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バイトを辞めるために家出した話

ケンタッキー、チキン美味いよね。Ixyです。

前に書いた記事、「絵を描き始めたきっかけのお話」多くの方に読んでいただけたみたいで嬉しいです。

その中でも少し触れたのですが約1年、ケンタッキーでバイトをしていたことがありまして。記事の中では絵のためにかっこよく辞めたかのような書き方になっていますが実際はかなり情けない辞め方しました。今回、ちょっと恥ずかしいのですがその件について書いてみようと思います。

*見直してみたら全体的に暗めになってしまったかも。そういうお話が苦手な人は注意してください。

面接を受けた日

実は僕、高校を卒業して大学に入ったものの二日で退学をしてしまいまして……(こちらもいずれ記事にしますね)

次に専門学校に途中入学みたいな形で入ることになるのですが、空いた期間にバイトで退学した入学金のお金は親に返そうと思い、家から近いケンタッキーでバイトをすることにしました。すぐ退学したおかげ?で支払ったお金は入学金のみで授業料まではまだ払っていなかったのでわりとすぐに返せました。余ったお金はのちにペンタブやフォトショップに使うことになります。

声も元気も当時はやたらありましたので面接はスムーズに進み、店長からも好印象だったようで数日後からすぐ働く事が決まりました。

バイト当日までに覚えてきてほしいとプリントを渡され、チキンの種類や呼び方、簡単な仕事の流れをきちんと把握しました。初日はチキンをさばくだけでしたが(袋からチキンを出して量るだけの簡単なお仕事)やたら褒められるので結構楽しく仕事できました。

すぐにチキンを揚げる仕事もやらせてもらえてこれがまた楽しく、客足が無いとあまりすることが無かったのでお客さんがきたらめいっぱい大きい声で「いらっしゃいませ!こんばんは~」と、とりあえず自分ができる事は時間内精一杯やっていました。

しばらくして専門学校も入学日が決まりました。ただ自分が入ったコースは本来一年やるカリキュラムを強引に半年に縮め、二年生時に春から入学した生徒と合流するスパルタコースみたいなものに入ったのでバイトを続けるかどうか悩みました。

幸い仕事自体はそんなに苦ではなく、また12月のクリスマスはとてつもなくケンタッキーは忙しいのでとりあえずそこまでは働こうと結局両立することにしました。

地獄のクリスマスイブ

文字通り本当に地獄でした。見たこともない数のチキンが山積みされ、24日、25日はほぼほぼ風呂睡眠以外ずっ~~っとチキンを作り続けました。終わってみればお祭りみたいな感じでハイテンションだったのですが翌日は泥のように眠りました。

いやあ来年はあまりやりたくないなあ正直と思いはしましたがここが辞めるきっかけではありませんでした。

フライヤー

僕がケンタッキーのバイトを辞めてしまった原因はこれでした。ケンタッキーの業務はちょっとうろ覚えなんですが「カウンター」「厨房」「フライヤー」と大まかに分けて三つありまして、今まで僕がやっていたのはこの中の「厨房」でした。

厨房ではチキンをさばいて粉と混ぜ、圧力釜で揚げて指定された場所にトレーごとチキンを入れます。基本的にこれの繰り返しであとは合間に店舗の清掃をする感じです。

働き始めて一年経ったくらいでしょうか、店長から「お前、フライヤーもやってみないか?」と持ち掛けられました。当時はわりとバイトをしている人数が多く、フライヤーをよくやっていた人が一人辞める事がきっかけでした。

どういう業務をするところかというと客足の状況などを見て売れ方を先読みし、チキンをはじめとした商品の管理、合間にポテトやツイスターを作っては厨房にチキンの調理指示を出したりします。ここの業務と厨房の両方が回せるとバイトのシフトも入れられやすくなるため是非にとフライヤー、やらせてもらいました。そして結果、ものの数十分後……

できない、マジでなにもできない

タイムアウトといって出来上がってからポテトは10分、チキンは二時間ほどでロスト(時間はうろ覚え)。つまり捨てなくてはいけないきまりになっています。それでいてお客様にはすぐ商品を提供できる状態にしなくてはいけないので先読みでポテトを揚げたり、チキンの調理指示を出さなければいけないのですがこれができない!

