見出し画像

空の果て、世界の真ん中 2-1

空の果て、世界の真ん中
第2話、約束は遥か遠く1


立ち込めるのはふたつの煙。

肉を焼く煙にいぶされながら安酒をあおり、
歓談しながら紫煙をくゆらせる人々。

ここはシティ中層のありふれたパブ。
喧騒が煙と共に充満している。

近頃この界隈では『始まりの船』と
呼ばれ物語が流行している。

ブーン兄弟という売れない役者と
戯曲作家が語る朗読劇だ。

それはインペリアルフローレス号の連中、
そう呼ばれる探空士たちの武勇伝。

空の果てを目指して集った頭のイカれた
4人組の荒唐無稽な物語である。

ジーノ・ブーンによって脚色され
広められたこの話を事実だと
思っている者は純粋な子供だけだろう。

だが、事実は小説よりも奇なり。
ジーノもまさか、自分の語っていることが
ほぼ真実だとは思いもよるまい。

そして――
先日、フロンティアからやってきた
探空士たちが妙な噂を持ち込んだ。

普通なら聞き流されるような話だが、
それはインペリアルフローレス号の連中の
最新の冒険譚だった。

要領を得ない断片的な与太話。
『始まりの船』を知る者たちは
食い付いたが、部分部分しかわからない。

今も店内の客の多くは
あれこれと憶測を披露しているが
噂の断片はどうにもうまく繋がらない。

不意にパブの扉が開いて外気が吹き込む。
新しい客の来店。

ブーン兄弟だ!
歓声が店内に広がる。

噂はジーノの耳にも入っているはずだ。
もしかしたら新作を
引っ提げてきたかもしれない。

客たちの期待が高まる。
兄マリオも弟ジーノも肌でそれを感じた。

自信ありげな顔で
ジーノが笑みを浮かべる。

お待たせしました。
『約束は遥か遠く』開幕です。


「さて、ギルドに来たはいいけれど、
 彼女とはどうやって
 落ち合えばいいだろうね」

航空ギルドの一角で高級茶葉を
楽しみながらローラは言う。

大冒険から帰還した彼女たちは
昨晩大いに飲み食いし、
心ゆくまで睡眠をとった。

そろそろお昼という時間の今、
ゆったりとくつろいでいる。

「そういえば僕たちって……
 レイラズさんがどこに住んでるとか、

 そういうこと、
 なんにも知らないですもんね」

新鮮な牛乳を温めたものを
嬉しそうに飲んでいるラニは
生きている喜びを実感していた。

「聞きたいことは山ほどあるんだ。
 来てもらわねーと困る」

対してルージュは少し
カリカリしているようだ。

机に肘を載せ、組んだ手の甲に
顔を当てた姿勢で、
気になる……気になる……と呟く。

そこにどこかへ行っていた
カロンが合流する。

「よーっす。
 って船長なんだそれ新しい遊びか?」

「だめじゃないですかカロンさん。
 船長が考えてるぞ~
 って感じの時に邪魔しちゃ」

お構いなしにカロンは言葉を続ける。

「つーかなんかここに来るまで
 随分騒がしかったんだけど
 なんかやったのか?」

ご存知の通りこの日の前の晩、
港で事件が起こっていたが、
この4人はまだ知らずにいる。

「そういえば騒々しかったね、
 火事でもあったのかな?」

対岸の火事とばかりに呑気なものだ。

「そういえばなんか
 騒がしかったですね。

 もしかしてお祭りとか、結婚式とか、
 良い事でもあったんですかね」

幸せ満喫中のラニはニコニコしている。

「ああ、爆発がどーたら
 とか聞こえたな、そういや」

カロンも他人事だ。

「……物騒な」

ルージュが眉をひそめ、
ラニが嫌そうな顔をする。

「爆発!?
 もうそういうの
 こりごりなんですけど……」

「おや、どこぞのマッドな技師が
 何かやらかしたかな」

あまり興味なさそうにそう言って、
ローラは紅茶を味わう。

昨日までの大冒険から解放された
彼女たちは油断しきっている。

そこにギルド職員の女性が
何やら重そうな麻袋を持って
近付いてきた。

「皆さんは、
 インペリアルフローレス号の
 船員の方たちですよね?」

「いかにも」

確認をとる職員にルージュは
上機嫌で返事をする。

「なんだ、ご指名か?
 そりゃそうだよな~」

昨夜は飲み食いをしながら
武勇伝を吹聴していた。

それを聞きつけて早くも仕事の依頼が
舞い込んだと思ったのだろう。

「いえ……
 全くそういうのはありませんね」

爽やかに否定する職員に
ローラが得意げに言う。

「インペリアルフローレス――
 グラフトさ」

わざわざ船名を訂正する。
ラニも嬉しそうに重ねた。

「はい! インペリアルフローレス
 『グラフト』です!」

「おや、乗り換えられたんですか?
 それはおめでとうございます。
 登録を変えておきますね」

事務的にメモをとる職員。

「んで、依頼じゃないってんなら
 何の用~?」

カロンが軽いノリで用件を聞くも
ラニは目をキラキラさせて言葉を続ける。

「あの船、僕たちが作ったんですよ!」

職員はその言葉を聞き流しながら
足元の麻袋を持ち上げ
テーブルの上に乗せる。

重い音がした。

「乗り換えたというか、必要に迫られて
 大改造を行ったというか
 ……うん? これは?」

「なんだこれ?」

「わ、すみません!
 わざわざ置いてもらって。
 何でしょう、これ……?」

麻袋に心当たりが無く首をかしげる3人に
ルージュが笑顔で言い放つ。

「……決まってるだろ?
 金だ! 報酬だ!」

「あ、なるほど! 報酬!
 僕たち、依頼を達成しましたものね!」

わっと顔に期待の色を浮かべるラニ。

「ふむ……
 まさか顔を出さないつもりかい?

