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空の果て、世界の真ん中 1-1

空の果て、世界の真ん中
第1話、始まりの船1


立ち込めるのはふたつの煙。

肉を焼く煙にいぶされながら安酒をあおり、
談笑しながら紫煙をくゆらせる人々。

ここはシティ中層のありふれたパブ。
喧騒が煙と共に充満している。

そんな空間に新鮮な空気が吹き込んだ。
新しい客の来店だ。

入口付近の者たちが目を向け、
おおっとどよめきの声を上げる。

何事かと店中の客が開いた扉に視線を注ぐ。
そこには冴えない風貌の男がふたり。

ブーン兄弟が来たぞ!
誰かが声を上げると店内に歓声が広がる。

店の中央に陣取っていた一組の客が
いそいそと席を空け移動する。

やあやあ、どうもどうもと兄弟は進み、
どっかりと特等席に腰掛けた。

兄の名はマリオ・ブーン。
背の低い売れない役者だ。

弟の名はジーノ・ブーン。
背の高い売れない戯曲作家だ。

劇場でこそ人気の無いふたりだが、
パブを訪れればこの対応。
皆がこぞって酒をおごる。

マリオは声色を変えるのが上手く、
声だけなら演技力は抜群だ。

ジーノは脚色が得意で知識も豊富だが、
独創性と構成力に難ありだ。

これから始まるのは兄弟が新たに始めた試み。
探空士たちの武勇伝語りである。

ジーノは聞きかじった話を巧みに脚色し、
まるで見てきたかのように他人の冒険を語る。

弟の作った台本を読み上げるマリオの声は、
臨場感たっぷりにその場面を再現する。

今宵語るは先日話題になったばかりの
インペリアルフローレス号の連中の冒険譚。

ジーノの口上に、待ってましたと歓声が上がる。

そして――さっきまでの喧騒が嘘のように
店内を沈黙が支配する。

兄弟が語り始めるのを待っているのだ。


「……んで。『空の果て』とやらは
 このメンツで間違いないワケ?」

悪戯を楽しむような口調で
最初に切り出したのはリットラの少女だ。

腰には立派な秋津刀。
なんせリットラだから身の丈ほどもある。

「僕も空の果てを目指すって一文に
 惹かれてきた口なんですけど……。

 誰があの張り紙を書いたんでしょうか?」

こくこくと頷くのは純朴そうな少年。
空のように青い髪がさらさらと揺れる。

そわそわと落ち着かない様子ながらも
興味津々の瞳でリットラの秋津刀を見ている。

「おかしいね、『空の果て』を目指すなんて
 素晴らしい募集、大所帯になると思ったのに
 3人しかいないなんて。

 しかも、募集を出した本人がまだいない、
 そういうことでいいかな?」

疑問を投げかけたのはお貴族様らしい服を着た
アンティークの女性……発育は悪い。

髪の毛も雑に絡まっている。
お貴族様らしからぬ身だしなみだ。

「そ、そうみたいですね……」

「ま、アンタらどっちも依頼人じゃないなら
 そうなんじゃない?」

なんだか申し訳無さそうな少年と
肩をすくめて苦笑する少女。

その時! 扉が勢い良く開いて奴が来た!

「よぉ! 命知らず共!」

凶悪な笑顔を浮かべた女、
いかにもスラム育ちの風体だ。
やたらと背が高い。

そいつは手に持っていたジョッキを
勢いよくテーブルに叩き付けた。
中にエールが入っているにも関わらずだ!

