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電波戦隊スイハンジャー#172 役白専女2

第9章 魔性、イエロー琢磨のツインソウル

役白専女2

苦しみの根源は自分が自分であり続けることで、唯一の後悔といえば、
生まれて来てしまったことだ。

青く輝く水の中に自分は横たわっていて、時折目覚めては水面に輝く光のかたまりをただ見つめていた。

自我も無く、生きるために必要な情報を「学習」するために様々な夢を見させられている内に

…生まれることがとても恐ろしくなったのだ。

やがて、自分は栄養供給の全てを自ら止めた。

何種類かのけたたましい警告音。

このままでは「彼女」が死んでしまいます!という助手たちの声。

「仕方がない、強制分娩させる」
という主の指示のもと、自分を守っていた厚い膜が引き裂かれ何人かの助手の手で自分は無理矢理光の中に引きずり出された。

いやだいやだ!そちら側に行きたくない…

うああああ、うああああ!と泣き叫び、胸腔の羊水を吐き出しながら成人女性の姿で誕生した自分に「お父様」が掛けてくれた言葉は、

「待っていたよ…イザナミ」だった。

チガウ、ワタシハ「イザナミ」デハナイ。

アメノウズメは、誕生してすぐに絶望を覚えた。

ウズメ!ウズメさん!と夫と義母に揺り起こされてウズメは目覚めた。

「大層うなされていたよ、あまりにも辛そうだから起こしてしまった、お飲み」
と、白専女が差し出す薬湯を飲むと体が芯まで温まり、少しは気分が落ち着いた。

「まだ夜明け前なんですね…お騒がせしてすみません」
いいんだよ。と小角はかぶりを振り、「どうする、もう少し眠るか?」と問うと、
「夢の続きを見てしまうからこのまま起きています」と答えるのがウズメの常で、あの夢で目覚めた朝は、

ああ、また生まれてきてしまった…
と胸の動悸を押さえながら1日を迎えるのであった。

役一族えんのいちぞくが渡来人の女ウズメを受け入れてから半年が経ち、冬ごもりを終えた村の人びとが春を迎えた。

朝餉を終えると男たちは狩りや畑仕事に出て、女たちは籠を持って山菜や薬草や、木の実を取りに外に出る。

籠を頭に乗せたウズメの姿を見ると皆、作業の手を止めウズメさま!ウズメさま!と笑顔で呼びかけ、子供たちなどは彼女の後を付いて行こうとして親に止められる始末。

「おはよう皆さん」
と微笑む美しいウズメに、村人たちは皆、魅了されていた。

「長く独りでいたので、小角さまと出会う前はあまり記憶が無いのです」

と言ってあまり多くを語らないウズメだが、倅が惚れ抜いている女だし、よく働きよく子守りをしてくれるいい嫁だ。と白専女は満足している。が、数え上げればきりがないくらい変わったところと言うか…

人の背丈以上もある猪を、素手で仕留めて一人で担いで帰って来たり、手刀で薪割りしてたり、嗅いだだけで薬草の効用や毒性を言い当てたりと、

随分人間離れした嫁だねえ。

と、思う場面は何度もあったが渡来人とはそういうものなのかもしれない。とあまり深く考えず穏やかな日々を過ごしていた。

一緒に洞川どろがわ、という温泉に浸かっていた時、白専女はウズメの乳房の間に渦の形をした青黒い痣を見とめて

「あなたは渦の女と書いて渦女うずめと名付けられたのかもしれない」

といきなり言ったのでウズメはどきり、とした。

さ、さすがはお母様。巫女の能力を持っているせいか時々鋭い指摘をなさる…

そうでしょうか?とウズメは空っとぼけて、

「物心ついた時から両親は無くて、主に仕えていた記憶はぼんやりと…『これ』もいつ付いたものか」
と胸の痣を指してわざと遠い目をした。

実は高天原族が生まれつき持ってる痣なんですけどね。

「そうかい、大陸のある国では奴隷の証に刺青を入れられる、って翁から聞いた事がある。あなたももしかしたら、と思ってさ」

と言うと白専女はばしゃばしゃ!と大袈裟に湯で顔を洗い、
「この話はここまでにしよう」と立ち上がって湯から出る彼女はとても38才とは思えない引き締まった肢体から湯気をたたせ、ウズメもそれに倣った。

