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空の果て、世界の真ん中 1-7

空の果て、世界の真ん中
第1話、始まりの船7


ブーン兄弟が喉を潤す間、
客たちは先の予測を始めた。

無人塔に遭難したらどうなる?
救助を待って餓死が普通だな。
誰も近寄らない塔ならまず死ぬ。

魔の三角空域を抜けられる奴が
そんな立て続けに出ると思うか?

まさか凄い速い船を強奪したか?
いや、そんなものドックに来たら
あっという間に噂になるだろ。

わいわいと盛り上がる店内。
みんなが物語に夢中だ。

劇場では味わったことのない
確かな反響。

マリオもジーノも高揚していた。
だが、残りの語りをつつがなく
こなさなければならない。

さあ、みなさん、
お楽しみはまだ続きますよ。

客たちがおしゃべりを止め、
聴く態勢に入った。


不時着から一夜。

インペリアルフローレス号の面々は
久々に揺れない地面での
ゆったりとした睡眠を得る。

そうして朝の光を浴びて、
粗末な食事の後、
塔の奥へと挑む準備を進めた。

まずはトレジャーハンターたる
カロンがひとり斥候を務める。

あちこちの塔を探索したことのある
カロンには既視感があった。

しかし、同時に強烈な違和感もある。

「あそこと同じ……。

 ただ……なんだ?
 何かが違う。決定的に」

がらりと、足元が崩れる感覚。
とっさにワイヤーフックを投げる。

それで身体を安定させ、
改めて道を検分する。

「……ん〜、ここは補強しとくか。
 あいつらこういうの
 あんまり得意じゃなさそうだし」

手早く道を修繕し補強する。

少なくとも、この後を通るだろう
トールマン達の体重を
支えるくらい問題ない。

修繕をしたことで不意に気付く。
違和感の原因にだ。

とてつもなく古いのに
あまりにもキレイすぎる。

普通なら、修繕にもっと苦労する。

これではまるで――

「ああ、そうか……ここはやっぱり
 あそことは違う……。

 この塔は、少なくとも
 最近まで生きていた。

 なら、今ならまだ、何か……。

 ……待っててくれよ。
 ……きっと、見つけ出すから」

何かの意思を固めたカロンの耳に
音が響く。近い。

つい周辺への警戒が薄れた。

鋭い視線を音の発生源へと向ける。

そこには今しがた
転んだばかりのラニがいた。

「いたた……
 ようやく追いついた……」

おかしい、足元の危険を
排除する作業をしてきたはずだ。

「……え、お前いまどこで転んだ?」

「えっ、その道ですけど……」

道には特に何も無かった。
カロンは内心舌を巻いた、
悪い意味で。

「……いや薄々そうかとは
 思ってたんだけど。

 お前、どんくさいな?」

ラニは顔を赤くすると、
慌てて立ち上がり、
パタパタと服の埃をはたいた。

「どんくさくないですよ!
 ちょっと……慣れない道で
 転んだだけじゃないですか!」

さすがに面と向かって悪く言われ
ムスッとしてしまう。

「いや~、何もない道で
 転ぶ奴って実在するんだな!

 そうだな、慣れない道で
 転ぶこともあるよな!」

ニヤニヤが止まらない。

「あ! バカにした!
 すごくバカにした!

 カロンさんなんか嫌いです!」

ぷいと横を向く。

「ははは、悪い悪い」

悪びれない声にムッとして
視線を落として気付いたことがある。

道が……補修されている。

カロンが自分たちのために
やったのだろう。
そこで自分は転んだ。

ラニの心に申し訳なさと
恥ずかしさがこみ上げる。

「……お? どうした~?
 な~んか道に落ちてたか~?」

ラニの視線に気付いたカロンは
さらにニンマリとする。

「別に……落ちてなんか……

 …………ざいます」

よく聞き取れない小さな声だったが
お礼を言わなければならないと
ラニは感じたようだ。

しばしの沈黙。

「お前、ツボとか絵とか
 売りつけられないようにしろよ?

