電波戦隊スイハンジャー#81

第4章・荒ぶる神、シルバー&ピンクの共闘

メタモルフォーゼ1

メタモルフォーゼ、生物学用語で「変態」の意味。

変態とは、動物の正常な生育過程において形態を変えることを表す。

例、蛹から蝶への羽化。

時刻は8月10日0時15分。戦隊全員はだだっ広い畳の部屋へと呼び出しを喰らった。

もちろん、事前通告などせず強制的に普通に生活してるメンバーをテレポートさせたのである。

「えーっと隆文くん、さっきお疲れ様って言って別れたよね?」

「ちょっと嫁さんにline中で…えーと『遅くなるから寝てて』っと…えーっ勝沼さんとまた鉢合わせ!?」

一拍置いて驚くのはわざとらしいよ。と悟は思ったが、とりあえずは図太い神経してる従業員と指差し合って「えーっ!?」と驚いてみせた。

るっさいわねー、と低い声で呟いたのは黒のタンクトップにユニクロのステテコ姿の顔面パック男、紺野蓮太郎である。

「レッドとブルー、靴脱ぎなさいよー。あーあ、寝る前の美肌タイムを台無しにする気?
…なるほどこーやって神様って人の生活に土足で踏み込むのね」

顔のマスクをはぎ取った蓮太郎がぴたぴた、と化粧水をお肌に染み込ませながら言った。プロデューサー女神、ウカノミタマとの顔合わせ、初変身、初バトル、ととりあえず戦隊新人研修終了といったところか。

「そういう事になります…」と水色の浴衣姿の正嗣が答えた。あくびを繰り返している所を見ると、熟睡に入ったばかりの所を輸送されたのであろう。

「あー、これからという時に…」とプレステ3のコントローラーを握ったままの琢磨が口をぽかんと開けたまま集合した戦隊メンバーの顔を見回した。

「どうしてくれるんですか!?これから北条攻めですよ!兵糧貯めてー兵力こつこつ集めて武将よっしゃ、陣形よっしゃってー時に」

誰を責めようもない琢磨の独り言でゲーマーの隆文と悟には琢磨が「信長の野望」をお楽しみ中だという事が解った。

「よしよし琢磨、セーブはしたか?」

一応リーダーの隆文が琢磨の肩を抱いて慰める。室内は和ろうそくの明かりが3本だけ。自然とメンバー達が顔をくっつつけ合ってひそひそ話をするような態勢になる。

「しましたよっ、それはしましたよ。僕はいつだってマメな男なんです」

「マメすぎて、きららねたんを『でーと』に連れ出すのかぁぁぁぁぁ?」

怨嗟ともとれる幼児のつぶやき声が琢磨の膝元から…

やっと登場、きららのマネージャー(というより扶養家族)のちび女神「ひこ」である。

一応読者には説明しよう。

バトルの流れはモンスター遭遇、戦隊集合、敵が強すぎる!

えーい!とレッドがやけくそ気味にポッケの五円玉を投げて召喚するのがこの見た目4歳児のひこで、きららに盗んだ国宝楽器を渡して(使用後は返却します)サポートする役目である。ところがおとといの夜は…

「ひこ、ごえんだま投げて呼ばれなかったにゃー!!ぜんぜんかつやくしてないにゃー!!ぴえーん!!!」

と幼児特有のギャン泣きで隆文の膝をポカポカ叩く。これが膝の下の痛い所にうまくヒットするのだ。「あだっ、あだっ!」逃げちゃ駄目だべ隆文…

なぜならおらは「父親」になるのだから!

幼児から逃げちゃ駄目だべ。だけど痛ぇ!全国のお父さん、子育てって大変だべな…

ご、ごめんなさい…ときららが謝った。「この子、バトル終わって部屋に帰ってからずっとこーなの」店員のバイトと両立ですっかり育児疲れの若いお母さんみたいなやつれ顔。

きららさんまだ学生なのに…休暇とレクリエーションが必要だな、と管理職目線で悟は思った。

「いや、先制されてメンバー操られてたし、五円玉投げるの思いつかなかったし…、呼んだとしても、ひこちゃんが葉子ちゃんに秒殺されてたべ」

と隆文はしごくもっともな理由を述べた。

「こらっ!ひこ」と叱責の声を上げたのは最後に灯りの中に入った野上聡介の相変わらず端正な顔である。

ひこは隆文を殴る手を止めて、ひた、と聡介に向かって指さして言った。

「ひこ、そーすけ、きらいー!」とまるでどっかのアニメ映画みたいなセリフを。

「済まんが、全然萌えない」

と聡介は幼児の訴えを素っ気なく退けた。彼もTシャツにパジャマのズボンで寝支度をしていたようだ。

「さっきから聞いていたがひこちゃん、君はわざと泣いてワガママ言ってきららちゃんを困らせてるみたいじゃないか?そんな悪い子は女神になる資格ありません。週末の近江牛は無しです!反省しろ」

イエローとホワイトのTDLデートにひこちゃんが付いてったら完全に若い親子連れだろ?

