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空の果て、世界の真ん中 1-3

空の果て、世界の真ん中
第1話、始まりの船3


魔の三角空域の空図だぁ?
とんだ与太話じゃねえか、盛りすぎだろ。

でも、妙なフローレスが現れたってのは聞いたぜ。
ギルドにいた連中、しばらくその話で
持ち切りだったんだ。

マリオとジーノはエールを飲んで軽い休憩。
その間に客たちはあれこれ想像を巡らす。

その連中、帰ってきたんだろ?
魔の三角空域ってのはホラ吹いてるんじゃねえか?

でも行きとは違う妙な船で帰ったって噂もあるぜ。
まぁ、その後あの騒ぎだけどよ。

オホンとマリオが咳払いをひとつ。
客たちがおしゃべりを止めて注目する。

真相が知りたければ最後までどうぞ。
ジーノのすました声に聴衆は耳を傾ける。


「どうだ、年季入ってるわりには、いい船だろ?」

ルージュは自慢の船を仲間たちに紹介する。

インペリアルフローレス号、
外観はレイルズ社のファントム級に似ている。

参考にしたのか、内装や設備もかなり近い。
つまり、高級な部類の船と言える。

スラム育ちと思しきルージュが
どうしてそんな船を持ってるか、
気になるだろう?

「へえ、電探か。高級品じゃん」

「なるほど、新品で買えば
 かなりの額になりそうだね、これは」

だけどカロンもローラも
その辺は突っ込まなかった。
どうも常人とは感性が違うらしい。

「わぁ……わぁー……

 すごいや……これが飛空艇。
 これがインペリアルフローレス号!

 すごいカッコいい船ですね!」

ラニにはまぁ、そのへんの機微はわからない。

褒められて気を良くしたルージュは朗らかに笑う。

「あちこちガタが来そうな間に合わせの船だ。
 がっぽり儲けて、新しいの造るぞ。
 ハッハッハ!」

「今回の依頼料だけで
 普通にこの船買えるもんなー」

カロンの言葉に同意する面々。

「すごい額、ですもんね。
 不思議な人ですよね、レイラズさん」

「そうだな~。
 何考えてんだかさっぱりわかんないけど!」

「それには同意だな」

「もう! ダメですよカロンさん、ルージュさん!
 親切にしてくれた人なんですから。

 きっとすごく、良い人なんですよ」

妙に自信ありげに断言するラニだが、
ローラはレイラズの態度を
意図的なものだと考えているようだ。

「まぁ、本人にも自覚はありそうだったから、
 いいのではないかな」

「ま、それもそうだな。

 ……もしよからぬことでも企んでるってんなら、
 この刀の錆になるだけだし」

「清々しい笑顔でなんてこと言いやがるんだよ
 まったく」

カロンの軽口にルージュが苦笑する。

「もぉ、冗談きついですよぉ」

「しかし、あの力……
 おいそれと斬れるものだろうか」

思案顔のローラにカロンはあくまで自信満々だ。

「厄介なもんを切り伏せるために
 オレがいるんだよ」

この連中、魔の三角空域に向かうというのに
なんの気負いもなく帰ってからの話をしている。

普通の探空士もこういう時は
不安を打ち消すために自分たちを鼓舞しようと
こういった冗談を言い合うものだ。

だけどな、たぶんこいつらは素だ。

「あの……あの……出航はまだですか! 船長!

 本当に飛んじゃうんですよね!
 このでっかい船が……楽しみで楽しみで……!」

尻尾があればブンブン振ってたであろう勢いで
ラニがルージュに尋ねる。

それを受けて船長は今更こんなことを確認した。

「お前ら、操船の経験は
 あるって思っていいんだな?」

「言ったろ?
 あちこちの塔をふらふらしてるって」

「ギルドに便宜を図ってもらって
 近場を回る船になら乗って経験を積んだよ」

トレジャーハンターのカロンと
如才のないローラらしい返答。

「はい!
 必要なことは本で読みました!
 頑張ります!」

元気よく返事をしているが、
ラニよ、それを経験があるとは言わない。

「ハハハ! そうかそうか!
 ふたりはいいが、ラニ」

ぽんとラニの肩に手を置くルージュ。
にこにこしているラニ。

「離陸した時、すっ転ぶなよ?」

「だ、大丈夫ですよ!
 こう見えて僕も男子ですから!」

「いいじゃないか、ラニ君、その意気だ」

「おう、頑張れよ~」

ズブの素人に仕事を任せることに
なんの危機感も抱いていない3人。

やはり頭のイカれた連中だ。

「ありがとうございます!

