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空の果て、世界の真ん中 2-5

空の果て、世界の真ん中
第2話、約束は遥か遠く5


ジーノは一旦語りを切ると、
聴衆の反応を窺う。

早く続きを。
みんなの顔にそう書いてある。

内心、胸を撫で下ろす。
『始まりの船』と違い、この話は
ジーノの想像で補完している部分が多い。

ほぼ事実通りとは神ならぬ身のジーノには
知りようのないことだが、
彼にとっては紛れもなく創作だ。

散々こき下ろされてきた自分の作品。
それらを超え、作家として前に進んでいる。

マリオに目配せをすると、
兄は微笑んで頷いた。

物語はまだ続く。
大きく深呼吸をひとつすると、
語りを再開した。


カノン砲の準備を整えたカロンは
何かの気配を感じて鋭くそちらを向く。

「……っと、なんだシチュー、
 こんなとこにいたのか」

なんとも言えない顔で浮かんでいる
不思議な生物うさこぷたー。

「悪ぃけどお前はまた後でな。
 終わったらきっちり
 うまく仕上げてやるからな!」

笑顔で不穏な声を掛けると
再びグラフトに照準を定める。

「……ってなわけでまずはこいつでも
 ……くらってな!」

発射した砲弾は機関室に直撃。

「避けようとしねえ……
 いや、避けれねえのか?」

そして、着弾の音と同時に
誰かの悲鳴を聞いたような気がする。

これまでダンマリだった相手が
拡声器をオンにしているとは思えない。
空耳だろうか。

しかし、今はそんなことを
気にしている場合ではない。
次発装填を急ぐ。

その傍ら、伝声管に向けて
声を張り上げた。

『おい、やっこさん、操舵の腕は
 大したもんじゃないみたいだぜ!
 いいマトだ』

一方、もうひとつの砲室。

スケッチブックに描いておいた
砲撃の手順を見ながら、
ラニはカノン砲を操作していた。

「だいたい僕、砲撃するの
 初めてなんだよなぁ……

 あぁ、もう! 初めての砲撃相手が
 グラフトなんて最悪だ!

 誰が操舵してるか知らないけど……
 その人達に当たらないでよ……
 いけ!!」

轟音、着弾、微かな声。

「……!? また誰かの声!?」

ローラも怪訝な顔をする。

「なんだ?
 何が聞こえているんだ??

 それはそうと、私は砲撃は
 得意じゃないんだ。適当に撃つよ」

「適当!?」

吸い込まれるようにグラフトの機関室に
飛んでいく砲弾。

「あ……あそこ……
 機関……大丈夫だろうか……?」

表情の強ばるローラとラニ。

お返しとばかりに飛んでくる砲弾。
今度は高めのコース。

ルージュは船首を下げて回避を試みるが
倉庫に風穴が空いた。

回避運動をとっていなければ、
せっかく親方のくれた飛行機が
未使用でガラクタになるところだった。

砲撃を行っている3人に
ルージュは檄を飛ばす。

『集中しろ。
 どうにかなるし、するんだ。

 そのまま!!』

砲撃を続けろという指示。

「我慢比べと行こうじゃないか……」

ニヤリと笑って次弾に備える。


「グラフト、大きいな……
 これなら簡単に当たる……というか」

ラニの放った弾が倉庫を半壊させる。

「カロンさんが言うように……
 本当に操舵、大した事なさそう。
 うう……早く降参してくれよぉ」

しかし速度は衰えない。

下の砲室でカロンがひとり軽口を叩く。

「へえ、上の連中も結構やるじゃん。
 ……でもま、

 どうせやるんならこれくらい
 景気よくやんねえとな!」

容赦なくグラフトに
弾丸を撃ち込んでいく。

自分の船だからこそ、
どこに当たれば嫌なのか、
知り尽くしている。

轟音を立て中央部の
図書室と船室が貫かれる。

そして、拡声器越しに
少女らしき声が響き渡った。

『痛ッーーーーー!!
 お前らいい加減にしやがれです!
 この恨み、一生忘れねえです!!』

そして、グラフトが失速した。

カロンが敵を煽る。

『……あ?
 先にケンカ売ってきたのは
 そっちだよなあ?

 なあに殺しはしねえから安心しろよ。
 殺しは、な』

みるみるうちに距離は詰まり、
並んで飛ぶ形になる。

ルージュが操舵室の拡声器を
オンにして叫んだ。

『空の掟はこうだ。ワルガキ。
 奪われたら、奪い返せ。
 観念しなァ!!

