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空の果て、世界の真ん中 2-8

空の果て、世界の真ん中
第2話、約束は遥か遠く8

物語は最も噂が錯綜している
シーンに突入した。

歴史家なら無視したかもしれない。

熟練の戯曲作家ならもっと
シンプルな展開にしたかもしれない。

以前のジーノならわかりやすく
王道で無難な話にしただろう。

だが、彼は選んだ。
千差万別の噂の中からこの筋書きを。

未だに迷いはあるものの、
何故かこの組み合わせにこそ
整合性を感じた。

感覚を説明するのは難しい。
ただ、これが真実だと誰かが
自分に教えようとしていた。

そんな気がしてならなかったのだ。

聴衆に少しだけ困惑の色が見える。
彼らも様々な噂を聞いている。

故に、何故その話を選んだのか。
合理性への疑念が湧いている。

しかし、それでも、いや、だからこそ、
続きがどうなるのかと固唾を飲んだ。


伝声管から聞こえてきた少女の声。
グラフト奪還の際に
悪態をついていたあの声。

無人塔で微かに聞こえた。
夜の自室で、出てけと言った。
ラニの知る声。

「次から次に一体なんなのさ!?」

ひとつ叫んで旋回砲塔へと走る。
転がり、あちこちぶつかりながら。

砲室は壁に穴が空き、
木材が散乱している。
このままでは砲撃ができない。

「とにかく……ローラさんが
 上手くやってくれたみたいだ!
 なら反撃の準備しないと!」

破片を取り除き、
砲弾入れと砲の間の導線を確保し、
いかれた砲座のネジを締め直した。

伝声管から間の抜けた声が響く。

『こういう時は……
 どうすりゃいいんです?』

謎の声の主は無策のようだ。


「な~んか変な奴いるな?
 あれか、幽霊」

カロンが独りこぼす。

「まあいいや。
 船の速度が出るなら今のうちに……」

言うが早いか格納庫から砲塔まで
飛ぶように駆け抜ける。

辿り着くとそこには
砲撃の準備を整えたラニの姿があった。

「お、さんきゅ、助かる!」

「カロンさん!」

あっという間に現れた仲間の名前を
安堵とともに呼ぶ少年。

「砲塔、いつでも使えるように
 しておきましたよ!」

「ああ、これなら……

 ハズす方が難しい」

細めた瞳がまるで見透かすように
敵船を捉えた。

定めた狙いに向けて
銀の尾を引くような砲弾が突き刺さる。

――目標、敵操舵室。

『ハーッハッハッハ!
 その様な兵六玉に、拙者が……』

鈍い音。

おそらく、敵の操舵手は転んで
床にキスをした。
悶絶する声が響く。

砲弾はそこに届けられた。

「……ま、こんなもんか」

狙った通りの場所に当てた
その腕前にラニは舌を巻く。

驚き顔に向かって、
カロンは笑顔を見せた。

「さ、これで向こうはいいマトだ。
 畳みかけるぞ!」

操舵室をぶち抜かれた敵船は
舵が利かないはずだ。

今のうちに砲弾をたらふく
食らわせてやろう。

砲塔内に砲座は三基。
ラニも装填を始める。


ルージュは伝声管を
ガシッと掴んで大声を出す。

『話はすべて聞いたぞ?
 あたしはルージュ。
 この船の……船長だ』

船長という単語を強調した。

『そいつはローラだ。
 んで、お前。名前は?』

悠長にしている暇は無いが、
尋ねずにはいられない。

だが、返ってきたのは
とりつく島もない言葉。

『は? なんだこいつ、
 いきなり何言ってんです?
 答える義理も優しさもねえのです』

ガチャンと蓋をされる伝声管。

すかさずルージュは紙に血を垂らし、
伝声管へと送り込む。
内側から蓋が開かれた。

『分かった、クソガキ。
 操舵はズブの素人のようだな?』

挑発。

『……は??
 てめー、喧嘩売ってんのか?
 売ってんですね??

 よし、デカ女、お前は絶対
 引きずり下ろしてやるです。

 クソムシの後に!』

売り言葉に買い言葉。

『ハッハッハ!!
 クソガキ。

 後で上下関係ってものを
 分からせてやるから
 今は、手を貸せ』

『あーん?
 なに上から目線でほざいてんですか?

 目にもの見せてやるのです!
 私の華麗な操舵術で!』

言うが早いかグラフトは回頭し、
一直線に敵船へと迫っていく。

相変わらず拡声器が
オンになったままなのか
敵の声が響き渡った。

『やばいやばい!
 あいつら、らむあたっくでも
 仕掛けるつもりでござるか!?』

『衝角も付いてないのに!?
 正気じゃねえでござる!』

そう、このままだと正面衝突だ。

「……頭のとち狂ったガキだよ
 まったく!!」

倉庫に空いた穴から外を見て
状況を理解したルージュは
毒づきながら梯子へと走った。

飛び降りるような形で
旋回砲塔に滑り込む。

開け放たれた操舵室の扉、
その奥のローラに目配せをした。

「頼んだぞ、ローラ」

口の動きで伝わるだろう。

『あ、あれ?
 思ってたのと違うのです?

