電波戦隊スイハンジャー#75
第4章・荒ぶる神、シルバー&ピンクの共闘
白拍子花子5
葉子が右手を中空にかざすと、
先の戦闘でぐちゃぐちゃになっていたテーブルと料理の瓦礫からベネチアングラスのコップが浮き上がり、
葉子の右手のひらに吸い込まれて、触れた瞬間にぐしゃっ、と砂粒よりも細かい粒子と化して、消えた。
(諸君には解りやすいように、敢えて粒子を視覚化してみせた…
分かるかね?私には、物質を素粒子単位まで還元する能力があるのだよ)
それがどういう意味を持つのか、リビングにいた全員が総毛立った。
つまりはここにいる全員を砂粒以下にして消してやる。
葉子に憑りついた怨霊はそう言っているのだ。
この力はもう人間の持つ超能力の範疇ではない!とグリーンは思った。
事実上、物質を「消滅」させるだなんてもう神か仏の領域…!
(人間相手に実行したのは初めてではないよ…
しかしこんなに大勢をいっぺんに消せるのかな?まあやってみよう)
葉子が実に少女らしい可愛い笑みを浮かべてみせた。美形なだけに、余計に菜緒はゾッとした。
「寂しくなるわね、おじいちゃん」
「うるさい化け物!わしの葉子を返せー!!」
クラウスは果敢にもすでに肉体さえも人外と化した葉子に食って掛かるが、松五郎が張ったバリアに阻まれ、ばんばん半透明の膜を叩く事しか出来ない。
心では分かっているのだ。もはや葉子は人間ではない…だが孫の心までこの酷薄すぎる怨霊に喰われたなんて、認めるものか!!
クラウスの妻で葉子の義理の祖母孝子はもうショックで失神寸前である。
「クリスタ!ああ、クリスタ…」錯乱した孝子は葉子の母親の名を叫び続けた。
「ジュニア…祥次郎ジュニア、何とかしてくれ!!!」
世界的指揮者の血を吐くような叫びであった。
クラウスはバリアーの中からシルバーに向かってひざまづいて拝み倒した。
「わしは元々神も仏も信じてない。
この世の全ては努力した人間の成し遂げた業だと思うてきた。
若い頃は、ライバルを平気で蹴散らして来た非情な男やった…
人から好かれない指揮者は成功しない、と忠告してわしを変えてくれたのが祥次郎やったんや!
祥次郎なしでは今のわしはおらん、今までの実績も、地位も名誉も財産も、かなぐり捨てる、
祥次郎の息子シルバーエンゼルと6色の戦士よ、葉子の心を取り戻してくれぇっ!」
シルバーは孫を奪われた哀れな老人となったクラウスに向かって実に恰好のいいピースサインを出した。
態度だけは威風堂々だがもちろん、策なんてない。
どうすればいい?あの子を救うにはどうすれば…武器の杖をこつん、とマスクの額に当てて、目を閉じた。
(後は、吾に任せよ…)心の奥から、聡介と同じだが、もっと響きの深い声がした。
これはもう「人」を超えた戦いである。汝(なれ)は善く戦った…
そうかい、やっぱり「あんた」に任せるしかないな…シルバーは再び、額をこつん、と叩く…
その10分前。
東京根津の安宿バー、「グラン・クリュ」の客足はいつもより多めであった。
バイト女子大生きららの「いやーん、まいっちんぐ爽やかお色気作戦」の口コミを聞いてやってきたスケベ野郎の観光客と近所のおっさんと仕事帰りのサラリーマンが半分だったが…
「なんでえなんでえ、巨乳のきららちゃんはいねーのかよ!」とくってかかる酔客に
「婦女子を夜遅くに働かせられるか!それにうちは風俗店じゃなくて飲食店だ!」
ときっぱり言い切って対応するオッチーこと役小角の姿がカウンター内にあった。
けっ、と背広姿の40代くらいの中年客が酒臭い息をオッチーに吐きかけた。
「ああん?婦女子っておめーは大正時代の人間かっつーの!所詮若い娘なんて金と居場所欲しさにカラダを売る牝(メス)ばっかりじゃねーか」
この中年オヤジの言葉にオッチーはブチ切れた。
「おいリーマン、お前に嫁がいるか?娘がいるか?」
い、いるよ!と客は答えた。オッチーはへらへら笑ってどぎつい質問をした。
「さてはエンコーしたことあるな。中学生か?小学生か?娘より年下か!このロリコン。
女を敬わねえ奴なんざおれは大っ嫌いだ」
明らかに客はうろたえていたが(身に覚えがありそうだ)、口調はシラを切って年配の店員である柴垣さんに攻撃の矛先を変えた。
「い、いやだなあ。なんて口の悪い店員置いてるんだ。どういう社員教育をしているんだね?」
同じ中年として恥ずかしい…と52歳の柴垣さんは内心この酔客にはらわた煮えくり返っていた。
「さっきからお客さんの方が口と態度が悪いべよ。おめーさん酒乱か?