 ローラさん、カロンさん、
 いろいろ聞いちゃうかもですが……
 よろしくお願いしますね」

ラニはえへへと屈託なく笑うのだった。

と、いうわけで、
一同は船の設備を一通り確認し、
出航準備を整える。

「よし!!!
 んじゃ全員持ち場に着け~!」

「ラジャー!!」

すぐさまラニが元気よく返事をする。

「んじゃまあ、
 エンジンのお守りでもしに行くかな」

足取り軽く機関室へ向かうカロン。

「倒れそうなものが無いか
 点検して回るとしようか」

ローラは食堂の棚が気になるようだ。

「えーっと……ラジャーって言ったけど……」

案の定ラニはまごついたが、
電探の様子を見ることにした。

そして、操舵室に残ったルージュは
しばらくして伝声管を開く。

『あ~、確認だ、聞こえるか?』

『あいよー、こちら機関室。音声クリア』

『伝声管の調子は良好のようだね』

ふたりの返答の後、やや間が空いた。

『こ、こちらラニ!
 えーっと……電探室? 音声クリア!』

苦笑するルージュ。
懐から紙を取り出し血を垂らす。

『なら良かった。
 どこも詰まってねーようだな?』

魔法の生命を得た紙は小さな鳩と化す。

『じゃぁ出港準備!
 カロンはエンジンスタートで
 ラニは錨上げてくれるか?』

そう言った直後、電探室に繋がる伝声管へ
鳩が入り込んでいく。

『錨……?』

どこだろうと戸惑うラニの目の前に
ルージュの放った鳩が現れる。

『うわ鳩!?』

『そいつが案内するから、操作を頼んだ』

『はい!』

一方、機関室。

『アイアイ、キャプテン!』

カロンはレイルズ社の
ホブゴブリンエンジンに向き直る。

レースシップにも使われる
速度重視の暴れ馬だが
手慣れた様子で点火する。

燃素を補充する動きもキビキビしたものだ。

船の各部が駆動を始め、
操舵室の計器類も目を覚ます。

ルージュが小さく、よしと呟く。

『船長、各部屋回ったが、問題無さそうだよ』

『ぁいよ。全員、助かる。』

そう言うと、ルージュ船長は大きく息を吸い、
声を張り上げる。

『全員! 遺書は書いてきたか?』

『ははは、帰らない時は
 蔵書をギルドに寄贈する約束だ』

『オレはもともと根無し草だからな。
 空の藻屑になるってんならそれまでさ!』

『ハッハッハ! 重畳!』

『えっ、えっ、遺書!?
 ……あ、あとで書いておきます!』

慌てるラニにげらげらと笑い声が返される。

『あたしは燃やしてきたわ!』

年季の入った高級な革張りの操舵輪。
それを握りしめてルージュはひとしきり笑う。

そして、勢いよくレバーを引いた。

『インペリアルフローレス号! 出航!!』

船は重力を振り払おうとする。

「うわ、わわわ……揺れ……揺れる!?」

ラニがバランスを崩して転ぶ。

「一時はどうなるかと思ったけれど……
 おじい様、私も旅に出るよ」

食堂の椅子に座ってくつろいでいるローラ。

「空の果て、ね……
 そんだけ隅々まで探し回りゃあ……」

機関を注視しながらカロンはひとりごちる。

「さぁてと」

ルージュは腕まくりをして舵輪を掴み直す。

「ひっくり返すか。
 待ってろよ……クソ親父」


出航から5日。

この頭のイカれた連中は
予想に反して順調に航行を続けていた。

喧嘩などをすることもなく、
ラニも一通りの仕事を覚え、
着実に仲は深まっていった。

そして、魔の三角空域へと到達する。

船の墓場。
嵐の生まれる場所。
生きては帰れぬ死の空域。

そんな前評判が大袈裟ではないことを
彼女たちは知ることになる。

颶風、強風、突風、烈風。
豪雨と雷鳴の奏でる破滅の狂騒曲。

黒雲でよく見えないが
船の残骸らしきものも
暴風に巻き込まれて舞っている。

地獄じみた光景とはこのことか。
まともな探空士なら引き返していただろう。

「ああ、うん。
 聞くと見るとでは違うね、やはり」

どこかウキウキとした様子でローラが言う。

「まさに墓場だなこれは?」

ニッコリと笑みを浮かべてルージュが言う。