 やばいのです! ぶつかるのです!
 何とかしろ! 舎弟!』

「ははは、
 すれ違いざま超近距離射撃と
 洒落込もうじゃないか。

 船長ならそれで当ててくれるさ」

ローラは狼狽える少女にお構いなしで
舵輪に手を添え、ぐっと回すと、
同時にルージュにテレパシーを送る。

『ぎりぎりですれ違う。
 タイミングがシビアだが
 当ててくれたまえ、船長』

ルージュは砲座に着きながら
振り向かずに頷いた。

『ぎゃー! ぶつかる!
 痛いのは嫌なのです!!』

下手に舵を切れば船尾を擦り
グラフトが損傷しかねない。

ローラは霊視で本当にぎりぎりの
ラインを見極め、紙一重ですれ違う。

『ははは、ぎりぎりのスリルが楽しい、
 そう言っていたな船長!!』

ニヤリと笑うルージュ。

「本当は!
 余裕で避けたいがな!!」

そう言ってラニとカロンを見る。

「快適な空の旅だな?」

「わー! わー!?
 ぶつかるぶつかるぶつかるるる!?」

寿命が縮むような光景に
ラニは肝を潰す。

「頭おかしいやり方、
 嫌いじゃないぜ!」

迫りくる敵船を見て、
カロンは楽しげに笑ってみせた。

「ハッハッハ! だろうな!!
 さぁ! 墜とすぞ!!」

船同士が擦れそうなほどの急接近。
圧搾された空気が
鋭い風切り音を鳴らす。

ほぼゼロ距離の砲撃が敵船を襲った。
砲室が弾け飛ぶ。

『ござっぷ!?』

珍妙な悲鳴。

撃ってきているのだから
当然砲室には敵がいる。

おそらく破片が当たったのだろう。

だが、上がった声は仲間の安否を
気遣うものではなかった。

『あ……ああ!?
 主上から賜った船体に傷が!!

 拙者たち! 修理を!
 修理を急ぐでござるよ!!』

『承知したでござる!』

『が……がんば……』

そしてグラフトには
高笑いしている奴がいる。

『フワーハッハッハ!!
 さすが私!
 乗り切ったのです!

 舎弟、お前、なかなか
 良い腕してるのです、
 褒めてやるのです!

 よし、私の代わりに、
 操舵させてやるのです、
 光栄に思うのです!』

機関から響く音も心なしか軽快だ。

「ああ、勝利を掴む様を
 特等席で見ているといいよ」

立ち位置を変え、
ローラが両手で舵輪を握る。

『やっぱり見どころがあるのです、
 お前だけは乗せてやらんでも
 ないのです!』

肩をすくめ、舵輪を回す。
グラフトが旋回して
再度、砲撃に有利な位置を狙う。

グラフトの速度が変わった今、
並のエンジンとは
比べ物にならない出力を誇る。

頭の取り合いで負ける道理は無い。

船体下部に取り付けられた砲塔が
最も得意とする撃ち下ろしの体勢。

「いいね、この速度!
 軽快に空を駆けるのは実に気分がいい」

ローラは背後の少女を意識して
ことさらにご機嫌に言ってみせる。

『むふー、本気を出した私は
 誰よりも速いですからね!』

そして、3人が敵船を狙う砲塔。

「よかった、船長も来てくれた!
 これなら砲撃戦も負けませんね!
 いきます!」

照準を合わせながらラニは叫ぶ。

「……これ、上下左右
 どの辺狙ったらいいですかね!?」

「下だ下!
 重要なパーツは全部
 下部に集まってる!」

カロンの即答に狙いを調整する。

「よーく狙え……」

ルージュも魔法の紙に
砲弾を運ばせながら声を掛ける。

「なるほど……そういえば
 下に集まってるのが多いって
 言いますしね。

 えっと……砲塔の角度は
 これくらいにして……
 狙います!!」

砲撃、そして着弾。

的確に放たれた砲弾が装甲を抉る。
露わになった機関部には
巨大な青い宝石のような輝きが見えた。

『ああー!! 船が! 天鳥船が!
 修理急ぐでござるぅ!!』

慌てたアカツキの声が聞こえてくる。

ローラの霊視が捉えたそれは
フライトクリスタルに
よく似ていた。

「なんだい、あの青いのは、
 フライトクリスタルで
 こんなところを飛べるはずは……」

一方、砲塔内。
カロンとルージュがラニを褒める。

「いい狙いだ。連中慌ててやがるぜ」

「ハッハッハ!
 良い目を持ってやがる」

はにかむ少年。

「えへへ、
 アドバイスありましたからね!

