161-170|#140字小説

161 / 2018.10.24
すぐに絶望するあなたが好きだった。怖い、とふるえるあなたを抱きしめて、か弱い背中を撫でる。濡れる肩筋に唱えたのは白骨化した魔法の呪文。「私がいつか終わらせてあげるからね」泣き声は夜をふやかした。あなたの劣性がいとしい。けれど忘れないで、本当は私があなたにころされたかったってこと。

162 / 2018.10.24
遠くの惑星ですらここにいるよとひかるのに、私たちは。「あ、」きみが指差す窓の外、もくもくと走る灰色の飛行機雲。「夜空に伸びる線路みたい」無邪気なきみが「惑星までの切符いる?」とゆらした、空っぽの手のひらを握りしめる。ひかれない私たちは夜汽車に乗り込んで、まぶたの裏の宇宙を駆ける。

163 / 2018.10.26
ラジオの砂嵐が途切れる瞬間を待つ。「お前が死んだら、からだが散り散りになって空に流れるくらいに泣くよ」呆れるほど真面目な顔で、きみはそんなことを言った。「流れ星じゃん、ずるい」「お前は死ぬなよ」手首の傷を撫でたきみは本当にずるい。自分が先に消えるのならば、乱暴にされていたかった。

164 / 2018.10.26
スポンジを握ることをくり返すと、小さな泡がとびたって、まるで魂が抜けるよう。あなたに取って代わったひとが汚した皿を洗う。ぶくぶくと泡だち、きっと何かが死んでいく。わたしはどうにかここにいるのに、あなたはなぜかここにいない。「あなたも泡になった?」心臓を泡で浚われるような夜だった。

165 / 2018.10.27
しなびたレタスになってしまう、と言えばあなたが笑ってくれる。しなしなになって、ちゃいろくなってしまえば、さっさと燃やされて、ただの灰になって。散り散りになった私にあなたがびょうびょうと泣く姿を思い浮かべた。あまりに酷い泣き顔だから、私は人間でいるね。骨くらいは残る人間でよかった。

166 / 2018.10.28
どうかお止まりください。そう願うのに、無情な針がふたつもあった。遠い国では三秒にひとりが死んでいるらしい。ひとり、ふたり、無限に数えてしまっては勝手に苦しくなる。本当は星にもなれない私たち。無関心な私たち。たくさんいたって意味がない。ならば私が消えるべきね、と心臓の裏側がきしむ。

167 / 2018.10.29
コットンに化粧落としを垂らし、くるくる、頬の上を滑らせて、あなたのことを想う。ーー親友が結婚した。白い布を纏い、光を吸収する彼女は、あなたの隣で幸福をふりまいて。用意していた諦めは無力だった。コットンで拭っても唇は色づいたままだ。くるくる、落としきれないものもあること。あなたも。

168 / 2018.10.30
今夜は剥いた桃の滴るようにべたついている。ぬるい空気を切る動作をしてみれば、切れ込みが生じて、うやうや、憂うつたちが湧き出す。そのひとつが「見ない顔だね」と私に囁いた。私はきみを知っているわよ、と言えば「そうかい」と知らんぷり。私ばかりが気にしている。べたついた今夜の涙のことも。

169 / 2018.10.31
月が綺麗ですねと言う夜をパンに挟んで食べてもよかった、なんて、熱に侵された頭はもう異常。「氷変えるよ」痛いほどの冷たさに目を細めれば、額を撫でられる。風邪を引くと頼ってしまうのは、きみがやさしすぎるせい。「全部貰って」唇を近づけた。熱すぎる口づけは具沢山のパンを頬張るつたなさで。

170 / 2018.10.31
怪物たちが下車する様子を見ていた。ここは幻の街。楽しいこと以外は存在しない盲目の街。床に落とされるのは要らないものだけ。「きみも落ちてたりして」目を凝らしていると「邪魔」とはじき出される。倒れ込んで、見えるは光らない夜空。床に落ちた私も要らない。だからはやく迎えに来て欲しかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?