 聞きたいことは
 山ほどあるというのに」

レイラズに会えなさそうだと知り
ローラは片眉をつり上げる。

そんな面々に職員は事務的に伝える。

「中身は解りかねますが
 レイラズというフローレスの方からの
 お預かりものですね。

 皆さんが戻られたら渡すように
 言付かっておりました」

「解りかねる……?」

怪訝な顔をするルージュを無視して
カロンは袋に手を掛けた。

「ま、よくわかんねえけど
 開けりゃ中身も分かるだろ!」

無造作に袋の口を大きく開くと、
そこから漏れ出たのは
目も眩むような黄金の輝き。

陽光に照らされて煌めくそれは
大量の金貨だった。

「ひゅぅ、すげえなこりゃ」

ニカッとカロンの顔がほころんだ。
ローラはため息をひとつつく。

「本来ならこのぐらい、いざとなれば
 用立てることができる立場……
 だったはずだというのにね……私は」

カロンは偽物ではないか確認するため
一枚取り出してしげしげと見る。

紛れもない金貨だ。

「わぁ…! すごい……!
 これだけあれば、いくらでも
 パンの耳買えますね!」

「パンの耳じゃねぇ。

 一軒家! うめーコース料理!!
 なんでも手に入る!!」

「嬉しいなぁ……お腹いっぱい
 食べれるんですね、船長!」

目を輝かせるラニ。

両手を広げて
喜びをあらわにするルージュ。

金貨の重みを手で感じ、
表情の緩むカロン。

「あ、じゃあ飛行機!!
 飛行機載せようぜ! 船に!!」

「飛行機…? 僕たちの船に
 飛行機まで載せたら……うわぁ……
 すごく素敵ですね、それ!」

ラニは涙ぐむほど嬉しそうだ。

一方ローラは醒めた目をしている。

「運用は計画的にね。そのぐらいの
 金額、使ってしまおうと思えば
 あっという間だ」

「え……?」

信じられないという視線を
ルージュは向ける。

「でも、飛行機という線はありだね。
 グラフトには格納庫があった。
 ただの倉庫にするのはもったいない」

自分の家が没落したローラの
金銭感覚は意外とシビアだ。

あまりの金額に狼狽する職員。

「な、なんですか、この額……
 違法行為とかしてないですよね……?」

普通、これほどの金額になれば
現金ではなく約束手形で済ます。

そもそも、こんな無造作に袋詰めして
何も言わずに預けるのも不用心だ。

だが、浮世離れしたレイラズなら
やりそうなことではある。

「グラフトでまた飛ぶために、
 いろいろ買わなくちゃですね!
 食料とか水とか飛行機とか……」

「もちろん酒もな!
 いい酒買ってくれるって話だろ?」

「ああ、隠れた名酒蔵を当たってみよう」

興奮した様子のラニに
ニコニコ顔のカロン。

ローラも吝嗇家を
気取るわけではなさそうだ。

「うーん………そうだな。
 まずは、グラフトを
 ちゃんと整備してやんねーとな。

 未知の機関を抱えてやがる。
 いつガタが来てもおかしくはない……」

意外と真面目に
使い途を考えていたルージュ。

「そうだね、船体の補修は必須だろう。
 布張りの箇所だけでもどうにかしたい」

「グラフトをもっと
 キレイにしてあげたいですものね」

「機関ももうちょい
 手を入れてやりてーよな。

 さすがに素人が無理やり繋げた機関に
 ずっと、てのはこえーし」

前途洋々、目の前の金の使い途に
思いを巡らせる面々。

幸せなひと時だ。

「あ……ああ、それと……」

驚きのあまり黙ってしまっていた
職員が封筒を取り出す。

手紙のようだ。

「一緒にお預かりしていたものです」

「よかったぁ。手紙を残してくれた
