AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚その4『夏の浜辺にて』
アカデミーに帰着した翌日、『ダイアニンストの森』での一件に関する報告書を書き上げた3人は『全学職務・時短就労斡旋局』の事務室を訪ねていた。偶然そこに居合わせていたウィザードが、彼女たちに声をかける。
「よう、無事に報告書が書きあがったようだな。直接預かるよ。」
そう言うと、シーファから報告書を受け取り、ウィザードはそれに目を通した。
「3人で2人分か…。リリーも相変わらずだな。」
経費の計算をしながらページをめくっていく。
「収支については、まぁ、これでいいだろう。リリーの加減については大目に見てやる。森ででくわしたキャシー・ハッターという『裏口の魔法使い』が気になるところだが、今の時点でできることはほとんどないだろう。今後注意して目を光らせるしかないな。」
彼女は3人の方を見た。
「3人ともよくやった。これであたしからの依頼も完了ということにしよう。報酬はここに預けてあるから、あとで受け取って帰ってくれ。それから、お前たちにちょっとしたボーナスがあるんだ。面談室で待っていてくれるか?」
面談室の利用可否を同局の職員に確かめてから、少女たちにそこに入って待つように指示した。3人は、その促しに従って面談室に入室し、めいめい腰かけてウィザードの戻りを待った。ほどなくして扉をノックする音が聞こえる。
「すまないが、誰かここを開けてくれて。」
ウィザードの声だった。カレンが立ち上がってドアを開いた。そこには何やら大きな布ものを抱えたウィザードがいて、カレンが明け広げてくれているドアをかいくぐって中に入ると、テーブルの上にその荷物を広げ、3人を見やって言った。
「お前たち、この前の仕事でローブを駄目にしていただろう。もう直したんだろうとは思うが、これはあたしからの心ばかりのボーナスだ。よかったら使ってくれ。」
それは、海水浴などでの日よけにも使える夏場用の薄手のローブで、繊細で華奢なしつらえではあったが、魔法特性には優れた品物のようでもあった。縁取りや袖口などに複雑な呪印が見事に施されている。
「いただいてよろしいんですか?」
そう訊ねるカレンに、
「ああ、いいとも。立派な仕事のボーナスだと思って、気兼ねなく受け取ってくれ。シーファには新しい魔靴をと思ったんだが、夏休みに使えそうなものと言えばこっちの方がいいだろうと思って、3人お揃いにしたよ。好きなのをそれぞれ選んでくれ。」
そう言って、微笑みかけた。ウィザードは、シーファの魔靴に傷ができていたこともちゃんと把握していたのだ。
「ありがとうございます。」
少女たちは深々と頭を下げた。
「それで、夏休みの予定は決まったのか?」
「はい。明後日から、『シーバス海岸』に海水浴に行こうと計画しています。」
シーファがその問いに答えた。
シーバス海岸とは、南大通りを経て『タマン地区』に入った後、南西に進路をとると行きつくことのできる、魔法社会でも有名な海水浴場で、目の細かい美しい白砂の海岸と透明に輝く透き通った海で知られる一大観光地であった。3人はそこへ海水浴に出向こうと計画していたのだ。
「それは、ちょうどよかった。こいつをぜひ役立ててくれ。」
そう言って、相変わらず両目の動くぎこちないウィンクをして見せるウィザード。
「はい、活用させていただきます。」
そう答えて、3人は再度謝意を告げた。
「この季節の海は何かと誘惑が多いからな。気をつけろよ。まぁ、お前たちに関心を寄せる物好きはいないと思うけどな。」
いたずらっぽい表情で、ウィザードは3人の顔を見た。
「はい、節度を守って休暇を満喫します!」
優等生の返答をするシーファ。
「それは、結構だ。じゃあ、気をつけてな。あたしは先に行くよ。」
そう言って、ウィザードは面談室を後にした。
3人の若人たちは、思いがけない海水浴用のプレゼントに気持ちが高まったようで、これから若者の街『フィールド・イン』に出向いてそのローブに合う水着を新調しようということになり、色めきだっている。午前10時を過ぎたばかりで、ランチを兼ねて買い物に出かけるにはうってつけの時間帯であった。
