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電波戦隊スイハンジャー#207 天と地

第10章 高天原、We are legal alien!

天と地

その日の午後遅く、

高天原族皇太子アメノオシホミミとその学友で元老長の愛息アメノオシクモネは、

二人の秘密の場所である宮中庭園の丘の上に一本だけ生えている広葉樹の根本に座り込むとお互いの布包みから手のひらにすっぽり収まるほどの保存容器の箱を取り出すと…

「いいかい?いち、にーの、さん!」

と二人同時に箱の蓋を開いた。

オシホミミの箱の中には直径1センチほどの赤く丸い果実、オシクモネの箱の中には直径5ミリほどの青い果実が詰まっていてどちらも薄皮がはちきれんばかりの新鮮さである。

この年700才(地球年齢でピッカピカの一年生)で共に王宮学舎に入学したばかりの児童二人はうっわあーと感嘆の声を上げ、

「この赤いのがルッカ星直送のプォマの実ですか?殿下」
「この青いのがアントラ星直送のタヤガの実?生の実は初めてだ…」

と交換した果実の一粒を同時にぱくっと口に入れた。
数秒の沈黙の後、「…っ、あっま~い…!」と二人は芝生の上で手足をじたばたさせる。

コロニータカマノハラには一応食糧を自給するための農園はあるもののそれだけで全住人の食糧の確保には至らず、

高天原族が支配星系に高度な科学技術を提供する代わりにその星原産の食料やエネルギー資源などを朝貢ちょうぐとして徴収する星間貿易を行っていた。

従って支配星直送の新鮮なフルーツを食せるのは王族か貴族階級の楽しみなのである。


「帰ってすぐに宿題すませたご褒美にウズメがくれたものなんだけどね、たぶんこれは『口止め』だと思うんだよ」

持ち寄った果実を十何個か咀嚼してそれを携帯ポットの香花茶で流し込んだオシホミミは口止め、と言った自分の言葉にうふふ…と笑って辺りに誰もいないことを確認するとオシクモネに顔を近づける。

「なになに?また何か『ひめごと』を見てしまったのですか?」

とオシクモネも神妙な顔つきで聞き役に回る。

老齢に達した担任講師の急な腰痛で予定より一限も早く授業を終えたオシホミミが自宅である王宮に帰って「ただいま戻りました」と母である女王天照の休憩室のドアを開けたところ…

甘い芳香を放つピンクの花カミツレンを部屋中に敷き詰め、侍従長フトダマの奏でる竪琴をBGMにウズメの膝枕で眠る母、天照の甘えるように唇を半開きにした寝顔を。

「ああら殿下、早くお帰りならば通信してくださればよかったのに」

とオシホミミを見つけて一瞬だがウズメが放った眼光は相手が皇太子でなかったらコンマ一秒で飛び上がって首を刎ねそうな程それはそれは冷たくて怖いものだった。

「だからウズメはとっておきの果物を私にくれたのだと思うんだけれど、これって絶対見たものを誰にも言うな。って意味だよね…どうしよう、お前に喋っちゃったよ」

その時のウズメの眼光を思い出していまさら身震いする殿下に対して、

だったら言わなきゃいいのに。

と思いながらもオシクモネは

「き、きっとお母上にも安らぎと憩いが必要なのだと思いますよ」

とこの小さな側近はこの場にウズメがいたら「及第点でございますわよ」と評価してくれそうな受け答えをすると、ほう、と小さなため息をひとつ吐く。

「そういうお前だって何か言いたそうな顔をしてるじゃないか」

は、はい…と頷いたオシクモネは夜中ふと起きた時に見てしまった父親のもう一つの御業みわざ、水盆に御鏡を沈めてこの銀河の吉凶を占う占術師としての顔を。

「目を薄く開けながら水盆を見ていらっしゃる父上のお顔ったら、まるで『どこか別の世界』に行っていらっしゃるようでしたよ。怖くてなんだか自分の親じゃないみたい」

「でも占術はお前も受け継ぐ御業なんだろう?高天原族の言霊遣いが父親の御勤めをそんな風に言っちゃいけないよ」

オシホミミにそうたしなめられたオシクモネは封印してある自分の喉の痣を革の首輪ごしにさすり水筒のお茶を飲んでからんっ、とうなずき、さすがは将来王になるお方だなあと感心しながらまた明日この刻限に会おうね。と約束して二人の小さな貴公子は木の下で別れた。

「ただいま帰りました」とオシホミミは女官長ウズメに、オシクモネは父アメノコヤネに帰宅の挨拶をすると

「さっき持たせた実は全部食べましたか?」
「さっき持たせた果物はちゃんと食べたかい?」

とほぼ同じことを聞かれたので「もちろんです!」とにっと笑って答えてから、

「あら、私が持たせたのは赤い実のはずですが」
「おや、父が渡したのは青い実のはずだが」

と歯に付いた果実の色を指摘され、

まさか親の秘密を喋ったことがばれた!?