仕事のストレスから酒に逃げて家族に当たる奴なんて、誰にも好かれねえべよ。
若いおねーちゃんに相手してもらいたかったらちゃんと正規営業の風俗店さ行け!」
そうだそうだー!と近所のおっさん達がテレビに映る国会議員の如くヤジを飛ばす。常連客のフランス人大学院生フィリップくんも柴垣さんに加勢した。
「アンタは二ホンの中年の恥デース!今や日本は少女買春大国の嘆かわしい国デスヨっ、
オトトイキヤガーレッ、この馬鹿野郎!!」
とフィリップくんは近所の江戸っ子の松蔵じいさんから習った「嫌な客と縁を切る魔法のスラング」を酔客に投げつけた。
日本のリーマンは、多数相手の口喧嘩とまくしたてる外国人には弱い、と相場が決まっているもので客はこの時代錯誤!とオッチーに捨て台詞を吐いた。
「ああ、ちなみにおれは大正時代じゃなくて飛鳥時代の人間だからな」
オッチーにとっては事実だが、予想の斜め上をいくふざけた答えに客は毒気を抜かれ、顔をひくひく痙攣させながら店を出て行った。
「オッチーさんのジヨーダン、面白いでーす」
「お前のウルトラマンみたいな眼鏡フレームとケツアゴもな、フィリップ!」
とノリで客と店員がハイタッチしている。
巽くんも仕事に慣れたべなーと柴垣さんは温かい目でオッチー見た。
それにしても、今夜は社長の勝沼さんが接待パーティーに隆文くんも連れて行ってしまって人員不足。
でもさすがは社長、臨時の派遣バイトに、と巽くんの妹さんとその旦那さん(前鬼と後鬼である)が来てくれたんだが…
旦那さんのミナワさんの包丁の研ぎ方がテレビで見た外人の傭兵みたいで少し怖い事と、
妹さんの怜さんがウェイトレスとしては優秀だが千年前から笑顔を忘れたみたいな仏頂面ですごく怖い、事以外は問題なく仕事が回っていた。
巽くんがギャルソンエプロンのポッケからガラケーを取り出し、2、3回肯いた後で急に「柴垣さん、社長から呼び出しかかったけど…仕事回りますかね?」
と神妙な面持ちで尋ねて来た。ロン毛でチャラい30男だと最初は思ったが、意外に勤務態度のいい男である。
それに、まるで人の心が読めるかのように接客に長けているのだ。
「ええよ、今は客足が減ったし。社長命令じゃなあ」と柴垣さんは呑気に答えた。
じゃあ、妹夫婦に告げてからオッチーは店を出た。
やれやれ、ケータイに出る振りしねーと怪しまれるからなー。店の裏で周りに誰もいないのをオッチーは確認した。
実は、最強スペックのシルバーがSOSのサインを出したら加勢しに行く、とミュラー邸のパーティーに呼ばれて「すごく厭な予感がする」とこぼした聡介と約束していたのだ。
天狗、来やがれ!!
とシルバーの心の叫びがオッチーの脳内に飛び込んだ。まあ俺様がテレパシー使えるなんてあまり他人には教えてないけどな…
オッチーは京都のミュラー邸に向けて瞬時にテレポートした。なぜか、黒い羽根を数枚残して…
「本当に座興だったんだべか…」
レッドがマスクの下で口をあんぐりさせた。消される?それは死ぬのと同じ事?おらが?
いやだ!とレッドは恐怖におののきながら頭で否定した。
脳裏に妻の美代子の顔が浮かんだ。
美代子のお腹の赤ん坊…我が子を抱くまで、死ねるか!
「おらは駄目なリーダーだ。なーんも策はねー!他のメンバー、誰か葉子ちゃんを救い出す手はねーか!?」
レッドはメンバーたちを振り返りった。ピンクとシルバー以外、肩を落とす。
「ちょっとちょっと、怨霊花子ちゃん。悪ガキが随分な口叩くんじゃないわよ!」
ピンクが腕組みして葉子に減らず口を叩くがもちろん虚勢である。こうでもしないと恐怖で押しつぶされそうになる…。
聡ちゃん…!!すがるようにピンクはシルバーを見た。
さっきから杖をマスクの額に押し当てたまま動かなかったシルバーが、杖を下ろして斜め前のピンクに話しかけた。
「ウズメの眷属、紺野蓮太郎よ。よくやった。ここからは人間の領域ではない、皆、下がれ」
声は聡介だが、言葉遣いはなんだか古風で、立ち姿も威厳に満ちている…言われるままに戦隊は光彦のいる位置まで後退するしかなかった。
「あんた、誰?」違う、聡ちゃんじゃない!
