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空の果て、世界の真ん中 3-1

空の果て、世界の真ん中
第3話、黄金郷1

立ち込めるのはふたつの煙。

肉を焼く煙にいぶされながら安酒をあおり、
期待に胸を膨らませ紫煙をくゆらせる人々。

ここはシティ中層のありふれたパブ。
喧騒が煙と共に充満している。

店内は満席だった。
客たちは、とある探空士たちの
噂話を熱心に語り合っている。

インペリアルフローレス号の連中、
改め、グラフトの連中。

船長ルージュ、ローラ、カロン、ラニの
4人の冒険譚だ。

店が満員御礼なのには理由がある。

彼女たちの物語を巧みに語る二人組、
ブーン兄弟が第3話を披露する予定の日。
それが今夜というわけだ。

扉が開き、視線が集まる。
入ろうとした男は満員の店内の
全員から注目を浴びてぎょっとする。

そして、バツが悪そうに
扉を閉めて去った。
事情を知らない一見客だったようだ。

それから数分後、再び扉が開き、
のっぽとチビの二人組が姿を現す。

待ってました!
威勢よく声が上がる。
ブーン兄弟だ。

満席の店内だが、
厳密には中央の席は空いている。
そこが彼らの舞台というわけだ。

弟ジーノが咳払いをひとつ。
兄マリオがさっそくエールを受け取る。

お集まりいただき
ありがとうございます。

ずいぶんと、
お待たせしてしまったようですね。
この様子なら前置きは不要でしょう。

さっそく、
始めさせていただきたいと思います。

空の果て、世界の真ん中。
第3話、黄金郷、開幕です。


グラフトの前方遠くに塔が見えてきた。
巨大な、本当に巨大な最上層を持つ
特異な塔、ザ・フロンティア。

豊かな自然に恵まれたこの塔には
多くの動植物が生息している。

「……お、見えてきたな」

カロンがいち早く声を上げると、
ローラがいそいそと窓へ駆け寄る。

「ふむふむ、絵画で見た通り、
 随分と最上層が広いね。
 あそこで色々と作っているわけだ」

ふわふわと宙に浮く少女が近寄る。

『色々って何です?』

「農作物と家畜が主だったはずだよ。
 まぁ、多くは食べ物だね」

『食べ物……それは楽しみなのです!
 私、ステーキはレアじゃないと
 許さないのです』

ハラペコワガママ幽霊、もとい、
ノアが目を輝かせる。

「確かにレアもいいけれどね、
 たまにはウェルダンで香ばしさを
 楽しむのもいいものだよ」

舵輪を握ったまま
ルージュが軽口を叩く。

「フロンティアでそんな
 上等なもんが食えるか?

 ま、その舌で分かるかどうか、
 興味の湧く所ではあるな?」

沸点が低いのか、
ノアはすぐさま振り返り
ルージュをキッと睨みつける。

『バカにしてんですか、デカ女!
 私はグルメで通ってるんですよ!』

「そりゃ、大層なこって」

そんなやり取りを知らずに
見張り台のラニは徐々に大きくなる
前方の景色を堪能していた。

スケッチブックにペンを走らせる手が
不意に止まる。

「ん……?」

描画のためにつむっていた片目を開き、
まじまじと前方を見つめ、
慌てて伝声管の蓋を開いた。

『こちら見張り台。
 遠くの空からこちらに
 接近する物体あり。

 まだ正体は不明……観測続けます』

不安を胸にそのよく見える目を
大きく開いて注視する。

「またニンジャさんじゃないよね……」

やや高い位置から接近するもの、
それはソラクジラだった。
思わず、わぁと感嘆の声を漏らす。

『またまた見張り台!
 右手の空をご覧ください!