 ってことは、直接会えない何か
 事情があったんですね、きっと」

「はは、少しは説明
 してくれているといいね」

ルージュが封筒を受け取る。

あまり読み書きの得意ではない
カロンは、へぇ、とだけ言って
覗き込もうとはしない。

「……すまねーが、
 個室を貸してくれるか?」

ルージュが言っているのは
商談に使われる
施錠可能な個室のことだ。

「構いませんが……本当に
 違法行為じゃないですよね?」

念を押すギルド職員。

「もう!
 きちんと仕事しただけですよ!」

「そうそ。せーとーな報酬ってやつだよ」

「私たちの言が信用できないのなら、
 レイラズからも聞くといいと思うよ」

「この職は信頼によって成り立つもんだ。
 自ら足場を崩すような事はしねーさ」

職員は戸惑いながらも同意し、
個室の鍵を取りに戻る。

そして、さっと帰ってくると
すんなりルージュに鍵を手渡した。

「感謝する。んじゃ、いくぞ」 

ルージュが立ち上がる。

「ありがとうございます!
 お部屋お借りしますね!」

立ち上がってお辞儀をしたラニ。

「さて、何が書いてあるかな?
 また、はぐらかすような内容
 のような気もするけれどね」

期待していない顔のローラ。

「さあてね、まあちゃんと報酬が
 支払われてるんだから
 オレはそれでいいけど!」

金貨で満たされた麻袋を
大切そうに抱えて席を立つカロン。

そうして、4人は個室へ移動した。

開くぞと言ってルージュが
備え付けのペーパーナイフを手に取る。

上等な紙。
やや独特の癖があるものの美しい筆跡。

香が焚かれているのか、
紙を広げると微かに甘い薫りが漂った。

ローラが覗き込む。

ルージュは一瞬迷ったが、
全員に内容を伝えるため
ローラに音読させることにした。

『この手紙を読まれているということは
 あの塔から無事に戻られたのでしょう。
 まずは皆様の無事のご帰還に祝福を。

 きっと、聞きたい事、知りたい事が
 数多くあることでしょう。

 ですが、どうかその答えは
 ご自身の目で。

 皆さんの旅路の途中に、
 それは必ずあるのですから。

 あの子はきっと、
 その助けになってくれるはずです。

 書面で別れを告げる無礼をお許し下さい。
 何時の日か、また、
 空の果てでお会いしましょう』

そして、文末に追記。

『お土産話、楽しみにしておりますね』

「この様子だと、空の果てというのは
 未踏地などではなさそうだね。
 私としては少し残念だよ」

空の果てで待っている。
そうレイラズは言ってきている。

「……ったく。
 こんな事だろうと思ったんだ。

 いつだってそうだ。重要な情報は
 すぐ近くにあるように見えて……
 遠ざかりやがる……」

ルージュは頭を抱えて身悶える。

「また御大層なこって……」

「あはは、レイラズさんにも
 きっと事情があるんですよ。

 それにほら、いつかきっと
 会えるみたいですよ。

 空の果てでお会いしましょうって
 書かれてますし。

 でも……空の果てってそんなに
 簡単に行けるのかなぁ?」

最終目的地である空の果てに
思いを馳せるラニ。

そこにカロンが疑問を差し挟む。

「つーかさあ……あの子って誰?」

ラニは思わずガタッと立ち上がる。

「あ、それ僕も思いました!」

疑問に思っていなかったローラ。

「うん? グラフトの元になった船
 のことを指してるのではないかい?」

考え込んでいたルージュが口を開く。

「……あぁ? ……なるほど?」

「あ、なるほど!
 早とちりしちゃいました僕」

