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電波戦隊スイハンジャー#210 白兎

第10章 高天原、We are legal alien!

白兎

地面に縦二本、その上端に横二本、と丸太を組んで作られたその屋根のない門だけの奇妙な建物は遥か昔から…

鳥居

あるいは於上不葺御門うえふかずのみかど

と呼ばれ、目的は何かは解らないが、この国の初代大王が各地に作らせたのだ。という逸話が後の世の民に伝えられ、殊に大王の子孫である王族は鳥居の向こうを聖域と呼び、一切の罪穢れごとを禁じていた。

…あと少しだ、あと少しで聖域に達すれば、助かる。

追手に見つからぬよう宵闇に紛れ、山間の木々をくぐりぬけながら山の頂の鳥居を目指すのは年の頃17、8の若者と30半ばの女。

里を抜け出してから三日三晩歩き続け、夕焼けに照らされたこの国で最初に建てられたという聖域の門、鳥居を1町(約300メートル)先に見つけた時二人の疲労と不安が一気に消え去った。
「あの門をくぐり神域に入れば安全です…母様ははさま、あと少し!」
と若者は母を元気づけるため、わざと弾んだ声で言った。

が、母親のほうは慣れぬ旅で脚を痛めどう、とその場に倒れた。

「もう母は駄目です…吾子あこや、後はお前一人で行くのです」

荒い息の中、母親は鳥居を指さしてそう云うと息子は
「何を言うのです、母様を置いてはいけません」
とかぶりを振り、母親を背負って疲労でよろけながらも一歩、また一歩。と鳥居に向けて歩き出す。

だが彼のこの優しさが数刻後に仇となった。

あと数十歩で目的地に着く処で日が沈み切って鳥居の中で渦巻いていた結界への入口が閉ざされ辺りは闇になった。

あぁ…と嘆息する親子の背後を松明の火が照らし、振り返ると「よーぉ、白兎」と8人の兄たちが揃って卑屈な笑みを浮かべた。

その後のことは断片的にしか思い出せない。自分は後ろ手に縄で縛られ引き離され、母は近く木の幹に縛り付けられ、
「何で末子で弱虫のお前が次の王なんだよ!?」

「大体お前なんか生まれてこなければよかったんだっ!」

「お前が生まれてくる前弟なんか要らない、って籠を外に放り投げたもんだぜー、弟オオナムヂよ、今ここで死ね」

とすぐ上の兄に言われた直後、兄たちは手に持った松明を次々に体に押し付けて来た。
熱さと痛みと息苦しさが延々と続き、殺してくれと何度も哀願する中意識を失った。

「へへ…死んだ死んだ、白兎が死んだ!これで父王の遺言は無しだ」
「王子の中でお前だけ父にかわいがられやがって。ずぅーっとこうしてやりたかったから楽しかったぜーぇ」
「国の事は俺たちがまとめてやるからよぉー、安心して逝きな」

と全身赤むくれに焼けただれた末弟の腹に剣先を向けて長兄がとどめを刺そうとした時、

ぶぅおん!
とという轟音と共に鳥居の結界が開いた。

(おのれらの禁忌を犯した罪と獣以下の行い見てしまったぞ…成程、お前らの父フユキヌの人を見る目は確かだ)

な、なんで夜明けまで開かぬ筈の結界が?

と驚く8人の王子たちの眼前に映ったのは怒りで血走った眼をした銀髪銀眼の初老の男。それが後の世に

八十神やそがみ

と呼ばれる者たちが最後に見た光景だった。

何故なら銀髪の男が放った手刀の一閃で彼らの首は胴から離れてしまったのだから。

胴体から血飛沫が放たれ、熟した瓜のように地面に転がった8つの首に向かって

「お前らなぞ我が刀の錆になる資格もない」

と言い捨てた男はぱちん、と指を鳴らして小さな真空波を放ち、母親の縄を解いた。

吾子やぁ!と急いで息子に縋り付いた母は赤くだだれた息子の手を取るとふぅーっ、と白い煙状の生命力の塊を吐き出し、掌で丸めて息子の心の臓に押し込んだ。

先程まで止まっていた脈が…とくん、とくん。と波打つ。

「驚いたな、貴女にはそのような力があるのか」

目を瞠る男に先王フユキヌの側室サシクニワカヒメが

「なんとか蘇生はさせました…でも私にはこれ以上の事は出来ない。どうか、どうか息子を助けて!」

と血を吐くような声で哀願すると、

「承知した。必ず助ける」

と男は答えた。

途端に辺りは波飛沫のような青いうねりに包まれ、鳥居の前には首を失った骸たちだけが残された。


(これは…酷い。血を分けた弟に兄がすること?いや、本当に人間のする事なの?)

(私が隠れてから五百年、子孫たちは甘やかされ、その血は腐ってしまったようです)

(弟よ、私は故郷の銀河のみならずこの星の様々な文明や国家体制を見てきたがどれも為政者の自惚れによって、滅びた)

(食うに困らない立場という甘え、王の子孫であるという驕り、そして己を省みない視野の狭さ。その3つが揃うと、人は暴君になる)

青年白兎ことオオナムヂは温かい水の中で何度か目覚め、その度に体の苦痛が癒えていくのを感じた。

それにしても水の向こうで会話しているのは一体誰だろう?

