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空の果て、世界の真ん中 1-9

空の果て、世界の真ん中
第1話、始まりの船9


ブーン兄弟の顔に疲労の色が浮かんできた。
もうどのぐらい語っているだろう。

店も本来なら閉店時間を過ぎている。
だが、店主も店員も
そんな事を気にしてはいない。

客たちも同じだ。
翌日も仕事だというのに。

だが、ここまで聞いたからには
終わりまで聞かなければ後悔する。

もう少しのはずだ。
兄弟の手元の台本を見ればわかる。

残っていたエールを飲み干し、
ジーノが口を開く。


既に食料は残り少ない。
グラフトがまともに飛んだとして、
最後の二日間ぐらいは飯抜きだろう。

そう、ここがデッドラインだ。
逆算するなら間に合ったことになる。

4人は見上げる。
完成した船を。

接ぎ木の名が示すとおり
新しい船は継ぎ接ぎだらけの
不格好な姿をしている。

だが、そこにはふたつの魂が
確かに宿っていた。

「はぁ~~……」

ルージュが地べたに横たわる。
大の字で仰向けになり息を吐く。

「……出来たな」

「ははは、やればできるものだね。
 造船業を始められるかもしれないよ?」

横になるルージュをニヤニヤと
見下ろすローラの顔色は相変わらず悪い。

「ったくよぉ……」

疲れた笑顔でそう返すのがやっとだった。

「おーおー、随分お疲れだなぁ。

 これからこいつに乗って
 またあの嵐の中飛ばなきゃなんだぜ?
 大丈夫かー?」

カロンも小さな体で
重労働をこなした疲労が蓄積している。

「そうですよ船長!
 疲れてる場合じゃないですよ!」

目をキラキラさせながら
笑顔で見下ろすラニ。

嬉しさで疲れが吹き飛んだらしい。

「早く僕たちの作った船に乗りましょうよ!
 船長が最初の一歩、乗り込んでくださいよ。
 さっ、起きてください!」

未だ窮地の渦中だというのに連中ときたら
楽観主義の塊なのかもしれない。

「……頭のネジ、いい感じに
 吹き飛んできたな、お前ら」

起こしてくれと言うように
両手を上にあげるルージュ。

「失礼なことを言うねえ」

笑いながら右手を掴むローラ。

「オレは元からこんなだぜ~?」

笑いながら左手を掴むカロン。

「あはは……
 ほかに手段もないですしね、っと」

笑いながら背中に回って支えるラニ。

仲間たちによって起き上がったルージュは、
なんでもないことのように言った。

「……よし。帰るか、お前ら」

ニカッと笑う。

「帰ったらまた朝まで飲もうか。
 今度はちゃんと勘定を考えてね」

ローラは肩をすくめた。

「そんときゃまたいい酒出してくれよ。
 特別にまたつまみも作るからさ」

カロンは自分の腕をぽんぽんと叩いた。

「あ、いいですね!
 ここのところ食糧も切り詰めてましたし、
 派手にやりましょう!」

ラニはぴょんと跳ねて喜んだ。

「報酬はたっぷりだ、
 とびきり良いものを見繕おう」

ローラのことだ、
本当に高価なものを用意するだろう。

ルージュはハッハッハと笑った。

そして、すぅ~っと息を大きく吸い込んで
号令を発する。

「そんじゃ! お前ら! 乗り込め!!
 あたし達の船にな!!」

「帰ったら色々買い揃えないといけないね。
 せっかく格納庫と図書室と
 キッチンがあるんだ」

駆けていくルージュと
ゆっくり後に続くローラ。

「そうだな。接近戦に強い飛行機積もうぜ。
 あんなでかい場所、がらんどうに
 しとくのなんてもったいねえし」

「ただちに持ち場につきます!
 ワクワクするなぁ……
 僕達だけの船が飛ぶの」

ローラを追い越して
ルージュを追っていくカロンとラニ。

4人はインペリアルフローレス・グラフト号に