面談室を出てすぐに同局の事務室によって、今回の件について『南5番街22-3番地ギルド』からの報酬を受け取った。ウィザードもまた3人の働きに満足であったようで、予想以上の報酬を包んでくれていた。彼女たちの懐はいよいよあたたかくなり、これから繰り出すショッピングに胸をときめかせていた。時は8月中旬を間近に控える、そんな時節であった。
朝の太陽が東の空と天頂との間に位置して、若人たちのこれからを明るく照らしていた。いよいよ彼女たちの夏休みが始まる。
* * *
その翌日、久しぶりに、ウォーロック、ウィザード、ソーサラー、ネクロマンサーの4人は、『アーカム』に顔を揃えていた。思えば、4人がここに集うのは、パンツェ・ロッティ教授を見送った後で、高次元空間からこちらの世界に戻ってきたあの時以来かもしれない。いつものように、お茶を囲んで和気あいあいと言葉を紡いでいる。
「そう言えばよ。」
と、ウィザード。
「シーファたちが明日からシーバス海岸へ海水浴に行くらしいんだよ。」
「へぇ、そうなの?さしずめ、先生の贈ったローブを身に着けてバカンスというわけね。」
事情を知っているらしいソーサラーが言う。
「若いっていいよな。」
ふとそんなことを言うウィザードの茜色の瞳が、珍しく虚空を仰いでいた。
「あら、どうしたの?教え子たちに触発されちゃった?遠き青春の日々を見つめるなんて、あなたにもそんな感傷があるのね?」
ウォーロックがころころと笑っている。
「あら。だってこの人は永遠の乙女だもの、ね?」
意地悪くそう言うソーサラー。
「ちげぇよ。そんなんじゃねぇし。乙女って、いつの話をしていやがるんだ。」
ウィザードは憮然としてふくれてしまった。
「じゃあ、失われた青春を私たちも取り戻すというのはどうですか?」
思いがけない提案をしたのはネクロマンサーだった。3人はその顔をまじまじと見入る。
「青春を取り戻すって、どうするの?」
ウォーロックが訊ねた。
「ほら。私たちにはこれがあるじゃないですか。」
そう言って、ネクロマンサーは胸元を少しはだけて見せた。そこには、天使から人間の姿に戻るために飲み込んだ、姿を自由に変えられるというあの『アッキーナの卵』が、肌の下からほんのりとエメラルドの魔法光を輝かせていた。
「確かに、これがあれば、年齢も性別も外観は自由自在だものね。」
ソーサラーも自分の胸元を見やっている。
「いい考えだわ!」
ネクロマンサーの突飛な提案に興味をくすぐられたのはウォーロックだった。
「これを使って若返り、私たちもシーバス海岸に繰り出しましょう!」
その声に力がこもる。
「いいかもしれないわね。」
ソーサラーもまんざらでないようだ。ウィザードだけは、勘弁してくれというような顔をしている。
「私もそれには賛成なんですが、若返ると言ってもどのくらいにするんですか?」
現実的な疑問を呈するネクロマンサー。
「そうねぇ…。」
少し考えてから、
「せっかくだから、彼女たちと同じ年齢にしましょう!同い年なら、仲良くなるのもすぐのはずよ、ね、先生!」
そう言ってウォーロックがウィザードの顔を見つめた。
「バカ言えよ。あいつらをいくつだと思ってるんだ。まだ13だぞ。あいつらの歳になるにゃ、あたしら10近くも鯖読みしなきゃなんねぇ。そんなことできっかよ。」
ウィザードは当惑の様子を露わにしている。
「いいじゃない。お友達になれば、学徒達の新しい一面を発見できるかもよ?教育熱心な教授先生にとっては千載一遇の機会なのじゃないかしら?」
そう言って詰め寄るウォーロック。ウィザードはいよいようつむいてどうしていいか分からないような様子だ。
「無茶言うなよ。あいつらとお友達なんて。あたしゃこう見えても一応アカデミーの教授なわけでな。その、立場があるんだよ。いろいろと…。」
なおもウィザードは言いよどむ。
「じゃあ、彼女たちをこっそり覗き見ることにする?伝統ある教授のやり方を模倣して、あの時みたいにさ?」
あたふたするウィザードがよほど興味深いのか、ウォーロックはいよいよいじめにかかった。
「勘弁してくれよ。あたしにパンツ野郎よろしく学徒をのぞき見をしろっていうのか?ありえねぜ。だいいち…。」
