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空の果て、世界の真ん中 1-5

空の果て、世界の真ん中
第1話、始まりの船5


ジーノの脚本家としての評判は悪い。

ありきたりの展開、人気作の焼き直し、
驚きなど無い、いつものジーノ。

だから、今語られている話は
少なくともジーノが作った物語ではない、
それは間違いないだろう。

ジーノの得意とするところは
話を膨らませて脚色することだ。

つまり話してるそのままが
真実ではないと思われる。

だからといって、誰が思いつくだろうか。

人類には決して超えられない
雲海の下から船が現れる話など。

真実など、この際どうでもいい。
この話の顛末を知りたい。

聴衆の誰もがそう思った。

引き込まれている。
聴衆は物語の先を知りたがっている。

ジーノは確かな手応えを感じ、
語りを再開した。


着陸準備。
ルージュの発した号令。
乗員たちは準備を進めた。

だが、それは叶わない。

突如現れた謎の超高速船は、
彼女たちが身構えるよりも速く
舵を切って突撃してきた。

至近距離ですれ違う。
何かを確認するかのように。

激しい衝撃が襲った。
すれ違っただけで、激しく揺れたのだ。

「うわぁあ!?」

ラニがしたたかに壁に叩きつけられる。

「チッ」

なんとかバランスをとり
舌打ちをしたカロンは
機関の無事を確認する。

なんせ竜巻をぶち抜いた直後だ。

「ずいぶんと速いね。
 ははは、勝負にならないぞ」

青い顔で乾いた笑い声を上げるローラ。
壁に掴まる手に力が込もる。

「っざけやがって……!!」

ルージュは舵輪に
しがみついて悪態をつく。

背後から追い抜いていった
超高速船は回頭、
大砲の照準を合わせている。

「て、敵船、照準がこちらに
 向いてます! 狙われて――」

立ち上がったラニは
窓の外を見て目を疑った。

ラニという少年は極めて目が良い。
遥か前方の敵船をしっかりと視認する。

船側に描かれた見覚えのある紋章を
ハッキリと見て取った。

間違いない、自分の持っている
短刀に刻まれた紋章そのものだ。

「なんで、あの紋章が……」

「ラニ!! ぼさっとすな!!!
 こっちこい!!!」

ルージュの叱咤を受けても
窓に張り付いて前方を見つめるラニ。

「あれ……お父さんと、お母さんに
 きっと関係してて……」

か細い声で絞り出す言葉。

轟く砲撃音。

超遠距離砲撃だというのに弾速は衰えず
放物線ではなく直線で飛んでくる。

『クッソ、なんだよあの
 でたらめな装備は!?』

機関室からのカロンの声と
着弾はほぼ同時と言っていい。
何発だろうか、砲弾を叩き込まれた。

回避のため上昇しようとしていた
インペリアルフローレス。

当たったうちの一箇所は操舵室。
砲弾は床を抉り
斜めに貫通していった。

ちょうどラニとルージュの間だ。
少しずれていれば命は無かった。

「きっと、何かの間違いで……」

被弾の衝撃で揺れる船内。
壁にぶつかりながら、
ラニはなおも言葉を紡ぐ。

「どうする船長、まともに
 やりあえる相手ではないようだよ」

青白い顔をしたローラ。

「白旗って概念が通じると思うか?」

引きつった表情のルージュ。

「文化が違う可能性は否めないね」

ジョークに聞こえるこのやり取りも、
むしろ真剣そのものだからこそ
出ている言葉の応酬だ。

「……ラニの様子がおかしい。
 近くにいてやってくれ、ローラ。」

「わかったよ船長。
 いざとなれば私にはこれがある」

そう言って手で触れたのは胸元のブローチ。
一見するとさほど価値があるとは
思えない石が嵌め込まれている。

ザカリオンの転移石と呼ばれるそれは
エンフィールド家が秘蔵していた
魔法の道具のひとつだ。

「ラニ君、私のそばにいたまえ」

「ロ、ローラさん!
 こ、これ、お父さんとお母さんに
 関係してる、物で」

破損した床材に足を引っ掛け、
ローラに向かって倒れ伏すラニ。

それでもなお、
短刀の紋章を見せようとする。

「これと同じものが、
 あの船にもあるんです!」

「残念だけどね、
 今はそれどころではないよ」

ローラはラニを立たせながら
