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空の果て、世界の真ん中 2-7

空の果て、世界の真ん中
第2話、約束は遥か遠く7


つまり、連中はよりにもよって
幽霊船で旅してるってことか!

無人塔で見つけた大昔の船だもんな、
そりゃワケアリ物件だろう。

聴衆は端からフィクションだと思って
聞いているので、そんなことありえない
などという野暮なことは言わない。

グラフトの連中、こんな噂になってる
なんて思ってもみないだろうな。
帰ってきたら仰天するんじゃないか。

笑い合う客たち。

敢えて荒唐無稽な噂をより合わせて
物語を作ったジーノ本人も当然、
事実だとは思っていない。

しかし、何かが引っ掛かる。
真実なのではないか。
そんな気持ちがどこかにある。

あり得ない。
これは自分の創作だ。

軽く頭を振って妙な気分を払うと、
兄に目で合図を送り、語りを再開した。


インペリアルフローレスグラフトは
一路フロンティアに向けて
航行を続けている。

運良く強い追い風に乗ることができた。

図書室にいたローラは
船の速度が上がっているのを感じ、
満足そうな顔で窓の外を見る。

この分なら物資が尽きる心配を
する必要は無いだろう。

「心に余裕があるのは良いことだ。
 できた余裕には
 知識を詰め込むに限るね」

実はローラ、借り受けた船に
物資を補給する際、

奪還したグラフトに積むべく
多くは無いが書籍を購入してきていた。

鼻歌交じりに技術書や図鑑を
空っぽの本棚に並べていく。

娯楽用もそのうち補充しよう、
何を買おう、と上機嫌だ。

「さて、まだまだ空きがあるね。
 シティに帰ったら、

 ギルドに預けてある
 私の蔵書も引き取ろうか」

順調に本棚を埋めていたが、
ふと一冊の本に意識が向く。

浮遊生物大全。
刊行から一年も経っていない
新しい図鑑だ。

「そういえば、浮遊生物に関する本は
 古いものしか読んだことがなかったね。
 新種なんかが載っているかもしれない」

片付けも忘れて読み始めた。

様々な浮遊生物。
ローラの知らなかったものも載っている。
面白さに任せて読書タイム。

読み進めていくと、
うさこぷたーの記述に差し掛かった。

うさこぷたーが幻の珍獣だった時代は
とうに過ぎている。

珍しいことに変わりは無いが、
ペットにしている者もいるほどだ、

新たに一匹捕まえたところで
生物学史に名を残すことなど
できはしない。

「なんということだ……。
 史上初の公式捕獲記録が……。
 生物学史に名を残す栄光が……」

頭がくらくらするのは
貧血のせいだろうか。

ため息をひとつ。
気分を切り替えて続きを読む。

うさこぷたーという生き物は
飛空艇と同じく、反作用で身体が
回転するのを防ぐために

2枚の耳を別々に回して
飛行する生き物である。

「うん?
 2枚の耳を別々に回して飛行……?」

暇な時間にじっくり観察した
シチューの特徴を思い返す。

シチューは2枚の耳を一本にまとめて
ねじりを利用する飛び方をしていた。

「シチューと飛び方が違う……。
 まさか新種では?
 新種なのでは!?

 ははは、これはもしかすると、
 もしかするかもしれないね!」

図書室に笑い声が木霊する。

一方その頃。

倉庫の修理をしていたルージュは
グラフトの自己再生能力のことで
頭を悩ませていた。

「……幽霊。
 しかも船を修理……か。
 良い奴、ではある………のか?」

ラニを信じると決めた以上、
何かがいる前提で考えている。
そいつは出てけと言ったそうだ。

「ん~……分からん」

ああでもない、こうでもない。
そうやって、口に出しながら
考えを煮詰めていく。

「とりあえず決まっているのは
 出て行ってなんかやらねー
 っつうことだな」

そんなことを呟いたあたりで
作業が完了する。

「……さて。
 解読でも進めるか」

手記を手に立ち上がると、
今はカロンに任せている
操舵室へ向かう。

ちなみに、グラフトの船内には
カロンのための踏み台が
あちこちに用意されている。

縄梯子を下ってラニの部屋の前を
通り過ぎようとした時、
不意に昨夜の言葉を思い出す。

――ぎゃー!? 吸血鬼ー!?