「光学魔術記録装置ならありますよ。」
思いがけないことを言ったのはネクロマンサーで、かなり値の張りそうな光学魔術記録装置を取り出して、カウンターの上に置いた。それを見てウィザードはほとほと困っている。
「これどうしたの?」
そう問うソーサラーに、
「最近、ちょっと頼まれごとがありまして。死霊の姿をさまざまの魔術記録に収めて欲しいと言われて、それで思い切って新調したんです。いいものですか、きっとお役に立ちますよ?」
そう答えてから、ウィザードの顔を見た。彼女はいよいよ大混乱だ。
「いや、あたしは断じてそんなものは使わねぇ。あたしの学徒達に対する愛情は本物なんだ。そりゃ、教授も教授なりの愛情を持ってはいたわけだが、それは理解するにしても、あたしのはそんなに歪んでねぇし、汚れてねぇ。」
とうとう泣き出しそうな面持ちになっていく。
「ごめん、ごめん。冗談よ。」
そう言って、ウォーロックがウィザードの手に自分の手を重ねた。4人は肩を寄せ合う。
「まぁ、どれだけ若返るかは後々考えることとしても、海へ出かけるというのは悪くないんじゃない?」
そう声をかけるソーサラー。
「そうですよ。4人揃っての青春はありませんでしたから、それを取り戻しに行く、ということならどうですか?」
ネクロマンサーも静かに語る。
そうなのである。ウォーロックが、高等部進級後まもなく『裏口の魔法使い』としてアカデミーを追われることとなったため、それ以降、いわゆる少女としての交流を4人揃って経験する機会を持てないままであったのだ。その空白を埋め合わせようというのである。
「確かにあたしら、ある時から4人揃って遊びに出かけるとかできなかったもんな。青春か…。」
ウィザードは再び虚空を仰いだ。茜色の瞳が美しい。
「わかったぜ。あたしらも海へ繰り出そうじゃないか!」
意を決したように彼女が言った。
「乙女の決断ね!」
なおも意地悪を言うソーサラー。
「もう、それは勘弁してくれよ。」
そう言って4人は大いに笑いあった。穏やかで平和な時間が流れて行く。その姿をエメラルドの瞳が優しく見守っていた。
ところで、ウィザードについて少々補足しておかねばなるまい。パンツェ・ロッティ教授が名誉の殉職をしたとして『天使の卵事件』が幕引きした後、魔法学部長の席と魔法学部教授の席が空席となった。学部長にはベテランの教授が就任したが、教授の席を射止めたのは、なんと、日ごろの教育熱心が高く評価されたウィザードだったのだ。彼女は二十代前半というその若さで、実に魔法学部長の座におさまったわけである。前例がないというわけではなかったが、それでも異例の大出世であることに違いなかった。
* * *
その翌日、シーファ、リアン、カレンの3人は、シーバス海岸を目指して南大通りを南下していた。仕事で『ダイアニンストの森』にでかけるときとはうってかわって、小ぶりなリュックサックに着替えと水着、ローブその他身の回りものだけを詰め込んだ軽装で、足取り軽やかに通りを進んでいく。サマーニットとデニムのショートパンツに身を包んだその姿は、いかにも今様の若者らしいいでたちであった。
『タマン地区』を南西に抜けたところにある『シーバス海岸』までは、アカデミーからは少々距離があった。タマン地区で一泊して、朝早くにビーチにたどり着けるようにしようとの案もあったが、折角ならシーサイドの豪華な宿のオーシャンビューの部屋に泊まろうということで話がまとまり、往路は少々遠道にはなるが、少し早くに寮出て歩いて向かおうと決まった。そんなわけで、今3人は道中にある。
太陽はまだ東の空にあって、天頂に向けてゆっくりと移動していた。タマン地区に入って、『デイ・コンパリソン通り』を目指す。そこから南西に移動すれば、シーバス海岸はまもなくであった。
待ち受けているビーチでの楽しいひと時を考えると、彼女たちの足は自然にどんどんと前に繰り出されていた。ウィザードがくれた日よけのローブのこと、それに水着をどのように合わせたのか、その日の晩は宿でどうすごそうか、そんなことを話しているうちにあっという間に3人の鼻腔を潮の香りが捉え始めていた。遠からず、視界に青く美しい海と白く輝く砂浜が3人の視界に広がってくる。時刻はまだ朝の10を少し回ったくらいで、十分に海を満喫できる時間が残されていた。