だからその間、僕んちでひこちゃんに近江牛食べさせて足止めしようと思ってさ。というパーティー中の他愛のない悟の雑談を聡介は覚えていたのだ。

一見オラオラ系だが抜け目がないぞ。恐ろしい人…と悟は一応戦隊参謀として聡介を脅威に思った。

がーん…とまるで漫画のコマのようにひこの顔が色を失った。

それから、と聡介はひこと同じ目線になるようにしゃがみこんで

「八つ当たりしてる隆文おじちゃんにも謝りなさい。分かっててぶってるんだろ?」と睨む直前の厳しい目つきをわざとして見せた。

「本当はみんなの手助けできなくて恥だと思ってるんだろ?」本音を衝かれたひこは、うん、と頼りなくうなずいた。

「きららねたんのお部屋でまってて、ひこ、むなさわぎばっかりしてたにゃ…

でもウカおばちゃんが呼ばれない内は出るな、まだコドモだからって…うわーんごめんなさーい!」

よしよし、と隆文と聡介は交互にひこの頭を撫でて慰めた。

「聡介先生、正直助かったべ…しかし幼児の扱いに慣れてるな」

ひこが落ち着いたのを見計らって隆文はほっと表情を緩めた。

「道場じゃ少年の部の稽古もつけるからな、悪さしたその場で叱り、後でどうして叱ったか根気よく諭すって、ふつーじゃねーの?」

自分は祖父にされたしつけを道場内で指導しているだけのことなんだが…。武道では師範と生徒という一つの縦の関係が成立してしまっているのでやりやすい環境だったんだな。と聡介は今更ながらに気づいた。

「それが出来ないのが今時の親なんですよ、野上先生…親自体、やっていい事と悪い事が分かっていないまま家庭を持つ負の連鎖です。

育った子供は親を舐めるようになるし、以前の光彦や安藤のように親に失念して生気の無い子になったり道を外したり…この間は本当にお世話になりました」

先月受け持ち学級でのいじめ問題解決に力を貸してくれた聡介たちに、正嗣は実に坊さんらしい行儀の良い正座で頭を下げた。

改めて礼をされるとなんだか面映ゆいではないか!

「いやいや、正嗣頭上げろよ…でもあれだよなー、安藤議員が辞職発表したんはビックリだったぜ、やり過ぎたかなー」気まずそうに聡介は顎をかいた。

「はい、父親として人間として家族とやり直したい、と後日寺にいらして仰ってました。顔つきが穏やかになってましたよ」

「皮肉だけど『真人間』になったみたいじゃないか」

悟は悟で、談合の噂や娘のいじめ問題をマスコミに暴かれる前に逃げたんじゃないのか?と冷徹な見方をしていた。

「なんだかいいシーンの途中でごめんねー。あのー、なんでここに呼ばれたのかしら?ってーか、ここはどこかしら?」

蓮太郎が力士が手刀を切って土俵に入るような仕草で強引に割って入った。

あっそーだった。と蓮太郎以外の全員がやっと現状を直視した。今までバトル後には呼び出し受けなかったぞ、何で?

ろうそくの灯りを頼りに見ると、室内は結構だだっ広い和室。畳も壁も、鄙びているというか、古びているというか…

「歴史ある建物だべ、おらの実家よりも。なん百年かな…江戸時代初期?」

「懐かしい感じがするわね、うーん、何か覚えあるんだけどなー」蓮太郎が首を捻るもなにぶん夜中なんで頭が疲れて思い出せない。

「誰が呼んだんだ?出てこーい!」

隆文は強がって声を張り上げてみせた。そうでもしないとちょっと怖いでねえか。だって、8月の夜中だもん。

「とっくに出て来てるでよ」そ、その可愛らしい声と名古屋弁は…

「少彦名神の先代長老で、智慧の神、葉隠少彦名(ハガクレノスクナヒコナ)さまのお成りである!」

たん、と軽い太鼓の音がした。

いつの間にか開いていた襖から出てきた京都小人、右近と靫負に先導されて、緑色の単衣姿のハガクレがしずしずと戦隊たちの真ん前まで歩いてくる。

おばあちゃん小人の白髪頭には、3本の角…これが、他の小人たちとの歴然とした違い「神である証」なのだ。ハガクレの後ろには白い直衣の正式装束の松五郎、本名スミノエが、普段はバンダナで隠している垂髪と1本角を出して従っていた。