えへへと笑いながら座り直すラニ。

「ちっとばかしズレてるからな、
 レイラズは」

ルージュは納得したようだが
カロンは釈然としないものがあるようだ。

「……ま、ならいいけど」

さて、とルージュが仕切り直す。

「……整理しよう。
 レイラズは、あの場所を知っていた。

 あの子、つまり。
 あの、飛空艇の存在を知っていた……
 という事だ。

 さらには、起動方法も
 知っていたんじゃないか?

 …っと、なると、
 聞きたいことがある。ローラ」

名前を呼ぶなり返答があった。

「なんだい? 言っておくけれど、
 この石は元々私個人の
 所有だったというわけではないよ?」

つまり、ローラが持っていたのは偶然。

「なんかこう……由来。
 その元出のような情報は……
 あるのか?」

その時、扉の向こうから
ギルド職員の大きな声が聞こえてくる。

「ちょ、ちょっと
 待ってください、今は!」

対するはがなりたてる野太い男の声。

「悠長な事言ってる場合じゃ
 ねえんだよ!」

ものすごい剣幕だ。

「うちに船を預けた連中は、
 ここだな!!」

衝撃。鍵が弾け飛ぶ。
この部屋の扉が破られた。
凄い膂力だ。

大柄な男性が飛び込んでくる。
カロンはすでに立ち上がり
秋津刀に手をかけている。

ラニは驚いて椅子から転げ落ちた。

「ずいぶんと乱暴だね、
 うちの船長でもそこまでではないよ」

血相を変えて飛び込んできた男は
よく見れば彼女たちが船を預けた
修理ドックの親方だった。

「お、昨日のおっちゃんじゃん。
 もう修理終わったのか~?」

「どうゆう事だ?
 随分と早い仕事だな!」

カロンもルージュも笑っているが
獰猛な、威嚇の笑みだ。

突然の険しい顔の闖入者。
それも鍵を破壊してまで入ってきた。
目的は何か。

「……すまん!!!」

親方は額がテーブルに
ぶつかりそうな勢いで頭を下げた。

「お、親方!?
 ど、どうしたんですか!?」

椅子から落ちた格好のまま
目を丸くしているラニ。

「……船の備品でも壊したか?」

もっと悪い予感がしつつカロンは尋ねた。

親方が呻くように何かを言う。
しかし、声が小さくて聞こえない。

「すまない、よく聞こえない」

絶対にろくでもないことが起こっている。
ローラは渋面を作って
再度言うよう促した。

「盗まれたんだよ!
 あんた達から預かった船を!」

「えぇーーーーー!?」

ラニの声が響く中、他の3人は絶句。

「本当に、すまねえ……!
 警備体制は万全なはずだったんだ……。

 だけどよ、
 どんな手段を使ったのか知らねえが、
 賊が侵入しやがったらしい……」

声を絞り出すように親方はそう言った。

「夜中、あんたらの船に乗り込んで
 ドッグの隔壁を砲撃でぶち破って
 逃走しやがった……。

 なぁ、あんたら、
 アレをどこで手に入れた?

 というか、ありゃ、何だ?」

即答できない探空士たち。

「……ローラ。その魔法石。
 肌身離さず、持っていたよな……」

そっと隣に移動して囁くルージュ。

「ああ、仮にあんな知られざる
 力が無くたって手放しはしないさ」

「なら……。
 ますますわからねぇ……」

その間、カロンは秋津刀に手を掛け
親方を脅していた。

「すまねえで済んだら、
 空軍はいらねえよな?」

ローラとの話を終えたルージュが
そちらに加わる。

「親方、落ち着け。
 なに、命までは取りはしないさ」

凄んでみせるが親方はもう破れかぶれだ。

「落ち着けるかよ!
 ありゃ、貴重品なんて
 生易しい代物じゃねえぞ!