乗り込んだ。


ルージュが伝声管を開いて尋ねる。

『どうだ? 新しい魂は』

『上々!
 きっちり面倒見てやるから安心してな!』

『ハッハッハ! いい返事だカロン!』

修復機関パッチワークスと名付けた
新しくて古いエンジンを操作する。

『ラニ! 視界に異常は無いな?』

『はい! 電探じゃなくなったけど、
 こっちのほうが僕には合ってそうです!
 機関砲はちょっと怖いですけど』

『クックック……すぐに忘れるさ。』

見張り台には機関砲を取り付けた。
インペリアルフローレスの倉庫で
錆びかけていたものだ。

「計器は問題ないな、ローラ」

「異常なしだよ。たぶんね。
 くっつけた時に
 配線を間違えていなければ。

 まぁ、カロン君がしっかり
 やってくれてるだろう。
 改めて、異常なしだよ」

見慣れた計器類は丸ごと持ってきた。
朽ちた船のものはわけがわからないので
倉庫にぶちこんである。

『よし!! そんじゃー……!!』

ルージュは手に馴染んだ操舵輪を
ガシッと掴む。

『インペリアルフローレス・グラフト!
 発進!!!』

勢いよくレバーを引いた。

ルージュの声と共に
機関が高速運転を始める。

吹き出した蒸気がピストンを動かし
ゆっくりとプロペラが回り出す。

重たい音を立て……機関が、停止した。

突然止まったエンジン。
カロンが慌てて覗き込む。

「うん? 計器に異常。
 ……止まってないかい? これ」

ローラの見つめる針はすべて
ゼロの位置を指し示している。

『カロンさん!?
 止まってませんか機関!?』

見張り台からプロペラを見ていたラニが
泡を食って確認する。

『……止まってんなぁ』

『やっぱりーーー!?』

カロンが丹念に確認したが、
機関部に異常は見受けられない。

過負荷が掛かっているようにも思えないし、
噛み合わせが悪い箇所もない。
パッチワークスエンジンは機能している。

『……機関に異常はない。
 これは断言できるぜ。ただ……動かない』

『ラニ君、周囲に異常は無いかい?』

『は、はい。
 こちらの観測では異常は……ありません』

ローラに言われて慌ててドック内を
見渡したラニだが、おかしなところは無い。

『動かない。……動かない。

 …………。

 もう一度だ、カロン』

ルージュは手汗を滲ませて言った。

『ま、動きません、はいそうですか、
 なんてわけにもいかねーしな。
 りょーかい。ちょい待ち』

改めて機関をまじまじと観察して
異常がないかを確認するカロン。

4人は繰り返す。
何度も、何度も、発進させようとする。

だが、幾度繰り返そうと、結果は同じだ。

機関に火は灯る。
だが、船自体がそれを拒むように、
その度に動きを止めてしまう。

飛行不可能な船をふたつ組み合わせ、
再び空を飛ぶなど、
絵空事だったのだろうか。

次第に息苦しくなっていく船内で
ローラはあることに気が付いた。

ルージュが握る操舵輪の下部、
元々この船に備わっていた部分に
奇妙な窪みがあることに。

思えば、あれを見たのはローラだけだ。
舵輪を握っているルージュが
気付けずとも仕方がない。

念の為、確認しようと近寄るローラ。
怪訝な顔をするルージュ。

「船長、これだ。
 この窪み、あの門にあったものと同じだ」

ローラは胸元の転移石を手に取り、
ルージュに見せる。

「……!?
 お前が開いた、あの扉か……?」

頷くローラ。

「魔法石が鍵となって開く扉……
 その先にあった船……。

 ……筋は通ってるな。
 なんでも試さなきゃいけねーからな。
 やってみるか」

「ああ、試してみるが、いいんだね?」

「おぉ。
 無言で填めない辺り、あたしへの
 忠誠心が高まってきたようだな?」

ケラケラと笑う。