実は少し気にしていた。

恐れられるのには比較的慣れているが、
ラニからそこまで恐れられていたとは
正直ショックだ。

「教えてやらんといけねぇな~」

自分の鋭い八重歯にそっと触れる。

「吸血鬼は怖くないってな」

扉をノックしようと手を握ったところで
ラニの声を聞いて手を止める。

誰かと話しているのだろうか。

悪い笑顔を浮かべて扉に耳を寄せる。

「そこのグラス取ってくれる?」

「はい、いいよ」

よく考えてみればカロンもローラも
ここにはいないはずだ。

すぐ近くの図書室の扉が
半開きだったので覗いてみると
ローラが本を読み耽っているのが見えた。

ラニの部屋の扉に戻ると、
会話らしきものはまだ続いている。

「パンおかわり!」

スラムで育ったルージュはピンときた。
親を失った子供を多く見てきた。

受け入れがたい現実に
精神がまいってくると
子供は容易に幻覚を見る。

ラニも育ての親と死別して
そう経っていないはずだ。

そんな時に効果があるのは
見てくれている人がいると気付かせ
陰鬱を吹き飛ばすこと。

だからルージュはいつも、
子供たちに威勢よく声を掛けていた。
今回のように。

扉を勢いよく開けながら、
よぉ、と呼びかける。

ルージュの目に映ったのはラニひとり。
そして、スケッチブックが見開きで
机の上に立てられている。

左のページには男性の顔。
どことなくラニに似ている。

右のページには女性の顔。
どことなくラニに似ている。

「父さん、今度どこか遊びに連れて
 行って……わぁ!?」

ラニはルージュが入ってきたことに
気付くやいなや、すごい勢いで
スケッチブックを閉じて抱える。

「ごめんなさい。
 休憩終わったんで仕事に戻りますね」

ルージュが口を開く暇も与えず、
それだけ言うと急いで去っていった。

ルージュの手が、
待ってくれと言いたげに伸ばされるが、
行き場をなくして揺れる。

「……そうか。
 そりゃ、そうだよなァ」

伸ばした手を自分の頭に乗せ、
軽くかきむしる。

「……居なくなるのは辛い。
 よく、分かるさ。
 ……よくな。

 どうすっかな~」

良かれと思ってやったことが
裏目に出てしまった。

次になんと声を掛けようか。
どう言って元気付けようか。

解決策を考えあぐね、
眠れぬ時間を過ごすのだった。

空の旅は過酷なもの。
それを乗り切るには、
船員の結束が不可欠だ。

逆に言えば、たったひとつの
不協和音がベテランの探空士を
殺すことなど珍しくもない。

ルージュには、それがわかっていた。

翌日――

調子の悪そうな船長に代わり、
舵輪を握るローラはルージュの
疲れ切った顔を思い出していた。

「随分と寝不足な様子だったけれど……
 いつもの夜更かしとは
 雰囲気が違ったのが気になるね」

そもそもルージュは頑健だ。
ちょっとやそっとでは
体力を持っていかれることはない。

何かあったんだろうか。
そう思ってから、すぐに考え直す。

「そんなことを言ったら全員
 何かしら抱えていそうだけれども。

 まぁ、自分から話す気に
 なっていないことを無理に
 聞き出すつもりはないさ。

 長い旅だからね、
 いつか聞けるんじゃないかな。
 そんな気がしているよ」

ふと計器に目をやると、
風力計の針が大きく動いている。

周囲を霊視してみれば、
強い気流が発生している。
それも追い風だ。

「おっと、追い風に乗れそうだ。
 早く着くに越したことはないね、
 先を急ごうか」

どうにも、ローラが操舵していると、
偶発的な追い風の気流に
遭遇しやすいような気がする。

祖母の、
幸運のフローレスの加護だろうか。

ゴキゲンに舵輪を回し、
グラフトを風の流れに乗せた。

「フロンティアか……楽しみだね。
 聞くと見るとは大違い、何事も、ね」

気流は船足を速め、
フロンティアは刻一刻と近付く。
到着の時は近い。

本で読んだフロンティアの姿。
最上層が異様に広いその塔を
思い浮かべていたローラは

