#2 信越トレイルを歩く【0日目・後編】 苗場山へのアプローチ②
起点に行くまでが楽しかった
朝6時、森の家を出発した。麓の桑名川駅まで約4km、一時間の道のりだ。背後にはこれから歩く関田山脈。朝靄が晴れるにつれ、はっきりとその威容な姿を現した。いつも山を見上げるたび「こんなとこ歩けるのかなー」なんて思うけれど、結局最後には歩けてしまうのが不思議だ。
北信と呼ばれるこの地域は、冬になると数mの雪が降り積もることで有名だ。実際、歩きながら見る家の様子が今までに見たことのないもので面白かった。屋根の角度が険しいのはもちろんのこと、玄関が二階にあったり、中門造りという玄関を凸型にした家が何軒か見えた。また、勘違いかもしれないが、玄関の向きもまちまちだったのも面白かった。これは雪が降ってくる方向や日光の当たる角度によって、各家が工夫している結果ではないかと思った。さらに、各家に例外なく貯水槽があるのも目を引いた。今でもパイプから音を立てて水が入ってくる様子を見ると現役バリバリだ。何に使われているか分からないけど、この辺りの人が自然とどう向き合い利用しようとしているか、その一端が垣間見れた気がする。
バスも楽しい
7:24桑名川駅から森宮野原駅へはバスに乗った。本来は電車なのだけど、代行のバスでJRの各駅を周る。どの駅も無人だと聞いていたが、駅に着くたび普段着を着たおじさんやおばさんが立っていた。彼らは特にバスに乗るでもなく、バスの運転手とアイコンタクトを交わし、それを合図にバスはその場を立ち去った。きっと近所の住民が交代で駅長代わりをしているのだろう。乗客がいれば送り出し、そうでなければ合図を送る。そういうボランティアなのだ。その中で、たぶん信濃白滝駅だったと思うが、ある女性が一人の男性を送り出した後に、深々と頭を下げてバスを送り出した姿が目に焼き付いた。日本ではもう見られない光景だと思った。
バスは30分ほどで森宮野原駅に着いた。ここで駅舎で働いている女性と言葉を交わした。この旅初めての会話だ。「おはようございます」と声をかけると、「おはようございます」と応じ、「信越トレイル?」とすぐに返された。それが嬉しかった。
「はい。今からバスで湯沢まで行って苗場山から始めます」
と言うと、「珍しいわね」と言った。
聞くと、やはり逆側から歩く人の方が多いらしい。また苗場山まで行かずにこの駅で切り上げる人も多いのだそうだ。スルーで歩くよりセクションの方が多いのだろうかと、このとき思った。女性にスマホの充電をさせてもらえないかお願いしコンセントを借りた。ここ森宮野原駅は、スマホの充電、トイレ、買い出し、すべてが整う場所だ。曜日によっては、うどんやそばも食べられる。信越トレイルのルート上にもなっているので、重要な拠点として位置付けておくのがいいと思う。
■JR森宮野原駅
8:40ここから一時間ほど新潟のバスに乗って越後湯沢駅に着くのだが、道中津南町の市街地を抜け、国道353線を南下している最中で「魚沼産のコシヒカリ」という看板を見つけ、「魚沼の米ってこの辺りなのかな」と思ったり、清津峡に近づくにつれバスの右側の窓越しから清津川の渓谷の断崖がちらっと見え、鈴木牧之が書いていた風景のことを思い出したりしていた。牧之の文章を後で確認すると、次のように書いていた。
まさにそのような風景。ただバスに乗って窓から外を眺めているだけだったが、注意深く外を眺めるのは思いのほか楽しかった。
越後湯沢駅に着いた後は、タクシーに乗って登山口に向かうだけだ。登山口である和田小屋には45分程度で着いた。
苗場山登山
苗場山登山は秡川コースからのアプローチ。登山口の和田小屋から約3時間半で山頂に着いた。特に登山道で心配に思ったところはなかったけれど、雲尾坂と呼ばれる最後の急登がきつかった。また小雨が降りだしたときは、少し不安になった。山に不慣れなのだ。けれど、頂上から下りてくる人とは何度もすれ違ったし、これまで抜かしてきた人たちもいる。高齢者のグループも背後にいた。人がいるというだけで、なぜか気持ちが強くなれた。さすがに急登を越えて、頂上の湿原地帯に着いたときにはほっとした。この日は山頂にある山小屋のヒュッテで一夜を過ごす。苗場山ではテントが張れないので、宿泊する場合は事前予約が必要なので注意が必要だ。
■苗場山頂ヒュッテ
一日の終わり
夕方6時過ぎ。すでに外は暗く、僕は布団にくるまっていた。布団の中で今日一日のことを振り返っていたのだけれど、考えてみればまだ信越トレイルは始まっていないのだとそのとき初めて気づいた。昨夜仙台から長野に入り、今日一日かけて苗場山を登った。長野には信越トレイルを歩くためにやってきたので、今日一日も信越トレイルの一部を歩いているような気になっていたけれど、実はまだ歩いているどころか、ようやくゼロ時点に着いたところなのだ。信越トレイルはスタートするまでが大変だなぁと思いながら眠りについた。