部屋の中央で正三角形に置かれた燭台に和ろうそくが燃える…黒子の姿をした小人らがささっと小さな座布団を4つ、燭台の真下の畳の上にセッティングした。

にぎにぎしく正装した4人の小人らがちょこん、と正座すると…並んで座るハガクレとスミノエが親王飾りの雛人形の如く。
左右に控える右近と靫負は「右大臣と左大臣」といったところか。

三人官女と五人囃子が下に欲しい!と聡介は笑いをこらえながら思った。

「おいおい、ずいぶん老けた小人だなあ」と長老初対面の聡介はつい失礼極まる感想を吐いた。

「無礼であるぞ!」と靫負が怒るのを、よい、とハガクレは制した。

「この若者がおらんと戦闘はどうなっていたか…寧ろ恩人に無礼と吐くのが無礼ではねーか?」

長老に諭され靫負ははっ!と恥じ入った。

「夜分遅く呼び出して済まねーな、このハガクレと、孫のスミノエがあなた方をここに運んだ。わしらがこのよーに仰々しく登場したのは最初に国つ神である正体を明かすべき。勇気ある人間代表である戦隊の皆様に礼を尽くすため…」

こほん、とハガクレが扇で口元を隠して空咳をひとつしてから、くっくっくっ…と場の空気に耐えられなくなり長老のくせに真っ先に大爆笑を始めた。

「ひゃーっひゃっひゃっ!そんなに畏まらんでもえーでよ。わしらも柄じゃねー。それ、足崩して座ってちょーよ」

やっぱり婆様3分持たなかったか…右近も靫負も、顔見合わせてにやっと笑って慣れぬ正装の袴の脚を広げてあぐらをかいた。

「さて、本題に入る…」スミノエが真空試験管を両手に抱いてで戦隊たちに見せた。中には、1本の毛のようなものが7色に輝いている…

「通り魔第4の事件、現場のアパートから見つかった毛だ。鑑定の結果、榎本葉子の毛髪と判明した。

そして怨霊の本当の目的が解った。

葉子を利用して祖父ミュラーに会席を開かせ、招待された野上聡介と、七城正嗣を討つ事だと…だから我はなりふり構わず会場に駆け付けた。

遍照金剛空海に注意されていた。もし肉体を手に入れて、あの超能力なら…戦隊が危ない、と」

「動物の毛じゃないの?」ときららが小さく叫び声を上げた。

「見た目はそうだよね、光の加減で金色の獣毛にも見える…金の毛の動物なら犬にはいっぱい種類はいる。チワワ、ダックスフント、オランウータン、キンシコウ…」

悟は眼鏡の縁をずり上げて興奮気味に試験管の毛を覗き込んだ。

「残念ながらブルー、被害者はペットを飼っていないし、後半の類人猿はペットに出来んぞ」

スミノエが呆れて悟のつぶやきをやんわり否定した。

「府警に先立ってこの毛を鑑定するにはスミノエの科学力しかねーからよー。驚きなのはこの1本の毛に含まれるDNA、染色体の凄さよ…植物、ヒト以外の動物、昆虫…地球上ほとんどの生物の情報がこの毛の、細胞の1個に詰まってるんだでよ!」