 ……あれ?
 なんか壊れたところに宝石が?」

ニタリと笑うルージュ。

「……お宝か?
 俄然、燃えて来たな~」

その輝きを確認できたカロン。

「……へえ? 見たことねえな。
 よし、ふんじばって
 こっちのもんにしちまおう!」

ふたりの意見にラニは慌てる。

「ちょちょちょ!
 僕たち空賊じゃないんですから!?」

「なに、どうせとっ捕まえて、だ」

ルージュは慎重に照準を合わせる。

「たんまり金ぼったくるのさ」

ついでに拡声器で挑発もしておく。

『その原型!!
 残っていると!! いいなァ!!』

応答あり。

『野蛮過ぎるでござる!』

拡声器がラニとカロンの声も拾う。

『せ、先制攻撃した人に言われても』

『せんちょー!
 あれオレのだから貴重品には
 あんま傷付けないでくれよ!』

『お、そうだな?』

ケラケラと笑うルージュを見て
ラニは引きつった笑みを浮かべる。

このふたりはお宝を前にしたら
もう止まらない。

対して、操舵室のローラは
渋い顔をしていた。

「敵船の機関がまっとうじゃないのは
 確かなようだね……

 となると、ますます何を相手に
 戦っているのかわからない……」

尋常ならざる身体能力を持つ忍者。
盗まれた船の奪還と言っていたが、
シティの空軍であるはずがない。

加えて、敵の機関は
魔法で浮力を生み出す
フライトクリスタルに似ている。

あれは魔法使い
数人がかりで動かすものだ。

お宝を目にして砲室の連中は
沸き立っているが、

ローラは得体のしれない相手に
不気味さを覚えていた。


「……ッチ、狙いすぎたか」

敵船の舵の修理が終わったのだろう、
カロンの砲弾はうまく躱される。

「仕方ねえ、多少機関に傷付けても
 足止めが先か」

伝声管から響く大声。

『なんですか、
 今の下手くそな砲撃は!

 三流が私に乗ってたとは
 驚きなのです、
 とっとと降りるのです!』

『お? そいつは悪いな。
 まあ見てろよ、
 動きと砲の癖は掴んだ。

 あとは修正すりゃ当たる』

敵方はというと、
何やらドタバタと騒がしい。

『とにかく修理!
 修理でござるよ!』

『いや、撃ったほうがいいんじゃ……』

『馬鹿者ぉ!
 主上から賜った船でござるよ!
 撃っとる場合か!』

『指打ったでござる……
 もう死ぬでござるよぉ……』

リボー砲と思しき主砲の
修理に奔走しているようだ。

「なんか……
 モメてますね……」

「いやーすげーなあの船。
 バカの人口密度高っ!」

「というかさっきの声、
 全部同じ人のじゃなかったですか!?」

そう、敵は全員、
アカツキと同じ声で話している。

「魔法にしては頓珍漢な性能だな?」

魔法で何かしているのではないか。
ルージュはケラケラと笑いながらも
興味の目を向ける。

忍者に関する荒唐無稽な噂話によれば、
分身の術という自分自身の複製を
作り出す技があるという。

だが、そんな技を使える
伝説のような忍者が
あれほど間抜けなものだろうか。

操舵室のローラも困惑している。

「拡声器を切り忘れているのだろうか」

謎の少女はというと、
調子に乗っている。

『フワーッハッハ!
 圧倒的なのです!

 使えねー奴も混ざってましたが、
 やっぱり私は最強なのです!

 よし、舎弟、畳み掛けるのです!

