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電波戦隊スイハンジャー#183 観光戦隊スイハンジャー3

第9章 魔性、イエロー琢磨のツインソウル

観光戦隊スイハンジャー3

ねえ、兄ちゃん。

うん?

外の世界ってどんなところだと思う?

出てないんだもの、わかんないよ。

僕はきっと楽しいところだと思うよ。

おまえはいいなあ、呑気に考えられて。

兄ちゃんは違うの?

…僕は、外の世界が恐くて恐くて仕方がないんだ。


「七城先生には胎内記憶というものがありますか?」

と飛行機の座席で突然聞かれた正嗣は、
「…いえ、ないです」
と答えるしかなかった。

胎内記憶?

情報科学系の学科を出てるエリート官僚で、必要とあれば何処でもハッキング出来る(しちゃいけないけど)

ゴリゴリに理系の琢磨にいきなりそんなスピリチュアル系な事聞かれるなんて…

思ってもみなかった寺の跡継ぎで時々憑き物落としをするゴリゴリにスピリチュアルな人間なのに、

ストア派哲学で修士号を持っているため理性と抑制が強い正嗣は、

まず、深呼吸して自然な会話をしよう。

と思った。

「琢磨くんには産まれる前の記憶があるのですか?」

「ええ、お袋の腹の中でよく弟と話してました」

「話してたって胎児の状態で?」

なんていうんですかねえ、と琢磨は隣のシートで雑に頭を掻いて、

「七城先生が持ってるテレパシーで僕たち双子は色々会話してたんです。
生まれてしばらく経ってからはそんな能力無くなりましたが」

そこでむっつりと口を閉ざす琢磨に、

「胎児の頃や生まれた時の記憶を持ったままの事例はよくあるって言うのに、君はどうして重苦しい気持ちでそれを思い出すんですか?」

戦闘以外ではテレパシー能力を「閉じている」状態の正嗣は思いきって聞いてみた。

「僕は…生まれる事をとても怖がっていたんです。なんで僕を作った?と両親を逆恨みするほど」

「きっと忘れている前世の記憶で、現世はろくな処ではないのに。と魂に刻まれた傷がそうさせていたのかもしれませんね」

「多分、ってより絶対そうかも」

さ、気持ちを切り替えましょう!とばかりに琢磨は両手をぱん!と打ち、話はそれきりになった。

海口空港で降りた二人は小さめのキャリーバッグを引きずって空港近くのレストランで新鮮な魚介料理を中心とした中華料理を一口食べるなり「う、うまいっ!」と顔を見合わせた。

「五年前に食べた上海での肉まん、ミ◯ドの方が旨かった…ってゆートラウマ吹き飛びました!」
「五年前って、七城先生北京オリンピック見に行ったんですか?」

見てません。と海老入り生春巻きをかじってプアール茶で流し込んだ正嗣はかぶりを振った。

「二泊三日の上海旅行のチケット福引きで当たったんで、親父と行っただけです。

寺の線香が竹刀みたいにでかいわ、真夜中のホテルの廊下でボーイが大声で歌ってるわ、
なかなか刺激的な旅でしたけれど」

「親父と男二人…むっさいけれど羨ましいなあ」

琢磨の父親は海上自衛官で潜水艦の副館長という特殊な仕事柄から家族で行楽なんて片手の指におさまる位しか行ったことのない琢磨であった。

「それに双子なんで、親父と遊びに出るにも弟とワンセットだから。親父と二人きりってシチュエーションに密かに憧れているんです」

「そうだったんですか…」

「親父、定年退職したら故郷の高千穂で農業やりたいって言ってるし。巣立った子供たちよりお袋にベタベタしたいんじゃないかなあ?」

「結果、弟か妹が出来たりして」

冗談で正嗣が言うと、

「会うたび燃え上がるうちの両親ならやりかねない。どうしよう絶対双子だ…」

琢磨が本気で青ざめるのを見て正嗣は
「冗談ですよ冗談!」
と必死で打ち消し、角切りパイナップル入り酢豚を一皿奢ってあげた。


シンガポール人質救出組の隆文たちに比べて中国研修旅行組の七城正嗣と都城琢磨の旅は成田空港から香港経由で海南島へと飛行機の便も多く、蔡福明の観光農園に見学するだけ。

