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電波戦隊スイハンジャー#219 しからば、剛毅!!

第10章 高天原、We are legal alien!

しからば、剛毅!

その初老の男は東京伝統ランド、略してTDLの「お大尽様限定公演」の全天候型舞台ドームの観客席の一番後ろから自分の後継者で自称舞台俳優、天野小弥十郎がお大尽様(VIP客)向け特別舞台、「タカマノハラ」を見事演じきったのを見届け…

これで、安心して俺は15年間ここで勤めていたメインイベントのラスボス、梅平影房役を引退することができる。

と目に涙を滲ませながらそっとドームを出、ホテルで仮眠を取ってから翌早朝、誰にも知られずに帰りのシャトルバス乗り場に向かうのはTDL開館から二か月前までラスボス、梅平影房を演じきった伝説のスーツアクター、椛葉蓮司もみじばれんじ

高校時代体操選手だった運動能力と目がくりくりした茶目っ気のある容貌がとある特撮監督の目に留まり、

「これからは日本の映画にも本格的アクションを取り込まなければお客は取り戻せない、君ならスターになれる!」

とスカウトされて最初はテレビのお子様向けのヒーローもののスーツアクター。次にコミカルなキャラの戦隊もののブルー役、そしてとうとう80年代後半、「宇宙隠密デュラン」が大ヒットし、アクション界のスーパースターになったのである。

しかし流行とは残酷なもので特撮ヒーローものの視聴者の主流がが良い子の皆さんから子供のお母さんがたに移ると俳優に見目麗しさを求め、芸能事務所のほうも若手をどんどん特撮枠に送り込むからあわれ特撮ヒーロー番組は若手イケメン俳優の顔見世の場へと化してしまった。

この時、既に30を半ばを越えていた蓮司は一応はパワースーツの「中の人」であるスーツアクターと雑魚敵俳優たちに怪我の無いよう演出を取り仕切る裏方となっていたがCG全盛となった20年前、彼はリストラのため所属事務所を解雇された。

それから五年間、彼は時代劇の怪盗や斬られ役として切れ味衰えぬ殺陣で「なんだか味のある俳優」として食いつないで来たけれど、子供二人も大学受験を控え時代劇一本では食っていけない。

故郷の親父が「俺の跡を継いで市議会議員になれ、『なぜか』金は入るぞ」と勝ち誇ったような口調で連絡をくれたのはちょうど14年前。

談合と賄賂で羽振りを利かせている親父の跡を継ぐのが嫌だったから故郷を飛び出しのに…

電話口で歯噛みした蓮司だったが背に腹は代えられない。引き受けるしかない、と思い詰めた時のキャッチホンに蓮司は救われた。 

「もしもし、勝沼酒造の秘書室長の西園寺君江と申しますが、来年春開園予定のテーマパークに主要俳優兼アクション監督として貴方を起用したい。とうちの社長が申しておりまして」

こうして蓮司は北関東の温故知新テーマパーク「東京伝統ランド」のラスボス兼アクション監督となり契約金で子供たちの大学費用を捻出できた。

本来の仕事であるアクション俳優業に15年間も専念でき、来園客を喜ばせることが出来てもう悔いは無い。 

俺も還暦を二つ過ぎ、流石にワイヤーアクションが苦痛になって「頸椎を痛めている。もう肉体労働は無理」とお医者に宣告されて俳優業引退を決意した。

人生の悲哀を醸し出せる悪役良房の後継を誰に選ぶか二か月前開いたオーディションに見た目は四十近いのに総白髪の長髪を束ねた自称、舞台俳優の小弥十郎が面接室に入ってきて、

「政治家の父の跡を継ぐのが嫌で故郷から逃げ出し、こうしてずるずると売れない俳優をやっておりました」

と彼の経歴を聞いて一人芝居「ある元老長のスピーチ」を見た時…こいつだ!

と蓮司は後継を彼に決めたのだった。

妻と二人田舎に土地でも買って農業をしながらのんびりと暮らすか。

と誰にも知られずに去ろうとテーマパークのシンボルである黒鳥城の天守閣を見上げてから朝一番の帰りのシャトルバス乗り場に向かおうとした時…

「あ、あのう、ドラマ『闇の密偵』で雲八を演じた椛葉蓮司さんですよね?」

と自分を呼び止めた、一見白くて細面の中性的な顔立ちをした青年にはて、どっかで見たような。

と蓮司は首を捻ったが毛糸の帽子を目深に被り、ダウンジャケットにすっぽりくるまった彼が日舞喬橘流家元の息子で気鋭の俳優、紺野廉太郎だとこの時蓮司は気付かなかった。

それよりもマニアックながら自分が精魂込めて演じた役を覚えていてくれた事に嬉しくなった蓮司は、

「えー?雲八好きでいてくれるなんて嬉しいね!いかにも俺が椛葉だよ!」

若者がもじもじしながら差し出しす色紙を受け取り、気安くサインしてあげた。

「アタシ、いや…僕駆け出しの役者なんですが今度自分でも大嫌いな悪い奴の役をやらなきゃいけないんです。セリフも演技の形も覚えてもその役の心が自分に入って来なくて…怪盗雲八を演じた椛葉さんから何かアドバイスを頂けたなら、と思って…」

そういうことかい、蓮ちゃんへ。聡ちゃんへ。と二人分のサインを完成させて相手に渡した蓮司は、

「嫌な奴だと嫌う前にまず、相手の身になって寄り添ってどんな背景で事を起こしたか考えてみるんだな。そうしたら我が身に役の魂が入る。

じゃあな!役者の卵、

しからば剛毅!」

と蓮司は往年、宇宙密偵もののラストシーンの決め台詞で右手のこぶしをぐっ、と握って親指をぴん!と立てたポーズで蓮太郎に別れを告げるとすかさず、

「ありがとうございます、金返せー!」

と番組の最後に必ず主人公の親友であるボクシングジムオーナーが浴びせる罵声で見送り、往年のアクションスターと現代ドラマではまだ駆け出しの日舞家は師走の北関東のきん、と冷えた朝空のもと笑顔で別れた。

まずは役に寄り添ってみる。

アタシったら役の花子に寄り添う、という演じる者の基本さえできていなかったのね。

蓮太郎は目から鱗が落ちたような心持ちになり、これて、明日の発表会に向けて全てのものがやっと揃ったわ。

とにたりとするその笑顔はまさしく業深い白拍子花子そのものだった。


後記
あるアクション俳優の引退。

伝説のスーツアクター、大葉健二を慕うあまりのエピソードで御座います。

よろしく、勇気!





























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