 ソラクジラです!
 周囲にはソラマグロまでいます!
 かわいいですね~』

ソラクジラのおこぼれに与ろうと
ソラマグロの群れが追随している様は
実に壮観だ。

『ソラクジラだって!?
 ぜひ見たい!』

別の窓に駆け寄るローラ。

『小さな頃にね、
 おじい様にせがんだものだよ。
 ソラクジラを見に行きたいと』

『へえ、旨そうだな!』

『晩飯に一品増えそうなのです』

カロンとノアも喜んでいるが、
ルージュは何故か渋い顔をしている。

一方、見張り台のラニも
不満そうな顔をしていた。

「かわいいって言ってるのに……。

 あれ……? あれれ……?」

ソラクジラとソラマグロの群れは
どんどん近付いてくる。
そう、一直線にグラフト目指して。

『こ、こ、こちらラニ!
 こっちに向かって、まっすぐ……
 まっすぐ泳いできちゃってます!?』

ルージュの舌打ちに気付かず、
ローラは窓から身を乗り出して見上げ、
はしゃいでいる。

「おお……想像以上の迫力だね……!!」

伝声管に怒鳴りつけるルージュ。

『ラニ!! よく見てみろ!!
 厄介ごとの匂いだ』

群れの中にはソラカジキも混じっている。
その上には……人間が跨っていた。

『船長! 人です! ソラカジキの上に
 人が……あっ!?
 何か投げてきましったっ!?』

ルージュがため息をつきながら
舵輪を回す。

「しちめんどくせーのに絡まれたな……」

『総員!! あれはな!!
 樽に火薬を詰めた爆弾だ!!』

急な方向転換のお陰でほとんどは
雲海へと落ちていく。

しかし、狙いの下手だったひとつが
運悪く上層倉庫に当たって大爆発を起こす。

衝撃と振動。

『やられたら? やり返すだろ!!』

ルージュの叱咤にカロンが走り出す。

「樽に詰めた爆弾……!?」

急制動と振動にたたらを踏んだローラは
窓辺から転びそうになって
ルージュにぶつかって止まった。

「なんだい? あれは……」

「先住民だよ。
 話が通じないらしい」

「先住民! そういうのもあるのか!」

痛むと言わんばかりに
腰をさするノアが叫んだ。

『何を呑気に話してるんですか!?
 来てる! 次が来てるんですよ!!』

「あぁ! わーってる!!」

舵輪を握りしめるルージュが
真剣な声でラニに確認する。

『ラニ! 見えるか!!』

しかし、返ってきたのは悲鳴。

先程の爆発は上層の見張り台にいた
ラニの体を大きく揺さぶった。

スケッチブック片手に
思わず手すりに体が寄りかかり、
バランスを崩す。

船内の状況を掌握しているノアは
その様子を知りながら
ひとりほくそ笑んだ。

まともな返事が無かったことを受け、
ルージュは傍らのローラに確認する。

「ローラ、視えるか」

すぐさまローラは霊視を使い、
上方に顔を向けた。

「おっと、ラニ君が危ない」

『カロン君!
 ラニ君が落ちそうだ!!』

開け放した通路の伝声管から
移動中のカロンの声が届く。

『いつかやるんじゃないかと
 思ってたんだよな~。

 あいつどんくさいくせに
 見張り台好きだからさ!』

緊張感の無い言葉だが、
おそらく全力で移動している。

手すりにもたれかかり、
上半身が投げ出された格好のラニは
足をバタつかせて叫ぶ。

「おち、落ちるのなんて
 一生で一回でいいのにぃ!!」

なんとか間に合ったカロンは
思わず、うわ、と声を出し、
むんずとラニのベルトを掴んだ。

「生きてるか~? 生きてるな」

掴まれたことに気付かず
ジタバタしていたラニは引っ張られ、
足が床に着いてようやく落ち着いた。

「お、おかげ様で……」

「ったく、倉庫の修理も
 しに行かなきゃなんねえんだから、
 手間取らすなよな~。

 んじゃオレ行くから」

「す、すみませぇん!
 呼吸整えたらすぐに
 手伝いに行きますから!