息苦しさを振り払うように。

「無茶な改造をしてあるからね、
 何が起こるかわからない。
 だから、一応、ね」

「もちろんだ。試してくれ。
 立ち止まって、餓死する趣味は無い」

ローラが伝声管に顔を近付ける。

『カロン君、念のため
 少し機関から離れていてくれ』

『ん? なんかやんのか?
 まあいいや、了解ー』

ローラはもう一度ルージュに
目配せをすると、スッと
窪みに石を押し当てた。

『あっ……。風が……!?』

見張り台のラニが何かを口走る。
ドック内に風が吹くはずもないのに。

ローラが押し当てた石を中心に、
船の全域に光の線が走っていく。

そして、絵の飾られていない額縁のような
謎の装飾部に文字を思わせる紋様が浮かぶ。

まるで、航海の無事を祈る文面のような――
何故かルージュもローラも
そう思った。

パッチワークスエンジンが再始動する。
プロペラの回転数が上がっていき
重い機体が嘘のように浮かび上がった。

「はーーっはっはっはっはっはっは!!
 冗談抜きに死んだかと思ったぜ!!」

ここぞとばかりに大笑いする船長。

「そうか、あの謎の船も魔法を使っていた。
 この船にも魔法が必要だったか……」

ローラはしげしげと
ザカリオンの転移石を見つめる。

「ははは、屋敷と交換する品としては
 大正解だったね!」

ルージュが振り返らずに右手を上げる。
ローラが無言でその手のひらを打つ。
パァンと小気味のいい音が鳴った。

ゆっくりと、だが着実に
グラフトは飛んでいく。

ドックを出ると眼下には
残骸となってしまった
インペリアルフローレス号。

その姿はどこか誇らしげに見えた。

機関室からその光景を見たカロンが
独り言をこぼす。

「さっきまでまあ随分と機嫌損ねてたくせに
 どんな手品使った……って、
 そういや連中アンティークか。

 まあいい。浮かんだんなら
 こっからはオレの仕事だな!」

何故か目をつむっていたラニは
ようやく目を開ける。

くしくしと目をこすり周りを見た。

「と……飛んでる!
 飛んでる飛んでる! すごい!

 僕たちが作った船が、飛んでるんだ!
 あはははは! ……あっ」

眼下にインペリアルフローレスの船体が見えた。
涙が出そうになるのを無理やり抑え、
鼻をすすった。

「ごめんね、ありがとう。
 そして、また一緒に行こう……グラフト」

そっと船体を撫でた。

操舵室の片隅。小さな声でローラは囁く。

「おばあ様、奇しくもこの船は
 フローレスの名前を冠しています。

 もしかしたら、あなたが
 見守っていてくれているのかもしれませんね」

普段とは違うしおらしい表情。
それがいつもの貌に変わる。

「ははは、どこへでも行けるぞ。
 私は、いや、私たちは
 再び翼を手に入れたんだ」

窓から瓦礫を眺めてルージュは呟く。

「……新しい旅。……新しい仲間。
 乗るヤツが変われば、ガワも変わるもんだ」

操舵輪をそっと撫でる。

「……生きるってのは
 変わり続けることだからな。

 ……けどな、インペリアルフローレス。
 お前の魂はしっかりと連れて行ってやる」

ルージュは伝声管を開くと
大きく息を吸い込んだ。

『お前ら!! 行くぞ!!』

「「「「空の果てへ!!」」」」

茜色に染まる空に再び翼が羽ばたく。
この旅路の先、この空の先には、
きっと誰も見た事が無いものが待っている。


聴衆が拍手を始める。

ジーノとマリオが大仰な礼をして見せる。

劇場で浴びる万雷の拍手ではないが、
そこに込められた感情の価値に差は無い。

最高の物語だったよ。

次々と掛けられる称賛の声。
みんな満足の表情を浮かべている。

ひとしきり拍手が浴びせられ、
それが終わってから誰かが言う。

そういや、そいつらどうなったんだ?