「は、はい!」

かわいそうに少年は硬直して謎の返事。

「騒がしいのが来たな……」

世慣れた雰囲気のリットラも面食らっている。

「ははは、同族のようだけど、
 随分と雰囲気のある人がきたね」

意に介さずお貴族様は笑う。
同族。そう、このけたたましく現れた女、
イメージに反してアンティークだ。

「おじい様を思い出すよ、いいじゃないか」

ニヤニヤ笑うお貴族様に
少年は若干困惑の目を向けた。

だが、あからさまに困惑したのは
入ってきた女の方だ。

「張り紙を見て集まったって事で、
 合ってる……か?」

小さな少女……これはリットラだからわかる。
場違いな高級服の女、これもまだいい。
頼りなげな少年、こいつぁ不安だ。

「合ってるよ~。あんたが依頼人?」

少女は手をひらひらさせてそう言う。
女の不安を見抜いているのだろう。

少年は目の前の大女の困惑が
何によるものか分からず首をかしげる。

対してお貴族様はというと……。

「ああ、わかるよ、人数が少なくて
 困惑しているんだね。
 私も不思議に思っていたところだよ」

少しずれていた。

女はため息をつくのを自制して
さっと席に座ると意識を切り替える。

「いかにも。
 あたし、ルージュが依頼した本人さ」

少女の疑問に応え、お貴族様に話を合わせる。

「このギルドに入りきらねーっ
 と思っていたが……収まったな!」

ここで解説しておこう。

このルージュというアンティーク、
『空の果てを目指す者よ集え』などという
頭のイカれた依頼文を出していた。

説明は不要だろう。
つまるところ登場人物全員イカれているんだ。

「てっきり、選抜のために面接やら
 実技試験やらがあると思っていたからね、
 拍子抜けだ」

お貴族様は頭のおかしい募集文に
応募が殺到すると思っていたらしい。

「ま、オレは面倒がないならそれでいいや」

リットラの少女は適当に合わせるが、
少年は真に受けた。

「でも……逆に良かったです。

 試験とかあったら絶対子供の僕、
 落とされちゃうし……」

ルージュは少年の憂いを笑い飛ばす。

「なに、大事なのは心意気だ、少年。

 さーてと? 早速自己紹介と行こうか」

ニッと笑って集まった3人を順に見ると、
懐から紙を取り出しながら改めて名乗る。

「あたしはルージュ。

 ちと生まれが特殊だ。
 似たやつがいて大層びっくりしている」

探空士になるアンティークは珍しい。
あいつらは基本的に引きこもりだからな。

そんな変わり者のルージュは
大胆にも血の入った小瓶を見せつけると、
そこから一滴、紙に垂らしてみせた。

するとどうだろう!
紙はふわりと宙に浮き、
鷹の姿になってルージュの肩に止まった。

「すごい……魔法だ……!」

「へぇ、アンティークか」

年相応の驚きを見せる少年と、
人前で魔法を見せびらかす姿に面食らった少女。

同族のお貴族様は何か言いたそうだが
黙って見ている。

無言の圧にルージュは咳払いをひとつすると、
反応のいい少年に笑いかける。

「少年、魔法を見るのは初めてか?」

「は、はい! 初めて見ました!
 わぁ、いいなぁ、カッコいいなぁ……」

不意に少年は自分だけが
はしゃいでいると気付き恥ずかしげにうつむく。

「ご、ごめんなさい……
 僕、あんまり世間知らずで」

これにはルージュもにっこり。

「少年……じゃ不便だな、名前なんつうんだ?

 それに、その腰の物。近接格闘が得意か?」

ルージュの視線の先には短刀。
少年の身なりに反して随分と拵えが良い。

「いえ……これは実は使ったことなくて……」

腰に提げ慣れていないといった雰囲気の短刀。
それには見慣れない紋章が刻印されていた。

「あっ! 名前……自己紹介ですね!

 僕の名前はラニです!

 空の果て、世界の真ん中に行きたくて……
 どうしても行きたくて行きたくて、

 命がけになるかもしれないって思うのですが、
 でも、それでも……行きたいって思ってて、

 そうしたら、ちょうど募集してるのを見て……
 ここに来ました」

ガタッと立ち上がり、勢いよくお辞儀。
つむじが見えるほどの角度だ。

「あの、掃除でも洗濯でも
 雑用ならなんでもやります!

 目もいいですし、偵察の役に立つと思います!
 だからルージュ船長の船に乗せてください!」

これまでになく強い視線をルージュに送る。
ルージュも身を乗り出し真っ直ぐ見つめ合い、
ビシッと二本指を立てる。

「そのいーち!
 雑用なんてねーのさ、空旅にはよ。
 全員が命張って全員で動くのさ。

 奴隷じゃねーんだからな」

そしてニカッと笑う。
目は真剣なまま、楽しそうに問いかける。

「ふたーつ! 理由、だ。ラニ。

 命を捨てることになるかもしれない、
 それを分かって尚、どうして来た。

 ラニ、お前は空の果てに何を求める」

ルージュの堂々とした態度を
ラニ少年は眩しく感じたようだ。

「……は、はい!

