電波戦隊スイハンジャー#127

第七章 東京、笑って!きららホワイト

オニの末裔たち4


足指の裏にぐっ、と圧をかけられただけでに鋭い痛みが足先から鼻の奥を通って脳天まで突き抜け、瞼の裏に雷光が走った。

「あっ…がっ!!」

あまりの痛みに勝沼悟はつい施術者を蹴たぐりそーになるが、太腿に乗られ下半身をがっちりホールドされてるのとツボを押されて次々来る激痛とで抵抗する余裕が無く、されるがままになっていた。

「おお、ここは脳のツボなコトよ。サトル、アタマ疲れてるアルね」

悟が悶えるのを見て施術者の薬師如来ルリオがしてやったり、と意地の悪い笑みを浮かべた。

ルリオは褐色の上半身裸にぶかぶかの白衣を引っかけて

本日の東洋医学「台湾式足つぼマッサージ」で最近お疲れ気味なご主人様を癒してあげているのだった。

「ロープ!ロープ!」と悟がばんっばん敷布団を叩くも「はい、ロープ無ーし」とルリオは非情にも足裏に指を押し込み続けた。

しまった…僕が調べものをしていて疲れた顔を見せた所にこいつが善意ヅラで

「疲れてるようだねサトル、短時間で治してあげようか?なあにほんの15分」

という申し出をつい承諾してしまったのが間違いだったよ!

あっ!ぎっ!と変な悲鳴をあげ、涙目になりながら悟は苦痛の15分を終えて

ぐったり布団にうつぶせていると不思議なことに数日前から続く偏頭痛が消えている事に悟は気づいた。

悔しいけど「お前は嫌だろうけどいっぺんルリオのマッサージ受けてみろ。効くから」

という野上先生のアドバイスは間違いじゃなかったのだ。


思考がすっきりまとまった悟はレポート用紙3枚に「今後の行動計画」を書き上げてよし!とちゃぶ台から立ち上がって宿屋の職員休憩室「いなほの間」を出ようと襖を開けた時、

「…今回は助かったよ」と背中を向けたままルリオに礼を述べた。

「サトルが僕をねぎらうなんて初めてじゃないか。かわいー」

ルリオがくすくす笑うと悟はふん、と後ろ手に襖を閉めた。


戦隊たちが忍者集団と邂逅した翌日の午後3時、宿屋のオーナー勝沼悟は階段を降りると、床をモップで拭いている隆文の怪訝な目つきに気づいた。

「どうしたんだい?」

「今はお客さんが観光で出払ってるけどよー…勝沼さんの悲鳴が下まで丸聴こえだったべ。変なプレイを盗み聞きした気分だ」

世間一般の29才の男ならここで赤面するところかもしれないが悟は超お坊ちゃま。

「変なプレイとは具体的にどんな行為なんだい?」

と答えに困る質問を大真面目な顔でする男である。あー、おらってそれなりに汚れてるんだなー。と隆文のほうが赤面する始末であった。

「下品なこと言ってすいません…ってルリオに何されてたの?」

「足つぼマッサージ」

「あれは痛い。けど効く」

「受けたことあるの?」

「去年美代子と台湾旅行行った時に受けた。痛いんだ。痛いんだけどクセになりそうな感じ…ちょっと待て。勝沼さんがルリオに体触らせるの初めてなんじゃないか?」

「うん」とこともなげに悟はうなずいた。

「施術後はしっかり水分摂るのコトよー」

と言ってTシャツとショーとジーンズに着替えたルリオが階段を降りてきて、サンダルを履いてカウンター席に座った。

「なんじゃあ?そのアジア系観光客が言ってそうなでたらめな日本語は」

と言って隆文はカウンターに入って来た悟にミネラルウォーターのペットボトルを渡した。

「台湾のマッサージ師のものまね。でもシチュエーションプレイには飽きた。僕には冷たいチャイを頂戴」

はいはい、と隆文は慣れた手つきでスパイス入りのミルクティー、チャイを小鍋で沸かして氷を入れた銅のマグカップに注いでルリオの前に置いた。

甘いチャイを一口飲んで「あー生き返る」と一息ついたルリオは、悟がレポート用紙にじっくり目を通しているのを見て

「さっきから調べものしてたみたいだけどそれは何?」

と尋ねてみた。悟が片頬上げて笑うのは大体ロクな事を考えていない時だ。

「僕たち戦隊が昨夜忍者5人組に会ったのは知ってるよね?」

「うん」

「腹に据えかねた事があってね、意趣返しを計画中」

は?

