電波戦隊スイハンジャー#71
第4章・荒ぶる神シルバー&ピンクの共闘
白拍子花子1
もしもし黒巾脛さん、いま家ですか?
ああ、戸隠か。…ここ2日間は何も無かったな。
いま夜10時半。事件を起こすとしたら、そろそろですよね。
遠慮なく話していいぞ、嫁さんと子供たちは居間でテレビ見てる。芸能人の旅番組って何が面白いんだろうな?
さあ、行けない視聴者の疑似体験じゃないですか?
次に起こるなら右京区か左京区ですよ。
お前のアドバイス通り、最近出所した性犯罪者。事件の悪質性の割には罪が軽かった者。ネットで世論を騒がせた者。で調べたら、通り魔の次のターゲットは2人に絞れた。
仮にDとE。サークル内暴行の主犯と幼児に連続いたずら…「公開処刑」の材料にはぴったりだ。府警もやっと合同捜査本部を開いて非常態勢でいる。
京都市内にお巡りさんウロウロか…犯人も動きにくくなってるのか、それとも全然気にしてないのか…「天狗」(結社配下の警察官)さんたちも張ってるんですよね?
ああ、天狗は異変があったらすぐに俺の所に連絡入れる。所轄の仲間よりも先に、ね。
その天狗さん達も、他に仲間は知らないし連絡先が貴方だという事も知らない。全く警察ってどーかしてますよね。
警視庁の人間である俺に言うなよ…まあ密偵組織「天狗」を動かしてるのは結社「隠」への忠誠と、忍びの血を引く誇りと…多少のお金かな?
警察官はキャリア組じゃないとほんとーに給料安いですもんねー。
あなた「人間って最終的に金と愛欲と己の欲得で動く生き物」って言ってましたねー。
うん、俺の持論。本当に異変の第一報をお前に流すだけでいいのか?今回は。
はい、小さな「式神」さん達が協力してくれます。鑑識能力一流だそーです。
また小人さんの話か…琢磨、最近働きすぎて幻覚見えてないか?いい心療内科紹介するぞ。
ちょ、本名で呼ばないでよ、哲治さん!
お前もだよ!すまん、今長女が部屋に来た、切るぞ。
小春ちゃんですね?次の「黒巾脛」候補だ。
中1だが俺よりも優秀だ、と言ってコードネーム黒巾脛はプリペイド携帯を切った。
「これでいいんですよね?松五郎さんと京都在住小人の式神さんたち」
琢磨の自室のテーブルの上には飲みかけのバドワイザー缶の横に、
智恵の神、住江少彦名こと小人の松五郎と、
白装束姿の小人集団、「式神」が30名ほど乗っかっている。(面倒なんで数えるのをやめた)
全員身長13・5センチ。マスコットキャラのように判で押したような愛くるしい顔立ち。
でも式神さん達は、他の地方の小人たちよりもツンデレで、自らが認めた主以外の言う事を聞かない、まさに「いけず」な集団であった。
直接ウカノミタマ神に仕えているためにプライドが高いのだ。
松五郎がバンダナ取って神の証である「角」を見せたため、式神たちは印籠見せつけられた時代劇悪役と平民のごとく、へへーっと平伏した。強者にはあっさり従うのも、式神の特徴のようだ。
「これ以上都が物騒になって観光客減ったらかないまへん」
と右近という名の式神がテーブルから飛び降りて琢磨に歩み寄る。
「ほんまやほんま!」続いて、式神の靫負が松五郎の横で愚痴をこぼした。
この右近と靫負が、京都小人集団「式神」の2トップ。声からして性別は女性のようだ。
「本当に、あなた達にまかせていいんですかぁ?」
まだ冷たいバドワイザーの缶を取ってビールを一口流し込んでから琢磨は麦芽くさいげっぷを右近に浴びせた。
「ぎゃあ、何すんのや?この若僧」右近が飛びすさってテーブルの下に隠れる。まるでバッタみたいだな、と琢磨は思った。
「今まで松五郎さん夫婦や僕達戦隊をバカにして手も貸してくれなかった癖に。
松五郎さんがウカノミタマ様と同列の国つ神だと分かればへつらう…
強者に弱い奴はすぐ裏切るってのをさんざん見てきた現代の忍びですよ。
ぼ・く・は!」
「後手後手に回って翻弄されて来た無能な人間たちよりは働くえ。ほっほっほ!」
靫負が胸反らせるのをしれっと横目で見ながら松五郎が言った。