ハガクレは興奮して座布団から立ち上がり、戦隊たちの間をぴょんぴょん飛び回る…。

「おらも、こんなのは初めて見た。生命の驚異だべ…細胞単位で人間に擬態している…」

スミノエも畏まった口調がやっと解けて、本来の小人の松五郎の喋りに戻った。

野上聡介と榎本葉子は、この星の種ではない。

昨夜の空海の発言を今は言わない方がいい。蓮太郎はそんな気がして聡介の横顔を見やった。

「こりゃこりゃこりゃこりゃ、ハガクレちゃん。おみゃーさん結構な年なんだからそんなにはしゃぐでねーでよ。あ、ど-もどーも」

襖をさらに開けた愛嬌ある顔の尼さんが、お盆に人数分の湯呑をのせて室内に入って来た。

「やっぱり寺院だったのね。ってーか、人間の尼さん?貴女は小人たちの同居人なの?」

「えーでねーか細かいことは。ほれほれすぐにお家に帰すからよー。ノンカフェインの冷たい麦茶飲めやー」

この尼さん、ぐいぐい来る性格らしくほれ、ほれ、と自ら湯呑を一人一人に手渡す。

ああ、なんか昔のおっ母さんタイプだ…「時間ですよ」の森光子みたいだ。見た目は30代女性だが彼女から深い「母性」を感じる。

物心つく3才の頃に母親に出て行かれた聡介はじんわりと胸が熱くなるのを感じた。

「ここの庵主さまですか、初対面だけど母ちゃんとお呼びしていいですか?」

とつい口走ってしまった所を、蓮太郎にどん!と肩を小突かれた。

「聡ちゃん、あんたいきなり何を…この人を軽々しく母ちゃん呼ばわりしちゃいけないわよ。
…分かっちゃった。ここが何処で、庵主さまが誰なのかを…ハガクレ様の名古屋なまりは納得がいくのよ、この湯呑の模様は、秋草蒔絵天目台《あきくさまきえてんもくだい》!」

大学で美術史科を専攻していた蓮太郎は美術品に造詣が深い。え?と悟が湯呑を左右から眺めて本当だ!と唸った。

「重要文化財、高台寺蒔絵…この場所は高台寺圓徳院の、北書院ですよね?高台院さま…おね様とお呼びした方が?」

「さすがだがね、いかにも」と尼さんは蓮太郎と悟の鑑定力を褒め称えた。

「おね様って秀吉の奥さんの?」さすがにきららも大河ドラマくらいは時代劇を見るので北政所おねに関する知識はあった。

はい、はい!とおね様はリズミカルに肯いて若者たちの質問にかるーく答えた。

なんか近所にいそうな調子のいいおばちゃんみたいである。

「今が昼間だったら作助ちゃんの作ったお庭見せてやれるけどー残念だがねー」

「作助って?」と隆文が聞くと代わりに蓮太郎が「小堀遠州の幼名よ、造園の名人の。ほんとにここは圓徳院なのね…高台院さまは小人たちと一体どういう関係だったの?」

「関係っつってもハガクレちゃんはわしと藤吉郎(秀吉)が新婚だった頃からうちに住みついてよー、

本当に貧乏だったからハガクレちゃんを手に乗せていっつも愚痴こぼしたり相談したり。

ハガクレちゃんの言う通りにしたらとんとん拍子に藤吉郎が出世してよー。さすがは智慧の神様!と恩返ししようと思ってよー。その頃には藤吉郎に死なれて、家康さまの肝煎りで終の棲家にここ進呈されてよー。

じゃあその寺院と土地を少彦名一族の住居と寺子屋に提供してくれないか?

とハガクレちゃんに頼まれて、ええよー、って。土地はたんとあったしな」

きっと純粋な心を持ったおねにだけ小人が見えて、乱世の中ハガクレをかくまったのであろう。そのお礼にハガクレは「夫を出世させるトリセツ」をおねに伝授したに違いない。と聡介は推測した。つまりは…

「おねさん、あんた小人たちの飼い主なんだな?」

とおねとハガクレを交互に指さして、質問した。

おねとハガクレはしばらくの間見つめ合って…

「そうとも言うな」と先にハガクレが、おねとの関係性を認めた。

「今後夜の間はミーティングルームとしてこの広場を提供するでよ、わしも若い人とおしゃべりしてーし」

うふふ、と若い娘のような笑い声をおねは漏らした。

重要文化財でミーティングとは、なんと贅沢な戦隊であろうか…この会合の目的は会議室(溜まり場)の提供と、少彦名長老及び一族の協力を約束する、というものであった。

湯呑の麦茶を緊張しながら飲み干して、悟が気づいた頃には…ああまたか、山梨の実家の道祖神の前に自分はしゃがみこんでいた。

時間も0時15分から進んでいない。言っちゃ悪いが神々に振り回される生活に慣れてきている、と自分で気づいて驚いている。

「シャワーでも浴びて寝よう…」と蒸し暑い温室の中で伸びをした時に、自分はおねの出現で極めて重要なことを聞き逃していた事に気づいた。

サトル、なんて事を聞き流したんだ、生物学者としてあるまじき!

あの試験管の中の毛髪…細胞単位で人間に擬態している、と松五郎は言ったではないか!

じゃあ葉子ちゃんの本当の姿って!?

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