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電波戦隊スイハンジャー#161 プライム•リリー3

第8章 Overjoyed、榎本葉子の旋律

プライム•リリー3

太陽系第二惑星、金星の須弥山の上空では銀河の渦のごとき「輪廻の輪」が、目を凝らせば動いていると分かるくらいゆっくりと回転しております。
 
私の名はアナンダ。わが師で従兄弟のブッダ様に生前25年お仕えしておりました。
 
そして死後も2500年以上お仕えしています…
 
え?よく続いているなって?
 
私のブッダ様への尊敬の念は、海よりも深く大気圏を突き抜ける程高いのです!
 
でも悟るの一番遅かったじゃないか、って?
ええ、ええ、それは認めます。

頭でっかちな子ほど本質に気づくのが遅いもんです。
 
でも私がブッダ様のお言葉を全部記憶していたから、今でもお経として残っているんですからね!
 
まあ他にも人格者のサーリプッタ様や拈華微笑(ねんげみしょう)という
 
「言葉にしなくとも伝わる思いって、素敵だね」

というなんかいいキャッチコピーを残しやがった須弥山の庭師、マハーカッサパ様など個性的な弟子が集まっている
 
ブッダ様と最初の弟子たちの集団、それが律(サンガ)です。
 
まあともかく、今日もこうして午後の瞑想を終えたわが師にマーマレードをはさんだビスケットとミルクティーを銀の皿に乗せて、
 
瞑想の蓮池に向かって歩む私なのですが…
 
さすがにこの時ふと空を見上げておったまげたもんです。
 
皿を落とさなかっただけでも上出来だったと思います。
 

「ブッダ様、空から女の童が!」

と思わず蓮池のほとりのテーブルでアフタヌーンティーを待って座るブッダに向かって、アナンダは叫んだ。
 
わかってますよ、とブッダことシッダールタ王子は蓮池に向かってふわふわ落下してくる榎本葉子とひこの姿を目で捉えると、
 
「待っていましたよ」と微笑みながら席から立ち上がった。
 
異空間に放り出されてやっと褐色の肌をした青年と少年僧に出会えたので葉子は、ひこと両手を取り合って
 
「地獄に仏や…」
 
と気が緩んで涙ぐんだ。
 
自分の真下では池の面を埋め尽くす青い蓮の花がぽん!と音を立てて、体を受け止めてくれるように開いている。
 
「ここは仏の世界ですから極楽の方ですよぉー」とお気楽な声で王子は蓮池の上空2,3メートルまで降りて来た女の子二人に呼びかけた。
 
「おっちゃんとにかく地面に降ろしてや!」
 
はははは、と軽やかに王子は笑い声を立てて右手を蓮池にかざした。
 
途端に蓮花が茎や葉ごとうねって縁のほうにに寄っていく。まるで花ひとつひとつが自分で意思を持っているようだ。
 
池の中央に出来た黒い穴に向かって、葉子とひこは落下した。
 
「このはーくじょうもの~(薄情者)!」
 
と穴の奥から少女の罵りの叫び声がした。
 
「私は29才設定。おじさんじゃなくてお兄さんと呼んでもらいたい」
 
と池の淵から穴を覗いて王子は長い前髪をかきあげた。
 
「でも今の仕打ちはあんまりですよ。ロ○ハーのスタッフじゃあるまいし」とアナンダが咎めると王子は
 
「時に愛よりも薄情さの方が人を強くする事もあるのですよ、アナンダ」
 
とむしろ自分がいい事をしてやったとばかりに答えた。
 
「ブッダさまって相当『いけず』なとこありますよね…」
 
意地悪、という意味の京都弁で愛弟子は長年仕える師を評した。

池の中央の穴の奥には、星の海が広がっている。
 
プラネタリウムにさかさまに放り込まれたらこんな感じなんだろう。
 
自分たちは、宇宙空間にいるのだろうか?
 
でも皮膚には暑い寒いの感覚もないし、呼吸も普通にできている。
 
やがて、葉子は自分を引き寄せるものが漆黒の空間に輝く緑色の星だと分かった。
 
葉子の視界で星はピンポン玉大からバスケットボール大になり、降下速度が急に増していく。
引力に捕まった!
 