更衣室を見つけると3人はそそくさとそこに向かい、さっそく水着に着替え始めた。シーファはオレンジと白のピンストライプのワンピース、リアンは大型のパレオ付きの純白のワンピースで、カレンは美しい濃紫のワンピース水着であった。胸元を金糸の刺繍が縁取っている。
シーファとカレンは水着を買いに出かけた際、今年の流行はビキニだからと積極的に進める店員の声に真剣に耳を傾けていたが、やはり、公衆の面前で大胆に肌を露出するのには少々抵抗があったようで、結局は上記の選択に落ち着いたようである。
着替えを済ませてから、3人は早速波打ち際に繰り出し、そこでバシャバシャと水をかけあって戯れ始めた。
「準備運動…。」
と言いかけたカレンの言葉はそのまま波の音にかき消され、当のカレンもその海水の心地よさと楽しさに何を言おうとしたのかすっかり忘れ、その戯れに夢中になっていった。足元に寄せては返す海水と、お互いにかけあう水の冷ややかさが、照り付ける8月の太陽の熱気との間で絶妙なコントラストを醸し出していた。リアンも、小さな手で懸命に海水をすくっている。観光地として有名なシーバス地区の白い砂浜はまぶしいほどに輝き、そこにかぶさる海水はキラキラと光の結晶を散りばめて輝いていた。
* * *
「やあ、ずいぶん楽しそうだね。」
波打ち際で、水遊びに興じる3人に突然声をかける一団がいた。声の方向を見ると、そこには4人の少女がいて、年恰好は3人とほとんど同じであったが、身に着けている水着はどれも洗練されたもので、遊び慣れたちょっとした大人の不良少女といった面持ちであった。さすがはビーチである。
はじめに声をかけてきたのは、ダークブラウンの髪に茶色がかったオレンジ色の瞳が美しい、これぞ美少女という感じの少女だった。彼女は濃紺にプリント柄がちりばめられた流行りのスタイルのビキニで、ローライズのアンダーが何とも大胆なシルエットを描いていた。
「よかったら、一緒に遊ばない?」
美しい銀髪の少女がそう話しかける。こうした経験にとんと疎い3人はすっかり身構えてしまっていた。銀髪の少女は、ハイレグの黒のワンピースにデニムのショートパンツを合わせた洗練されたスタイルで、黄金色に輝く瞳がなんとも美しい。
「みなさんは、アカデミーの学生さんですか?」
そう訊いてきたのは、黒髪に黒い瞳が美しい少女だった。黒のビキニにパレオをまいて、その上に深エンジ色の布を更に巻き付けている。
「あ、あたしらは、この近所の、そう、タマン地区のもんだ、のです。」
最後に、なんともぎこちない口調で自己紹介らしきことをしてきた少女は、ウェービーなブロンドの髪の間から、茜色の瞳を輝かせる美しい相貌をしていた。3人は、その姿に何か不思議な親しみを感じていた。彼女は、白地に青色のボーダー柄を黄色のアクセントが彩るビキニを身に着け、日よけ用のローブをその上から羽織っていた。
「3人だけじゃつまらないでしょ?私たちも退屈してたのよ、年も近いんだし、ね?」
オレンジの瞳の少女が返事を促してくる。
「おぅ、人数が多い方がきっと楽しいに違いねぇ、ですわ。」
茜色の瞳の子はどうにも挙動が不審だ。
しかし、夏休みにおけるこうした非日常の場というのは往々にして人の警戒心を解くものである。シーファたちは顔を見合わせてしばらく思案したが、驚いたことに、3人の中でいつもなら一番慎重であるはずのカレンが、
「私は、カレン。こちらがシーファ、そちらはリアンです。」
そいう言って自己紹介を始めた。これには、誰よりシーファとリアンが驚くべきであったが、なぜか挙動不審なブロンドの子もまた妙な驚きの表情を浮かべていて、おかしかった。
「シーファです。」
「リアンです。」
3人は、4人の少女たちと挨拶を交わしていく。
「私たちは、13歳の、『アデプト:熟練』の1年生です。みなさんは?」
カレンが少女たちにそう訊ねた。
「奇遇だな、ですねわね。あたしたちも13歳だ、わよ。」