という気楽な旅程であるのだが…

何だろう?これから良くないことが起こるかも。というこの胸騒ぎは。

観光バスに乗り、琢磨がシンドバッド社長の観光農園までどれくらいか?と中国語で尋ねると、一時間半で着く。

と運転手が答えた。

シンドバッド。という今世界で一番知名度の高い低金利のネットバンキング企業の名を聞いた運転手は、

「蔡福明は天才でこの国の人間の恩人だよ!10年前なら中国の全国民がクレジットカードで買い物出来るなんて夢にも思ってなかった。それに、テーマパークやホテルを各地で作って若者たちの雇用を助けているんだ!」

と農園に着くまで約一時間、目を輝かせて福明の素晴らしさについて喋り続けた…

張福明、1985年香港生まれ。

父は外資系企業に勤めるビジネスマン。母は国連の同時通訳の仕事をしていていわゆる富裕層の子息である。

幼少時から英才教育を受け、小学生の頃からプログラム言語を駆使して独自のソフトを開発していた天才少年。1998年、13才の頃両親が交通事故で死亡。

その頃にシンガポールの富豪、蔡玄淵に引き取られ養子となって蔡福明と名を改める。

20才の時にブラウン大学で博士号取得。パートナーの明倫とは大学時代の同級生である。

「…なんか、勝沼さんよりドラマチックな経歴ですよねえ。
香港の中国返還直前に親が死んで、そのまま本国の施設に身柄を預けられそうなところを玄淵に引き取られて財閥の跡取りになるなんて。
その上低金利でキャッシュカードが使えるシステムを考案して通販事業を立ち上げて大成功している」

「ええ、人口10億越えの中国を拠点にしたところで他にネットバンキングをやっているライバルが少ない、顧客はたちまち増える。
口座の預金がそのまま自社の資産になる。決して奇をてらった商法ではない計算ずくのビジネスかと思われます。
…って、やっぱりネット検索の範囲が狭いですねえ」

タブレットで検索しながら珍しく正嗣が苛々していると琢磨が「まあそこはお国柄って事で我慢しましょう」と言って携帯機器の電源を切るよう促した。

豊穣農園という立体的な赤い字が横並びに取り付けられたゲートをくぐり、出国前に勝沼悟がくれたご優待チケットの二次元バーコードをチケット売り場でスキャンするとたちまちチケット販売の職員がぴん!と背筋をのばして

「ただちにゲストルームへご案内致します」と無線連絡をしてから3分後。

ゴルフ場で良く見かけるようなカートが目の前で停まり、運転手の女性職員が「ご優待の七城さま、都城さま、お待たせいたしました」と完璧な発音の日本語で挨拶してカートの後部座席に乗せてくれた。

中国のハワイと呼ばれる海南島は年間平均気温22~23度。
2013年11月下旬現在は雨期。

日本では寒くなって来て上着を羽織る時期だが、正嗣と琢磨の肌感覚では気温は高いけれど、しょっちゅう吹いてくる海風が冷たいので背広の上着を脱げないでいる。

二人は時速20キロで進むカートから眺めるテーマパークと農園を融合させた観光農園の、棕櫚と椰子の木々の間にダイヤモンドカットを模した骨組みの温室があちこちあり、

いかにも前衛アートのデザイナーに作らせたような、胴体のねじれた鳥が翼を広げて飛翔しようとしているオブジェをぼんやり眺めた…

ゲストルームで待っていた白いポロシャツ姿の青年が二人の姿を見て立ち上がる。

間違いない。20代なのに半白髪の前髪を垂らした髪型。薄い青色の度付きサングラス。164センチの小柄な体つきは蔡福明その人だった。

「サトルくんのお友達は僕のお友達です」

蔡福明は両手でしっかりと二人の手を握り、大歓迎の意を表した。

この生っちろくて弱そうな若者が最近世界中で信者を増やし始めているカルト教団、プラトンの嘆きの金庫番、

タオ。

起業した会社の有り余る経済力で養父の蔡玄淵の教団に資金協力をし、観音族のクローンを始め戦力になる異生物を次々作り出し、ためらいも無く世界各地で起こる紛争に協力している。