葉子はひこと抱き合い、目をぎゅっとつぶりながら地面に落下した。
 
森の中にうず高く積まれた落ち葉が衝撃を吸収してくれたのだ。
 
ひこと一緒に落ち葉をかき分けて葉子は顔を出し、ぶはあっ!と二人で息を付いた。
 
「ねたん、あれ!」
 
とひこが指さした先には、長身の、異形の男が立っていた。男は白と黒の長い髪の毛を虚空にうねらせている。
 
常緑樹の森の中で男は立っているのではなく、地面から数センチ浮かんでいるのだ。
 
白衣の上にYの字の黒いエプロンのような形をした上着を羽織っている。
 
「非常に手荒なことをして済まなかった…葉子よ、どうしても君に伝えたいことがあったのだ」
 
宙に浮いたまま男は葉子の正面に寄り、葉子の髪に付いた落ち葉を白い産毛の生えた手で取ってあげた。
 
男の赤い瞳は爬虫類みたいな複眼であった。
 
葉子は初めて合う筈の男が不思議と怖くなかった。だって自分も今、同じ姿になっているのだもの。と葉子は自分の手に生えた兎のような白い毛を見て思った。
 
「ここは?」
 
と森の中を見回す葉子に、男は答えた。
 
「仏界の端の、観音族の魂の住処です。私は千手観音。かつて観音族のプライム(王)と呼ばれし者」
 
「観音のおっちゃんはうちの何なの?」
 
「厳密に言うと2500年前のあなたの先祖ですよ…みんな出て来なさい」
 
と千手観音が後ろの樹々に向かって呼びかけると、樹上に建てられた家屋からそろそろ、と千手観音や葉子と同じ容貌をした者たちが降りて来た。
 
青と白の髪をした女性が千手観音の隣に浮いた。おそらく彼の妻なのだろう。
 
「妃だ。現世では十一面観音と呼ばれている」と笑って千手観音は妃の肩を抱き寄せた。
 
「プライム・リリーよおかえりなさい」と妃をはじめ観音族の者たちは微笑みを浮かべ、両手をこころもち広げて葉子を迎え入れた。観音族特有の挨拶のようだ。
 
プライム・リリー?
 
「観音族の中では君をそう呼んでいる。夏生まれだから百合の名を付けた。
 
君は、観音族の王家の血を引く現世では特別な存在なのだよ」
 
…お母ちゃん!
 
縋るように葉子は心の中で叫んだ。


合気柔術柳枝流熊本本部、事務長兼師範の赤垣沙智は道場の壁に掛けてある時計が十一時を回ったのを確認して、
 
「そこまで!」と隅に立てかけてある和太鼓を撥でどおん!と一回叩いて鳴らし、二時間近くにも及ぶニニギと聡介の稽古を制止させた。
 
聡介は額に汗を浮かべ、息を乱しながら杖を畳の上に落として大の字に寝っ転がる。
 
一方で稽古相手だったニニギの方は静かに息を整えてから骨盤を垂直に落とすようにすとんとその場であぐらをかいた。
 
涼し気な顔には汗ひとつ浮いていない。
 
ずっと稽古を見ていた沙智は、人外の力を持った二人が始まって五分も経たない内に合気だ柔術だのという武道の枷を外して
 
時には沙智の視界から消える程の速さで、道場の四方から杖を叩き合う音を鳴らし続けた。
 
決着は着いてないがスピードも体力も、聡介の方が押されているのを認めて沙智は太鼓を叩いたのだ。
 
「あのー見学者さん。そろそろお昼の準備しようと思うんですけどお握りの具は何にします?」
 
「おかかと梅干し!」
 
ニニギと聡介は同時に好きな具を要求した。
 
沙智があり合わせの材料で作った豚汁とおかかと梅干し両方入ったお握りを無言で咀嚼しながら、ニニギと聡介はキッチンのテーブル越しに見つめ合った。
 
死んだ親父そっくりの顔の曽祖父(見た目年齢俺より若い)と食事するってふくざつ~…腹減ってるのに食が進まないこの気持ちは何だ?
 
「…で、何しに来たの?これからどうするの?」
 
先に言葉を切ったのは聡介の方であった。
 
「さっき手合わせした所、お前はまだ瞬発力が私に追いついていないと確認した。しばらくここに留まり鍛えてやる故」
 
「えーとカミーユさんでしたっけ?それはうちに居候する、と捉えてよろしいんですか?」
 
はい、とにっこり笑って偽名カミーユのニニギは輝くような微笑を沙智に向けた。
 
ふらっと現れて誰にも負けたことの無い弟を圧倒した青年に、沙智はすっかり心を許してしまっている。
 
「お前もかい!」
 
と二階から降りる階段の途中からニニギにツッコミを入れたのは五年前から居候している緑色の髪をしたジャージ姿の大天使ラファエルであった。
 
「家賃も入れてないお前が言うか!」と聡介が反論すると
 
「え?世界最高水準の医術教えてやってとんとん。で話付いたんじゃなかったっけ?」
 
むしろ授業料貰いたいくらいだよとでも言いたげに傲慢な天使は両手でとんとんと縦に空を切った。
 
ラファ公のハンドアクションは、やっぱりムカつく。
 
「よろしく頼む」とラファエルに便乗してニニギは居候宣言をした。
 
ああ…俺の日常はいつ戻って来るんだ!?と聡介はやけ気味に4個目のお握りにかじりついた。
 
こうして10月の穏やかな日曜日、天孫ニニギが野上家にやって来た。
 

それから四時間半後、同じ熊本県内の菊池郡七城町にある泰安寺の本堂で梵字で「阿」と書かれた掛け軸を前に瞑想するのは、
 
この寺の住職泰然こと七城正義と、阿字観瞑想をこの国に持って来た張本人、空海である。
 
この秋の涼やかなひと時にお大師様と阿字観が出来るのは僧侶として至上の喜び…
いかん、調息調息!
 
