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不描之描

中島敦氏の名人伝という作品に「不射之射ふしゃのしゃ 」という言葉が出てくる。
私はこの言葉に初めて出会った時とても考えさせられた。
記事の最後に実際の作品と人形劇による動画のリンクを貼っているので興味のある方はそちらから。

作品についての大筋を書かせていただく。
紀昌という弓の第一の名人を志す若者が師を得て努力を重ねて天下の弓の名人となるが、さらに研鑽を重ねるために師から教わった山頂にすむ老師に教えを請う。そこでさらに修行を重ねて都に戻るとかつての師から絶賛されて目指していた天下「第一」の名人として都の大名物となるものの、紀昌はその後人前で弓を披露することは無かった。やがてまったく弓を持たないままに老い、死の数年前に弓を見てそれが紀昌にはなにに使う道具なのかを忘れ果ててしまったというお話。

この作品の中でも特にお気に入りの場面が紀昌が師から離れて山に入り、老師に教えを請うときに言われた「弓矢のいるうちはまだ射之射。不射之射に弓矢はいらぬ」と言って弓を放つ動作を素手で行い、飛ぶ鳥を落とす場面でだ。この不射之射という言葉の響きにとても惹かれるし、好きなのである。

私はイラストレーターとして絵を描いて生計を立てているが、この老師のいうところで行くと「描之描びょうのびょう 」といったところなんだろうなとふと考えることがある。そしてわりと現代においてもいわゆる「不描之描ふびょうのびょう 」はそこまで不可能ではないのかもとも思う。

紀昌は九年、老師から教わって都に戻って天下一となったあと、一度も弓を持たずに四十年の後まで技を披露するどころか口にすらしなかったとある。だがかつての師の評価や都の人々の噂のみで紀昌は天下一であり続けた。

作品を読んで人によっていろいろな解釈があるとは思うが、私はなにか芸を極めるということはその芸を使って最高のものを創り上げるところが終わりではなく、実はそこはまだ始まりで重要なのはそのあとなのだと解釈している。作品を作るだけでなく、作品を通して他人の道を創れるクリエイターが現代における「不射之射」に通じているとするならば自分はまだスタートにすら立てていないのだろうなと思うのである。

まだ正直作りたいと思う作品が自分には多くあり、それを作る事に精一杯である。私は仮に一通り作りきって何も作るものがなくなってしまったとしても、そこからがまだ実はスタートで……とこの名人伝という作品を通して思えるようになった。

もう十数年絵だけを描いていて私は未だに絵を描いてるだけの段階なので今後を思えばとりあえず生きているうちは退屈になることはないだろう。

名人伝 中島敦

人形劇


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