「こほん、まーとにかくだべ、たくぽん(琢磨の愛称)。この式神たちが市内中に辻番(警備隊)を張らせて過去の現場検証および、近い内に起こる第4の事件もキャッチして警察よりも早く現場入りして証拠を集める。正直いっておめーさんら人間じゃ手詰まりだべ、な?」
手詰まり、と言われればその通りなのである。しょうがない。琢磨は右近のいるテーブル下に剣道ダコの付いた右手のひらを差し入れた。
「さっきの失礼は謝ります…式神さん、あなた達が本当に頼りなんです。さあ」
手のひらに小さな重みを感じた琢磨はそのままテーブル下から手を出して右近を両手に載せると、自分の顔の数センチ先まで右近の小さな顔を近づけた。
「一緒に事件を解決しましょう、右近さん」
可愛い男子の哀切な表情に右近は純情娘の如く胸をときめかせた。
「ぜ、全力を尽くします!琢磨さん…」
アリ○ッティ作戦、大成功ですよ。松五郎さん…
琢磨はにやけそうになるのを抑えて松五郎に目配せした。よくやったべ、たくぽん。松五郎は無言でうなずいた。
お局さまタイプのおなご程、可愛い男の子に弱いからなー。やれやれ、これで式神を思う存分こき使えるべ。
「下手人を一両日中に特定してみせます」
自信に満ちた表情で靫負が宣言した。
琢磨と式神たちとの遣り取りから約1時間後、京都市左京区で第4の事件が起こった。
8月7日午後11時53分、築25年の古アパートの2階の窓から男が落下。全身にⅡ度熱傷。
被害者D。半年前に出所したばかりの、やはり性犯罪者だった。
ちょうど付近を巡回していた竹井巡査長の目撃によると、男は窓から突き落とされる、というより吹き飛ばされる、という感じの落ち方をしたのでガス爆発ではないか、と思ったそうだ。
だが部屋のガス栓は閉まっているし、6畳一間の部屋の中央の畳しか燃えていない。ガソリン、灯油も部屋になく、台所流し下のサラダ油のボトルしか引火性のある液体は見つからなかった。発火性のあるのはテーブル上の百円ライターのみ。
Dも意識不明の重体。一報を受けて「奴め。今度は火刑にしやがったな」と小角が呟いた。
「真魚の話じゃ怨霊さんは火焔を使う。アパートの部屋で襲ったに違いない。警官がウロついてるから焦ったんだ。式神隊、犯人に繋がる物証を見つけろ!」
らじゃ!!と白装束の小人さん達は人間の鑑識よりもはるか早くに現場入りし、実に不思議な証拠、虹色に輝く髪の毛らしき体毛を1本採取して真空試験管に収めたのだった。
「でかした式神たち、松五郎、DNA鑑定超最速で!」と小角はガラケーで松五郎に指示した。ウズメと同衾する布団の中で。
「タツミちゃーん、どうしたん?」
「なんでもないぜー、ワンスモア?」
「んもー、ど・す・け・べ」
つん、と白い指が逞しい胸板をつついた。
アホな夫婦はほっといて。翌日8月8日の夜、京都四条川床付き屋敷、ミュラー邸の玄関前。
招待客の野上聡介は、仕立てて間もないブルックスブラザースの夏用スーツの背中に4人の恨みがましい視線がいやっていう程突き刺さるのを感じていた。
つまり呼んだ友達の蓮太郎と正嗣と光彦以外の、戦隊のメンバーたちである。
「ふーん、世界のミュラー邸での晩餐会に『この』僕を呼ばないとはねー。
知ってますか?カツヌマ・キネン・ホールって世界中の演奏家の檜舞台なんだよ。つ、ま、り、クラシック界と勝沼一族は切っても切れない関係なんですよー」
アルマーニオーダースーツで正装した悟が、わざと呼ばれなかった口惜しさを言葉の端々に滲ませている。時計、靴、ネクタイ。こいつはイタリアブランド大好きか、それともセレブ用のファッションマニュアル通りに着ているだけなんだろうか。
俺が身に着けているもの全ての値段の10倍もする服着てるんだろうなーと聡介は悟の言葉を聞き流しながら思った。
「ひどいべ、会食のチャンスの時は全員集まって親睦を深めるのが戦隊のルールだべ!なんてずるい事を」
悟の隣で隆文が直立不動して震えながら、聡介の背中を指さした。
そんなルール勝手に決めたのはお前だろ?新婚なんだから身重の嫁の傍にいろ!