と法悦から来る雑念を振り払うように住職は臍の下に呼吸を集中する、が、いきなり立ち上がって瞑想を中断したのは空海の方であった。
 
「ちょっと仏界から呼び出しかかりました。行ってきます」
 
と言って空海は作務衣のポケットから縦長の金剛石(ダイヤモンド)の形をしたマイ白毫(取り外し可)を自分の額の中央に装着した。
 
空海が掛け軸の「阿」の中央に手を触れると、たちまち掛け軸全体に夜の帳の色をした円が広がる。
 
「夕食までには帰って来るさかい」
 
とだけ言って空海は円をくぐってささっと向こうの空間に入ってしまった。
 
住職はどうしたものだろう?としばらく困惑し、やがて
 
「ま、正嗣っ!鉄太郎さん!」と自室で小テストの問題を作成している息子の正嗣と、書斎で山本周五郎の小説「内蔵允留守くらのすけるす」を読んでいた野上鉄太郎を本堂に呼び出し、さっき自分の目の前で起こったことを熱く語った。
 
「もーなんというか、なんとゆーか、お大師が白毫を装着なさった瞬間『じゅわっ』という声が心の中で聞こえたんだ!」
 
「あー、ご住職はウルトラセ〇ン世代かあ…って事はよく伝わった。俺も好きだぜ、スパイラルカッター」
 
と鉄太郎が落ち着け、と住職の肩に手を置き、息子の正嗣は
 
「上司に呼び出されたから出向したんでしょ?夕食前に帰って来るなら心配ないって
…そろそろ光彦が帰って来る予定の時間なんだけど」
 
と掛け軸の中に消えた空海よりも京都に遊びに行っている教え子の方が心配って顔をした。
 
「おまえ神経太くなったねえ」
 
と住職はヒーロー戦隊に選ばれて半年たつ息子の性格の変化を半ば呆れて評した。
 
3人の前には「阿」の梵字の掛け軸が元のままぶら下がっている…


その頃教え子光彦は、清水寺の奥の院でひどい光景を目の前にしていた。
 
榎本葉子事件の全ての要因は10月8日の夜、出雲大社での神々の宴からへべれけになった父親を引きずった小人のきなこが「連れて帰るべ」と不思議なループをくぐって帰ってしまい、
ループを作った金属製のブレスレットの形をした機械をカヤが拾い上げて
 
大事そうなブツを置き忘れるなんて、よし届けてやろう。

と松五郎ときなこの「匂い」を龍神の嗅覚で追って辿り着いたのが…
 
「ミュラー邸の地下に基地を作って住んでいたきなこ殿に届ける筈のその危険な輪っかをうっかり榎本葉子の私室に落としてしまった、
という訳だな?水龍神カヤ・ナルミよ」
 
ははっ!とカヤは先程いきなり結界を破って入って来た羽織袴の男で頭を垂れている。
 
男は両の肩に、元凶の次元物質転送装置を作った張本人、ちび小人のきなこと父親の松五郎を乗せて連れてきていた。
 
年は30半ばくらい?けっこうハンサムだけどこのおっさんなんでこんなに偉そうなんだ!?
 
と光彦、菜緒、勲は正体不明の羽織男に同じ感想を抱いていた。
 
カヤは男の前で悄然としながら言った。
 
「はい…年頃の女の子の服を目の前に、あたしは装置をきなこちゃんに返すという目的をすっかり忘れてしまいました。
葉子ちゃんは完全に腕輪だと思って今日の行楽に借りパクしたんでんしょう」
 
「自分の失態を相手のせいにするなばかもの!」
 
と男が一喝したのでカヤは
 
「す、すいませんでした~っ!」とJapanese DOGEZA つまり土下座を男の肩から降りた松五郎親子と並んでして、額を床に擦り付けた。
 
「ええい、土下座で済むなら検非違使(平安時代の警察機関)いらぬ!」
 
と時代劇の町奉行のごとく上から目線で男はカヤと松五郎親子の失態を断じた。
 
うわあ、清水寺がリアルお白州と化している…光彦は、めんどくさい奴が来た。といううんざり顔をして突っ立っているツクヨミのスーツの袖を引いた。
 
「ねえあのおじさん誰?場を仕切られちゃってるよ」
 
「羽織に五七の桐の紋…よほど由緒ある家の方なんやろね」
 
と勲が呟いたのでツクヨミは慌てて
 
「元貴族のボンボンよ。偉そうなのは職業病」とその場をごまかした。
 
まさか男の正体が初めて桐の紋を自分のトレードマークにした人物、嵯峨上皇だって言える訳ないじゃないの!
 

後記
ジ◯リなセリフをのたまうアナンダ

土下座で済むなら検非違使要らぬ=ごめんで済むなら警察いらぬ。とのたまう嵯峨上皇 

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