冷徹に告げる。

「戦闘だ。君も本で読んでるだろう。
 殺し合いだよ」

「そんな……」

呆然とするラニにルージュの声が掛かる。

「死人はしゃべらねぇのさ。

 とにかく、命を繋ぐ事だけ
 考えるんだ」

冷静に語っているように見えたが
ルージュの胸中はそれどころではない。

先ほどの着弾で舵輪と舵を繋ぐ
シャフトが折れた。

つまり、次の砲撃に
回避運動は行えない。

咄嗟に反応していなければ
この床に穴を空けていった砲弾は
後部の機関室をぶち抜いていたはずだ。

ローラがラニから手を離し、
露出して断裂している
シャフトに伸ばす。

掴もうとしたわけではない。
手をかざしたと言うのが正しい。

目をつむると
自身の血流に意識を向ける。

世界がへし折られたような感覚。

折れたシャフトがひとりでに繋がり、
元通りの機能を取り戻す。

「助かる!!」

魔法の気配を察し、何が行われたのかを
理解したルージュは振り向かずに言うと、
速やかに舵を切った。

回頭の慣性に引っ張られてへたり込み、
ローラはうわ言のように呟く。

「まだ、何をしてくるかわからない、
 今のは威嚇、なんて冗談のような
 こともあるかもしれない」

急な魔法行使、構築が雑になり、
不必要に血を消耗した。

ローラは脳貧血により
一時的に目の前が暗くなっている。

ローラの消耗に気付いたラニは
ようやく冷静な判断が
できるようになった。

みんな戦っている。

「……僕、他に修理できそうなところ
 修理してきます!」

滑るように操舵室を出ると、
梯子が消失していた。

近くにあった縄を結び合わせ、
即席の移動手段を確保する。

一方、カロンは機関室に近い
電探室で機械と格闘していた。

「ああくそ、これだから電探は
 意味わかんなくて嫌いなんだよ!」

今この戦闘状態で電探など
役に立たないが、破損を放置すれば
発火の原因となる。

それを防ぐために複雑な機械に
挑んでいる状況だ。

不意にカロンの頭の中に
ローラの声が届く。
魔法による念話。

『もう少し右だよ、カロン君。
 その配線を繋げるんだ』

『!?

 テレパスか! さんきゅー!
 ごちゃごちゃしてわかんなかった!』

霊視と念話の同時行使による支援。

カロンは乱暴に配線を繋ぎ直し、
電探を安全な状態に移行させる。

『っと、あとは燃素……!』

そのままの勢いで機関室へ走り込んだ。


もちろん、砲撃は続く。

ルージュの操船技術により致命傷を
避けながら、しかし確実に
破壊されゆくインペリアルフローレス。

カロンが弾け飛んだ機関の配管に
応急処置を施す。

「このままじゃジリ貧だな……。

 機関にはまだ余裕がある……。
 この揺れ方からして
 前のほうがやばいな」

ラニが衝撃で床を転がり、
震える足で立ち上がる。

「こ……怖い。怖い怖い怖い……」

そして穴だらけの操舵室。

「どうにもこうにも、
 いかんともしがたいね……」

ローラは座り込んだまま
霊視で砲撃の弾道を観ていた。
そうして、突然叫ぶ。

「ルージュ! 左だ!」

「ッ!! 信じるぞ!!」

回頭したことで砲弾は直撃せず
船体側面が削り取られる。

「まだ撃ってくるのか……!

 次は……右、いや、左……!?
 進路このまま!!

 弾幕の隙間を抜けられる
 可能性が……ある!!」

ローラの言葉に
ルージュがニカッと笑う。

「わーった!!!! まっすぐだな?

 死ぬ!!って時ほどな!!
 ヒトって死なねーんだよ!!」

伝声管を開く。
繋がっていれば御の字だ。

『全員!! 生きてるな!!
 返事はいい、ただ聞け

 どんな状況でも、あたしは諦めん。

 しがみつけ!! 無様に!!

 泥船に乗った気分で!
 嗤いやがれ!!!!!!』

ラニは壁にもたれかかり、
肩で息をしながら伝声管に耳を傾ける。

「笑えないですよ、船長……」

砲撃音、衝撃。あんまりな状況。
言葉とは裏腹に思わず笑ってしまう。

「ま、死ぬときゃ死ぬし
 死なないときは死なねーよ」

カロンは被弾箇所に走りながら
船内に響く声に答えた。

『アイ・マム!
 とりあえず下側は任せろ!
 上は任せた!』

『こちらラニ、了解しました!
 さっきは狼狽えてすみません!