 ちょろすぎていいカモだろ……」

「ツボも絵も何買おうが
 僕の勝手じゃないですか!
 別に買いませんけど……わっ!?」

カロンがバシンとラニの背中を叩く。
その表情は嬉しそうな笑顔。

ラニは少し迷った後、
早口で再度お礼を言うと、
顔を見られたくなくて先を急ぐ。

「そっちはまだ補修済んでないから、
 転ぶなよ~」

その時、あっと声を漏らして
ラニが不自然に立ち止まった。

「おい、どうした?」

「今すごい風が……」

戸惑い、耳をすませる。
風など吹いていない。

「こっちに……?
 ……よく、聞こえない」

まるで誰かの声が
聞こえているような
不思議な様子。

時々……ラニは妙な反応をする。
カロンはそれに気付いていたが
大して気に留めていなかった。

だが、今回は特に奇妙だ。

「なんか……この先
 ヤバイかもしれませんね
 ……分かんないですけど。

 あの……何かあったら……
 頼って……いいですか?」

大事なことなら自分から言うだろう。
問い質すのはやめた。

「……ま、お前どんくさいけど
 勘はいいみたいだしな。

 いいぜ、任された。
 荒事ならオレの領分だ」

ラニの不安げな表情が
明るいものになる。

「じゃあ、頼りにしてますからね。
 あ、別に怖がってるとか
 そういうんじゃないですからね」

「あーはいはい。
 怖くないでちゅね~」

おどけながら前に進むカロン。
ラニの抗議を受けながら、
ふたりは探索しつつ奥へ行く。


カロンとラニが、
何やら言い合っているのを横目に
ローラはマイペースに歩む。

構造物と構造物の間の小道を抜けると
そこには広場が存在した。

いつ崩壊するかわからない
インペリアルフローレスの残骸の
傍らよりも安全だろう。

「ふむ、ここをキャンプ地とする」

誰もいないのに
毅然とした声で宣言した。

「一度言ってみたかったが
 独り言ではね……」

はははと笑う。

「なにやらいい雰囲気だったから
 別行動してしまったけれど……。

 まぁ、ここに設営しても
 文句は言われないだろう」

ローラには昨夜の分しか
野営の経験は無い。

だが、詰め込んできた数多の
書物の知識がやり方を教えてくれる。

多少もたつきながらも
簡単な野営地を組み立てた。

火を起こし、残り少ない紅茶を淹れ、
落ち着いて周囲を見回す。

不思議な場所だ。
未知の文明の痕跡。

特に気になるのは
分厚い大きな金属の門。

合流を待つつもりだったが
好奇心が頭をもたげる。

「ふむ、ずいぶんと厳重な扉だね。
 開けられるだろうか?」

すたすたと近付き、そっとなぞる。
取っ手も鍵穴も無い。
開け方は不明だ。

ただ、一箇所、埃の堆積した
小さな窪みがある。
何かを嵌め込むような形で。

「おや、何かが嵌まりそうな窪み……
 なんだ? 丁度合う形の何かを
 知っている気がする」

首をかしげ、考える。
上を向き、記憶を掘り起こす。
下を向き、渋面を作る。

そして、あっと気付く。

胸元の転移石が光を反射して
キラリと輝いた。

「待て……古い品だが、まさかそんな
 出来過ぎた話があるわけがない。

 だがまぁ、好奇心を満たすことが
 私の信条だ。どれ、試してみるか」

胸元の石を外し、窪みに当ててみる。
その動作に迷いは無い。

長い年月、そこに納まるものを
待ち続けていたのであろう扉に、
それは綺麗に嵌まった。

不意に金属製の扉の表面に
光の線が幾重にも走る。

光の線が全てを覆い尽くした後、
扉は重たい音を立てながら
ゆっくりと開いていく。

その先には、長い長い廊下。

さしものローラも唖然とする。

「何故だ?
 これは転移魔法が使えるだけの
 便利な石のはずでは???」

扉からそっと石を外し、
扉が閉まらないことを確認する。

そして、しげしげと家宝を見つめた。

そして、ふらりと一歩、
足を踏み出そうとして止まる。

「待て、この先に何があるにせよ、
 私ひとりで行っていいものか?

 今の私は独りではない。
 旅の仲間を待つか……」

未知の通路に後ろ髪を引かれながら
ローラはキャンプへと戻った。

ゆっくりと腰を据え、
ザカリオンの転移石を今一度眺める。

エンフィールド家伝来の魔法の道具。
分家のひとつ左館家が保管していた。

ローラが当主だった右館家は
資金が尽き没落。

屋敷を維持できなくなった彼女は
左館家当主である大叔父に
右館を売り払った。

対価として受け取ったのが
この魔法の道具だ。

魔法の道具はモノによっては
争いの種にもなる。

だが、これはアンティーク貴族の
権威を示す飾りのひとつに過ぎない。

ローラは転移魔法が船内で役に立つ
だろうと思い、欲しがっただけだ。
他意は無い。

それが、どうして……?

そんな考えを巡らせていると、
広場にルージュがやってきた。

「よっ」

「やぁ、どうだい、見よう見まねで
 設営してみたんだけれども」

得意げな顔。

「ひとりでやったんだろ?
 上々じゃねーか。
 手伝えねぇからな、助かる」

「しかし、カロン君とラニ君はまだ、
 いちゃいちゃしているのかな?」

「そうだ。あーでもない
 こーでもない言ってたな。

 ビビってねー、
 いやビビってるーだの」

ケラケラと笑う。

「まぁ、それよりも、だ」

ローラがニヤリと笑った。

「あれをどう思う?」

謎の通路を指さす。

「……だからか、
 妙にウズウズしてやがるのは」

ルージュの目は埃や塵が動かされ
大きな門がつい先程
開かれたことを見て取った。

「実はね、私の持ってるこの魔法石、
 相当古いものなんだけれど……。

 そこの厳重な扉が何故か
 こいつのせいで開いてしまったんだ」

はははと笑う。

「ははは~で済むか……?