という目つきで隆文とルリオは悟を見た。

「僕は、自分や仲間を冷笑した者には必ず意趣返しをする性質たちなんだ。

今までは僕の仕業とは知られずやってきたけどね…今回は結構変わった趣向でやらせてもらうよ」

つまりそれは、忍者たちに仕返しってこと?

ふっふっふ、と愉し気に笑いながら仲間たちに電話を掛ける悟に隆文は腋の下に冷たい汗をかいた。

やっぱり金持ちは敵に回しちゃなんねえんだべ!


百地ももち。戦国時代の土豪。伊賀流忍術の祖とされる。

国際的にも知名度が高く、国際スパイ博物館においても、「日本におけるスパイの祖」と忍者の代表的存在として扱われている。

「はーい、ここ痛みますかー?」

「そこは痛くないです」

「じゃあここは?」

「あ!今ズキンとしました」

「うーん、いわゆるぎっくり腰なんですけど、レントゲンではヘルニアの兆候はないんですよね。お仕事柄長時間前かがみになってますか?」

「はい」

「それで腰背部の筋膜に負担をかけて炎症を起こしちゃってるんです。今回は冷湿布と痛み止め出しときますねー…
って、なんで午前中外来の日のラストを狙って我が家を急襲するんだ?そこの高天原族よ」

「るっせー野上さんと呼べ」

診察台に腰掛けた聡介はシャツを下ろして白衣姿の桃香に正対した。

百目桃香ひゃくめももこ、31才。職業は整形外科医。

東京墨田区両国にある百目整形外科クリニック副院長。スポーツドクターの資格も持つ。

「百目って変わった姓と、テレポートできないからおそらく都内在住だろうって事ですぐ居所割り出せた。

ってゆーかタウンページにここの番号載せてる時点ですでに忍んでない」

「稼業だから仕方がないだろ。代々うちは医者やってんの」

時刻は昼の一時半。外来の時間が終わったことを机の置き時計で確認して、桃香は「受付で会計を済ませてから二階に来い」と羽織っていた白衣を脱いで木製のコートハンガーに掛けた。


言われた通りに会計を済ませて奥の階段から二階に上がり廊下の突き当りのドアのインターホンを押すと「どうぞ」という男の声がしたので。ドアノブを回す。

ドアの向こうは居住空間になっていて布のソファとテーブルが置かれたリビングの向こうは台所があり、飄々とした雰囲気の初老の男がテーブルの上にあるホットプレートで肉と野菜を焼いていた。

「どうもどうも、院長の百目修ひゃくめしゅうです。お昼まだでしょ?」と百目家の家族の昼飯に招待されてしまった。ちょうど腹が減っていたので断る理由は無かった。

「私が先代の『百地』です。娘の桃香に代を譲ったばかりなんです。びっくりしたでしょ?」

ええびっくりしましたよ、開業医で現役忍者なんてね…とりあえずコップに注がれたウーロン茶をひとくち飲んだ聡介は、

斜め向かいの席で焼き肉を食い始める桃香と、その父親の修と、程よく焼けた肉を交互に見た。

「さあ遠慮なく」と修にすすめられるままタレの入った取り皿に牛カルビとキャベツと玉ねぎを取る。

「去年女房に死なれましてね、あまり料理が出来ない親子二人暮らしなんですよ。後はいいお婿さんが来てくれれば安心かな~、なーんて」

と修の目は明らかに聡介を品定めしている。おいおい落ち着いて飯が食えないじゃないか。

さては娘の婚活に必死な父親か!?

「あの…外来の待合はいつもあんな感じですか?エアコン効かせても体感温度半端ないでしょ」と聡介は無理に話の矛先を変えた。

「その通り、うちは場所が場所なだけに『角界御用達』なんだ。9月場所が始まったから怪我した力士が時間を問わずやって来る…食うだけ食ったら帰れよ」

桃香はこっちをあまり見ず、白飯の上にタレの付いた焼き肉を乗せながら言った。

言われなくても帰りたいです。なんで俺は勝沼の電話一本でこの性格キツイ女の家に居るんだ?

今度の水曜野上先生休みですよね?って俺のシフト把握してるのも腹立つし。

そそくさ飯を食って百目家を辞した後、両国国技館の前に並ぶ派手な相撲のぼりを眺めながら聡介は悟にlineで報告した。


シルバーエンゼルです。からかいに行ったつもりが、なんか呑まれました。



そし診察室では優しい百目桃香の対応を思い出し

「中身がアレだから惜しいんだよな。美人なのに…」と呟いた。

後記
中身がアレ。と自分の事を棚に上げてるシルバー。

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