 最後まで……!
 泥船にしがみついてみせます!』

簡易修理のために走り回るふたり。

「ははは、そうだった。
 命は船長に預けていたね。
 今さら騒ぐことではなかったよ」

よろよろと立ち上がるローラ。

あり得ない速度で移動する敵船は
それが故に小回りが効いていない。

遥か彼方で大きく弧を描き旋回。
再度の砲撃まで、
僅かだが時間が生まれる。

カロンが息せききって
通り抜けようとした通路に大穴。

強い風が通路に渦巻く。
カロンの小さく軽い身体が
風に押された。

「クッソ、安定しねえな……!」

不意にルージュの声が響く。

『カロン!! 特製の!!
 命綱だ!! 巻きつけろ!!』

伝声管から魔法の紙で
編まれた紐が飛び出す。

『……さんきゅ! 助かる!』

手早く巻き付けた紐と、
ついでとばかりに床に刺した秋津刀、
支えを得て身体が安定する。

これで簡易修理作業が可能だ。

操舵室のローラはルージュに
カロンの状況を伝えると走り出した。

「ラニ君を船長から
 頼まれていたんだった」

父母の手がかりより今生き延びること、
優先順位を胸に刻んだ少年は
応急修理に勤しんでいた。

そこへローラが駆けてくる。

「手伝おう、高い位置は任せたまえ」

魔法を使い高所の破損を修繕していく。

「ありがとうございます!
 低い位置は任せてください!
 えへへ……ちびでよかったです」

ローラの落ち着いた声に
ラニの心は奮い起こされた。


砲撃の第三波に備え応急処置を
進める乗員たち。

風を切り裂き、雲を生みながら
瞬く間に距離を殺す敵船。

その船首に取り付けられた
巨大な砲塔と思しきものに
不気味な、青い光が集まっている。

ルージュとローラの顔が青ざめる。
あそこで、大きく世界がへし折られ
悲鳴を上げている。

初めて見る兵器だが、魔法だ。

「時にラニ君。船と共に砕け散るのと
 私と二人で空にダイブするの
 どちらがいい?

 聞くまでもないとは思うけれど」

どちらを選んでも死ぬ。

「冗談……じゃなさそうですね」

引きつった笑みを浮かべるラニは
意外にも即答する。

「そ、空にダイブでお願いします!」

「おや、冗談のつもりだったんだが……

 そうかそうか、
 みんなで仲良く死ぬより
 私と心中したいのか」

くくくと笑いを噛み殺すローラ。

「だが、悪いが、この命は
 船長に預けてある。

 船長命令があるまで
 外には出られないね」

出来の悪いジョーク。

「あ、あはは……そうですよね……
 万に一つでも生き残れるかなって
 思ったけど……うん、そうですね」

ラニは目に涙を溜めている。

「死にたくないなぁ……
 悔しいなぁ、悔しいなぁ……」

カロンもまた、機関室で懊悩していた。

「地獄の川の渡し守の出番には
 まだ早いだろ……。

 せめてあいつらだけでも
 どうにか送り返せねえか……」

敵船主砲の光は、
その大きさと光量を増し続けている。
臨界は近い。

「魔法だと?! 術式は!?
 ほころびはァ!!! どこだァ!!」

本来であれば、総員退避を指示する瞬間。
ルージュは敵の砲塔を凝視していた。

「何か……! 何か……!!!」

手記を開き、血で筆記し、
計算に次ぐ計算、術式解読。

端から見れば、おかしな行動。
本人ですら、そう思っていた。

「クソ親父。
 かっこつけて、同じセリフ
 はいちまったがよォ……。

 クッソ重いんだな。
 命ってやつは……!!!」

不意に閃く起死回生の秘策。

「となると、待て。
 出力が足りない?
 だとすると……」

勢いよく手記を閉じて不敵に笑う。
伝声管を開け、努めて平静を
装った声を響かせる。

『よぉ、諸君。
 どうだ? あの世に片足
 踏み込んじまった気分は』

ローラには空元気に感じられた。

『ははは、まだ冗談を言う元気が
 あるようでなによりだよ』

カロンには
何か考えがあるように感じられた。

『最っ悪に決まってんだろ? 船長』

ラニには死の宣告に感じられた。

『もう……終わりなんですね。僕たち』

三者三様の応答。

『まだ。生きてるだろ?

 諦め? 後悔?

 まだ!!