 それはつまり鍵だった……
 ってことだろ?
 なんだ、曰くつきの品か?」

ルージュの疑問ももっともだ。

「私は、いや、我が家では
 これはただの便利な
 魔法の道具と認識していてね。

 鍵だなんて話は聞いたこともない。

 伝来の家宝として大切には
 されてきたが……

 権威の象徴であって、
 石自体も高価な宝石などでは
 断じてない。

 魔法が何かに干渉したのか?
 それとも……」

思案顔のローラにルージュも同調する。

しかし、考えてもわかることではない。
ルージュは通路を見ながら言った。

「とりあえず、カロンとラニを待つか」

そう言っている間に
喧騒が近付いてくる。

「……いやお前すごいな。
 そんだけ転べるのもはや才能だわ」

「絶対僕だけじゃないですって!
 みんな転んでますもんきっと!」

「オレ、転んでたか?」

「転んでませんけど!」

ぷんすかしているラニが
先行していたふたりに気付く。

「あっ、ルージュ船長!
 ローラさーん!
 お待たせしました~!」

手をぶんぶんと振る。

「お~、お疲れ~」

キャンプを見て労うカロン。

「どうだい?
 なかなかのキャンプだろう」

得意げなローラに
素直に賞賛の言葉を述べるカロン。

「へえ、アンタ一人でやったのか?
 やるじゃん」

「わぁ…すごい!
 もうキャンプが出来てる!
 仕事お早いですね!」

それもなんだがとルージュが
引きつった顔で通路の方を見る。

「と、まぁ、これは前振りだ。
 それよりもあれを見たまえ」

ローラも指でさし示す。

「うわ、なんか怖そうな道ですね……」

「ハッハッハ! 怖そうか、ラニ!
 その正常な精神をローラに分けてやれ」

カロンが小声で言う。

「……やっぱ、まだ
 生きてる部分があるのか」

「なんだかよくわからないけれど、
 先祖伝来の家宝で
 立派な門が開いたんだ」

「え、マジで!?
 スゲーじゃんお宝!」

不意に、ラニが後ずさる。

「たぶんこの先……
 なんか……ありますよ」

カロンが笑みを浮かべる。

「はいはい、言ったろ?

 お前も、船長たちも、
 ちゃんと守ってやるさ」

「べ、別に怖くないですけど……
 じゃあ……頼りにしてますよ」

出会った当初と比べ、
明らかに気安い仲になっている一行。

やはり、冒険は結束を促す。

「しかし、大叔父殿からこれを
 奪っておいて良かった。
 運命なのかもしれないね」

「その運命、良い運命だといいな?」

ルージュの懸念ももっともだ。

だが、彼女たちは未知の先へと進む。


通路の先は暗闇。
かなり広い気配はあるが、
先を見通すことはできない。

「暗いね……何が眠っているんだろうか」

「ロ、ローラさん堂々と
 進んでますけど怖くないんですか…?」

「ははは、ラニ君、嵐雲に墜ちるのと
 どっちが怖いと思う?」

「…………落ちる方ですかね。
 ……あっ、なんか少し
 楽になってきました」

ローラの手元で火が灯る。
弱々しい光だが、
足元の安全は確認できる。

「こんだけ暗いとなにかしら
 出そうだよな~」

カロンがいたずらっぽく言う。

「ラニ、幽霊って、信じるか?」

唐突なルージュの発言。

「ゆゆゆゆ幽霊なんて
 いるわけないじゃないですか!
 こ、子供じゃあるまいし!!」

「あれは……暗い夜の事だった……
 そう、これぐらい深い闇の中………」

ラニを怖がらせて楽しんでいる。
少なくともそのぐらい
心の余裕を持って進んでいる。

「カロンさん……
 幽霊に秋津刀って効きますかね?」

「さあ?」

暗くて見えないがカロンの顔には
ニヤニヤ笑いが浮かんでいるだろう。

「さぁ!?」

「今のところまだ幽霊は
 切ったことねえからな」

不意にローラの霊視が何かを捉える。
何かのスイッチのようなもの。

すたすたと近付き、
誰にも何も言わず、
躊躇することなく押した。

瞬間、強烈な光に包まれる。

何かは起こるだろうと身構えていた
ローラが目をつむる。

咄嗟に片目をつむるカロン。

「幽霊がデロデロ~って……ぁ?!」

強い光がルージュの目を襲う。

「今なにかポチって、うわ……!?」

ルージュの影になって守られたラニ。

眩んだのもいっときの事。
目が潰れるのではと思われた光も
暗闇にいたから強く感じただけだった。

目が慣れるにつれて、
視界は正常になっていく。

見たことのない設備の数々。
おそらく太古のドック。

なぜなら、朽ち果てた一隻の飛空艇が
そこに眠っていたからだ。

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