 総員! 接舷するぞ!』

カロンが待ってましたとばかりに
砲室を出て駆け出す。

そして、売り言葉に買い言葉。

『ざっけんじゃねえです!
 元々は――』

グラフトから至近距離での砲撃。
轟音に声がかき消される。

ルージュは回避のために
船体を上昇させようとした。

船内と砲塔の向きを視ていた
ローラは上昇圧を感じて叫ぶ。

『ルージュ、待っ!?』

わずかに位置がずれたことで
グラフトの砲弾はカロンが
通過中の中央部に着弾した。

走り抜けようとした矢先の被弾。
カロンは咄嗟に身を伏せたが
吹き飛んだ木材が体に突き刺さる。

「……痛っ」

どうにか立ち上がり、傷を確かめる。

「……この程度なら動ける。
 きっちりお返ししてやんねえと
 いけねえみたいだな?」

ぎらり、その目は船体に空いた穴の
向こうのグラフトを強く睨む。

ちらりと視線を横に向けると
開け放たれた操舵室の扉越しに
舵を握る船長の心配そうな顔が見えた。

だが、立ち上がったのを見て
ニカッと笑顔に変わる。

「こんなんで死ぬような奴じゃぁ
 無かったな!!
 ほらよ!!」

包帯と、乗り込み用の命綱を
投げて寄越される。

「トーゼンだろ?
 むしろちょうどいい出入り口
 作ってくれて助かるぜ!」

包帯を巻いている時間は惜しい。
命綱をひっつかんで
そのまま穴へ駆け寄った。

床を蹴り、空中へ身を躍らせる。

狙いは操舵室。

「たのもーーーーう!!!!」

ガラスを突き破って侵入。
ゴロゴロと転がり受け身を取る。

素早く起き上がり、
賊の顔を拝もうと見回すと――

操舵室内には誰もいない。

「……は?」

注意深く室内を見回すカロン。

塔からの帰還中だけとはいえ、
自分たちが旅をした船、設備。

小さな違和感でも、
何かあれば気付くはずだ。

結論から言うと、何も違和感が無い。

誰かが隠れているとか、
ついさっきまでそこにいたとか、
そういう話ではない。

人が人である以上、必ず残る
ぬくもりや匂い、そのすべてが
まったく存在しない。

そして、船内に響くのは機関音のみ。
人がいる気配が微塵も感じられない。

この規模の飛空艇はひとりで
動かすことは不可能だ。
最低でも3人、できれば4人。

その必要な人員が――いない。

「……なんだこりゃ。
 きな臭くなってきたな……」

油断なく警戒しながら、
仲間に連絡するため操舵輪に近付く。

特におかしなところは無い。

秋津刀の柄に手を掛けたまま、
拡声器のスイッチを入れた。

『……あー、あー、聞こえるか?
 こちらカロン』

『ばっちりだ。
 それで?
 ワルガキは発見したか?』

『それなんだが……。
 いねえ』

数秒の間。

『……待ってろ、今そっちに向かう』

『ああ。こっちももうちょい寄せるわ』

ふたつの船を接舷させ固定。

全員がグラフトに移動し、
すべての船室を確認してから
操舵室へと集まる。

「ははは、まるで幽霊船じゃないか」

愉快そうにローラが笑う。

「良かったじゃないかカロン君。
 幽霊に秋津刀が有効か試す
 チャンスかもしれないよ?」

「ん~?
 ああ、あったなそういう与太話。
 なんだっけ怨念がどうたらこうたら」

旅の半ばで力尽きた船員達の怨念を乗せ
ひとりでに空を飛び続ける
呪われた幽霊船の噂話だ。

「幽霊ねえ……。
 斬りごたえがあれば
 面白いんだけど、なあ?」

にやにやとラニを見ると、
少年はスケッチブックを盾にして
恐る恐る周囲を窺っている。

「ちょ、ちょっとやめてくださいよ
 本当に……本当に! でも……

 なんか船員の怨念にしては……
 すごいサバサバした怒り方でしたね、
 拡声器使った子」

そういってルージュをチラっと見る。

「……幽霊」

ニッと笑う船長。

「そうだな?