 ひっひっふー……あっ。

 ありがとうございましたー!」

床にへたり込むラニには見えていない。
頭上に放たれた次なる樽爆弾が。


倉庫に向かいつつ、
カロンは操舵室に報告を入れる。

『とりあえず救出はした。
 が、また来るな。

 倉庫修理してる時間ねえかもなこりゃ』

ラニとカロンの
やり取りを見ていたローラが叫ぶ。

「まずい、船長、
 見張り台に当たるコースで落ちてくる!」

「あいよ!!」

思い切り良く回される操舵輪。

『落ちるなよ?
 拾ってる暇はないからな!』

樽爆弾はグラフトに当たることなく
雲海へと落ちていった。

ここでルージュはふと気付く。
ノアはラニを排除しようと思えば
船の挙動に介入できるはずだった。

「ノア。落としはしないんだな?」

操舵室内に響く舌打ち。

『余計なお世話なのです。
 そんな事に気を配ってる暇があったら、
 この状況をなんとかしろです』

ブスッとした、バツの悪い顔。
思わず笑い出すルージュ。

「ハッハッハ!
 後輩としての意識が芽生えたようで
 安心したよ?」

その様子を見て、ローラは思う。

戦闘中ならルージュとノア、
ふたりだけにしても
致命的な喧嘩はしないだろうと。

「ふむ……的が小さくて
 当たる気はしないけれど、
 撃てるようにはしておくか。

 船長、私は砲室に移動しておくよ」

「了解。話の通じねーバカには
 痛みで理解させるのが
 一番はえーからな」

「私はどうやら砲撃が
 あまり得意ではないようだけれども、
 最善は尽くすよ」

ひらひらと手を振って
ローラは操舵室を出た。


『お、おい、デカ女!
 ヤバいです!
 全力で避けやがるです!!』

異様によく見える目を持つラニは
見張り台から船内に転げ込んだところ。

魔法で霊視のできるローラは
不慣れな砲塔を操作しているところ。

勘のいいカロンは倉庫に辿り着き
破損状況に注意を向けている。

ローラのいなくなった操舵室で
ルージュは計器に目を走らせていた。

だから、致命的なことになる前に
気付けたのはノアだけだった。

ノアの声に反応し、
前方上空を見たルージュがポツリと言う。

「あれはちとやべーな?」

ソラクジラの尾が大きく上に逸らされ、
今まさにグラフト向けて
振り下ろさんとされていた。

船底の砲塔で、
ローラは急に外が翳ったのを訝しむ。

「うん? うん? なんだこの影は……」

ノアがルージュに叫ぶ。

『おい、デカ女!
 本気出してやるです!

 だから……何とかしろー!!!』

叫びと共にグラフトの機関が吠える。

「……ったく! 暴れ馬がぁ!!」

無茶な速度上昇に
ルージュは表情を歪めて舵を切る。

「ちと!! かするぞ!!!」

衝撃と共にソラクジラの尾が
ローラの船室を削り取る。
ノアの悲鳴。

『痛ッあああああ!!!
 尻にタイキック
 食らった気分なのです!』

「こりゃ乱気流を思い出すなぁ!!」

笑顔で舵輪にしがみつくルージュの体は
半ば浮いている。

『うう……尻が割れそうなのです……』


旋回砲塔。

ローラが霊視で
事態を把握した時にはもう遅かった。

自分の船室が粉砕される視覚情報と共に
ぐらりと天地が反転する。
つまり、盛大にこけた。

「なにが起きたんだ……」

したたかに打ち付けた背中が痛む。


倉庫。

「カロンさん!
 助けにきま……まままぁ!?」

ラニが倉庫に入った瞬間の大揺れ。
顔から床に倒れ込む。

「……お前、何しに来たの?」

「も……もちろん……
 た、助けに来たって
 言ったじゃないですか!