そうして何十度めかの眠りから目覚めた時、

「意識覚醒、カプセルから羊水を排出します」

という無機質な男の声に続いて体の周りの水位がどんどん下がり、上部の蓋が開かれ新鮮な空気が入ってきて…

うおっ、おっ、おっ、おえええぇ!

と猛烈な吐気に襲われて肺内の水分を咳き込みながら吐き出したオオナムヂはそこでやっと治療用カプセルから半身起き出して辺りを見回した。

「意識、脈拍、自発呼吸回復。これ以上の羊水療法は運動機能の低下に繋がりますので後は機能回復訓練リハビリテーションに移行します」

と藍色の髪の男が頭頂から足の爪先まで確認してから傍らの銀髪の女性に報告し、

「あなたの負った傷が深すぎて右目の角膜と火傷の跡は完全に治せなかった…ごめんなさい」

言われてみれば右側の視野が狭くなってる。残った左目で自分の右半身を確認してみると引き攣れた火傷の瘢痕が広がっている。

「いいのです、こうして助けて下さったのですから。どんなに感謝してもし尽くせない。私は豊葦原族第9王子オオナムヂ。あなた方は…」

「私は高天原族王女ユミヒコ」
「私めは王女の助手、思惟しい

と治療に当たった二人が名乗り、
「ほらあんたも名乗りなさい」
とせっつくユミヒコのやや斜め後ろに控えていたのは長い銀髪を垂らした年の頃四十くらいの男。

「わが名はスサノオ。お前の6代先祖である。お前の愚兄たちの蛮行許せず決まりごとを破って結界から出て来た…もっと早くに助けるべきだった、済まない」

とスサノオは手を付いて謝罪した。

「あなた様が葦原中津国の建国者スサノオ大王…!」

息が止まるくらいオオナムヂは驚いた。
そして「大王様が手を地につけるだなんてそのような事、お、おやめ下さいっ!」と慌ててカプセルから這い出したオオナムヂを前に煎じ薬を持ってきた年の頃14、5位の少女がきゃっ!と両袖で顔を覆った。

「これは我が末娘スセリビメ。お前の看病役に申し付ける」

「よ、宜しくお願いいたします…」

スセリビメは目隠ししたまま薬の入った竹筒を押し付け、彼女のその態度で自分が全裸であることに気付いたオオアナムヂは慌てて片手で前を隠した。

「ここは次元の狭間の結界内ゆえ安心して養生致せ」

というスサノオの厚意で鳥居の結界内で養生してから二十日が過ぎた。
スセリビメの介助のおかげで杖をついて歩けるようになり、こうして鳥居が建つ山頂から青い海を見渡せる程体が回復した。

心配なのは、私を蘇生させるためにご自分の命の半分を削って寝たきりになってしまわれた母上と、

父王崩御し、王子が全員失踪してしまった国の行方…

「自分が戻らぬ間に臣がよからぬ企てをして国を乗っ取るのではないか、と気が気でないのだろう?」

鳥居の柱にもたれてオオナムヂの回復状態を見ていたスサノオは

頃合いよし。

と見定め、
「なあ我が子孫オオアナムヂよ、娘はどうやらお前を好いてしまったようだ。このまま娶ってくれぬか?」

大王様からの不意打ちのお願いにオオアナムヂはスセリビメの顔を見つめ、スセリは頬を赤くし、
「一生お供します」
と彼の胸に顔を埋めた。

「よーし、これで婚約成立だ。お前、娘を連れて国に帰れ。そして『これ』を持って王となる宣言をしろ」

スサノオが足元の葛篭つづらを開いて見せたものにオオアナムヂは一瞬激しく顔を歪めたがすぐに気を取り直し、

「解りました、帰って国を取りまとめます。その代わり母を宜しくお願いします」

と言ってスセリビメの手を取った。

こんないい眼をした若者に初めて出会ったぞ。

スサノオは満足げにうなずき、

「妻を娶ったのだから名前も改める必要があるな。我の跡を継ぐにふさわしい名を今授けよう。その名は─」

5日後、
予想通り王位を簒奪しようとしていた臣たちを処罰し、冷凍されていた兄たちの首を周りに並べたオオナムヂは高台の上で民に向かって

「皆の者、お前らを苦しめていた佞臣と傲慢な王子どもはこの通り返り討ちにした。先王フユキヌの遺言通り我、豊葦原族王子オオナムヂは…これよりオオクニヌシ(大国主)と名を改め大王となる事を宣言する!異論はないか!?」

内心とても緊張しながらもオオクニヌシは民たちをわざと睥睨してみせた。

民の反応は…

お小さい頃から白兎、と呼ばれて兄たちにいじめられていた王子が重傷を負いながらも兄わ返り討ちになさったとは逞しくなられたものよ。

王子たちの中で唯一民に労りの心で接してくださったクニヌシは必ずや良き王になる!

と期待に沸き立ち、大国主さま!
大王さまぁ!

と地が揺るぐような歓声が湧いた。

こうして建国者スサノオに選ばれた若者白兎は、

この瞬間
大国主
と言う名の国つ神の大王となったのである。

後記
🐇さんは大国主の使い











































































































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