 少し調べただけで異常だらけだ!

 特になんだ、あの黒い外壁の金属は!
 あんなもん、見たことも
 聞いたこともねえぞ。

 あんたらが、アレをどこで
 手に入れたのか知らねえが……

 錬金術ギルドにでも持ち込みゃ、
 一生遊んで暮らせるだろう、
 宝の船だぞ!?」

そこまでまくし立て、
悔しそうに下を向く。

「くそ……解っちゃいたのに……
 俺の命で多少なりとも気が晴れるなら、
 持っていってくれ!」

潔い態度にふたりとも少し毒気が抜ける。

「一晩でそこまでわかるとは流石だね」

ローラが眉間にシワを寄せ口元を歪める。

「しかし、そうなると、
 他にも価値に気付いた者がいても
 おかしくはない、か」

外見はツギハギのオンボロ船。
盗まれるなど思ってもみなかった。

「親方、いくつか、きいてもいいか?」

「あ、ああ、何でも聞いてくれ……」

ルージュが確認する。

「ひとつ。
 船を引きずった跡はあったか?」

「ねえな」

「……最初から質問が頓挫しやがった」

ルージュが黙ってしまう。

「せ、船長! ファイトです!」

ラニの声援を受けてまた考え込む。

カロンは刀から手を離さないまま
無言の圧力を掛けている。

「私からもいいかな?」

ローラが尋ねる。

「親方の把握している人員以外の出入りは
 無かった、賊は完全に外部の者、
 ということでいいかな?」

「ああ、間違いねえ。
 船も預かった時に検分してる。

 誰かが最初から乗り込んでた、
 なんてこともあり得ねえ」

ふむ、と言って頬杖を突くローラ。

「船を動かすには曳航するか飛ばすか、
 ふたつにひとつだ。

 引きずった跡が無いなら、
 乗員が必要だ。

 賊は複数名。
 ドックの警備を欺いて侵入した、と」

ルージュが口を挟む。

「いやしかし……あり得ん……
 あり得ないぞ………」

親方が苦虫を噛み潰したような顔をする。

「あり得ねえ話なんだ……だけど、
 そうとしか考えられねえ」

だが……。

「……ローラ。それでもダメだ。
 たとえ、掻い潜ったとしよう、警備を」

視線がザカリオンの転移石に向けられる。

「……どうやって、起動させたんだ?」

ラニが、あっと気付く。

頬杖を突いたままローラが応えた。

「他にも鍵にできるものがある可能性を
 考えていたけれど……
 確かにまったく現実的ではないね。

 あの船は、これが無ければ動かない」

片手で転移石に触れる。

「それは断言できる。
 預ける時に確認したからね。

 はは、勝手に飛んでくなんて
 馬鹿なことがあるわけないしね」

考えるのをやめて冗談を飛ばす。

「ははは………そんなな? ははは!」

笑い出すルージュだが、
ラニはまだ可能性を探る。

「でも……やっぱりおかしいですよ。
 預けて一晩で盗られちゃうって。

 だってそれって……

 最初から僕たちの船に
 狙いをつけてたってことですし……

 それもすごく詳しい、えっと泥棒が」

それをカロンが打ち切った。

「……ま、今は、どうやって、どうして
 盗んだかを話しても仕方ないだろ。
 現に今あの船は盗まれてる。

 気にするべきはグラフトは今
 どこにある? だ」

「ああ、その通り。どこへ行ったか、
 目撃情報を当たろう」

頭を切り替えた面々に対して
親方がバッと顔を上げる。

「それはこっちで調査済みだ」

「……早いな」

意外そうな顔のルージュ。

「空軍に真っ先に届けたからな。

 どうやら盗んだ野郎は
 フロンティアまで定期船巡回航路から
 外れて飛んでるらしい。

 遠からず、空軍も
 補足するとは思うんだが……
 最近の連中は、どうにも頼りねえ。

 信頼しきれるかも解らねえし、
 船が無事で戻ってくる保証も出来ねえ、

 “血染め”が居た時は
 こんな事なかったんだがよ……」

話は逸れているが、ラニは
不穏な二つ名が気になってしまった。