妙な船で帰ってきたって噂は
実際に俺も聞いたぞ。

なんでも修理ドックの親方が
工員たちに口止めしてるらしい。

そりゃあれだろ、夜中にあった爆発。
今の話の一部でも本当なら、
無茶したエンジンが爆発したんじゃねえの?

いや、あれは砲撃だったって聞いたぜ。
ドックの内側からのな。

なんだそりゃ?
ぶち破って逃げたのか?

でも連中、その晩は真鍮亭で
アホみたいな量飲み食いしてたらしいぜ。

イカれたホラ話もそん時に
してたんじゃないか?

するってえとあれかい?
船なくしてどっかほっつき歩いてるのか?

いや、それがギルドに寄った後、
やけに急いで出港したらしい。

出港? なんだ船あるんじゃねえか。

少なくとも帰ってきた時の
妙な船はどこのドックにも
今は無いらしいな。

ドックの工員が幽霊の声を
聞いたって噂もあるぜ。
なんだっけな……。

「こんな所で、眠っている暇なんて、
 私には無いのです。

 今行くから待ってるのです。
 約束の場所で」

マリオがそう言った。
ジーノも続ける。

噂になってますね。
女性の声だったそうですよ。

なんだ、超技術の次は幽霊か。
与太話に事欠かねえな。

どっと笑う客たち。

ああ、もうこんな時間じゃねえか、
閉店だ、みんなおとなしく帰りな。

酒場の主人が客たちを追い返し、
ブーン兄弟にいくらか掴ませる。

あんたらのお陰で売上が倍だ。
また来てくれよな!

それじゃあ宣伝もよろしく頼みますよ。

もちろんだ、あんな面白い話、
みんな聞きたがるだろうさ。

……劇場で演るようになっても
たまには来てくれよな。

はっはっは、まずはこうして
評判を高めないと舞台にゃあ
してくれんのです。

そんな話をして、ブーン兄弟は店を後にした。


「なあ、ジーノ」

「なんだい兄貴」

「この話、タイトルどうすんだ?」

「候補はいくつかあるが……
 空の果て、世界の真ん中、始まりの船。
 兄貴はどれがいいと思う?」

「よせやい、俺にそういうセンスは無ぇ。
 お前の領分だ。ただ……そうだな。

 空の果ても世界の真ん中も
 どっちも行ってないだろう?

 始まりの船ってのも妙だ。
 何が始まるんだよ」

「兄貴、俺はね。この与太話。
 ほとんど真実だと思ってるよ」

「へえ、ほとんど?
 ずいぶんと肩入れするな」

「だからさ、連中、行くんじゃないか?
 いつか、空の果て、世界の真ん中に。
 そのための始まりの船さ」

「ん、そいつぁつまり……」

「インペリアルフローレスの連中、
 帰ってきたら直接話聞きに行こうぜ」

「顔も知らねえけどな!」

「赤い髪の大女と、青い髪の小僧。
 身だしなみのなってないお貴族様と
 銀髪で褐色のリットラ。

 特徴的な4人組を探せばいいんだ、楽勝だろ」

「噂が本当なら今頃また無茶してるわけだろ?
 空の藻屑かもしれなくないか?」

「……確かに」

「まあ、それならそれで他の探空士の
 武勇伝を始めればいいか。
 今回ので俺たちの名前も売れるだろう」

「そうだ兄貴。
 俺たちを嗤った劇場主に
 頭下げさせてやろうぜ」

「だな。よし、家で呑み直すか!」

「だな。インペリアルフローレスに乾杯だ!」

それからしばらくの間、
ブーン兄弟はあちこちの酒場で
始まりの船を語り聞かせるのだった。

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