141-150|#140字小説

141 / 2018.10.03
元恋人に置き去りにされたCDのやり場を考えあぐねた。「この曲、あなたみたい」彼は私にそう言って、けれど、決して私に聴かせようとはしなかった。どんな曲だろうか。うかれた指先で、再生ボタンに触れる。うんと幸せな曲がいい。それなのに。流れてきたものは、どうしたって悲しいラブソングだった。

142 / 2018.10.04
幸せにすると言ったくせに。檸檬の紅茶をおとこの顔に投げつけた。おとこは酸味に刺された顔をして、滴か、涙か。はらはらと頬を濡らす。泣きたいのは私だ。ひとりじゃ何もできない存在にされて、相手の幸せも願えない醜い存在にされてしまって。「きみといるだけが幸せだって、私の気持ちを返してよ」

143 / 2018.10.05
目覚めると、氷の中だった。身動きのとれない空間で、よく知るおとこがぎらぎらとした、まな板に横たわる魚のような目つきで、私を見つめている。私が毎朝訪れる喫茶店の店員だった。刹那、泣き叫んでしまいたくなる。この場所で今度はあなたが会いに来てくれるのね。凍った頬で、すきよ、と微笑んだ。

144 / 2018.10.06
「運命の相手だと思った」逞しいおとこが声を上げて泣く。必然、因果律。なんて信用のない響きなのだろう。けれどあなたは、私の肩でふるえるほどにそんなものを求めていた。運命なんて逃げ道になる。だから意味もなく、一緒にいてよ。「ーーそれは、運命じゃないの」泣き虫なあなたは、上手に笑った。

145 / 2018.10.07
「貰ったけどいらないから」洋服、花、口紅。きみはそう言ってたくさんのものをくれる。男性に口紅を贈るなんて変わったひとね。本当だよ、ときみは笑う。そんなきみは。「これ、おれには小さいから。ひと回り大きいのも貰ったし」小さな指輪をぶっきらぼうに差し出した。どうしようもない、照れ屋さん。

146 / 2018.10.08
きみは小さな毒薬をみっつくれた。ひとつめは絶望が溢れたとき。ふたつめはきみが私を裏切ったとき。「みっつめはいつ飲むの」「ぼくがあなたと幸せになるとき」お互いをころして共に地獄に、と。きみの幸福に私が不可欠であることが、私をことさら幸福にする。今すぐ飲むのに、ときみの喉元に触れた。

147 / 2018.10.09
あいするあなたを追いかけていたら、迫る暗闇に気づく。おおきな影。悪い予感は当たるものだと知っていた。高く飛び立とうとしたそのとき、衝撃がぼくをおそう。忌み嫌われて、ころされて、ごみ箱に捨てられるだけの終末、ただのごみになった命。あなたのものによく似た羽音が、虚空の中に響いていた。

148 / 2018.10.10
呆れるほどにペットボトルの蓋が好きだ。からっとしたざぐざぐな形にいっとう惹かれる。爪先で均等な隙間を弾けば、じゃぎじゃき。「本当、ごみが好きだな」こちらに目をくれず、音だけを聴いたあなたがどうでもいい風に言う。私にはあなたの方がごみだけれど。あなたは
捨てられずにここにいるのに。

149 / 2018.10.11
左の方が視力が弱い。だから右目を覆い隠す。ぼやけた視界では大切なものも見えなくなった。点滅する緑色の光。踏み出せば「危ないよ」と腕を引かれて。焦りを滲ませたあなたに笑う。引き止めないでよ。引き止めるよ。赤く照らされながら押し問答をして、こんな世界なら一緒に逃避行しちゃう?なんて。

150 / 2018.10.13
目的もなく街を歩くことを私にゆるすくせに。あなたはずんずんと先を歩いて、けっして歩調を合わせてくれやしない。「待ってよ」と握った手は、ただ私が掴んでいるだけ。手を握っても握り返さないあなたは、本当にぶっきらぼう。その耳の赤さはすぐ近くにあるのに。すきよ。と呟く。また、赤が増した。

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