 ここは僕が直しますから、
 お次へどうぞ!」

すぐには立てないらしく
座り込んだ状態で修理を始める。

「……ま、ちょっとは
 根性ついてきたってことか。

 んじゃお言葉に甘えて。
 あとよろしく~」

「はい!任せてください!」

リットラらしい身軽さで、
カロンは被害甚大な船室へ向かう。


操舵室。

今度はきちんとルージュに見えていた。
ソラクジラは再び尾を振り上げ、
グラフトをはたき落とそうとしている。

「ノア!!
 まだ、力、持ってるよな?」

ニッと笑ってみせる。

『うぐ……うぐぐぐ……。
 畜生! わかったですよ!!
 やってやるです!!』

ノアの目が青く光る。

何かと何かがぶつかる大きな音と共に
ソラクジラの尾の勢いが急激に落ちた。

『うぐぐ……長くは保たねえです!
 私はやること、やってやったです!
 次はお前の番です!!』

「良いパスじゃないか、ノア!!」

何が起こったのか戸惑いつつも、
ルージュは船体を引き上げ
進路を上空へと変える。

「おかげで楽できるぜ!
 ハッハッハ! 壮観だ!!」

ソラクジラの尾を悠然と見下ろしつつ、
大声で笑ってみせた。


ラニの肌が不意に強い風を感じる。
修理していた手を止め、顔を上げた。

「ん……?
 最近空の切れ端……よく見るな」

思わずつぶやいたその言葉は、
開きっぱなしだった伝声管を通じて
ローラの耳に届く。

「そらの……きれはし……!?」

ローラは背中が痛むのも忘れて
勢いよく立ち上がる。

伝声管をがっと掴み、
何かを言おうとして、
はたと冷静になる。

しばしの逡巡の後に
その口から出たのは平凡な言葉だった。
ごく平静な声色。

『ラニ君! 修理は順調かい?』

『はい!
 この調子なら
 すぐにでも終わりますよ!』

『よろしく頼むよ。
 周囲をよく見て、ね』

『はい! わかりました!
 修理中も、周囲の警戒は
 怠らないようにしますね!』

頼られたことを嬉しく思うラニ。
何かに衝撃を受け考え込むローラ。

一方、釜炊きのため機関室に寄った
カロンはパッチワークスエンジンの
音と振動の変化を目の当たりにしていた。

「例の手品か……。

 こうなった状態で、
 普段のグラフトほどの燃費を維持、
 できるわけはないな」

そこに壁を抜けてノアが現れる。
その顔には疲労の色。

『いい心がけなのです、クソガキ。
 こっちは、無茶させられたせいで、
 腹が減ってしょうがないのです。

 とっとと、燃素寄越すのです』

「……お、来てたのか。
 超特急で腹いっぱいにしてやるから
 待ってな!」

『うむ、苦しゅうないのです!』

手早く正確に。
燃素を機関にくべていく。

「んじゃ、また腹減った頃に
 燃素追加にし来るわ。

 ……ちなみに、さっきの砲撃で
 壊れたのって、一番下の船室だよな?」

『そうなのです。
 尻が痛くて堪らんのです、
 とっとと行くのです』

あいよっと駆け出すカロン。

それを見送ったノアは操舵室へと戻り、
眼前の光景にぎょっとする。

『おい、デカ女! 次来るのです!!』

グラフトは尾に当たらぬよう
ソラクジラの真横につけている。

悪くない判断だが、
欠点もある。
近すぎるのだ。

ソラクジラの巨体が迫る。
体当たりだ。

ルージュはというと、
先程のローラとラニの会話に違和感を覚え、
空の切れ端という単語の事を考えていた。

思い出せずにモヤモヤとしていたせいで
反応が遅れた。

「あれは……ヤバいな!?」

『ヤバいって何度も言ってるです!!
 さっきのアレはもう期待すんなです!
 疲れて、もうやりたくねえです!』

「わーった。

 あれは、疲れる、のか。
 助かったよ、ノア」

ニコっと微笑みを向けた。

『……ふん、
 痛いのが嫌だっただけなのです』

「利害の一致って奴だな?」

荒っぽく笑って伝声管を開く。

『総員!! 掴まれ!!
 ド派手に避けるぞ!!』

ド派手などという
生易しい動きではなかった。

船首が下がったかと思うと、
そのまま垂直になり、
一回転してのけた。

飛行機ならともかく、
飛空艇でする動きではない。

もし船内の物品を
固定していなかったならば、
すべてが混ぜっ返されていただろう。

ローラは体が宙に浮く感覚を覚えた。
視界がぐるりと一回転。

だが、自身の平衡感覚が確かなら、
体は回転などしていない。

そして、すっと足から着地する。
ちょうど回転の中心にいたのだろうか。

わけのわからないまま
グラフトの曲芸飛行を
運良くやり過ごした。

ラニも似た状況だ。
作業に集中していたため、
大変なことが起こったのに気付かない。

下手に動かなかったのが
良かったのかもしれない。
幸運に幸運が重なったと言える。

対してカロンはというと、
船の動きとソラクジラの動き。

二つを確かめながら
足元の振動に意識を向ける。

我らが船長の操舵の
荒っぽさならばよく知っている。

タイミングを計り、
船が下を向いたのを利用して
一気に移動距離を稼ぐ。

目指すは砲塔。
先にソラクジラを
どうにかしたほうが事態は収まるはずだ。


『デカ女、お前、頭おかしいのです』

「なに、無傷なのが一番だろ?」

ニヤリと笑ったルージュは
再び操船を開始。

今度は伝声管で事前に伝える。