 マキナさん……僕の育ての親だった人が……
 亡くなる前に教えてくれたんです。

 僕の……僕の本当の親は……
 空の果て、世界の真ん中にいるって」

突拍子もないことを言うが、
ラニの目は真剣そのものだ。

「自分でも、馬鹿げた理由だと思いますし、
 本当かどうかなんて分かんないです。

 でも……会ってみたいなって……
 そう思ったんです」

照れもてらいも無い。
希望に満ちた瞳。

「わーった。親がいねーんだったら、
 とりあえず代わりになるか分からんが
 何かあれば頼れよ」

「……は、はい! よろしくお願いします!」

ラニ少年の意気はルージュ船長に通じた。
お貴族様もゆっくり拍手をしている。

「よし! 次だ。
 名前はなんてーんだ?」

ルージュはリットラに鋭い視線を差し向ける。

「オレはカロン。よろしく~」

以上とばかりに手をひらっと振って済ませた。
これにはラニも突っ込まざるを得ない。

「………えっ、終わりですか!?」

「ははは、せっかちだね、君は」

お貴族様も笑っているが、
当の本人は意に介していない。

「……? え? 他になんかいるか?」

「いるわ!」

ルージュもこんな反応は予想していなかった。

「ほ、ほら、いりますってやっぱ!」

「え~? めんどくせぇなあ……」

フォローするラニ、あからさまに嫌がるカロン。

「他、他ねえ……
 とりあえずトレジャーハンターってやつだよ。
 お宝探してあちこちの塔をふらふらしてる。

 空の果てなんて
 とんでもないお宝が眠ってそうだしな。
 あと面白そう……これで完璧だな!」

この適当な志望動機で自信満々に胸を張る。
たまらずルージュは笑い出した。

「ナリはちっちぇーが、夢はくそでけーな!」

「おう、さんきゅー!」

笑う大女と軽いノリで返す小人の対照的な姿。
黙って聞いていたお貴族様も口を挟む。

「面白そうという意見には同意するよ」

どうやら十分な動機だと捉えているらしい。
それは船長も同じだった。

「未知ってーのは時として
 命と天秤に掛けちまうほどのものだからな

 して? その刃物は、使えるのか?」

身の丈ほどもある秋津刀へと質問を変える。
まあ、身の丈と言ってもリットラの身長だ。

「ああ、これ?
 使えないデカブツを持ち歩く趣味はねーよ。

 ……少なくともここにいる全員。
 なで斬りくらいにはできるぜ?」

ギラリと3人を見据えるカロン。
相当な場数を踏んできたと思わせる気迫!

「おや、物騒な話だね」

だが、お貴族様はへらへら笑っているし、
ラニは目を輝かせている。

「か……カッコいい…!!」

ルージュもご満悦だ。

「それぐらい出来なきゃ困るってもんだよ」

「ああ、でも、
 頭を使うのは期待しないでくれな~」

カロンは打って変わっておどけて見せる。
ルージュも満足したのか、
適材適所ってやつだなと言って視線を移す。

「そんじゃ、最後だ。
 随分と育ちが良さそうだな?」

「ああ、このヴィクトリア・シティで
 知らぬ者なきエンフィールド家の者だからね」

こともなげに言ってのけるお貴族様。
エンフィールドは押しも押されぬ大貴族。

モダンタイムズに混ざって権勢をほしいままにする
文字通り古い家柄のアンティークだ。

「私はローラ。今はただのローラでいいよ。

 穀潰しの親父殿のせいで
 館を親戚に奪われてしまったからね、

 まぁ、晴れて自由の身になったから、
 旅に出ることにしたんだ」

確か分家がひとつ傾いたって話だ。
きっとそのことだろうな。

「旅……?」

ルージュは渋い顔でローラの背後を見やる。
そこには台車に山と積まれた書物。

「ああ、この本はギルドに預けていくから
 荷物にはならないよ、安心してくれ」

たまらずラニが声を上げる。

「エンフィールド家って、あの
 でっかーーいお屋敷を持っている有名な!?」

ローラはその反応にニコリと返し、
ルージュに再び向き直る。

「そして、旅。旅だよ旅。

 おじい様が昔、空の旅に出てね、
 その話を聞いて育ったから
 私は空の果てが見たい。

 未踏の地に至るという野望以上に
 面白い事なんてないだろう?」

笑みを浮かべてルージュに問いかけるが、
船長はため息をついた。

「…………」

「うん? なんだか思っていた反応と違うね。
 君は空の果てを目指す仲間を
 募集していたのではないかな?」

「いや、いいんだ。
 あたしも想像と違ったのさ。

 親と喧嘩しましたーだとか、
 そんな感じだと思ってたからな」

カロンも珍奇なものを見る目で
ローラを眺めている。

渋い顔をしていたルージュはニッと笑った。

「それぐらい頭のネジがぶっ飛んでないと、
 乗せるつもりもなかったけどな。

 そんなちんけな家、忘れさせてやるよ」

「ははは、大丈夫、あと腐れはないよ」

ふたりのアンティークは握手をかわした。

こうして、ルージュはラニ、カロン、ローラ、
この3人を無謀な旅の仲間にしたわけさ。

「……ところでさ、そのうまそうなエール。
 まさかせんちょーだけで独り占め、
 なんてケチな真似しねーよな?」

ニコニコと笑うカロンの言葉に
ルージュの口角が上がる。

「当たり前だろ?
 奢りさ!! 飲め!! ありがたがれ!!」

「はは! さすがせんちょー! 愛してる!」

カロンは小さな手にあからさまに余る大きさの
ジョッキを手にしてご満悦だ。

「せっかくなので、いただこうか」

ローラは澄ました顔でエールを受け取る。

「じゃあ牛乳で……」

そう言いかけたラニだが、
ルージュは有無を言わさぬ威圧感で
ジョッキを持たせた。

「みんな、持ったな?」

ジョッキを掲げた船長に視線が集まる。

「あたしは、空の果てに行って
 このくそったれな世界を――ひっくり返す。

 命はすでに捨ててきた!!

 だから、その命、あたしに預けろ」

まるで空賊の親玉のような態度で
ジョッキを前に出すルージュ。

「はは、脅迫のようだね。
 いいとも、命を預ける代わりに
 魂を空の果てまで連れて行ってもらおうか」

「任せな、エールの分くらいは働くよ」

「よろしくお願いします! ルージュ船長!」

「じゃぁ! 乾杯!!!!!」

かくして、『空の果てを目指す者よ集え』
そんな、荒唐無稽な夢物語に
4人の探空士が集った。

出会いを祝し、交わされる盃は
その日、全員が意識を失う、その時まで続いた。

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