と一瞬どきっとしたが詮索されることも叱られることもなく、オシホミミはウズメから

「ちょっとお母上の衣装をお部屋に運んでくださりませ」

と用事を頼まれて女王の衣装入りの箱鞄を持たされた瞬間あまりの重さに驚き、ウズメの許可を得てから鞄を開けて中身を確認すると首輪、髪飾り、指輪、いつもの謁見服。

「え、母上って…いつもこんなに重いものを身に着けていらっしゃるの!?」

「殿下のお母様はいつもこの装具を通してコロニータカマノハラにエネルギー供給をなさっておられるのですよ」

そう、まさにあの御方は天照の名に相応しい我々高天原族の光源。
く~っ…とまだ700才の児童が引きずる箱鞄の取っ手に指先をかけてウズメは皇太子のお手伝いに手を貸した。


その頃、2億光年先の天の川銀河太陽系第三惑星、地球ちだまの極東の島国に数十もの邑が集まり葦原中津国あしはらなかつくにという古代国家が形成されつつあった。

その国の王は八岐大蛇を屠って最初の邑を救い、何処で覚えたのかわからない農法、建築法、医術など優れた技術を民に伝え、王を慕って周辺の邑長たちが彼に従った。

民は崇敬の念を込めて彼を素戔の王、ことスサノオと呼んだ。

山犬の頭を被った狩人オトヒコだった彼がひょっこり訪ねた頃より10倍以上は広くなった王の家ではスサノオの次男で19才のオオトシと長女で13才のウカ、

そして末娘で5才のスセリが炉の日を囲んでこの日の訪問客である藍色の衣をまとった藍色の髪の青年が夕餉の鍋料理を作ってくれるのをわくわくしながら待っていた。

「はい出来ましたよー」とスサノオの子供たちの椀に猪の肉と野菜と茸を入れて煮込んだいわゆるぼたん鍋の具をよそってあげているのは定期的に様子を見に来るスサノオの兄(姉でもある)ユミヒコの従者で現地に合わせて髪をみずらに結った思惟しいである。

「ねえ思惟どの」
心配そうな顔で椀を受け取るオオトシに「何でございましょうか?」と思惟が無表情で尋ねる。

「父上のお帰りはまだなのでしょうか…日が暮れると冷え込む季節なのに」

「今スサノオ様はお一人ではないゆえ大丈夫でございますよ」

と今度は微笑みを浮かべて思惟は答え、鍋に追加の具を足した…

集落から四里(約12キロ)程離れた先の深い森の奥に直径2.5メートル、高さ3メートル程の円錐型の盛り土が二つ並んでいる。

盛り土の前にひざまずき、長いこと瞑目している見た目30才くらいの銀髪の男を20才くらいの黒髪に銀色の眼をした青年が見守っている。

葦原中津国の大王スサノオと彼の長男ヤシマ王子の、月に一度は欠かさないクシナダヒメとオオイチヒメ両妃の陵墓への墓参の様子を4、5メートル背後から眺めている自分の背丈ほどもある長刀を肩からぶら下げた人影。

とっくに背後の気配に気づいていたスサノオは「何か言いたいことがおありなのでしょう、兄上」と今は男性体である兄ユミヒコに問いかけた。

「お前がこの秋津島(日本列島)の西端に築き上げた国も安定している…そろそろ身を隠せオトヒコ。いつまでも老化せぬ大王に恐れを抱いている者が少なからず居る」

はは…と乾いた笑いを立ててながら立ち上がったスサノオはクシナダは59、オオイチは62とこの地の人間にしては長生きした妻たちの陵墓を見上げた。

「賢いお前ならこの星の人間と高天原族が結ばれたらどうなるか解っていた筈だ」

高天原族の平均寿命は約7000~8000才と地球人の寿命の100倍以上。

いつまでも若々しい夫となかなか成長しない子供たちに戸惑いながらも二人の妻は、
「私たちは神に嫁いだ人なのですからそういうこともありますわね」

と内心の苦悩をあまり外には出さずに寿命で逝った。

「それでもクシナダを一目見た時、欲さずにはいられなかった」

両のこぶしをぎゅっと握って心情を吐露したスサノオは振り返って息子の両肩に手を置くと、

「わが長男ヤシマよ、これよりお前が大王となりて国を治めよ。お前はその力を備えている」と宣言した。

暗くなった空から白い粉雪が舞い散る。ヤシマの視界が涙で歪む。ああ、と嘆息するヤシマは「それでは私はひとりで里まで戻らねばならぬのですね…父上は何処いずこへ?民になんと告げれば?」

「お隠れ遊ばされた、と告げれば勝手に死んだものと思ってくれるさ」

これが今生の別れ、と最後にスサノオは力強く息子を抱きしめた。

「人間は思考停止の生き物だからな」と弟の提案にユミヒコが同意する。

松明を掲げてひとり山を下る息子を見送ったスサノオは兄とともに阿蘇の空に舞い落ちる初雪を眺めた。

愛するクシナダとオオイチよ。思えばお前たちを娶ったのも初雪の夜だったな…

あの夜からもう100年の歳月が経とうとしていた。


後記
見てはいけないものを見てしまったオシホミミ。
異種間結婚の苦悩。再び孤独になるスサノオ。


























































































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