操舵室のアンティークふたりに
伝声管を通じてラニの声が届けられた。

『おおお……思った以上に
 すごいですね……ここ。

 これ……行けますかね!?』

この反応こそ正常だ。

『行けるかじゃねーだろ!

 通すのさ、生き馬の目を抜くのさ。
 なに、あたしらなら出来るさ』

ケラケラと笑う船長。

『いやあとんでもねーなこりゃ。
 ちょっとでも油断したらお陀仏だ』

機関室からのカロンの声。
口調は軽いが緊張がにじんでいる。

「……空図が無かったらと思うと
 ゾッとするね、さすがに、ははは」

レイラズから譲り受けた空図には
風向きや雷雲の位置が描かれている。

さすがにこれが無ければ
操舵室のふたりも笑っては
いられなかっただろう。

とはいえ、空図があったところで
完全に安心とはいかない。

舵輪を握るルージュの手には汗。
心の内は外の光景ほどではないにせよ
不安の嵐が渦巻いていた。

機関室のカロンには
ルージュの不敵な言葉の裏に隠された
不安が垣間見えていたのかもしれない。

「……ま、期待に応えて、
 多少なりとも真剣にやろう」

誰が聞くでもない軽口を叩いた。


四方から吹き付ける暴風。
止むことのない雷鳴。

天候、風速、その他諸々すべてが最悪。

ローラが船内点検のために操舵室を出てから
ルージュは鳴らない口笛を吹いて
気を紛らわせていた。

手は汗でびしょびしょに濡れている。

「そうか、そうか、クソ親父。
 自由ってのは、こうゆう事を言うんだな?

 これが命を預かるって感覚か。
 ヒュ~ヒュヒュ〜。

 スリル! 爽快! 全く最高だぜ」

おもむろに伝声管を開き船内に告げる。

『落ちてねーよな?』

ケラケラと笑い声を伝えたのは
仲間を鼓舞するためか、
自分を奮い立たせるためか。

『ああ、言うだけあるじゃん。いい腕だ』

機関のご機嫌を取りつつカロンが応える。
やはり風による負荷は馬鹿にならない。

『壮観だよ船長。
 稲光を間近で観察できる機会は
 そうそう無いからね』

食堂の窓から外を眺めながら
薄笑いを浮かべてそんなことを言う
ローラの心中は読めない。

『し……

 死ぬかと思いました……3回くらい……
 でも、さすがは船長です!
 生きてます……なんとか!』

窓の無い電探室には
振動と轟音だけが伝わる。

ラニの感じている恐怖は
相当なものだろう。

『ハッハッハ!
 吐く暇すらねえよなぁ!』

「ふむ……気流に流されたようだが、
 的確に進んでいる。流石というわけか……」

ローラの魔法の霊視には
今この船が追い風に乗っていることが
見て取れている。

『カロン!! もっとくべろ!
 まだまだ出せるぞ! この船はよ!!』

ルージュの直感は、読みは
今の所ハズれていない。

『おーおー、リットラ遣いが
 荒い船長だこと……
 別にいいけど全員舌噛むなよー』

『えう!? もっとスピード出すんですか!?』

インペリアルフローレス号は更に速度を増し
魔の三角空域を、矢のように切り裂いていく。


空域に飛び込んでから
どれ程の時間が経っただろう。

時間の感覚が曖昧になりそうなほど
環境はあまりにも過酷だ。

疲労を鑑みて操舵手を交代し
ローラが舵輪を握っていた時に
それは起こった。

突然、真っ黒な雷雲から
インペリアルフローレス号は飛び出した。

そこだけ嵐が消えた、狭い青空の下。
周囲に嵐雲の壁があるかのような
不思議な光景。

「おおっと、急に明るくなると眩暈が……
 うん? 明るく?」

嵐を抜けた。

魔の三角空域の中央部へと船は進出した。
そこは不自然なほどの好天候。

「かーっ!! 一気に開けたな!!」

ただし、前方には巨大な竜巻。
おそらくその中心に塔がある。

『カロン君、ラニ君、見えているかい?
 この空は私たちを
 歓迎してくれているようだよ』

『はい……よく見えます……すごく……
 すごくキレイですね! ローラさん!』

弾む声。

『へえ、嵐の中に竜巻………おもしれ―』

感嘆の声。

『あ、そうだ、ちょっといいか?