 するには! 早いんだよ。
 いいかよく聞け。
 あたしには視えている。

 生き残る道がな!!

 足を止めるな! 手を動かせ!
 エンジン!! ぶっぱなすぞ!!

 お前らの命は!! あたしが!!
 預かった!!!』

ルージュの檄。

『了解したよ』

感情の消えたローラの返事。
半信半疑だ。

「……ははっ」

『アイ・マム!』

博打に乗ったカロンの返事。
勝利を信じている。

『船長は優しいんですね。
 でも、気休めはよしてください
 もう僕たちに打てる手なんて……』

諦めてしまったラニの返事。
心の火は消えようとしている。

ラニ君。
傍らのローラが静かに言う。

「ここで死ぬとしてだ、そうやって
 打ちひしがれたまま殺されるのと、
 抗って死にに行くのどちらがいい?

 立ちたまえ、死に際の顔は
 あの世まで引きずるぞ」

ローラのこの言葉は
死を容認した者の物言いだったが、
ラニの心に火を着けた。

「最後まで……抗いたいです。

 こんな顔でマキナさんに
 会うのは嫌です!」

ごしごしと目をこすり涙を拭う。

『ハッハッハ!!
 またひとつ、オトナになったな!』

操舵室に聞こえていたらしい。
そこへ機関室からカロンの声。

『足を止めるなってくらいだ。
 もちろん出力は全開だろ?

 即席だが今、この瞬間なら
 出せるくらいにはしてやった。

 あとは任せたぜ?
 ……ルージュ船長』

カロンの声と同時に敵船に集まる光が
臨界を迎え、溢れ出す。

漏れ出した光すらも編み込んで
死をもたらす青き光が放たれた。

『精々落ちるなよ、カロン』

「ったく。
 コレを使うことになろうとは。

 じゃぁな、インペリアルフローレス」

操舵輪のすぐ脇にある、スイッチを開く。
手のひらを自傷して血を注ぎ込み
魔法を構築していく。

「お前は二代に渡って、
 あたし達を支えたんだ。
 ……誇りに思えよ」

舵輪を優しく撫でた。

迫り来る光を前に
エンジンが爆音を鳴らす。

機関のスペックをまるで考えない
無茶な加速。

意識を失いかねない急加速。

インペリアルフローレス号は
船尾を光に削られながら
直撃を避けた。

船尾の機関室が光に分解されていく。
おそらく非常用バルーンも……。

殺人的加速の中、体の軽いカロンは
なんとか機関室から這い出る。

「あっぶね〜
 ……でもまあ、生きてる」

機関部を失った船は
もはや飛んではいない。

緩やかに高度を落としながら、
落下しているだけだ。

だが、奇跡か計算か、
落下先には目的地の塔がある。

『あ~、あ~、こちら元機関。

 ホブゴブリンもう
 だめっぽいからどうにかあとは
 着陸よろしく~!」

「ははは、見たまえ、
 都合よく塔に向かって落ちていくよ」

「着陸っていうか……
 確かに落下ですね、これ」

そう、墜落だ。
このままでは衝撃でぐしゃり。

『着地の瞬間に火炎放射器で逆噴射だ。
 それで勢いを殺せ』

無茶を言うルージュ。

『着陸の角度は任せろ。
 生き残るかは……

 全員の手にかかっていると思え?』

高度を落としながら、塔へと接近する
インペリアルフローレス号。

地面は、もう目前だ。

ローラが操舵室に駆け込む。

「船長、私も視よう、
 不時着と同時に激突して
 粉微塵では笑えないからね」

軽口を叩くローラに傷だらけの
手のひらを見せるルージュ。

「すまねーな。
 もう視る余裕もねーんだ。

 頼んだぞ、ローラ。
 視界外は任せる」

「まったく、
 野蛮な魔法の使い方をする」

ラニはほとんど落下するように縄を降り、
火炎放射器まで走る。

「すごい事思いつくなぁ、船長は……」

『こちらラニ! 火炎放射器の
 制御室まで着きました!
 噴射のタイミングは任せます!』

『よし……タイミングは一瞬だ。
 着陸の寸前。
 ぶっ放したら、すぐに退避しろ』

カウントダウン。
船首が少し上げられる。

『今だラニ!!!!』

思い切りレバーを引くラニ。

「インペリアルフローレス!!
 お前も最後まで……

 僕たちと抗うんだ!!」

逆噴射。迫る地面。
インペリアルフローレス号は
朽ちた塔へと……。

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