と聡介は言ってやりたいが、今ここで言うと皆にフルボッコされそうなんでやめた。こいつ切れるとヤンキー気質なんだよな。
自分の方がゴリッゴリのヤンキー気質なのを聡介は棚に上げた。
「まあなんですかねー、野上先生は顔も年収も身長も高レベルなのに、心が狭い、と」
「そうだそうだー」
琢磨ときららが一緒になって聡介を責める。琢磨は職場から直帰したのが見え見えのスーツ姿。きららは「これしか正装がない」と黒のリクルートスーツの上下に身を包んでいる。
「パーティにお呼ばれしたこと勝沼のぼんちに喋っちゃったんだけど…え、仲間を呼んでなかったの?信じらんないわー」
蓮太郎まで俺を責めるか…
「黙れ黙れー!新婚レッド、婚約者持ちブルー、戦隊内恋愛してるイエローとホワイト。
おまえら鳥人戦隊ジ○ットマンか!?
日曜朝のお子様たちに見せられないリア充すぎるヒーロー戦隊どもめ。あーそうだよ、俺と蓮太郎、正嗣と光彦は彼女持ちじゃないからタダ飯に誘ったよ!
ちくしょう、リア充どもなんか大嫌いだーっ!!」
うわあ、ちっちぇえ。
と最年少の光彦までもが呆れきった目で聡介を見た。
そうだべ…と隆文が最初に済まなそうに頭を垂れた。
「確かにおらは、できちゃった結婚してしまった前代未聞の戦隊のレッドだべ…
野上先生の性格なら『ゴムぐらい着けろよ』とあの場で拳骨くらいかましてたかもしれねえが…」
「うん、美代子さんいなかったら絶対そうしてた」と聡介は強くうなずいた。
「だけども、だけど交際12年でずるずる付き合ってきたいい年のカップルって既成事実ないとお互い不安だったんだべ!
いつ相手から別れ告げられるか不安な年頃だったんだー!
読者の皆さん、夢壊して悪かった。許してけれー!」
と隆文は美代子妊娠発覚から引きずっていた思いを泣きながら吐き出した。
「分かった隆文、お互い子が欲しくて授かった、ときれいに脳内補正してやるから。
ここの読者さんだって許してくれるさ」
と聡介は隆文の肩に手を置いた。
「それに僕は婚約者持ちと言われても、親が勝手に決めた事だし…」続いて悟が困惑したように顎を掻いた。
「え?勝沼、おまえ真理子さんに恋愛感情は?」
「それがどんな気持ちか、僕には分からないんだよ。結果は散々だけど場数だけ踏んで来た野上先生に教えてもらいたいんだ」
どうすればいい?とにじり寄って来る悟の身長は阿部寛と同じ189センチ。ヘタレだと分かってても大男に迫られるのは結構おっかないなが、少年みたいに真剣な表情をしている。
「ぼんち、一番聞いてはいけない相手だよ…」
助け船を出したのは蓮太郎だった。良かった、辛い失恋経験ほじくり返されないで済む。失敬、と悟は引き下がった。
「それにーあたしたち付き合ってませんからー」
きららは、きっぱりと言い切った。横で琢磨が顔面から表情をを失った。
「え、いつも一緒におしゃべりしてて?今週末TDLでデートだろ?」
やだなー、ときららは片手をひらひらさせながら言った。
「年齢近いからたまたま一緒に喋ってくれるだけですよー。TDLもバイト頑張ったご褒美ですって!」
ああ、笑顔がまぶしいぜ。この子のまっしろさと鈍感さが、残酷すぎる。
イエロー、道は遠いぜ。頑張れよ…
「そういえば呼ばれた七城先生はどうしたんだべ?」
「少し遅れて来るって。今朝方帰ってきた空海さんが夏風邪で寝込んでしまってさ。正嗣が看病してる」
「聡介先生の近未来的治療室に来ればすぐ治りそうなもんなのにね。やっぱり平安初期の人だから布団にくるまりたいのかな?
うちのルリオが往診行って薬置いてきたってさ」
悟がロレックスの腕時計で7時5分前、と時間確認するとミュラー邸の呼び鈴を押した。
「待っとったで、祥次郎ジュニア!」
とアメリカナイズに両手を広げて玄関で迎えてくれたが連れてきた「お友達」のあまりの多さに表情No4「意外」を浮かべて言った。
「お前、友達少ないタイプだと思ってたんだが」
自分から招待しといてなんて失礼な事言うジジイなんだ。
急に湧いて出たんです、と聡介は返した。
「お招き有難う御座います、マエストロ。祖父の四十九日ぶりですね」
お土産の熊本ワインを渡しながら完全棒読みセリフを言う無表情の聡介を見ながら巨匠は思った。
祥次郎、お前の息子はガキの頃から性格変わってへんなー…先が心配やで。
8月8日夜7時ちょうど。グリーンを除いた戦隊たちがミュラー邸に入った。
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