「血染め?って誰ですか?」

ローラが答える。

「詳しいわけじゃないけれど、
 空軍のエースオブエースだよ。

 名門の出だから社交界でも
 よく名前が挙がっていたね。

 まぁ、私はたぶん面識が無いし
 興味も無かったけれど」

「エースオブエース!
 すっごくカッコいいですねそれ!
 あ、でももういないんですね……」

目をキラキラさせたかと思うと
すぐさまシュンとした。

「ああ、行方不明で未帰還という扱いだ。
 死んだという判断だね」

「その人がいたらきっとすぐグラフトも
 取り返してくれたんでしょうけどね……
 ムムム……。

 教えてくれてありがとうございます、
 ローラさん!」

一方、そんな話をしている場合じゃない
と言わんばかりに不機嫌な船長。

「……どっかのエースかなんか知らんが。

 あたしらは、そんな奴らに
 頼らなきゃいけないほど
 腰抜けだったのか?」

「そんなこと……そんなことありません!
 僕たちだってすごい経験を
 積んだんですし、

 やってやれないことないですよ!
 ルージュ船長!」

いつの間にか構えを解いているカロン。

「ま、いないやつのこと
 話したところで話は進まねえな」

「はは、空軍任せにする気なんて
 無いさ、元からね。

 グラフトを悪く言いたくはないが、
 あの不安定な機関は速度は出せない。

 船さえあれば私たちでも追える、
 そう言いたいんだろう? 船長」

ルージュは不機嫌だった表情を捨てて
ニカッと笑うと不敵に宣言した。

「……必ず出し抜く。

 幸いにして、資金はここにある。
 親方!! 命はいったん取っておけ!

 代わりと言っちゃなんだが
 動かせる船、貸してくれるよな?」

再び脅すような笑顔。

「……良いのか?
 こう言っちゃなんだが、

 俺たちの不手際に、あんたらを
 巻き込む事になっちまうが……」

遮るようにカロンが言った。

「あいにくと、手に入れたお宝を
 横からかっさらわれて、
 はいそうですかお願いします、

 なんてお行儀いい性格で
 トレジャーハンターなんか
 やってねえの」

親方は頷く。

「……解った!!
 なら、すまねえが、
 あんたらに任せる事にする!!

 金は当然要らねえ!
 こっちの不手際だ!

 ドッグに、廃棄予定の
 古い飛空艇が1隻ある。

 そいつを持ってってくれ、
 普通に飛ぶ分には
 まだ耐えられるはずだ。

 返す必要はねえ、
 乗り捨ててくれて構わん」

それと、と言葉を継ぐ。

「詫び代になるか解らねえが……
 そいつに乗ってる、
 古い飛行機がひとつあるんだ。

 そいつも好きに使ってくれ。

 とはいえ、格納庫は
 ぶっ壊れちまってるから、
 発着は出来ねえが……」

「飛行機! いいねえ!」

欲しがっていたものだ。
カロンもニッと笑う。

「ふむ……足が手に入ったなら
 追うだけだね、あとは」

「急いで出発すれば
 きっと追いつけますよね!」

丸く収まったことにホッとしたラニは
自分たちの船を取り戻すため
密かに闘志を燃やす。

そして、ルージュが宣言した。

「……これより!

 グラフトを!

 奪還する!!

 お前ら! 一刻を争え! 行くぞ!」

「ああ、最速で物資を買い付けてこよう」

そう言ってローラは麻袋から
じゃらっと金貨を掴むと
部屋を出て行った。

「生活必需品、
 リストアップして手配しておきます!」

ラニも駆け出した。

「あいよ、
 じゃあ先に船の整備しておくわ」

カロンはドックへと向かう。

「親方。操作、動力、機関に関して、
 知りうるすべてを教えろ。

 あたしが、最高速度ってやつを
 引き出してやれるよーにな」

かくして探空士たちは動き出す。
奪われた翼を取り戻すため。

舞台は、再び空へ――

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?