電波戦隊スイハンジャー#138
第七章 東京、笑って!きららホワイト
劇薬4
部屋の中央に油絵のパレットのような流線形テーブルと革のチェアーがせり上がる。
当然のようにウカは、モニター前の「議長」の席に座った。
戦隊と忍びたちが着席し終えると、彼女は起立して厳かに宣言した。
「今回の作戦の目的は、香港マフィア『花龍』日本支部の壊滅です。
遂行したらここを足掛かりに結社『プラトンの嘆き』に挑みます。
隠の皆さんは健康食品会社カナメのサプリメント工場の皮を被った合成麻薬工場と本社の、
近日中に行われる一斉摘発のお手伝いをして下さい。
逃げさせない、証拠を消させない、が第一目標です」
うっ、と唸って「何もかもお見通しなんですね…」と哲治がウカの端麗な横顔を見つめた。
「もちろん今回は警察に花を持たせますわよ」
ウカは哲治に向けてお茶目なウインクをした。
「でも急を要するのは」
と挙手したのは桃香である。
「12件目の、私が抑えた現場の売人の右手首に薊の刺青を発見した。あれは花龍の人間だろう。
組織も6月の事件でカジノを潰され、今月初めに2つも死体を出し、
また構成員がパクられたと知ったら逃げ出して散り散りになるのではないか?
早急に組織のアジトを抑えないと」
「問題はそこなのよ」
いつの間にか会議室に居たツクヨミがウカの後ろに立って彼女の椅子の背もたれをきゅっと掴んだ。
「まあ叔父上!」
「久しぶりねウカちゃん。まさか本当にヒーロー戦隊作り上げるなんて相変わらずロックでパンクな子」
会議に参加した全員がツクヨミの服装を見て驚いた。なんと首から下は星座の刺繍が施された、藍色の戦隊スーツ姿である。
「スイハンジャーのパワースーツは、実は高天原族の戦闘服をモデルに作られたものなのよ。
設計したのはア・タ・シ。何かおかしい?」
いえ、いえいえ別に続けて下さい。
という無言の返事の中、風間蛍雪だけが口を開いた。
「…薬学者の柳敦之はニンフルサグを使って花龍とカナメに取り入った。
元は天才と呼ばれた麻酔科医だった。
ところが20年前、自ら開発した麻酔薬の治験で6人死亡させて日本の医学界から追放された。
それから中国、マレーシア、シンガポールとアジア各地を転々としている。
その何処かで柳は結社プラトンの嘆きに接触し、破戒思想、終末思想の教えに感化されたと公安は見ている」
「麻酔科医は裏を返せば麻薬劇薬のプロフェッショナルだもんなー」
こりこりとボールペンの尻で耳裏を掻きながら聡介が呟いた。
「柳は日本の医学界に復讐したいという目的でニンフルサグを世間に流した?
おいおい、あんた人を殺すために医者になったのかよ?って話だぜ」
とまで言った聡介の脳裏に
薊の花言葉は、復讐。
という言葉が浮かんだ。
個人単位のヘイト(憎悪)の黒インキの染みが、どこまでも深く広く自他を苛み、世間に広がる様子を想像する…
際限がない!過ぎた憎悪こそ劇薬ではないのか?
と喉の辺りに蕁麻疹が起こったかのような不快な気持ちになり、聡介は無理矢理唾を呑み込んだ。
「つまりはこの柳こそが、結社と今回の花龍メンバー殺害事件を繋ぐ証人なのよ。
とっとと生きたまま捕らえるべし!花龍アジトにある、『箱』と一緒にね」
ツクヨミは榎本葉子が落書きした紙ナプキンを持ち上げ、青インクで描かれた立方体を指で示した。
「それだよ、その『箱』の正体って何だよ?テロのための爆弾?もう俺たちゃ驚かねーから…
教えてください兄上!」
興奮した聡介の頭頂部が輝き、銀の髪の毛がしゅるしゅると腰まで伸びていく。
聡介に憑依したスサノオの「意志」が出てきて聡介を高天原族形態にさせたのだ。
あ、こいつもだったか!と忍びたち全員は聡介の容姿の変化を、驚きを抑えきれずに見ていた。
ツクヨミは銀の瞳を輝かせて聡介の体を借りた弟に強烈な思念波を送った。
(我が弟オトヒコよ、『箱の中身』は、地球人が決して触れてはならぬモノなのだ!)
という高天原語の強いメッセージを聡介とスサノオは脳内で受け取った。
事の重大さを理解したスサノオはしぶしぶながらも納得して引っ込み、聡介は元の外見に戻った。
元々人の心が読める正嗣もさすがに異星の言語は理解できなかった。
が、わざわざ自分に隠すとは。相当な危険物である事は推測できる…
「と、いう訳で私も今から『箱』回収に戦隊に同行する」
とツクヨミは長い銀髪をシュシュでお団子にまとめ、頭からすぽっとフルフェイスのマスクを被った。
い、今から!?
不意打ちされて固まっている戦隊たちに構わずウカノミタマ神は「第一陣行くわよ!」と命令した。
「で、どこに?」とレッド隆文が「いちおう司令官」のウカに尋ねた。
ウカは手持ちのリモコンを操作してモニターに東京都内にある、カナメが所有する2つの工場を映した。
一つは倒産した町工場を買い取って改装したであろう、こじんまりとしたサプリメント工場で、もう一つは…
「なんでこんなところになの?」
と蓮太郎が素っ頓狂な声を上げる程、意外な場所だった。
後記
そういえば
ちゃんと司令官がいる作戦会議は初めてですね。