『次!! 上昇!!
 当てやすい位置に戻す!!
 大丈夫だよな、お前ら?』

ノアが慌てる。

『おいおい、待て待て、
 お前、何するつも……ヒエッ!?』

ラニも慌てる。

『ちょ待っ……。
 ちょっと待ってって
 言ったじゃないですかー!?』

ローラも慌てる。

『ちょ、待ちたまえ、
 さっき、何をした!
 何をしうわぁぁぁぁぁ!?』

カロンは冷静だ。

『お気遣いドーモ。
 んじゃありがたく
 攻撃させてもらうわ!』

ひょいと、
飛んできた破片を避けながら笑う。

『いや~、身体が小さいと
 こういう時、便利だな!』

笑い返すルージュ。

『アイツらは速いんだよ、
 手をこまねいていたら
 あたし達は沈む他ない。

 これだけの無茶が
 必要だって事だ、許せ』

そうして、船体を安定させる。

『…さて?
 反撃といこうじゃないか?』

「船長ひどいや……」

「眼球と胃袋が飛び出すかと思ったよ……」

「こういうのもたまには面白えな!」

ノアは青い顔をして砲塔に現れた。

『うう……吐くかと思ったのです……。
 これ以上、あいつに無茶させると
 こっちの身が保たねえのです。

 おい、舎弟!
 とっとと、あいつ、追っ払うのです!』

「ああ、了解したよ。
 これ以上振り回されては
 私もどうにかなってしまう」

砲弾を込めながらローラは同意した。

「ソラクジラはね、右脇腹、
 ヒレからちょうど三分の二ぐらい
 後ろに重要な臓器がある。

 そこを狙ってやれば……」

照準を合わせ、撃つ。

「相当嫌がるはずだよ」

至近ということもあり、
放たれた砲弾は狙い通りに的中する。

ソラクジラの巨体からすれば、
豆鉄砲のようなものだが、
悶絶するような仕草を見せた。

「おお、狙った通り当たった。
 だけど、一発じゃあまだダメ、か」

そこへ梯子をするりと降りて
カロンがやってくる。

「……お、やってんな。
 ……ふむ、あの調子なら
 もう一発、いりそうだな?」

「そうだね、今当てたあたり、
 あそこらへんにもう一度
 当ててやると、

 ソラクジラは逃げてくれる可能性が
 高いと思うよ」

「あいよ~。

 ……?
 ずいぶん狙いにくい場所だな。

 あんな妙な場所、
 よく狙おうって気になるな」

「空の生物図鑑に書いてあったんだ。
 捕鯨を専門とする者たちは
 あそこを狙うらしい。

 わかりにくいのであれば……」

ローラは自身の血流に意識を集中させ、
霊視で得られる視界をテレパシーによって
一時的にカロンへ渡す。

あくまで短時間しか行えない荒業だ。
血の消耗も激しい。

「……どうだい?」

カロンは突如として目の前がぶれ、
自身の知覚とは異なる視界が重なる
不思議な感覚に見舞われた。

「助かる……けど長くは持たなそうだな」

ちらりと、青ざめた顔色を見やり、
長くは話さず狙いを定める。

「……これで、どうよ!」

響く砲撃音。

先程と同じ場所を、
再度刺激されたソラクジラは
声にならない悲鳴を上げた。

恐ろしいものを見る目をしながら、
慌てて向きを変え去っていく。

上に乗る人間たちが
何かを指示しているようだが、
聞く気配は無い。

『おお……逃げていくのです!
 ざまーみやがれです!

 むふふ、お前たち、
 へっぽこの割に意外とやるです、
 褒めてやるです』

青い顔でへたり込むローラ。

「うまく……いった、みたい、だね……」

「ああ。助かったぜ。
 あとはこっちでやっとくから、
 しばらく休んでな」

カロンはそう応えながら
目線が同じ高さになっている
ローラに水筒を渡した。

「ありがとう、ちなみに
 中身はなんだい?」

「ああ、そっちは水だぜ!」

手にしたスキットルを示しながら笑う。

「さすがに青い顔したやつに
 酒出すほど鬼じゃねえよ」

「良かった、貧血は慣れているけれどね、
 さっきの船のおかしな動きで
 気持ちが悪いんだ」

そう言って勢いよく水を飲む。

伝声管から『元気か?』と
ルージュの声が響く。

すぐさまノアが恨み言を垂れる。

『てめーには二度と
 操舵輪を握らせねえです』

伝声管に近付く気力の湧かないローラは
カロンに告げる。

「元気じゃないと言ってくれ」

『やべーぜ参謀が死にそうだ!』

ケラケラと笑い声。

『生きてて、何よりだよ』

そんな中、呆れたラニの声が届く。

『あのー……。
 一番下の部屋、
 一応修理したんですけど。

 なんかもう、
 すんごい事になってるので、
 片づけはまた後でしますね…』

弛緩した空気が流れる。

悪いこととは
こういう時に起こるものだ。

ノアの目に原住民たちの乗った
ソラカジキが猛接近しているのが見えた。

『はや!
 通常の三倍ぐらいの速さなのです!』

その驚きの声のすぐ後に、
スココココンと小気味よい音が鳴る。

『あだだだだ!?』

ソラカジキの鼻先が突き刺さった音だ。

『地味に痛てーし、
 何かふたつ入ってきたのです!』

原住民が果敢にも乗り込んできたらしい。
白兵戦は避けられない。

「……全面対決ってことだな」

ため息混じりのルージュの声が
ひとりきりの操舵室にこぼされた。

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