例えば入店したお客がチキン4ピース、ポテト、ツイスターと注文した場合、カウンターから教えてもらえます。それを聞いてポテトやチキンの在庫があれば問題ないのですが無かった場合、テンパるのです。まずポテトの在庫が無い場合すぐポテトを揚げるのですが、その時にはもうツイスターを作らなければいけない事を忘れている。というかそもそもツイスターに使うクリスピーを揚げていない。ていうかクリスピーを包むトルティーヤを倉庫から出してない。てかなんかいつの間にかチキンの在庫もない。そうこうしてるうちにポテトが揚がっているのですがタイマーが鳴っているのにツイスターを作ることに必死で気付かない。

そう、自分は何かしながらもう一方で作業するという事が極端にできない人間だったんです。思い起こせばテレビを見ているときに人に話しかけられても気付かないなど予兆はあったのですが……本当に何かの作業しているときはもうなにもできない、という事に初めて気づきました。

結局その日はできず、その後も割と客足が少ない時間帯を狙って社員の方やバイトリーダーが気を利かせ、フライヤーに立たせてくれるのですが悉く何もできませんでした。

もう本当にショックで、はなからやる気がなかった勉強や宿題などが出来なかった時は全然気にしていなかったのですが、自分から積極的にやろうとしたことでここまで手ごたえなく出来なかったのにひどく落ち込みました。

そのまま肩を落として厨房に向かいチキンを作るのですが、僕がそういった精神状態で作ったチキンが多分あまりにもひどかったのでしょう。店長に「ちょっと!さすがにこれはまずいよ!」とチキン全ロスト。僕は商品をダメにしてしまい作り直すことになりました。

厨房作業を見届けてもらい(本当にいい店長でした)もう一度チキンを作らせてもらってそちらは無事問題なくOKをもらったのですが、その一件が尾を引いて「いや~もう辞めよう…」と決意し、仕事が終わって帰宅後に親に相談しました。

家出

学校もとりあえず順調でバイトの話含め、親にはいい話しかしてこなかった為か、親は急に辞めるという話を持ち掛けた自分をとりあえず留めました。

変にプライドみたいなものが邪魔してフライヤーが出来なかったことを言わず、学業に集中できないからと変な言い訳をしたのもあって結局「もう一度(バイトに)行ってみてはどうか?という事になりました。

ですがもういろいろと思いこんでいた自分は血迷って「バイトを辞めれないなら家出しよう」というわけのわからないムーブをかましてしまい、荷物をまとめて「今までお世話になりました」とどうしてもバイトを続けれないと書置きしてこっそり家を出て電車で名古屋まで逃げました。

山籠もりでもするのかという大量の荷物を抱えて行動するのもしんどいので一番大きいコインロッカーに荷物をぶち込んでから駅近くのバス停のベンチで一晩明かすことにしました。

所持金は数万円でコインロッカーに500円使ってしまったので明日からどうしようか……近くに住んでいそうな友人宅にでも泊めてもらうかなどと考えていたらえらいことに気がつきました。

携帯がねえ!

家に忘れてきました。最悪です。ただもうどうしようもないのでとりあえずベンチに寝っ転がりました。いやー寒い、夏の終わりごろだったのでまだ大丈夫と油断はしていましたが、結構いろいろと服をかぶっていても寒い!冬じゃなくてよかった。

朝、もう寒くて起きた感じでした。いやーどうしよう携帯もないし……とりあえず通ってる専門学校の友達を頼ろうと学校に向かいました。

学校に着くと中はもう天国かと思うくらい暖かく、ロビーでのんびりしていたら後ろから急に誰かに首根っこを引っ張られ振り返ると知り合いの一人でした。

どうやら自分が忘れていた携帯から親がかたっぱしから連絡を入れていたようで結局その知り合い諭されて帰宅。方々にだいぶ迷惑をかけてしまった事をそのころにようやく自覚して、しっかり周りに謝罪してとりあえずバイトも辞めさせていただきました。ここらへんもいろいろあったのですが今回は割愛します。

まとめ

結局この一連の流れで覚えたのは「できないことは頑張ってもできないからさっさと諦めをつける」って事でした。ムキになって意地をはった結果、多くの人に自分は迷惑と心配をかけてしまったので。そのかわりに自分ができる得意な分野でガンガンやれていればいいのです。

あれからずいぶんと時が経ち、かつて僕が働いていたケンタッキーは当時の店長もバイトも自分が知っている人は一人もいません。転勤したり辞めたり。でもたまーにそこのケンタッキーでチキンを買いに行ってはフライヤーで頑張って働いてる人を見て「自分も今できる事をとりあえずしっかりやろう」と気を引き締めています。(少し妬んでいたりもします)

チキンの食いすぎで体は緩んできていますけど。

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