魔法で拡張された視界の端に
他の船の存在を認める。

定期巡回航路上、塔は間近。
他の飛空艇と遭遇しても
おかしくはない。

ただ、空賊は警戒すべきだ。
いつでも舵を切れるよう構えつつ、
急速に近付いてくる船を注視する。

突然の砲撃。

みるみるうちに近付く
見慣れない形状の船は
問答無用で砲撃を仕掛けてきた。

大慌てで舵輪を回して
すんでのところで砲弾を避ける。

伝声管を開いて敵襲を報せようと
するより先に、正体不明の船から
拡声器越しの笑い声が届いた。

『ハーッハッハッハ!!
 ついに見つけたでござるよ。

 盗人共め、おとなしく
 お縄に付くでござる!』

秋津洲訛り。
空賊にしては妙な口上。

誤解がありそうだと考えたローラは
対話を試みることにした。

『あー、あー、
 突然の砲撃いたみいります。

 どちらの作法か存じ上げませんが、
 我々の慣例ではそれは
 宣戦布告と同義となります。

 空賊として通報されたくなければ、
 所属と目的を述べていただきたい』

そう言う間に不明船は接近する。

『目的とは白々しい……』

ローラは我が目を疑った。
不明船の操舵室の窓が開き、
とうっ、という声と共に人影が飛び出る。

どんな身体能力をしていれば
そんなことが可能なのか、

飛び出した男は風圧にも負けずに
船首に降り立つ。

『我が名はアカツキ!』

直立している。
航行中の飛空艇の舳先に二本の足だけで
真っ直ぐ立っている。

『盗まれたものを取り返しに来ただけ、
 義は我にあり!』

秋津洲には厳しい修行の末に
様々な技能を身に着けた
忍者という超人がいるという。

『神妙にお縄につくでござるよ!』

明らかにおかしな相手に
流石のローラも困惑したが、
だからこそ平静を保とうと努める。

『盗まれたものと言いましたね?
 本艦は
 インペリアルフローレス・グラフト。

 つい先日盗まれ、
 我々本来の乗員が奪還したばかりです。

 誤解があるようですが、
 我々は犯罪者ではありません』

アカツキと名乗った男は頷く。

『なるほど。

 つまり、成敗しても良い
 ということでござるな!

 ならば問答無用!』

乾いた笑い声が操舵室に響いた。

「ははは……狂人じゃないか……!」

笑いながらも素早く計器類に目を通す。

『我らアカツキ軍団の力を
 存分に見せてやるでござる!』

『行くぞ!』

『我らアカツキ四天王!』

『ぜえ……ぜえ……しんど……』

窓からちらりと見ると、
船首の人影は4人に増えている。
服装と背格好は同じように見えた。

彼らは俊敏な動きで操舵室へと
戻っていく。

いや、ひとりだけ明らかに動きが悪く、
落ちそうになりながら戻っていった。

『総員戦闘配置!
 敵の意図不明!
 交渉は不能だ!!』

伝声管を通じて、グラフトの船内に
ローラの声が響く。

『だろうな!!!』

『あいよ~、聞こえてたぜ』

『ニンジャって
 本当にいたんですね!?』

様子を窺っていた仲間たちの返答。

カロンがどこか嬉しそうに言う。

『とりあえずケンカ売ってきたのは
 向こうだからな。ぎったぎたに
 していいってことだな!』

『なら、やるしかねーな?』

カロンとルージュのやる気に
ラニが頭を抱える。

『む、無茶苦茶だ……』

続いてルージュからの注文。

『ローラ。
 言われたままでいいのか?
 ばっちり決めろ。

 これからぶっ潰してやりますので
 その首洗って待っとけよってな』

『ふむ……野蛮な物言いだね。
 わかった、そう伝えよう』

拡声器のスイッチを再び入れる。

『交渉の席に着くおつもりが
 無いようですので、
 これより貴艦を排除いたします。

 それと、船長よりの伝言があります。

 その首、洗って待っておけよ。
 とのことです。では、のちほど』

舵輪をぐっと握り込む。
戦闘時の操舵は初めてだ。

『ハーッハッハッハ!
 いい啖呵でござる!
 悪役はそうでなくては!