 三角空域に入ってからこっち
 ほぼずっとエンジンが
 最高出力で飛ばしてきたからな、

 落ち着いてるなら今の内に
 ちょっと休ませてやりたいんだけど?』

ホブゴブリンエンジンは
どちらかと言えば繊細だ。
適切な提案だろう。

『ちと久々の空だったから、
 はしゃいじまったな。

 同意だ。
 今は欠伸が出るほど穏やかだからな。
 どうだ? 今日は飲み明かすか?』

船長の許可がおりる。

『わ~いいですね!
 僕たちも休まないと……ですね!

 美味しいものも食べましょう!』

『もちろんエールは出るんだよな?』

緊張から解放され饒舌になる面々。

「ところで船長、出港前に
 懐が温かくなったからね、
 少しいい酒を仕入れてきたんだ。

 祝杯にとっておこうと
 思っていたんだけれどね、

 こんな景色を見ながら
 飲まない手は無いと思うんだ」

『はっはっは、そいつは粋だな、ローラ!
 聞いたか? カロン。
 上等なやつがあるみたいだぞ?』

伝声管は開いたままで、
ローラの声もしっかり拾っていた。

『聞いた聞いた! すぐ行くわ!』

即答ぶりにローラは、はははと笑う。

『ラニ君も来るといい。
 良い酒で舌を育てておくといいよ』

『ローラさん、ありがとうございます!
 食堂ですよね?

 僕、一番近いんで
 席とか準備しておきますね!』

ルージュが懐から紙を取り出す。

『じゃぁ5分後、色々持ち寄って食堂だ!』

上着の裏ポケットから出した血の小瓶、
そこから数滴、紙に垂らすと
それは人の形になった。

「ほんじゃ、頼んだぞ?」

即席の子分はふわりと飛んで操舵輪を握る。

電探室から食堂へ。

『ラジャー! キャプテン!』

機関室から食堂へ。

『話の分かるせんちょーでよかったよ』

操舵室から食堂へ。

「さて、久々に上物が飲める。楽しみだね」

足取り軽く食堂へ。

「気の利く奴だよ、まったく」


高級なジンの瓶を持ったローラが
食堂に着くと、ラニだけでなく
カロンもすでにそこにいた。

急いだのだろう、
煤で汚れた顔を拭いてもいない。

「ははは、カロン君。

 気が急くのはわかるが、
 顔ぐらい拭いたらどうだい?」

「ん? ああ、ついてたか?」

気にした様子もなく雑に袖で顔をぬぐう。

「だめですよカロンさん、
 服汚れちゃいますよ」

ハンカチを渡す細やかな気遣いのラニ。

「お、悪いな。さんきゅ!」

ルージュが追い付いてきたのを確認し、
ローラは酒瓶の封を解き始める。

「これはね、名の知れた酒蔵ではないが、
 偏屈な男が長年かけて造り上げた
 独自の製法で――」

長くなりそうな解説が始まった。

「飯だ! 飯!!」

お構いなしに食べ物を取り出す船長。
ラニはローラの講釈を真面目に聞いている。

「というわけでジンは安酒だなんて
 認識を変えるような
 逸品というわけだよ、これは」

「ローラさんって……物知りですね。
 どこで学んだんですか?」

「うん?
 屋敷の出入りの酒屋から
 色々教えてもらったのさ」

「屋敷の出入りの酒屋……
 分かってたけど……

 やっぱりすごく
 お金持ちさんだったんですね……」

想像もつかないといった顔の少年。

「とはいえ、羽振りが良かったのは
 穀潰しの親父殿が
 余計なことを始める前までだ。

 つまり当時私はまだ酒は嗜んでいなくてね。

 実のところ、
 美味いと思えるようになってきたのは
 最近のことだったりするのさ」

そんな会話の裏でカロンは
食事の用意をしていた。

「軽くつまめるものでも作るかな……
 バゲットの残りとチーズとハム……」

隣にスッと立つルージュ。

「料理出来るクチか?」

「ん?
 そりゃ自分が食う飯くらい作れるだろ?

