいんじゃねえの?」

カロンが肩をすくめる。

「この船は、空の果てを目指してる。

 こっちの幽霊サンは
 どこだかも分からない場所を探してる。

 お互い、ろくな目的地も
 分かってないんだ。

 どうせなら一緒に行く方が
 効率がいいってもんだろ」

ノアは威勢の良さを失い
ふてくされたような顔で
壁の方を見ている。

ラニは噛み付いてやると
言わんばかりの顔をしていたが、
ローラの視線に気付く。

すまないね、まずは矛を収めてくれ。
テレパシーが届いたわけではないが、
そう言っているような気がした。

ため息をひとつ。
すぐ傍らのルージュにしか
聞こえないほどの独り言。

「なんだよ……。
 ただの記憶喪失の子供じゃないか」

ラニは肩を落として床に座り込んだ。

ローラはダメ押しでルージュとラニを
なだめようと口を開いた。

「レイラズは手紙に書いていた。

 空の果てを目指すなら、
 あの子が役に立つ、と。

 朽ちた船をあの子と呼んでいたと
 思っていたんだけれどね、

 ノア君のことじゃないだろうかと、
 今は思う」

ルージュはこくりと頷く。

「あたしもそれは思っていた。
 恐らくレイラズのいうあの子とは、
 こいつだ。

 わざわざ人間かのような
 表現を残していったんだからな」

そう言ってノアを見つめた。

「……約束の場所、か。

 いずれにせよ、
 あんなヒョロヒョロの操舵じゃ、
 たどり着けずに雲海の藻屑だ」

ノアが軽く睨む。

「あたしたちは、ノア、
 お前の持つ技術を使いたい。

 ノア。
 お前は一人じゃ辿り着けない。
 約束の場所とやらへ、だ」

ルージュは右手を差し出した。

「一蓮托生だ。一緒に飛べ。
 あたしたちと」

ノアは目をつむる。
何かを思い出そうとしているようだった。

『手段は、選んでられないですか。

 ……ああ、もう、解ったのです。
 乗せてやるです。

 だけど、使えないと思ったら、
 即座に叩き降ろすので、
 覚悟しておくことです』

そう言って、
拗ねたようにそっぽを向いた。

「ハッハッハ、よろしくな後輩」

『ふん、せいぜい使える事を
 証明するのです、デカ女』

手を握り返しこそしなかったが、
ひとまずの手打ちはできた。

ローラがありがとうと、
誰に向けてか判然としない礼を言う。

「安心しろ、きちんと教えてやる。
 あたしは先輩だからな」

こうして――
インペリアルフローレスグラフトの
連中に同行者がひとり増えた。

仲間と呼べる関係ではないが、
ひとまずの衝突は回避され、
旅は継続するだろう。


さて、これにて
第2話『約束は遥か遠く』
終幕でございます。

ジーノが涸れかけた声で終わりを告げる。

拍手喝采雨あられ。
第1話以上の反応だ。

次も期待してるぜ。
楽しみだな。

客たちは思い思いに感想を語り始める。

カロンの“致命的な一撃”最高だったな。
ござっぷだもんな。
こりゃもう“銀弾”カロンだな。

ローラの“航法士”っぷりも
板についてきたな。
まさに“追い風”のローラだ。

ラニが見えてる風ってなんなんだろう。
なんかミステリアスさが出てきたぜ。
“星詠み”ならぬ“風詠み”ってな。

ルージュはやっちまったな。
ラニの部屋に“おっちょこちょい”な。
“強行突破”のルージュなんだな。

アカツキって何者なんだろうか。
忍者って本当にいるんかな。
いても、ござっぷとは言わないだろ。

ノアがラニに辛辣なの気になるよな。
男がダメだとか?
にしちゃあ度を越してるぜ。

感無量。役者冥利に尽きる。
マリオは楽しそうな声を肴に
ちょっといいウイスキーを傾ける。

声色の使い分け、
抑揚を付けた声だけでの演技。
誰にでもできることではない。

しかし、背が低い、踊れない、
顔がウケないだの言われて
ちょい役しかもらえないのが現実。

劇場に彼の居場所はほとんど無かった。

だが、近頃密かに流行り始めている
活動写真、すなわち映写機を使った
新しい娯楽に希望を抱いている。

活動写真の弁士に彼ほど向いている
者はいないのではないだろうか。

この『空の果て、世界の真ん中』で
知名度が上がれば新たな道が
拓かれるかもしれない。

ウイスキーが疲れた喉を灼く。
飲み過ぎには注意だ。

グラスを空けると
ジーノが帰り支度を始める。

客たちがもっと飲んでいけと言うが、
兄弟は丁重に断り、店を出た。


「なあ兄貴」

「どうした? 浮かない声だな。
 何かしくじったか?」

「いや、自分で思ってた以上に
 いい出来栄えだったよ」

「なら、どうした」

「俺たちが集めてる噂。
 なんか妙じゃないか?」

「妙ってこたねえだろ。
 探空士の噂なんて
 荒唐無稽なもんばっかだ」

「そういうことじゃないんだ。
 なんて言うか、こう……。

 自分でも変なこと言ってる自覚は
 あるけど、数ある噂の中から
 真実を掴まされてるような、

 誰かの介入を感じることがあるんだ」

「ハッハッハ、そりゃ妖精の恋人、
 ラナン・シーってやつじゃねえのか。
 やったじゃねえか」

「詩作の霊感をくれる妖精の伝説か……」

「おう、お前の才能が妖精に
 認められたってことさ」

「なんか……怖いんだよ」

「ガラにも無いこと言うじゃないか」

「……そうかな、考えすぎかな」

「おうよ、俺たちの知名度も上がってる。
 そろそろ小劇場ぐらいでなら
 演れるんじゃないか?」

「気が早いな兄貴。
 ……まっ、そのぐらい
 野心的になってもいいか」

「ああ、なんかあっても
 責任の半分は俺持ちだ」

「兄貴……」

「いつまでしみったれた顔してんだ。
 ほら、帰って飲み明かすぞ」

かくして、無事に第2話が完成した。

夜に浮かぶ満月。
どこかの空で同じ月を彼女たちも
見ているのかもしれない。

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