 私の玉のお肌に傷を付けやがった
 報いを受けさせてやるのです!』

私の肌という言葉に確信を深めた
ローラは機嫌を損ねぬよう
話を合わせた。

「そうだね、やられた分以上に
 やり返すとしようか」

再び絶好の砲撃位置を占める。

砲室のラニもコツを掴んできたようだ。

「なんでモメてるか知らないけど……
 悪く思わないでくださいね!」

発射。

敵船は相変わらず拡声器により
内部事情がだだ漏れだ。

『来たでござる! 拙者が!』

『ええい!
 素人は黙ってるでござるよ!
 ここは拙者が……』

今度は操舵手を交代するか否かで
言い合っているらしい。

もちろん、そんなことをしていては
回避運動などできない。

『『あ』』

的確に敵船を破壊していく砲弾。

グラフトの砲塔内は沸き立った。

「やたっ! 当たった!
 こんな感じでいいですか!?」

「上等、機関にも当たってないな!」

足止めが先とは言ったが
機関を無傷で手に入れることを
諦める気は無いカロン。

「つ、次も当たらないか
 保証できないですけど……。
 ぜ、善処します」

ルージュはニカッと笑顔を向ける。

「よし!!
 最高にいやらしい射線だ!
 ラニ!!」

「どうもです!
 よーし、どんどん行きますよ!」

自信を得たラニは砲弾を運ぶ。

船内には戦勝ムードが漂っていた。
ローラもやや警戒を緩める。

「問題無さそうだね。
 まぁ、油断は禁物だ」

『楽勝なのです、
 風呂入ってくるのです』

何故戦闘中に風呂へ、
と怪訝な目を向けるローラ。

もちろん、グラフトに浴槽など無い。

一方、敵船の諍いは終息したようだ。

『よ、よし解った、
 ここは拙者が折れるでござる』

『う、うむ、次が来たら
 拙者が避けるでござる。

 そこで見ていると
 いいでござるよ、拙者!
 拙者の華麗な舵さばきを!』

『おお!
 頼もしいでござるな、流石は拙者!』

もし、彼らが本当に分身の術の産物なら
どうして自分同士で
喧嘩をしているのだろう。

ここでルージュは
頭のキレる相手ではないと踏み、
一計を案じた。

『あっ! 弾が切れちまった!
 補充、いっそげ!』

うっかり拡声器をオンにしたまま
致命的な情報を与えてしまった
というブラフ。

『おお、見ろ!
 今がちゃんすでござるよ!』

引っ掛かってしまったようだ。

『大変じゃねーか! 急がねーと!』

『こ、こんな時に弾切れだなんて
 そんな!』

『こりゃちょっと時間がかかるぜ!』

意図を汲み話を合わせるカロンとラニ。

『ふはは! 馬鹿め!
 貴重な情報を垂れ流すとは!

 さては、拡声器を
 切り忘れたでござるな!』

それは君だアカツキ。

『あぁ! 急げよ! 早く!!』

『た、大変だー急がないと』

そんなわざとらしい演技を耳に、
ローラは敵船の出方を窺う。

「ははは、なかなかの喜劇じゃないか」

かくして、思惑通り敵は動く。

『よし、今の内に……』

『反転攻勢でござるな!』

起死回生のチャンスとばかりに
無防備な腹を見せて
一発逆転の砲撃を狙う。

本来であれば痛打を浴びせ合う
危険な位置関係。

だが、先制できるなら絶好の間合い。

「よし。捕縛だ。
 準備、頼んだぞ? カロン」

勝利を確信したルージュが言う。

「あいよ。任せな」

カロンはぐっと袖をまくり、
秋津刀に手をかけた。

「ひ、ひとりで大丈夫ですか
 カロンさん!
 ぼ、僕も行きましょうか!?」

「いらね。邪魔」

ラニのなけなしの勇気は
斬って捨てられた。

「そ、そんな~」

落胆する少年の肩を船長は力強く掴む。

「特等席だ。
 ちゃんと見てろ?」

再び拡声器をオンに。

『すまねぇな。
 命のやり取ってのは……
 こうゆうことだよ!』

ルージュが砲弾を放つ。

『謀ったてござるか!?』

『あぁ! 直撃するでござるぅ!!』

勢いよく装甲を撒き散らす
アメノトリフネとやら。

空いた穴から奇妙な光景が覗ける。

アカツキがふたり。
片方は破片が腹に刺さり
瀕死の重傷に見える。

『拙者のこと……
 忘れないでくれよな……』

『せ……拙者ァァ!!!』

キラキラと光の粒子になって
消えてゆく分身体。

『拙者が死んだ!
 この人でなし!!

 ええい、なんたる卑怯か!
 絶対に許さんのでござる!』

『ぜえ……でも、もう船は
 限界でござるよぉ……』

喜劇にも見えるが
ラニは身を引き締めた。

「命の……やり取り」

ルージュが耳元で囁く。

「殺らなかったら殺られるんだ
 しっかりと見ておけ」

神妙に言った直後に吹き出す。

「ブフッ」

「いや船長、
 笑っちゃってますけど……ブフッ」

アカツキが自分同士でこれまでの
やり取りを行っていたのだと知り、
笑いをこらえきれない。

そこにローラの最後通告が響く。

『交戦中の敵船に告ぐ。
 これ以上の戦闘は
 貴艦の撃墜に至るだろう。

 投降したまえ、ふはははは』

『お前……すげー悪い顔してるのです』

アメノトリフネはこれ以上は
砲撃に耐えられないだろう。

ルージュとカロンはここで砲撃を止め
拿捕する方針で動いている。

謎の青いフライトクリスタル。
お宝が彼女たちを突き動かした。

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