相変わらず素っ頓狂な語尾でブロンドの子が答える。彼女を見てほかの3人の少女はこらえきれないという様子で笑っていた。いきなり声をかけられてびっくりしたが、悪い人というわけではなさそうだ。特に、銀髪の少女の洗練された物腰と、黒髪の少女の穏やかで丁寧な様子が3人に安心感を与えていた。
合流した7人はしばらく、一緒に波打ち際で水をかけあったり、リアンが隠し持っていた水鉄砲で遊んだりと楽しいひと時を過ごした。カレンと黒髪の少女は意気投合したのか、砂浜にそれはそれは見事な砂の城を建築していた。
プロンドの少女は、シーファに妙に関心があるようだったが、相変わらずの不審者ぶりにシーファの方はすっかり警戒してしまっていた。
「あなたって、私の先生にどことなく似てはいるんだけど、先生はあなたみたいに変な人じゃなくて、尊敬に値する立派な方よ。」
そう言うシーファに、
「へ、へぇ、そうなん、だ。君、じゃなくて、あなたはその先生が好きなのか、ですわ?」
と、ブロンドの少女は相変わらずぎこちない言葉を発する。
「大いに尊敬はしているけれど、好きかと聞かれると難しいわね。だって、その先生ずいぶん厳しいのだもの。今回だって私たちから夏休みを取り上げようとしたのよ。ひどいと思わない?」
シーファの言葉に、彼女はずいぶんと苦い顔をしていた。
リアンは、オレンジの瞳の少女と銀髪の少女にすっかり懐いたようで、手にした水鉄砲でふたりのあとを懸命に追いかけまわしていた。嬌声を上げながら、走り回る、リアンとそのふたり。楽しい時間はどんどんと過ぎて行った。
太陽が天頂に差し掛かり、時刻はまさにお昼となって、午前中を遊びつくした7人の胃袋はすっかり悲鳴を上げていた。海の家の方に移動して、一緒に昼食をとろうということになった。よせては返す波の音が耳に心地よい。その場には多数の海水浴客たちがいて、にぎやかな喧騒がやむことなくあたりを取り囲んでいた。波が少しずつリアンと黒髪の少女の傑作を蝕んでいく。
* * *
大所帯であったが、海の家に到着すると、ちょうどうまい具合に大きなテーブルがあいて、7人は待たずに席を確保することができた。いらっしゃいませと声を駆けながら、店員がそそくさとテーブルの上を片付けている。濡れた水着のまま着席するのが気持ち悪いのか、みなもぞもぞとやっていたが、やがて落ち着いたようであった。
しばらくして、テーブルの片づけを終えた店員が、注文を取りに戻ってきた。
「とりあえずビール!」
と言いかけたブロンドを、銀髪の少女が慌てて止めた一幕はほほえましいものであった。シーファたち3人は、いきなりアルコールを頼もうとした彼女に怪訝な視点を送っている。店員もまた同様であった。
こういう店で頼む料理と言えば、南方の香辛シチューをかけたご飯か、焼きそば、あるいは中原地方の茹で面と相場は決まっていた。タコの切り身を入れて丸く団子状に焼き上げた一種の菓子も定番で、めいめいに好みの一品とそのタコ菓子を何皿か注文することにし、あとは炭酸水を人数分頼んだ。
「いただきます!」
そう声を揃えてから、食事を始めた。道中歩きづくめだった上に午前中いっぱい海水浴を満喫した3人と、途中で合流して共に時間を過ごした4人の少女たちは、どちらもお腹ペコペコで、食事は大いに進んだ。タコ菓子は途中で数が足りなくなり、2皿ほど追加注文するほどに、彼女たちの食欲は旺盛であった。やはり食事というのは大人数で摂る方が楽しい。7人は様々な話に花を咲かせながら、手を止めることなく目の前の料理を胃袋に放り込んでいった。そんな中で、ブロンドの少女だけは相変わらず、ぎこちない話し方をずっとしていて面白かった。
そんな彼女たちのテーブルの少しばかり向こうの、1人用のテーブルで食事をとる中年の女性がいた。なぜかシーファがその顔を注意深く見入っている。
「どうしたんだ、のです?」
相変わらずの調子でブロンドの少女が話しかけると、静かにするようにと手で合図をして、シーファはなおもその中年女性に視線を送る。黒髪の少女と話をしながら食事を勧めるカレンの肩をたたいて、そちらを見やるように促した。それに従って、カレンもそちらを見やる。格好や雰囲気が違うのではっきりとは分からなかったが、ふたりはその姿に見覚えがあるようだった。しばらく見入っていると、不意に顔を上げたその女性と目が合ってしまった!