数秒前に聡介は心の中で宣言した。
俺の中にいる「荒魂(あらみたま)」よ、俺の体をお前に明け渡す!頼むぜ!
承知した。と荒魂は答えた。次の瞬間、聡介の体中にえもいわれぬ力が指先まで漲った。
銀色の閃光!
聡介が取った行動、それは自らの変身解除であった。
何を今更無謀な!と他のメンバー全員が思った。
銀色のスーツを取り去り、ブルックス・ブラザースの背広姿の、長い銀髪の青年が立っていた。
そしてメンバーたちを振り返って、清々しく笑った。
顔は聡介そっくりであるが、全体の筋肉が聡介より3割増し、厚い胸板でシャツの第2ボタンまでが弾け飛んだ。青年はネクタイを面倒臭そうに引きちぎった。
「現代人はこんな窮屈な衣によく耐えられるなー」
それが、青年の第一声であった。
あー肩凝った、と青年はばきばき肩を慣らしてスーツの上着を脱いで丁寧に折りたたんでピンクに投げ渡す。
「新調した衣よ。傷つけたら後で聡介に叱られるでな」と呟いて眼前で宙に浮く葉子の方を向いた。
目の前で起こった事に、葉子に憑りついた怨霊も何が何だか理解不能であった。
まさか戦闘用の鎧を脱いで別の人間になる?
いや、瞳が銀色に輝いている…こいつも人間ではない!
青年から放たれる物凄い殺気で、美しい蛾のように変化した葉子が宙で後ずさる…
くそう、この私が恐怖するなんて!
「そこな女(め)の子よ、汝の魂を解放してやろう」
青年はこっちを睨み下ろす葉子に向かってすたすたと歩み寄る。
生まれた頃から恐怖を知らないど阿呆のような行動!
光彦のバリアーに潜り込んだメンバー達はちょっと、ちょっとちょっと!
と声を荒げそーになった。
光彦はこの間、祖父の織人からの忠告を思い出して、はっと目を見開いた。
まさかじーちゃん、こういうことだったのか?聡介になつくのはいいが、あいつの『本性』には惹かれるなって…
もう人外同士の戦いじゃないか!葉子の肉体から力が放出され、部屋の照明が砂状に砕け散る。部屋中に、葉子の起こす砂嵐が渦を巻く…
(そこの銀髪の異形!名を名乗れ)ウサギの毛のような体毛に覆われた葉子の顔面が怯えて歪んだ。
「汝のほうが十分異形ではないか。面倒だから名乗らぬ」青年はしれっと言い放った。
「ナイスツッコミ!」
と松五郎は片手の拳を引いてYES!と叫んだ。光彦は気付いた。このとんでもない事態の中、松五郎だけが冷静なのである。
いや、冷静というよりもワクワクしているではないか!ずっと前からこの青年を待っていたかのように。
「野上聡介の荒魂よ、ゆけー!」
「参る!!」青年が垂直に飛びあがって、葉子が我が身に張っていたバリアーに掴みかかり、引き裂いた。
「なんという馬鹿力だ!ええい、葉子の体を手放す訳にはいかぬ。銀髪よ、まずはお前から消えろおっ!」
葉子の複眼が異様な紫色の光を放つ。白いシャツが微粒子単位に砕け散り、青年は上半身裸になった。
左胸には青黒い渦巻状の痣がある。
まさかあいつ、ウズメさんと同じ印…同族なの!?
ピンクはマスク越しに頭を抱え込んだ。
「吾には効かぬよ」
青年が今度は不敵な笑みを浮かべた。そして右の手のひらを葉子の胸のペンダントの飾り…五十鈴に当てた。
(む、胸が、胸が熱い!!)怨霊にとっては心臓を鷲掴みにされ、灼熱で炙られるような苦しみである。
その頃ミュラー邸の屋根で黒の忍び装束に着替えた小角は
(修験者の白装束だと悪目立ちしてすぐ通報されるからである)
屋根の端に爪先だけでぶら下がり、
怨霊と青年の戦いの様子を覗いていた。葉子と聡介、二人の変化した姿を目撃して初めて、彼の中ですべての合点が行った。
「なるほどね、これじゃあ真魚が隠す訳だよ」
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