 拙者、てんしょん
 上がってきたでござる!』

敵船の速度が上がる。

『先手必勝は戦の理。
 成仏するでござる!』

ふざけた言葉とは裏腹に、
アカツキの船は的確な操舵で
有利な間合いをとる。

「くっ、ああは言ったけれどね、
 この船の機関では速度が足りない」

さしものローラも表情に焦りを滲ませ、
そこにカロンの声が届く。

『一旦下げてから上げろ!
 緩急付けりゃ多少は狙いを外せる!』

パッチワークスのことを意識して
咄嗟に出たアドバイス。

『なるほど……!』

普段は決して見せないような
余裕の無い表情で操船に集中する。

アドバイスの通り、
速度に緩急をつける。

いくらか被弾したが致命打は避けた。

『いいぞ! 船長もギリ生きてる!』

生きているという言葉にギョッとし、
咄嗟に霊視を船内上部へと向ける。

魔法の紙で編んだロープで
体を括り付け、落下を避けた
ルージュの姿が見えた。

「こいつは……
 血を吸い尽くすほかないな」

間一髪、至近弾を避けたルージュは
ニヤリと笑っていた。

「これが戦闘中に
 舵を握るということか……!

 船内の様子を視る余裕なんて
 欠片も無いじゃないか!!」

操舵室に他に誰もいないのを
いいことに悪態をつくローラ。

再度砲弾が船体を削っていく。

『痛っー!!!』

操舵室に悲鳴が響く。

『お前、いい加減にしやがれです!
 免許持ってんですか!?
 降りろ! 今すぐ降りろです!!』

そんな怒りの声と共に、

操舵輪横の壁面から
見たこともない衣装をまとった
青い髪の少女が飛び出した。

二度見、いや三度見するローラ。

「ええい、今はそれどころではない!
 って、誰だねキミは!!
 免許ってなんのことだい!?」

『私が誰かなんてどうでも良いです!
 このヘッタクソ!
 とっとと降りろです!』

食って掛かる少女。
冷静さを欠いているローラは
感情的に言い返す。

「馬鹿を言うんじゃない、
 空の上で降りろなど、
 死ねと同じ意味ではないか!

 下手だ下手だと言うが、
 キミならなんとかなる
 とでも言うのか!

 状況を考えろ!」

『お前に任せて死ぬぐらいだったら、
 私が自分でやって死んだ方が
 マシなのです!

 あんなヘナチョコ砲弾も
 避けれない奴は
 とっとと退くのです!』

「だから何を――」

頭に血が上っていたせいで
気付くのが遅れた。

連中4人以外に船内に誰かいるとしたら、
グラフトを盗んだ相手しかいない。

そして、先日の奪還作戦で
そいつは何をしたか。
ローラはそれを思い出した。

「ははははは、いいだろう、
 やってみたまえ」

伝声管の蓋をそっと開けると、
操舵輪の前から一歩引く。

『ほほう、いい心掛けなのです。
 なら、そこで黙って
 見てると良いです!

 この私の本気を!!』

ガコンッと、何かが切り替わるような
重たい音が鳴る。

パッチワークスエンジンの振動が、
音が変わった。

「見せてもらおうじゃないか。
 キミがあの賊から
 逃げられるかどうかを」

グラフトが加速する。
あの時のように。

『ふふん、お前、
 なかなかわかってるです。
 お前は舎弟にしてやるです』

「おお、やはり機関の速度が
 変わったようだね、
 キミがやったのかい?

 魔法ではなさそうだけれども」

船内の仲間に状況が伝わるよう、
声を張り上げ説明的に問いかける。

『知らんです。
 お前は、自分が本気で走る時、

 どうやってるか
 自覚してるんですか?
 つまりそういうことです』

「ほほう、自分とはまるで、
 この船自身のことのように語るね。

 それで?
 避けるなり逃げるなり
 できるんだろうね?

 もちろん、あれだけ
 大言壮語を吐いたんだ」

ローラの中で
ある程度の確信が生まれる。

『逃げる?
 バカ言うんじゃ無いです!

 この私の玉のお肌に
 傷を付けてくれやがった連中に
 目にもの見せてやるのです!!

 いざ、突撃です!』

グラフトは急速旋回し、
敵船の頭を抑える。

『な……動きが変わったでござる!?』

アカツキは拡声器を
切り忘れているようだ。
会話が筒抜けになっている。

『ええい、小癪な!』

『急ぐでござるよ、拙者!
 もう一発でござる!』

『ぜぇ……ぜぇ……無理でござるぅ。
 死んでしまうでござるぅ……』

かくして、謎の少女の登場により
インペリアルフローレスグラフトは
高速船並の足を手に入れた。

「次から次に一体なんなのさ!?」

ラニの悲鳴のような声が響き渡る。

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