 あーんな船の墓場の
 ど真ん中にあった奴を
 繋ぎ合わせてんだ。

 仲良くなれるといいな?」

ウキウキしているようにも見える。

「一度見てみたいと思っていたんだ。
 幽霊」

ローラはあからさまに期待している。

「斬ったら断面とか血とか
 どうなってんだろうな~?」

カロンのニコニコ笑顔。

信じられないという顔のラニ。
当然だ、連中の感性がおかしい。

さて、グラフトは取り戻したが
燃素の残りは乗ってきた船の分を
併せても少ない。

すぐに動かなければ。
一同は作業に取り掛かった。

ところで気付いただろうか。
グラフトの機関は異常に燃費が良い。

原理は謎だが最大船速を続けても
航続時間はとても長い。

そのグラフトの燃素が
ごっそりと減っているのだ。

謎ばかり増える。


飛行機をグラフトの格納庫へ移し、
物資もすべて運び込んだ。

もちろんシチューも
カロンがとっ捕まえて移動させた。

名も知らぬアルバトロス級との
お別れの時間だ。

速度を考えるとどちらかを
曳航して飛び続けるのは
得策ではない。

修理ドックの親方の言うとおり、
ルージュたちはここまで
乗ってきた船を切り離した。

「……先を急ぐからな。
 短い間だったが、
 いい船だったよ、お前は」

「ありがとなっ、ジェーン・ドゥ!」

「ありがとうございました!」

「はは、幽霊船にならないといいね」

古びたアルバトロス級は滑空しながら
高度を落としていき、
雲海に沈んでいった。

4人は操舵室に集まると相談を始める。

パッチワークスエンジンの
燃費が異常だとは言っても
水と食料は普通に減る。

可及的速やかに補給が必要だ。

だが、ヴィクトリア・シティと
フロンティアの直線航路上付近に
塔は発見されていない。

「……ローラ。空図はあるか?」

「悩んでるね、無理もないかな」

ルージュの質問に、
棚から最新の空図を
取り出して応えるローラ。

人数分の紅茶を用意したラニが
広げられる空図を見て
カップをどこに置こうか悩む。

「微妙っちゃあ微妙な位置だよな」

カップを受け取り、手に持って、
カロンは感想を漏らす。

同じく受け取り
一口飲んだルージュは
小さくため息をつく。

「正確な現在地は分かるか?」

シティ・フロンティア間の
航行経験のあるカロンが
うーんと少し考える。

「……ヴィクトリア・シティからの
 日数と船の速度、
 途中の大立ち回りも含めて

 距離はこう……
 んで星の位置からして……」

つ、と空図の一点を迷いなく指さす。

シティとフロンティアの間、
そのほとんど真ん中。

「……そうだな。

 これなら風からしても
 フロンティアのほうが
 まだ早く着くんじゃねえ?」

ラニはルージュの表情が
ピクリと動くのを見て取った。

「……そうか
 なら行き先はフロンティアだな」

ふむ、とローラ。

「フロンティアに伝手はあるのかい?
 機関室の大穴、あれは修理ドックに
 入れないと塞ぐのは無理だよ」

「……フロンティア。
 怖そうでヤダなぁ」

「まあめちゃくちゃ治安
 悪いからな~、あそこ」

ラニの懸念をカロンが肯定する。

「つーか修理費用、
 あの親方にツケればいいんじゃね?

 グラフトがフロンティア方面に
 向かってるってのは
 わかってたんだし

 連絡くらい入れてるだろ」

それはいいね、とローラ。

「連絡といえば……
 通報してあるんだよね、空軍に。

 もし、今空軍に誰何されたら
 説明が面倒だね。
 誰もいなかった、だなんて」

黙っていたルージュがぽつり。

「意外と早くに……
 故郷に帰ることになるとはな」

「うん?
 今、故郷って言ったかい?」

「えっ!
 船長…フロンティアが
 ふるさとなんですか!

 よかったですね!
 用事のついでに故郷にも寄れるなんて」

屈託ない笑顔でラニが言うと
ルージュは渋面を作った。

「良くは無いな、確実に」

「ご、ごめんなさい……
 よくないんですね……。
 しかも確実に……」

「ははは、まさかフロンティアで
 指名手配を受けていたりはしないよね」

茶化しているのか本気なのか笑うローラ。
カロンも乗っかる。

「マジか。
 短い間だったけど
 楽しい旅だったぜ、船長!」

「じょ、冗談ですよねー……?」

ラニも苦笑いしかできない。

「ハッハッハ!
 何故指名手配だなんて単語が出る?
 そんなに犯罪者に見えるか?」

威嚇するような笑みを浮かべる。

「おや、どうしたんだい?
 何かひっかかることでもあるのかい?
 いつもの軽口だというのに」

ニヤニヤ笑うローラと慌てるラニ。

「ぼ、僕は思ってないですよ!
 あ、でも喧嘩とかで何か
 やっちゃったとか……。

 あ、いえ!
 やってないと思ってます! はい!」

この時、カロンだけは
少し思うところのあるような
顔をしていた。

かくして、インペリアルフローレスの
連中は一路フロンティアへと向かった。

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