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空の果て、世界の真ん中 幕間2

空の果て、世界の真ん中
幕間2


ヴィクトリアシティ。
発着場と金融街の中間地点。

商人の中でも交易商や
大商会、投資家や資産家に
連なる人々の行き交う一角。

ここにはコーヒーハウスが
いくつもある。

飲み物といえば酒か紅茶が一般的だが、
ここいらに集う者たちはコーヒーを好む。

新聞を広げ、コーヒーで思考を澄ませ、
情報交換をしながら周囲の会話に
耳をそばだてる。

もちろん、ここで言う新聞は
レッドトップスと呼ばれるような
大衆紙ではない。

各種相場や企業の動向、税制や規制、
新製品情報などの書かれた高級紙だ。

それを読む人々は身なりもよく、
吸っている煙草も値の張る葉巻ばかり。

コーヒーとて安物は出ない。
そもそもシティでは紅茶の需要が高い。
必然的にコーヒー豆は希少品となる。

だが、この空間で最も価値のあるものは
ありとあらゆる情報だ。

「しかし、軍の弱腰にも困りものですな」

「それです。空賊討伐を怠るものだから
 航空保険の掛け金は上がる一方」

「リスク回避のために複数の船に分けて
 商品輸送をしようにも
 掛け金のせいで黒が目減りですよ」

「被害が多いせいで
 出し渋りの話も聞きますね」

「なんのための保険なのやら」

「このままでは供給の滞る商材が
 出てきそうですな」

しばしの沈黙。
誰も口火を切りたくない。
価値ある情報は交渉材料として使いたい。

だから初手はゴシップめいたものから。

「王室は軍の質の低下を
 どう思っておいでなのでしょうね。

 噂では女王陛下のご体調が
 いささか優れないとか」

お互いの顔色を窺う。

「ああ、公式の声明でもありましたな。

 王城内でのご公務に支障のない
 程度ではあるものの、
 ご視察や一般の謁見は見送る、と」

「……少々長びいているようですな」

何か知っているのかと
問いかけるような視線が集まる。

「……王宮の出入り商から聞いたのですが、
 医薬品の類いで特別に
 買い上げられたものは無いそうですよ。

 王族方の身の回りの品々についても
 これまで通り納品しているそうです」

重い病気や崩御が隠されている可能性は
低いだろうという情報。

「ただし……」

含みを持たせて顔を見渡す。
この情報を出すからには対価を支払えよ、
という確認のひと呼吸。

「王宮内全体で、夜会用の服飾品や
 食材の発注が減少しているとのこと」

予想されるのは宴席自体が
あまり催されていないということ。

ここはコーヒーハウスだ。
社交界のような噂話の交換会ではない。

ビジネスマンたちの脳裏を巡るのは
王宮相手の取引に関わること。

「なるほど、友人に忠告すべき事柄ですな。
 今、王宮に奢侈品の類いは
 売れないかもしれない、と」

頷き合う男たち。
対価を支払うように別の情報が語られる。

「ところで……。
 ウィッカ社が銅を買い集めていると、
 小耳に挟みましてね」

何人かの表情に緊張が走る。

「どなたからお聞きに?」

「ははは、落ち着いてください。
 随分と顔色が悪いですが、
 何か心当たりでも?」

思わず強めに食いついてしまった男は
レイルズ社と付き合いが深い。

飛空艇メーカーで何か動きがある。
そう自白してしまったようなものだ。

「ええ……。
 空軍からの発注が諸々増えまして」

「ほう」

異口同音の感嘆詞。

ミスリルは万能の金属だが、
他の金属でなければ性能が落ちる部品
というのは少なくない。

特に銅は柔軟で伝導率が高く、
各種合金の材料となる。

「鉛はどうですか?」

金属を扱う商社の男に飛び火する。

「そろそろ噂になるでしょうから?
 言ってしまいますと、
 砲弾の受注が増えてますねぇ」

飛空艇パーツ材料と砲弾の需要増。

「これはこれは、軍もようやく、
 重い腰を上げるようですね」

「空賊の大掃除といったところですか」

「大きな取引は少し待つとしましょう。
 保険の掛け金が下がりそうで何より」

それを聞いて
フロンティア航路の交易商の目が輝く。

「それならば私は
 火中の栗を拾いにまいりましょうか」

大商会がストップを掛けるのなら、
小回りの利く船主には商機だ。

どのみち彼らに直接
メーカーに売り込むルートは無い。

大商会は彼らの運んだ金属材を買い取り、
飛空艇メーカーにまとめて売り付ければ
十分な儲けが出る。

ましてや最終的な納品先が
軍に集約されるなら……。

「兵器メーカーは示し合わせて
 価格を吊り上げるでしょうな」

「これは景気が良くなりそうだ」

「せいぜい空賊には
 粘ってもらいましょう。

 長引けば長引くほど、
 国庫から金が降ってくるというもの」

「貨幣は国家の血液。
 心臓にはしっかり
 働いてもらいませんとなあ」

大して面白いジョークではないが、
はっはっはと笑い声が交わされる。

「貨幣といえば、先週から話題の
 改鋳の噂、その後何か聞きましたか?」

「ぱったり聞かなくなりましたね」

「約束手形や小切手の
 偽造が増えている現状、

 金貨の実質的な価値が
 上がっていますからな。

 金貨不足の懸念から出た噂でしょう」

「空軍の取り締まりが手緩いから
 偽造などが横行するのです」

「金貨不足は遠からず起きるでしょうね。
 秋津洲貿易は総量で見れば赤字。
 金銀が流出していますので」

「どこか新しい塔で金資源でも
 見つかれば良いのですがね」

「ははは、黄金郷の伝説でもあるまい」

「なんですか? その伝説というのは」

「黄金の蓄積された未知の塔。
 おとぎ話ですよ」

「信じて追い求める探空士も
 少なくないようですがね」

はっはっはと笑い声が交わされる。

コーヒーハウス。
そこは国家の血液を
循環させる者たちの舞台裏。

探空士たちの追いかける
夢物語とはあまり縁の無い場所だ。

次回、第三話『黄金郷』

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