お母様。

もう、イザナミ王妃が死なないように。

とイザナキ王の勝手な望みで王妃の複製として不死の体に作られ生まれさせられて、王族の乳母でいる命令を刷り込まれた私は、奴隷みたいなものなんですよ。

それから数日後、ウズメは家族の前で朝餉の粥を吐き戻した。

「どうしたウズメ?」
と心配して背中をさすってくれる夫の手の温もりを感じながら「さあ、食べ物を吐く事自体初めてなもので…」と首をかしげるウズメを白専女はちょっと、と呼び出し、

「こないだ一緒に温泉入った時から気づいてたんだけど、ウズメさんあなた身籠ってるよ」と告げた。

私、子供作れる体だったんだ…小角としか生殖行為したことないけどさ。

ヒューマノイドである私が、子供を産み育てる。

実の父母を持たず、ちゃんとした家族に育てられた事もない自分にそれが出来るだろうか?

とウズメの中に沸き上がる不安をすぐに打ち消してくれたのが
「やったなウズメ!」と抱き上げてくれた夫小角と「ねえねえ、いつ生まれるの!?」と興奮して飛び上がる怜と水輪みなわ
「みんな聞いてくれ、ウズメが身籠った。俺たちに子が産まれるんだ!」と知らされ、「おめでとうございますウズメ様…」「次のお頭のお子ですねえ!」と喜ぶ村人たちの祝福の声だった。

ああ、私みんなとここに居て、子供産んでもいいんだ…
と夫に抱きかかえられてくるくる回る新緑の景色の中でウズメは生まれて初めて「自分の為の人生」を見つけることが出来た。

「いくら嬉しいからって妊婦に何てことするんだい!」と息子を叱りつけてから白専女はウズメに向き直り、
「だからウズメさん、これからは体を労わって走り回ったり重いもの持ったりするんじゃないよ。あんた平気で無茶するから」
と真剣な顔つきで忠告すると、