彼の観音族としての能力は未知数。

松五郎が作ったヘッドホン型シールドで思考を読まれないように脳を保護しているが、それも見破られているかもしれない。

もう自分達は、決戦の場に入っている。

正嗣も琢磨もそういう心持ちでいるのだ。

テーブルの上の皿に乗ったトマトにフォークを刺して福明が「ここの農場で採れた野菜ですがおひとついかが?」と勧めてくれた。

さぞや温暖な環境と良質な肥料で育ったのだろう。紅く締まったくし型の果肉はいかにも美味そうで、琢磨が受け取ろうとしたのを…

正嗣が手首を掴んで止めた。

「すいません、途中レストランでたらふく食ってきたんで」

そうでしたか、と福明はトマトを皿に戻し、「帰りにお土産として持ち帰ればいい、これが作られた自慢のハウスを見てもらいたいんですが、お時間ありますか?」

「是非とも」

海南島の温暖な気候を利用し、気温湿度をコンピューターで24時間管理した無農薬のハウス栽培で先程のトマト、パッションフルーツ、ドラゴンフルーツ、マンゴー等の無農薬栽培に試行錯誤を経て2年かけて成功した。

「有機無農薬で品質が確かなものなら多少高くても買ってくれるお客様は結構いるんです。
今は中東を相手に取引中で、砂漠でも瑞々しい野菜が作れる。世界中の人間が食べていける農業展開も視野に入れています」

「まずは持てるものの懐からお金を引き出すのは経済の基本ですものね。
石油売りまくって儲けた中東の富裕層、次にシリコンバレーで儲けたアメリカの富裕層がターゲットですか?土地も資源もない日本にとっては羨ましいお話ですね」

童顔の琢磨がぱち、ぱち、ぱち、と心の無い拍手をしながら愛想よく微笑み、正嗣は自分の周りで年中たわわに実っているパッションフルーツの横目で見て、そして土を見て、唾を吐きたそうに顔をしかめた。

ハウスに隣接した事務室に入ってドアを閉めてすぐに福明は

「せっかくオーナーの僕が案内してあげているのにあなた方はなにか物足りない様子ですが」

と仏頂面をして不満を述べた。

やっぱり、と正嗣は思った。

このような台詞が言える人間はせっかく施しをしてやってるのに

何故有難がって受け取らないんだ?

当然受けるべきである称賛を何故くれないんだ?

という常に自己承認欲求が満たされない飢餓感を抱えた、自我が肥大した人間に多い思考回路である。

「プラトンの嘆きのタオこと蔡福明」

正嗣の一言で福明はぴたり、と事務室のデスクの前で振り返り、色付きのサングラスを取った。

その瞳は榎本葉子と同じ紅色に輝いていた。

「蔡福明、あなたのやっている事はノブリス・オブリージュ(特権階級の者が施すべき義務)ではないし、所詮あなたはノーブルではない成り上がり」

正嗣が短期間で世界有数の資産を稼いだ若き起業家に指差しで糾弾する。

「この…何処をどう解析しても人間のDNAばかりの恐ろしい農場に、よくも友達の友達を案内してくれたもんですねっ!」

タオの思考には、農園の秘密を暴露された驚きはなく、
何処から秘密が漏洩した?という疑念で満ちている。

「貴方は動物の死骸の効率的な肥料化、というハオラン君の頭の中にあるアイデアを盗もうとして拉致し、テレパシーでデータを読み取ったら早速職員を…」

これ以上は言いたくない、と口をつぐむ正嗣に向かってタオは、

「人間性がある内はあなた方は所詮、支配される側なんだよ」

と明らかに馬鹿にした笑いを浮かべた。

「そうだよ、殺して死体をペレットの有機肥料にして撒いたよ。肥料は教団直営の工場で作ったから農園の職員は知らずに使っている」

そこでやっと琢磨はトマトを食べようとした自分を正嗣が止めてくれた理由が解った。

「…でも、何が悪い?

支払能力も無く、売る臓器も取ってしまった若者たちなんて、ただ酸素を吸って二酸化炭素を吐き出すだけの有機体だ。

そんな奴らを雇ってやって体を差し出すことで残金をチャラにしてやってるんだ。むしろ感謝してほしいな。
ああ、ハウスに閉じ込めて一酸化炭素中毒で死なせたから肥料は薬漬けではないよ」

「あんたはただの、独善に満ちた人喰いだ…」

勝沼悟が危惧していたタオの計画、人を取って餌にして喰らう未来を実現する。をこいつは既にやってしまっているのだ。

あのトマトの紅い色は、タオの仕組んだ欲望の罠に嵌められ殺された若者らの血の色だ。

二人の日本人観光客の目は怒りで満ち、目の前の「敵」に向かって正嗣と琢磨はしゃもじを掲げ、

「変身、いただきます」

と厳かな声で唱えた。

後記
福明のおぞましい所業。いざ、決戦。



































































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