 普段は面倒だから、しねーけど、
 いい酒出してもらったしな!」

手際よく簡単な調理を進めていく。

「あたしは血を見ると
 無性に喉が渇いちまってな、
 手をかけれねー体質なのさ」

「ほ~ん? 難儀な体質だな……。

 ま、これでも食って待ってな」

チーズをハムで巻いてオリーブオイルを垂らし
塩を振ったものがルージュの口に入れられた。

その時、ルージュに電撃走る。

「飲むしかねぇ!」

ローラが手の空いているラニとルージュの
ジョッキに高級ジンを注ぐ。

「こないだ飲まされ――
 飲んだ時はまずかったけど……

 ローラさんの持ってきたこのお酒は、
 僕でも美味しいって感じます。
 なんだか上品な味で」

ニコリと微笑んだローラは
カロンの作ったアペタイザーを食べ、
ジンをくいっと飲む。

「いいね。
 あの雄大な眺めを前にしてこれは。

 実にいい」

ラニも喜んで頬張る。

「カロンさんの料理……美味しいですね!
 ……っていうか、作れるなら
 普段も作ってくださいよ!」

「面倒。次は金とる。
 もしくはエールと引き換えな」

「エールで食えるのか?
 そりゃ随分安いな?」

ケラケラと笑うルージュは
もう酒のおかわりを注いでいる。

「ふむ、塩加減が絶妙だな。
 良い塩梅だよカロン君。

 こういうところでもバランス感覚の
 良さが出てくるものなのかな」

上機嫌なローラに褒められ
カロンは照れた様子を見せる。

「つーかなんだお前らさっきから
 大袈裟だな……」

「人は褒めるべき時に褒めておくものなのさ。
 難癖付けるのはいつだって
 誰にだってできるからね」

「ラニの飯だって美味いだろ」

「ほうひゃな!」

食べながら不明瞭な声を出したルージュは
おそらく、そうだなと同意している。

「そうですか!? 良かったぁ……
 今度料理のレシピ本さがして、
 レパートリー増やしておきますね!」

こうして、しばし口福を味わう一同。

「それにしても……
 すごい危険な場所って噂でしたけど……
 今のところすごく順調ですね」

ちびちびと高級ジンを飲みながら、
しみじみとラニが言う。

「いまんとこ、うまく回ってんな」

エールに切り替えグビグビやっていた
ルージュはラニをビシッと指差す。

「船は独りじゃ動かせねー」

いい動きだな!
3人を見渡して、そう賞賛の言葉を贈った。

「えへへ……船長や皆さんの
 教えがいいですからね!」

「ああ、早く行きたいならひとりで行け、
 遠くへ行きたいならみんなで行けって?」

高級ジンの瓶を抜け目なく手元に引き寄せ、
カロンは箴言を引用する。

「指揮が良いのさ。

 羊に率いられた狼の群れは
 狼に率いられた羊の群れにも
 負けると言うだろう」

ローラも何かで読んだ言葉を挙げて
ルージュを持ち上げる。

「それ、想像すると
 どっちも可愛い集団ですね」

酔ってるのか、あははと笑うラニ。

「ハッハッハ! つえーって事だな?」

頭の回っていなさそうなルージュに
カロンが相槌を打つ。

「まあ、うまく回ってるから
 いいってことだろ」

ご機嫌なルージュはカッと目を見開き
全員にジョッキを持つよう促した。

それに応えて乾杯の構えをとる面々。

「ようこそ!! どこまでも自由で!
 爽快な! 地獄への旅路へ!!

 ラニの初出航に。
 そして、あたしたちの初出航に!

 乾杯だ!!」

乾杯の声。
カツンとジョッキの合わされる音。

「地獄への旅なら橋渡しは任せとけ!」

カロンの歓声。
窓の外を見るローラの独り言。

「ふふふ、親父殿、
 どこで野垂れ死んだか知らないが、
 こんな光景は目にしていないだろう」

ラニの目は少しだけ、涙で潤んでいた。

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