「じゃあ体術のお稽古もお休みですわね」とあっけらかんとウズメは笑い、

「あんた子供たちにそんなことも仕込んでたのかい…」
と白専女は脱力した。

春が過ぎ、雨の季節が終わろうとする頃にはウズメのお腹は膨らみ、お腹の子も動くようになった。

「この大きさだと秋にはお産でしょうね」
と村の女たちは少しずつ布を集めてウズメに差し出してくれる。

「赤ん坊におむつが必要なのは解りますけど、こんなに布がいるの?」

と驚いてウズメが聞くと女たちは「ウズメさまは初産ですからねえ、赤ん坊には『たんと』布が要るんですよ。洗っても洗ってもきりが無いんだ!」と言って笑い合うのだった。

こうして出産に向けて準備していると、雨の日に籠って機織りしていても晴れ晴れとした心持ちでいられる。

しかし、いま心配なのは…


老人の足元で松明たいまつがぽとり、と落ちて油を撒いた床の上を紅い炎が舐めるように広がり、やがてそれは壁から天井にまで這い上って部屋中を覆い尽くす。

豪華な調度品や足元の竹簡、裾から衣服に炎が燃え移り目の前を赤黒く染めていく。

駄目だ、そんなことをしてはいけない!と何度も叫ぶのだが声にはならず、炎に包まれて走り回る老人の胸の奥から、

もう生きていても仕方がない…という悲痛な叫びが頭の中に何度もこだまする。

「駄目だよ!」という自分の叫び声で白専女は目覚めた。

全身を汗で濡らし、肩で激しく息を付く。この数日間立て続けに炎に包まれる老人の夢を見るので、

近い内に何かが起こる。と彼女は予見していたのだが、視たものを公言してはいけない。それがいにしえからある本物の巫女たちの決まり事であった。

巫女の予言ひとつであまたの人々が生け贄にされ、戦に駆り出されては死に、いくつもの部族が滅んできた歴史があり、

予言を外した巫女は責任を取って死ななければばらないという定めが無くなってからどれ位経ったのだろう…

死の宿命から解放されても、巫女の能力は消えることが無い。それがずっと白専女を苦しめてきた。


「お母様」といつの間にか嫁のウズメが背中をさすってくれていることにも気づかなかった。悪いね、と白専女はされるままになる。ウズメに撫でてもらうと何故か夢の記憶が頭の中で消失し、気持ちが楽になるのであった。

「外は…ずっと雨なんだねえ」
「また怖い夢を見ていたのですか?」

「ああ、夢には蓋することができないから」と言って白専女は暗い室内でうなだれた。


それから半月近く経ったある日、近隣の豪族たちの集会から帰って来た小角と翁が随分切迫した顔つきで小屋に入ってきて、

「母上、落ち着いて聞いてくれ…
蘇我が滅びた。
蘇我のせがれが儀式の最中に皇子に殺され、頭領は邸に火を放って死んだそうだ」

皇極天皇四年(645年7月)、乙巳おつしの変と呼ばれる事件が起こったのは新羅、百済、高句麗からの使者が天皇に謁見して朝貢を献上する三国の調の儀式の時。

大臣として出席していた蘇我入鹿が中大兄皇子と佐伯子麻呂さえきのこまろに斬りつけられて絶命し、父親の蝦夷は邸に火を放って自害した。

と息子の口から蘇我本家の滅亡を知らされた時、白専女の顔から血の気が失せていた。

「すこし…ひとりにしておくれ」

ふらふらと裏口から外に出た白専女は村人に見付からないように山道を歩き続け、やがて村全体を見下ろせる崖の上に立っていた。

何てことだ。何度も見せられたあの夢は、実家の物部氏を滅ぼし、幼い頃から仇と思って憎み続けていた、
蘇我の滅びの予見だったのか。

あの火に包まれた老人は蘇我の頭領、蝦夷えみしだったのだ!

何でだろうねえ、憎き仇が燃えるを目の前にしてざまをみろ、とも本懐を遂げたとも思えない。

息子を殺され築いてきた全てを失って、
もう心まで死んで自分の体を無にすることしか考えつかなかった、哀れな老人の最期だったよ。

崖の下の役一族の村の広場では飯を作るために女たちが火を焚き、白い煙が立ち昇る。

「そこにいるのはわかってるんだよ、出ておいで」

促されて木陰から出てきたウズメは姑の背後で膨らんだお腹を抱えて片膝を付き、
「ごめんさい、お母様が早まったことをしないように付いててくれ。と小角さまに言われて…」と謝した。

まったく余計な心配を!と 白専女は苦笑したが、
「でもありがとうよ。いてくれて心強い」と振り返って力無く笑った。

「私の父、物部間鳥もののべのまとりは蘇我の兵が射かける矢に頭を貫かれて死んだ。

翁に連れられて逃げる私が見た父上の最期の姿だ…何十年も経ってこうして仇が滅んで、『ざまをみろ』って思っただけではちっともこの虚しさは癒されない…癒されないんだよっ!」

結局、蘇我は物部同様政争で滅んだ家の一つになり私は、

自分が自分であることをやめてしまいたい。

という老人の心の奈落を覗いてしまった。ああ、引きずり込まれそうだ…

うずくまって嗚咽する白専女の手にウズメは己が手を重ね、

「でも、私はお母様のおかげで、
生まれてきた後悔を癒すことができましたわよ」

と姑と並んで立ち上がり、呑気な日常の煙を黙って見つめた。

後記
大化の改新が起こり、白専女の悲痛な過去が明かされる。










































































































































































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