どうやらその中年女性もシーファたちに思い当たる節があったらしく、席を立ってゆっくりと近づいて来た。
「おやまぁ、ずいぶんとけったいなところで出会うじゃないかい?」
その中年女性が話しかけてきた。シーファたちだけでなく、4人の少女たちもその顔を見やった。
「おや、お忘れかい?威勢がいいわりに物覚えの悪い小娘だね。」
その嫌味な言い回しに、シーファたち3人はハッとした。キャシーだ!ブロンドの少女がどうしたのかとシーファに訊ねる。
「黙ってて!」
小声でとがめるシーファに、ブロンドの少女は面食らっていた。
「あたしだよ。キャシー・ハッターさ。あの時はずいぶんとなめた真似をしてくれたじゃないか?まさか忘れたとは言わせないよ。」
髪を下ろし、水着を身にまとっているその姿からすぐにそうと分からなかったが、言われてみれば、それは確かに『ダイアニンストの森』でシーファたちから『ハングト・モック』を横取りしようとした『裏口の魔法使い』キャシー・ハッターその人であった。
「かわいい学…、この子達に手出しはさせねぇ、のことですわよ!」
相変わらずの素っ頓狂のまま立ち上がって前に出ようとするブロンドの少女を押しとどめて、シーファが立ちはだかった。リアンとカレンも席を立つ。
「何の用か知りませんが、あの時決着はついたはずです。おとなしくしていれば危害を加えるつもりはありません。黙って引き下がってください。」
カレンが忠告する。それを聞いて、
「ずいぶんとまぁ、小娘が生意気な口をきくじゃないか?あんたらのおかげであたしは大損さね。憂さ晴らしにビーチに出向いたところで、どういうことだ、運が向いてきたじゃあないか。ここであんたらを締め上げて『ハングト・モックの瞳』のありかを吐かせるというのも一興だよ。」
「3対1ですよ。勝ち目はありません!」
「あたしらもいるしな、ですわ。」
シーファとブロンドがともにキャシーと対峙する。
「おやおや、あんたは相変わらず血の気が多いね。しかも今日はまたずいぶんと変なのを相棒に連れてるじゃないか?しかし、今日は多勢に無勢とはいかないよ!こっちにはとっておきがあるんだ。」
そういうと、キャシーは怪しげな術式の詠唱を始めた。どうやら召喚術式のようだ。
『邪悪なる海の生物よ。今汝に力を授けよう。我と契約せよ。その欲望を露わにして、破壊と混沌をもたらせ。召喚!海の邪悪:Summon of Evil Jelly!』
詠唱が終わると、ついさきほどまで穏やかに砂浜を往復していた波が俄かに荒々しくなり、高波を寄せるようになってきた。そのただ中で、渦を巻くように何者かが蠢いている!やがてそれは不気味なその姿を現した。
「さあさあごらんなさいな!ビーチに狂乱をもたらす最高傑作さ。こいつはちょっと骨が折れるよ!」
そういって、キャシーはくっくと高笑いしている。その脅威が海中から砂浜へと迫ってきた!
to be continued.
AIと紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚その4『夏の浜辺にて』完
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