151-160|#140字小説

151 / 2018.10.13
合わせた手のひらは骨みたいだった。力無いそれは、しまいにぼくの太腿に落ちる。「おれたちはどっちつかずだな」あなたの勝手な言葉はぼくを、そしてあなたをも濡らす。ふたりで泣くものだから、滴の音の区別がつかなくなる。このまますべて絞られて、愛、なんて、あやしいものだけで繋がりたかった。

152 / 2018.10.15
ふるえる銀色の鋭角。きみは汚らしく顔を濡らして、鼻水が唇に触れていた。きみのために料理をするはずの包丁が、私を貫こうとして。肌に刺さる、でもほとんど痛くなかった。きみの心の方が痛いよね、とそうは思えないから、呆然ときみを眺めた。「明日が来る前に一緒に、なあ」きみはいつまでも泣く。

153 / 2018.10.15
「おまえは狡猾だよ」美しい鳥の羽根のような指が私の髪をさらって、くしゃり。握りつぶされる。それだけで壊れる私はきっと硝子張り。私の中の空洞に嗚咽が響く。飛べないあなたの羽根が私を傷つけて「自己満足を押し付けるな」と。ねえ、私があなたの為に生きていると、あなたが誰より信じていてよ。

154 / 2018.10.17
屋上に、揺れる影。ぼろ切れの制服で風に吹かれるおとこ。その背中が今にも消えそうで。ああ、偽善だ、これ。気づいたときには、軽薄な唇が動いていた。私の唇はうっかりしている。「死ぬ前に、私のこと抱いてみる?」スカートを捲り上げた。馬鹿なおんなは、軽率に誰かの救世主になれちゃったりする。

155 / 2018.10.18
ドラム式洗濯機の中身がまわる。「世界もこんなふうにまわっているのかな」呟くと、「忙しすぎるな」あなたが笑う。生きるだけの日々をつなぐにもきっと犠牲が必要で、だから私たちも、ぐるぐる、ぐるる。目がまわって倒れそう、でもあなたがいればそれでいいね。なんて、そんなことは言わないけれど。

156 / 2018.10.18
誰にも読まれなかった手紙を、コンビニの灰皿に押し込めた。明るい髪の少年たちがわやわやと拾い上げて、どっと笑い声をあげる。店内では店員がそれを気だるげに眺めていた。そのおとこの前に立つ。「あのラブレター、あなた宛でした」今から暗唱してもいいですか。深夜三時、始めたかった恋について。

157 / 2018.10.20
月がぼやける夜。深い場所にあったかなしみが、ようやく体温くらいのぬるさとなって、心臓のあたりを満たしていく。好きよ、好き。精神薬のようにつぶやいた声は誰にも知られず空気となる。見上げた曇り空はうねうねと波打ち、誰かの輪郭を描こうとするから、まぶたを下ろした。好きよ、好き。きっと。

158 / 2018.10.20
古ぼけた店で星の種を買った。紺色の布に包み、冷ました湯を注ぐ。一分も経てば、鈍い光が布の奥に。「何してるの」風呂上がりのきみが訊いた。「星の子よ」私とあなたの間に吊るすの。きみは「へえ」と信じていない顔。それでよかった。私の自己満足。あなたとつながるものを育てたかった、それだけ。

159 / 2018.10.21
しまい忘れた扇風機が、くったりとあちらを向いている。片付けてやりたいけれどね、と稼働させれば、誰もいない方面にも風を回す首。寂しそうなふりが上手だった。巡った羽音がわたしの髪をすり抜けて、窓の外に触れようとする。何処へ行こうと同じ、お前を片付けるひとはもうこの星にはいないのだよ。

160 / 2018.10.24
わたしがまだ名もない怪物だったころ。きみはまずわたしに水分を与えた。その次に食べ物を、花を、体温を、ときにはごみ屑を、その倍の数のやすらぎを、すべて取るに足らないと思えるほどに。わたしは次第に人間に似て、感情のくるしさを知ってしまった。気づかないで、と寄せた唇。きみはきっと罪人。

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