あと1cmツアー高崎

11月7日に高崎で延期されていたたなばたのツアー初日がありました。コロナ後初の現場でのライブ(弾き語り)だったのでいろいろ思うところあったのでポエム書いてみようと思います。コロナ禍で行われたフラワリ2020でいかに自分にとってライブとライブに付随してくる出来事が大きくて大切かみたいなポエムを前に書いてて、今回またポエム書くのでもう非公開にしちゃいましたが常に最新のお気持ちだけ表示しておきたいなぁというあれなのです。

9ヶ月のライブになったわけなのですが、まず高崎公演はいろいろあって昼か夜か選べる立場にいたのですが1秒でもはやく会いたかったので昼に振り替えました。チケット番号も一桁で最前に座れました。

弾き語りなので登場SEもなくわ〜っとあにーさんが登場してくれてはじまっていったのですが、感極まるというよりはやっと求めていた日常が空いた穴に戻ってきてくれたというしっくりくるという感情が大きかったです。鳥肌立ちまくってましたが…。結構この感情になったことが自分でもびっくりしていて、もっと恋い焦がれていてやっと実って号泣みたいな感じになると思っていたのですが、いつものライブの感覚っていう感じで、コロナがどうこうっていうのは関係なくて単純に純粋にたのしみにしていたライブがはじまったやったー!という気持ちだったのです。よくよく考えてみればだいすきな人のだいすきなライブに世界情勢が〜みたいな感情なんていらないんですよね。すきな気持ちにコロナは全く関係ないのです…。

ライブ中のことやライブ前後のことはTwitterみてくれればじゅうぶんなので割愛しますが、強いて言えばいつもとは違う距離感とマイクを通さずにきけたことに対するうれしさなのです。特に透明な午後を歌ったときは、ふしみの目の前に座ってお互い手を伸ばせそうな距離で、窓からは秋風と街のおとが流れ込み、まるでじぶんのためだけにうたってくれているような、透明で綺麗な時間を感じていました。

普段の生活って例えば運転しているときとか動画みてるときとかTwitterしてるときとか、いまやってることと別のことが頭にあったりすると思うのです。運転しながらロールケーキ食べたいなぁとか仕事しながらショートケーキ食べたいなぁとか。映画見てるときだってドキドキはらはらしていても次の展開はこうかなぁとか考えたりしてると思います。少なくともふしみはそうなのですが…。でもたなばたのライブのときだけは全然そんなことなくて感情がすべてライブに向いていて、TaNaBaTaの音楽のことしか頭になくって、この空間にはTaNaBaTaのメンバーと音楽と自分しかいないという気持ちになっていて、それがとてもとてもたのしくてうれしくて、かけがえのない時間だなってライブが終わったあとに思うのです。性別も性格も価値観も立場も昨日までの生き方もなにも関係なくて、ただただここにいる自分がたのしいという感情だけに埋もれていて、でもこれってこのときにしか感じられない感情で、絶対にアーカイブや同じ曲をiTunesできいても違っていて、だからこそ大切で、ほんとうに、本当に大事な時間なのです。言葉では言い表せないのですがこの気持が自粛期間で味わった延期や中止という出来事があっても余計な感情が入ることなく感じられたこともうれしくて、大切な場をつくってくれて続けていてくれてこれからも続いてくれて本当にありがとうございますという気持ちをいつかどんなかたちでもいいから伝えられたらいいなって思います。

ライブの前後にあってくれるみんなにもライブ前後といういちばん気持ちを共有したいときに会えていることとこんなふしみにもいつも仲良くしてくれて、初対面で馴れ馴れしくても良くしてくれてありがとうございます。ライブの前日翌日に遊んでくれるひとたちも急に誘ってもあってくれて本当にうれしく思ってます。現実世界に友達って片手にも満たないくらいしかいないのですがこうやってライブやインターネットで繋がりを持てたことをいつまでも感謝をしています。

人生の最終回みたいな言い回しになってる気がしますがこれがいま感じてることなのでいいかなと思っているのです。恥ずかしくなったらまた消しますが…。とくかく、コロナがあろうがなかろうが自分の気持ちが変わらないまま感じ取れたのがよかったなって話です!

これからもライブであにーさんの世界に浸って、あにーさんが見えている世界が少しでもじぶんでもみえるようになったらいいな